7-6話 プランがいなくなった日3
とんとんとん……と包丁がリズミカルな音を奏で、それに合わせて今にも吹きこぼれそうな鍋がメロディを奏でる
「うーんどうしてこうなったのかなぁ」
プランはニコニコした顔のまま、包丁片手に鍋の火を調整しそう呟いた。
最近……というかこの良くわからない組織に来てから毎日何かが起きている。
だからある意味これも日常ではあるのだが、それでも野外のテントの中でやけに専門的な調理器具の前で料理をする自分がおかしくてつい口からそんな言葉が零れていた。
「そりゃあんたの所為でしょ」
ケラケラと楽しそうに奥の方からリーゼの声が響く。
椅子の背もたれを前にしてはしたなく座りながら、リーゼはプランの方を楽しそうに見ていた。
「えー。私何もしてないよー。そんでさーリーゼも見てるだけじゃなくって手伝ってよー。料理出来るじゃーん」
「嫌よめんどくさい」
「私長だよ? 毎日呼び方変わるし何の組織かもわからないけど変わるけど組織のトップだよ?」
「んじゃ抜けようか? あんた私以外にまともな話し相手いる?」
「ごめんなさいそこで見ていて下さって構いませんので見捨てないで下さい」
その答えにリーゼは満足そうにふふんと笑った。
「わかれば良いのよ。あ、何か飲み物頂戴」
「うぃ。甘いの? 甘くないの?」
「甘いの」
「はーい」
そう答えると同時にプランは透明なジュースをリーゼのテーブルに置き調理に戻った。
「んーご苦労」
そう言葉にしてからジュースを片手にリーゼは楽しそうに料理をするプランを見続けた。
プランの所属する組織は何が起きるのかわからない。
というよりも、誰が、どうして、何を行うのか、それがわからないで各自勝手に動く為制御出来ない状態となっていた。
決まっている事はプランがトップに居るという事位であり、そしてプランの為になるであろう事を各自勝手にするという事だけ。
そんな状態なのだから制御なんて出来るわけがなかった。
プランは人を引き寄せる才能はある。
だが、人を纏める才能があるかと言えばそんな訳がなく、人数が広がるにつれてより制御が出来なくなっていた。
その結果始まったのが今回……謎の料理対決である。
相手は食堂の料理長。
普段行く食堂の料理長でない事だけがプランにとって救いである。
お世話になっている料理長が相手だったら恩義とか人情とかそういう話ではなく……純粋に勝負にすらならないからだ。
とは言え……別の場所であっても相手はこの学園の食堂の料理長である事に変わりはない。
同格と考えるならプランに勝ち目はなかった。
「一応調べて来たけどさ、プラン聞きたい?」
「んー? 何をー?」
「今回の対戦相手の事」
「相手が何の料理作るとかなら別に良いよ。そういうズルはする気ないし。しても勝てないと思うし」
「わかってるわよあんたの非効率で馬鹿な性格位。相手がどんな料理人でどんな評価を受けてるかとかよ」
「あ、それはちょっと気になる。一応調理前に顔合わせして握手したけど名前も聞いてないし」
「ふふーん。でしょでしょ? ……何か一品で手を打ってあげましょう」
その言葉にプランは苦笑いを浮かべた。
「今作ってるのの余りで良いなら」
「何作ってるの?」
「豚肉のガーリック炒め。冒険者だし元気になる方が良いかなと思ってがっつりとしてみました」
「ほうほう。良いじゃない。ついでにこってりした味にあうお酒も欲しいとこね」
「それは私の専門外だねー」
「知ってるわよ。んじゃそれで手を打ってあげる」
そう言葉にしてからリーゼは対戦相手について触りだけを説明した。
名前はジーバ。
六十歳の男性でプラン達が通っている場所から非常に遠い場所の食堂の主。
どちらかと言えば寡黙な方で、それに反して手先が器用さ。
そしてその万能性故に、スペシャリストと呼ばれている。
あらゆる物に精通した一流であり、また食堂の人気も高く時間外ですら混雑していて楽し気な騒ぎ声が響くらしい。
「という感じらしいわね。どんな料理が得意とかはわかんないけど……まあスペシャリストなんだから何でも得意なんでしょ」
「だろうねぇ。うーん余計勝てる気がしなくなってきた」
「そりゃそうよあんた別に料理人ってわけでもないんだし。でもそういう割にあんた笑ってるじゃない。負けるってわかってるのに」
「ぶっちゃけ最初からわかってた事だしね。私そこまで己惚れてないよ。それに……相手が凄いなら学ぶ機会にもなるって事じゃん。だったら私は精一杯をするだけだよ。一生懸命食べておいしいって言って貰える様な……そんな料理を作ってね」
そう言いながらプランはリーゼの前に料理の乗ったお皿を一つ置いた。
「報酬ご苦労。どれどれ」
ナイフを器用に使いリーゼは豚肉を一切れ口に運ぶ。
「……変わった味ね」
「嫌?」
「そんな事ないわよ。でも斬新」
「料理長に譲ってもらった調味料使ってるの。あ、私達がよく行くいつもの食堂の料理長ね。……もう一週間以上行けてないけど」
「へー。……うん。ま、頑張りなさい。……私は美味しいと思うわよこれ」
そう言ってリーゼはそのまま椅子を立ちテントの外に向かった。
「……あれ? もしかして……照れたの?」
少し頬が赤い事に気づきプランは首を傾げながらそう呟く。
それを聞いてか聞かずか無視する様に、リーゼは特に振り返る事もなく早足で外に出ていった。
一時間後、野外会場にて二人の料理が並んだ。
プランの用意した料理はパンと豚肉炒めにスープ、それと牛乳。
パンは自分が焼いた物でありそこそこ以上に自信がある。
豚肉のガーリック炒めは料理長秘伝の『ショーユ』たる調味料を隠し味に使い、タマネギと一緒に炒めた。
余り経験のない味ではあるがそれでも確かに旨味が強くまたガーリックに非常に合う。
プラン自身十分美味しいと思う出来となっていた。
スープは五ミリほどの大きさに具材を合わせたシンプルなオニオンスープ。
理由はタマネギが安かったというだけだが、それでも溶けるほどに煮込んだオニオンスープの甘味は格別だとプランは思っている。
これにチーズをつけたパンを浸して食べるのが少々行儀は悪いがプランの好きな食べ方だった。
飲み物は特に理由はなかったが牛乳。
別に背が低いとか胸が小さいとかそういう理由では決してない……たぶん。
一方対戦相手であるジーバの料理は非常にシンプルである。
パスタ、チキン、茹で野菜 フルーツ。
普段食堂で出しているものらしい。
逆に言えば……普段作り慣れた料理であれば十分に勝てるという自信があるのだろう。
安い素材で美味しく作るというのは非常に難しい。
その自信があるからこその料理長。
そう考えると勝ち目がなくて当たり前だなとプランは思った。
審査員は野外会場に訪れたプランの組織員でもジーバの食堂の常連でもない人。
その適当な人三十人を招いて決めてもらう事となっている。
そしてその結果……。
「えーこれまで訪れた十六人全員が同じ料理を選択したので……今回の学園対食育推進会の勝負は食育推進会の勝利という事で……」
司会の人は気まずそうにそう呟く。
そしてこの場にいる組織の人員や食堂関係者全員視線がプランに注がれた。
「……あ、あれー?」
プランは目を丸くし固まった。
「良い……料理だった」
そう言葉にし、何故か誇らし気にジーバは握手を求めた。
「あ、はい。ありがとうございました」
プランはおどおどしながら握手をした。
「ところで……うちに来る気ないか?」
「いえ……すいません間に合ってます。というかちょっと良いですか?」
「何だ?」
「スペシャリストって称号が付けられる位一流では……」
その言葉にジーバはどこか誇らし気にかつ恥ずかしそうに頷いた。
「ああ。そうだな。……まああまり自慢すべきではないかもしれないが……俺はそう呼ばれる冒険者である事に違いはない」
「へ? 冒険者?」
「ああ。遠近魔法と選択肢の多さが自慢だ。臨時として良くパーティーに誘われる位は優秀だと自負している」
「あ、えっと……冒険者としてスペシャリストなんですね」
「ん? ああ。そうだが」
「食堂がいつも満員と聞きましたがそちらは……」
「ああ。俺はここの教師でもある。そして俺の教え子もまた優秀で一流の冒険者が多い。そいつらが俺の食堂に来てくれるから話を聞きにいつも人が群がる。だから俺の食堂は料理よりも酒の方が売れる位だ」
「……え、あ、はい。質問に答えてくれてありがとうございました」
「構わんさ。……なあ? 本気でうちにこないか? 何なら料理長の座を」
「すいません。私ただの生徒ですので」
「大丈夫大丈夫。俺だって出来るんだから生徒でも……どうしても駄目か」
「すいません」
明らかにがっかりした顔でジーバは頷いた。
「そうか……」
「あ、でもパンをそちらに卸す位は出来ますよ? 窯を貸してくれたらだけど」
「頼む。確かに君のパンは旨い。俺の作ったパンが泥に見える位だ」
そう言葉にするジーバはプランが作ったであろうパンを手に持っていた。
「あ、今更ですが最後の質問良いですか? 料理の事なんですが」
「ん? 俺に応えられるかわからないが……それで良いなら」
「えっとですね……それなんです?」
プランはジーバの用意したデザートを指差し尋ねた。
今回は曲がりなりにも料理勝負である。
だからこそ、ひと手間、一工夫が求められる。
食材そのままを提出する事なんてある訳がない。
だが、ジーバの用意した料理のデザートは黄色く曲がった細長い何か。
しかも皮すら剥いていないそれがそのまま皿に乗っていた。
別に単品で出す事は変ではないが、普通は何か飾り付けをする。
そのまま更にどんと置いて出すわけがない。
だからこそ、何かあるのだとプランは考えていた。
「え? これ?」
「はい」
ジーバをその黄色い物を手に持ち、指を差した。
「ばなーなー」
やけに甲高い声で、ジーバはそう答えた。
「……ばなーなー?」
ジーバは頷いた。
「ばなーなー」
「ばなーなー」
無表情のままお互いに頷きあい、そして再度二人はバナナを持ったまま握手をしてそのまま互いに背を向けた。
ジーバはバナナとパンをそのまま持ってその場を後にした。
ちなみに今回の勝負は勝っても負けても特に何もない。
というよりも勝ち負けの先の事なんて考えてすらいない。
『学園に喧嘩売ろうぜ。でも怖いからルールの範囲内で喧嘩売ろうぜ』
というような内容から始まった勝負なのだから深い考えなど何もなかった。
「……何と言うか……ぐっだぐだだなぁ」
「そりゃあんたがトップにいるんだもん。そうなるでしょ」
そんな正論をリーゼに言われ、プランは苦笑いを浮かべた。
ありがとうございました。




