7-5話 プランがいなくなった日2
「んで……なんでクコじゃなくてあんたが来るんだよ」
サリスとエージュの元に現れたリーゼにサリスは睨みつけながらそう言葉にした。
本来ならクコが情報を持ってここに来る予定だったはずであり、またここ集まる事を知っているのはクコとテオ位である。
そんないつものサリスを見てリーゼは何時もの様に笑みを……いや、何時も以上に楽しそうに笑った。
「……クコは……くくっ……悩みすぎて熱出してるわ」
「は、はぁ!?」
「いやーある意味ではだけどああいうタイプは本当プランが天敵ね。ほら? 真面目過ぎて理解出来ない事に弱いという意味で」
「はぁ。まあ良くわからんがクコの体調が悪いならしょうがない。いつも無理させてるし悪いと思いすらする。だけど、なんでお前がその資料持ってるんだよ」
「その作った資料覗き見しようとしたら熱でてぶっ倒れてた。んで流石に放置するのも目覚めが悪いから食べやすい食事持ってってやったらついでにこれ届けてくれって言われたのよ」
そう言葉にしてリーゼは紙束をサリスに渡した。
学園解放同盟。
元々は学園の暗部を危険視し生まれた生徒達の組織なのだがどこか胡散臭く、その学園の怪しい部分を暴こうとするこの組織自体もどこか怪しい部分を内包していた。
まるで誰かの都合の為に学園に攻撃をしている様な……。
そんな組織だった。
基本的にではあるが、学園は生徒の自主性を尊重する。
そう言えば聞こえは良いが基本的に放置であり、生徒同士のトラブルでない限り学園は首を突っ込まない。
それはトラブルだけの話ではなく、この様な反学園組織においてもそう対象であり、どれだけ攻撃的であっても生徒に迷惑をかけない限りは等しくただの生徒でしかない。
もちろん学園に対して直接暴力的行動に出れば鎮圧はするが、逆に言えば暴力を行ってこない限り放置する。
そういった理由で放置され、今まで生き残っていた学園解放同盟という組織なのだが……。
「何か裏でこそこそ悪人が学園乗っ取るとかいう計画の為に生まれたっぽい怪し気な組織は……ご飯で消えた」
そんなリーゼの楽しそうな言葉だけで、サリスとエージュはプランが何かやらかしたのだと理解出来た。
理解出来てしまった。
「何やってんだあいつ……」
「とりあえず続きを読みましょう」
エージュの言葉に頷き、サリスは次の資料に目を向けた。
それをリーゼは楽しそうに見つめていた。
学園解放同盟はプランを筆頭にした食事情改善同盟らしき何かに変わった。
とは言え、その段階では特に大きな変化はなかった。
変化らしい変化と言えばただプランがご飯を用意したら評価が一気に上がり組織の長の座にプランが付いただけ。
組織の上が変わろうと名前が変わろうと、大きな差異はなく、黒幕自体もその組織に居続けた。
むしろより綺麗なお題目を掲げ人が増えるのだから黒幕としては喜んでいたくらいだった。
「いやこれはあいつの所為って言ったらいけないんと思うけど……それでもきっかけはあれだしなぁ」
「あん? あいつってプランだろ? 何かやらかしたのか?」
「ううん。ただね、部下に『掃除は大切だよ』って言ったんだよ」
「……はぁ」
サリスは良くわからずそんな気の抜けた返事をした。
実際プランはそう言っただけである。
名前的にこれから飲食関係を扱うはずだ。
それなら自分でも役に立てる。
大切なのは味よりも衛生。
まず衛生面に気を付けよう。
そう思い、プランはそう発言した。
一番最初の定例会、組織が生まれ変わった最初の同盟長挨拶として――。
はっきり言えばそれはただの深読みであるだろう。
だが、聞く人が聞けばそう取っても仕方がない話でもあった。
結論で言えば、今同盟の長は組織の闇を切り捨てる方向性なのだという考えが一気に同盟内に広がった。
組織内でも怪し気な人間の事を元々快く思わない者も少なくなく、また組織内の暗部を明らかにしようとした別組織のスパイも混じっていた。
更に、この段階でプランの信者とも言える人間も生まれていた事により事態は急展開に加速、その結果見事と言って良いほど上手に組織の汚い部分を全て切り落とした。
それでも組織にダメージがなかったかと言えばそんな事はなく、組織は崩壊しかかったけど残ったのは比較的マトモなのと新しく入って来た食道楽達であった為立て直しに困る事はなかった。
特に……長直々に振舞われる料理の質が相当以上に高いのだ。
ある意味において料理の重要性を説くに相応く、また単純に美味しいというだけで人は付いて来る。
その結果が……。
「そんな訳で組織は二度、三度、四度と名前を変え、その度に過去の組織の事が忘れられていき本来の目的どころか現目標すら行方不明になった。その結果、現状誰にも制御不能となり一分先にはどうなってしまうのか誰もわからない爆弾になり果てたと」
過去も学園に対しての爆弾であったが、今はもうそれどころではない。
危険度こそ少ないが何がどうなるのかわからないという意味なら今の方が厄介な位だった。
リーゼの言葉に合わせて二人はその移り行く組織名を見た。
食事情解放同盟から美食会、食事改善協会にフードコーディネーター。
そして現在は学園に食事の改善を求めるの会となっているのだが……おそらく明日辺りにまた変わるだろう。
一週間に五回も変わっているのだから変わらない方がおかしい。
「ちなみに組織変更が多いからプランの呼び方は『プラン様』になってるわ。トップの呼び方すら不安定だからね」
「……あんたやけに詳しいな」
「そりゃそうよ。直接、中から見てたもん」
「はぁ! お前あっち側の人間かよ!」
「そう見える?」
いつもの七割増しのニヤニヤ顔を見てサリスは顔を顰め首を横に振った。
まだ短い付き合いだがそれ位はわかるほどサリスはおちょくられていた。
「……見えないな。そっちの方が面白そうだからそっちにいるだけだろ」
「正解! 何? あんたも私のファン?」
「ふざけろ。そんなのはこいつだけで十分だ」
そう言ってエージュを指差した後、サリスは後頭部を掻いた。
「んで、結局どうすりゃ良いんだ?」
サリスの言葉にリーゼは意地悪げな笑みを浮かべながら尋ね直した。
「どうって?」
「いや。プランは……嫌々いるんだよな一応」
「そうね」
「んじゃそのプランを助ける……って言うのか自分の組織から出る事を」
「ま、嫌々という訳じゃないけどずっといたいとは思ってないでしょうから助けるで良いんじゃない?」
「んじゃ、プランをそこから連れ出せば良いのか?」
「それはオススメしないわね。まあやりたいならすれば良いけど」
「どうしてだ?」
「この組織は今無茶苦茶不安定で、プランがいるからようやく何とかまとまってるからよ。ただでさえ支離滅裂で理もクソもない状況なのにそこで纏め役がいなくなったらどうなると思う? 百パーセント大事故よ」
「……例えば?」
「食い物の重要性を知っている人間に過去爆破テロまでしかけようとした人間が合わさって何が起きるのか想像出来るほど想像力豊かじゃないの」
「……めんどくせぇ」
その言葉が聞きたかったのかリーゼはケラケラ笑って見せた。
笑い顔は豊富なのにそのどれもが人を小馬鹿にした様な笑みだった。
「……思ったよりも色々と相談に乗ってくれるんですわね。正直もう少し私達に冷たいかと」
そんなエージュの言葉にリーゼは笑った。
「あら? あんた達の味方になったつもりはないわよ? ただ、私は面白い物の味方なだけ。んであんた達……というかあのちんちくりんは基本的に面白い。それだけよ」
「……人事じゃなければ私も面白いと思うのですけどねぇ」
そう言葉にしてからエージュは苦笑いを浮かべた。
「ま、外からゲラゲラ笑うのは私の特権よ。じゃ、お仲間も来たみたいだし私はさっさと戻ってあの馬鹿を肴にお酒でも飲みましょうかね」
そう言葉にした後、リーゼは何故か窓から出ていった。
それと丁度入れ替わりに、テオ、ヴェインハット、ミグの三人が部屋に訪れた。
「……誰かいたのか?」
ヴェインハットの呟きにサリスとエージュは苦笑いを浮かべた。
「ひねくれ者の野次馬……かな」
サリスの答えにヴェインハットは眉を顰めた。
今現在、この不可思議かつ理不尽な反学園組織には大きく分けると二種類の人がいる事になる。
それを端的に言うと、幸せな人と不幸な人だ。
食事情改善や自分の食の向上、またトップの用意した食事に釣られた人達。
そんなここ一週間で入ってきた人は基本的に幸せだろう。
学園に許された範囲でのデモを含む抗議活動と食事会位しか経験していない、ちょっと変わったサークルに入った位の学生だからだ。
だが、元から、それも食べ物なんてかかわる前からいた人はそんな幸せな理由でここに来た者はいない。
欲望の為に悪事に手を出した者は皆連行されていなくなった。
犯罪歴が酷い人間もまた同様連行された。
だから今、学園解放同盟の頃からいた人は真っ当な人生すら歩めなかった者だけである。
大多数は食うに困ってなのだが、それ以外にも口には出来ない様な過去を背負ってこんな場所に来てしまった者も少なくない。
真っ当に生きる人を妬み恨み、それでいて地下送りになるほど性根が歪んでいない。
そんな人達。
彼、彼女達は組織が明るく変わるにつれて居場所がなくなっていくような、そんな恐怖を覚えていた。
だからこそ、プランはこの組織から離れる事が、辞める事が、逃げる事が出来なかった。
自分がいなくなれば、それこそ本当に彼らの居場所がなくなってしまう。
自分が彼らの居場所を奪った事になってしまう。
そうプランは気づいた。
彼を見た第一印象は皆同じだろう。
彼は恐ろしく太っており、それ以外が気にならない。
どうして歩けるのか。
そう思われる位に彼は脂肪に包まれていた。
当然の事だが教師も友人も彼に忠告した。
冒険者となるにあまりに相応しくない体形だから。
医者ですら彼に忠告した。
文字通り命にかかわると。
食べる事に苦しみ痩せて弱くなる事に怯える冒険者が大多数なのに彼は珍しく逆方面で心配されていた。
それでも彼はとにかく太り、そしてそれでも誰の忠告も聞かず暴飲暴食を繰り返していた。
「んで、首ですか?」
プランに呼び出された男はそう尋ねた。
例えこの組織を辞めさせられても食べるのを抑える気はない。
例え自分が明日死んだとしても食べる事だけは変えるつもりはない。
そんな目で、プランに対して一切の敬意を払っていない目で男はプランを見ていた。
「……プラン様。我が組織に反抗的な者は――」
「はいストップ」
幹部の声を差し止め、そしてプランはその太った男に笑いかけた。
「別に止めろなんて言わないよ。ただ……私のご飯食べたくない?」
「そりゃ……プラン様の料理は美味しいから食べたいですよ」
「ありがと。でも、私の料理ってどの位の味なのかな? そこそこではあると思うけど店を出せる程とは思わないんだよねぇ」
「レパートリーが広いので小料理屋としてなら全然出店出来るレベルだと思いますよ」
食べ歩いてきたからこそ、男はそう客観視して答えた。
優しい味、誰かの為の味。
だが、技術や知識で言えば常識の範囲内。
そう男は分析した。
「……なるほどなるほど。ありがとう。んじゃ質問のお礼にご飯を用意しましょー。付いてきて」
そう言葉にして、プランは食堂に向かい男に料理を用意した。
「これは……」
「もう、貧しい料理は食べられない?」
プランの言葉に男は首を横に振った。
そんなわけがない。
食べ物なら何でも、どんな味でも食べると男は決めていた。
だから、この目の前にある具材が何もない一杯のスープだって当然食べるに決まっていた。
男が器を手に取り、そしてスープを傾けようと――。
「はいストップ。これ使ってね」
そう言葉にして、プランは男にスプーンを渡した。
ごく一般的なスプーンだが、男の体格で合わせると小さく見えてしまう。
そんなスプーン。
男はすこしイライラした様子でスープを掬い、そして口にする。
一口ずつ、一口ずつ。
ゆっくりと、大して旨くもないスープを口に運び……手を止めた。
手が震えていた。
懐かしい味に、怖い味に、食べられなくなる味に男は恐怖を覚えていた。
昔、取られる事を怯えて飲んだ時の様に。
「食べる事はね、怖い事じゃないよ。もう誰も取らないから。ゆっくり……味わって食べて欲しいな」
プランは預言を聞けその人の未来が見える事もなければ、同時にその人の過去が見えるわけでもない。
だけど、今その人が怯えてる事位はわかった。
食べられない事が怖くて、食べられなくなる事が怖くて……だから食べられる時にはずっと食べていたい。
そう思う気持ちならプランも理解出来た。
貧乏暮らしで毎食食べられたわけではない。
時にはこんな風に、ただのスープ一杯で一日を過ごした事もある。
だからこそ、プランは彼の事は何も知らないがその辛さだけは僅かでも共感出来ていた。
「……食べて、良いんすか? 毎日毎日、もう食べるなって……言われてきた俺が……」
「もちろん。だけどさ……味わって食べて欲しいな。今までみたいに……辛そうじゃなくて……ゆっくりと味わって、美味しいと思って欲しいの」
そう言葉にしてからプランは涙を流し、そっと男を後ろから抱きしめた。
醜いと言われ続け、意地汚いと言われ続け、誰にも傍に寄られず暖かさすら知らなかった男は、人の暖かさを初めて知った。
男は生まれて初めて、目の前に食事があるのに手を付けなかった。
泣き止んで、その後ゆっくりと食べよう。
男は食事を前にして、生まれて初めてそう思う余裕を持つ事が出来た。
「それが現状の一番の原因なんだけど……わかんないし考えてる訳ないよねぇ」
リーゼは遠くからプランの様子を見ながら苦笑いを浮かべつつそう呟いた。
流石のリーゼも今だけは茶化す気になれなかった。
自分の苦手な空気が漂う今だけは……。
ありがとうございました。




