7-8話 プランがいなくなった日5
それは彼らにとって最悪な事態と言えるだろう。
悪い意味ではなく正しく言葉通り何が起きるのかわからず、またプラン本人からの援護を求める声もなかったからこそ、いつでも動ける様に準備していたテオ達にとって今の事態は前提が覆るほどには最悪だった。
とは言え……それを止める術は存在しなかった為考えても仕方がない。
残された者達は皆同様にそう思っていた。
現在、相談として集まっているのはエージュ、テオ、ヴェインハット、クコのみ。
サリスとミグは来ておらず、しばらくここに顔を出す事はないだろう。
「……申し訳ありません」
エージュがそう呟き三人に頭を下げる。
それに対しテオとヴェインハットもまた頭を下げた。
「こっちもだ。すまん」
そう言葉にする三人にクコは苦笑いを浮かべる。
「こうなる事はわかっていたさ。仕方ない」
そう、わかっていた事である。
プランが他所で料理を作っている。
その状況で二人が我慢出来るわけがない。
だからこれは当然の事態だった。
「……まあ……用心して情報集めてこうして集まってるけどさ……良く分からん事にはなってるがぶっちゃけ放置しても良いんじゃね? 最初こそ何やら臭かったが……今は特にそんな空気は感じないし」
ヴェインハットがそう言葉にするとテオは眉を顰めた。
「臭かったって何がだ?」
「嫌ーな奴がかかわってる予感がしてたんだよ」
「誰だ?」
その言葉にヴェインハットは少し悩むそぶりをみせた。
「あー。そうだな……気になってたし本人いないし今のうちに触れとくか。……なあテオ。前アップルツリーにいった依頼。あれ神様からの依頼だろ?」
本当に唐突に、そうヴェインハットは尋ねてきた。
それに対しテオは押し黙り何も答えない。
だがこの場での沈黙は肯定でしかなかった。
「あいつらが関わってくるとな、色々と臭くなるんだよ。余所者がちょっかいだしてきた様な感じの不快な臭いが鼻に付く。あいつらは人の事を理解出来ない癖に拒否できない人を都合良く利用する。知ってるか? あいつら最後さえ良ければ道中その人間がどれだけ辛くても全く気にしないで善行を積んだと思ってるんだぜ? 嫌味でも比喩でもない。あいつらは人の事を理解出来ないんだ」
ヴェインハットは吐き捨てる様に言ってから苦笑した。
「ヴェイン……お前……」
「ああいや。別にテオの信仰を否定する気はないぞ? あいつらの性分は気に入らないがいないと世界がまとまらない事も知ってるし」
「いや……そっちはどうでも良い。ただ……いや、やっぱ良い。どうせ言わないだろうし」
一体ヴェインハットは何を知っているのか。
どうして知っているのか。
当然だが神とは早々出会えるものではない。
そしてこの世界で神を嫌いだとはっきり言う人はそれほど多くいない。
だが、それをふまえてもこの毛嫌いの酷さと詳しさは明らかに普通の範囲を超えている。
まるで神に寄り添って来たかのようなその知識は神学者よりも上ではないだろうか。
だからこそ怪しさに溢れるのだが……それをテオは追及する事を止めた。
どう答えようとどうであろうと仲間である事に変わりはないからだ。
「……悪いな」
「いや。その位良い。普段のナンパ癖の方がよほど迷惑だ」
「そ、それは俺も譲れない部分だな。ほら? もしかしたら万が一もあるかもしれないだろ」
「……そこで万が一と言うからお前は駄目なんだよ」
そんなテオの言葉に顔はマスクで隠れているがヴェインハットは露骨にしょんぼりした雰囲気を醸し出していた。
「えっとヴェインハットさん。つまり……このこの分からない状況も六神のどなたかが計画したものという事でしょうか?」
エージュの言葉にヴェインハットは迷わず首を横に振った。
「いいや。それだけはあり得ない。神は理解出来ない存在だが意味や意図はある。それに……こんなぐちゃぐちゃで混沌とした……人すら理解出来ない状況は神には作れない。神は複雑で多くの知を持つ。だからこそ、神の行動原理と目的は単調で単純なんだ」
そう言葉にしてからヴェインハットは外を見た。
外では何故かプランが舞台の上に立ち、先輩であるイドラを含めた吟遊詩人の人達に囲まれて楽しそうに歌っていた。
周りの人達は本職の人らしく本格的な楽器の中で踊り歌うプランだが、本職の人と比べたら幾分か踊りも歌も落ちて見える。
ただ、それ以上に楽しそうに歌ってる上に回りの目も何やら暖かいので誰も出来なんて気にしていなかった。
「……プランさん何で歌っているでしょうね?」
エージュの言葉にクコは眉を顰めた。
「わからん……。吟遊詩人とあの組織に付き合いがあったとも聞かないし昨日までは歌のうの字すら出ていなかったぞ……」
「まあ……プランさんですから」
そんなエージュの言葉は『ああ……』と皆が納得出来るだけの謎の説得力を持っていた。
真っ暗な部屋――。
鍵が掛けられたその部屋は帰ってくるべき主がもういない。
そんな暗闇と化した部屋の鍵がかちっと音を立てた。
主なき部屋に、本来の鍵以外で入って来る者。
それはどの様な事情であれ侵入者であろう。
だが……この侵入者達は明確な悪意と欲望を秘めていた。
己が都合の為に主なき部屋を物色しようという姑息な悪意を……。
「よーし良くやったよアント」
そうピッキングにて器用に鍵を外したアントを褒めた後、侵入者であるキーラはぎぃぃぃと軋んだ音のなる扉を開け、常闇となるはずだった部屋に光を入れた。
「親分……」
「何だいシム。またいつもの無駄だから止めときましょうってか? そんな言葉にあたいは止まらないよ?」
「いえ。それはもう諦めてます。そうじゃなくてプラン様の舞台見ましょうよ。ほら、本来なら有料なのにタダで、しかもお酒も食事も飲み放題食べ放題ですよ?」
その言葉にアントも何度も首を縦に動かした。
別に素人であるプランの歌とかはどうでも良い。
年齢層が上の人間にはやけに受けているが二人は全く興味がない。
その余興として用意される食事と酒を二人は味わいたかった。
「あんた馬鹿か。今はあいつの目が届かないせっかくのチャンスなんだよ? このチャンスに動かなくてどうするんだい」
その言葉に二人の男は情けなく溜息を吐き、恐る恐るキーラの後ろに付いて部屋の中に侵入した。
キーラの目的は組織を乗っ取る為の何かを探す事である。
この部屋は過去組織が暴発寸前だった時に倉庫の一つで、ここには捕縛の際に来た王国兵士は当然、プラン達の様に新しく入って来た人達の誰もここに入っていなかった。
だからこそ、ここに何かが隠されている可能性は低くないとキーラは考えた。
「ま、あたいもそこまで馬鹿じゃない。過度な期待はしちゃいないさ。金目の物でもありゃ儲けもんって位かね」
そう言葉にするキーラ。
ちなみに……過去その金目の物をダンジョン以外で幾ら発見してもキーラは一度たりとも着服した事がない。
拾った財布ですら兵士にそのまま届けるほどだ。
だからここで金目の物を見つけても何一つ旨味はないだろう。
それがわかっていても、二人の男達はキーラの後ろに付いて歩く事しか出来ない。
眼を離すと何をするのかわからず心配だからである。
自分達の親分で、頼りになる人である事は間違いないが、それはそれとして二人は小さな子供を持つ親の様な気持ちとなっていた。
「お。どうやら俺にも運が向いてきたらしいな」
「へ? どしやした親分」
「見な」
そう言ってキーラが指を差した方角には……木製の箱が置かれていた。
宝箱の様に綺麗ではないが縁はしっかりと鉄で補強された頑丈そうな箱で、またただの箱には見合わないほどの大きく丈夫な鍵が取り付けられている。
贅沢な装飾が施されていない。
だからこそ、この場ではお宝感に溢れていた。
「……アント。ドアを占めな。明りを付ける」
その言葉に頷きアントがそっとドアを占め光が漏れない様密室にするとキーラはスクロールを取り出す。
そしてそのスクロールの中央をそっと撫でた後、針を使って天井に縫い付ける。
その瞬間部屋は外と同様明るくなった。
「箱は最後だ。それ以外の場所で何かないか探すよ。三十分で全部探しな」
キーラの言葉に二人は頷き三人は部屋内で散開する。
特に何の取り決めもしていないが、三人は見事なまでに別々の場所を探っていた。
「さて、一通り探って……後はこいつだけだな」
出て来た物をテーブルに集めた後キーラはそう言葉にする。
ちなみに出て来たのは明らかに隠していた怪し気な金貨十数枚と毒らしき液体とそれを使う為であろう短剣と矢。
この部屋が過去の組織の目的の為に用意された部屋である事は間違いないだろう。
ちなみに金貨が出てきたがそれを全部、ないし数枚着服する何て考えはキーラにない。
それがキーラにとって当然の事である。
シムとアントだけなら一枚位着服していただろう。
そしてそのお金でキーラと共に酒を飲む。
その程度の欲しか二人にはなかった。
「んで親分。どうします? この錠前ならピッキングするの時間かかりますよ。後失敗する可能性も低くないです。箱だけ回収して部屋で数日かけて良いなら自信ありますが」
アントの言葉にキーラはニヤッと笑った。
「おいおい。頭使えよ。こういうのは……」
そう言葉にした後、キーラは短剣の腹を鍵と反対方向に強く叩きつけた。
それを数回繰り返すと、箱と蓋を繋いでいた金属がぺきっと音を立てその役目を果たせなくなった。
「ほれ。鍵が壊せないなら箱を壊せば良いだろうが」
ドヤ顔のキーラに対し二人の子分はパチパチと小さな拍手をしてみせた。
キーラは更に更にドヤ顔になった。
「さて、中身を御拝見っと――」
ご機嫌な様子でそう言葉にするキーラ。
だが、中身を見た瞬間にキーラの笑顔は消え去り、冷たい能面の様な顔となった。
「……親分。えっと……一体何が入ってました?」
「……てめぇで見てみろ」
そう言ってキーラは蓋を足で蹴飛ばし中を二人に見える様にした。
中に入っていたのは大量の小さな紙だった。
それもただの紙ではなく、スクロール。
呪文紙である。
「……えっと……炎のスクロールですかい?」
あまり知識のないアントはそれっぽい物に似ていると思いそう尋ねた。
「一応はな。ただし、料理や焚火用の炎じゃない。もう少し強力な奴だ」
「と言っても所詮スクロールでしょ?」
そうアントは言葉にした。
確かに間違っていない。
強い炎と言っても精々獣を追い払う位であり、そこまで危険という訳ではないから大した事ではない。
スクロールの制限とはそういうものである。
むしろ最初に見つけた毒の方が恐ろしい位だ。
ただし、それは普通に考えればという言葉が付く。
「アント。炎ってのはな、足せば足すほど火力が倍増していくんだ。わかるか?」
「はあ」
良くわからず曖昧にアントは返事をした。
「確かに……一枚一枚だと大した事はない。ここで使ってもボヤ騒ぎ程度にしかならないだろう。ま、大火事の可能性もあるから使わないがな。だがな、一度に十枚で発動させたらどうなる? 百枚で。千枚で」
「……あ」
ようやくアントはキーラの言いたかった事が理解出来た。
「それにこれ、炎上系の炎ではなく広がる系の、わかりやすく言えば爆発系に近い炎だ。……前組織の目的と照らし合わせたら何しようとしてたか何て考えるまでもないわな」
この程度で学園の教師がどうにかなるとは思えない。
だが、それでもこの中にある数千枚のスクロールを上手く使えば万単位の生徒は死ぬだろう。
そう考えるとキーラの中にある冷たい怒りがふつふつと湧いていた。
「……爆発は怖いですもんねぇ」
シムの言葉にキーラは頷く。
三人が過去いた場所は戦地に近い。
だからこそ、その恐怖は誰よりも知っていた。
「……親分。これ……どうするんですか?」
シムは不安げにキーラを見ながら尋ねた。
キーラならこれをある程度だが上手く扱えるだろう。
キーラの望みである力もこれで得る事も出来る。
そうでなくとも、これは売れる物だ。
本来ならこれほどの量の同一のスクロールはお目にかかれない。
そういう意味で言うなら今回のキーラの探索は大成功と言える。
だが……。
キーラはシムとアント、二人の頭をぽんと叩いた。
「……爆発は……怖いもんな……」
二人はしっかりと頷いた。
「ああ。あたいも怖い。怖かった。だから……この部屋にある物はこのままにしてあの馬鹿に全部押し付けてやる事にした」
「……あの馬鹿って誰ですかい?」
「今のリーダー様だよ。面倒事は上に投げるに限るってな。ほれ。こんなクソみたいなもん忘れてとっとと酒飲みに行くぞ。アント、施錠」
そうして入口の鍵がしっかりかかっている事を確認した後、三人はプランに報告し、そのまま酒をのみ飯を食い嫌な気分を洗い流した。
プランもまた、キーラと同じ様に学園と王国同時に報告して部屋の内部にあった物全部そのまま上に丸投げした。
ありがとうございました。




