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1-14話 割と忙しい自由時間7


 ざわざわと騒がしい場所にプランが向かうとそこには大勢の野次馬が集い、中央では言い争いをしている二人の男がいた。

 ただ、それは言い争いというよりも片方が一方的に怒鳴っていると呼ぶ方が近い。


 片方はかなり極端なまでに控えめな表現で、やんちゃな見た目をした男。

 ブラウン子爵領で良く見た逞しき海の男達と服装も粗雑さもそっくりであった。


 もう片方は露店市場で商売をしている男。

 こちらの男性はかなり大人しそうな見た目をしている。


 喧嘩腰の客の男と、おどおどしながら困る店側の男の言い分を聞いていると、どうやら金銭トラブルのようらしい。

 客側の粗雑な男は大銀貨を払ったと叫び、店側の男は小銀貨しかもらってないと呟く。

 見た目で判断すると客側が嘘を付いているようにしか見えないし、色眼鏡を外したプランの目で見ても客側の男がおかしいとしか思えない。

 店側の男はおどおどした中に困惑が読み取れ、客側の男の目はまるであざ笑って馬鹿にするような目をしている。

 どっちが悪いかは言うまでもないだろう。


「みなさーん。この店の人俺の金を詐欺で奪おうとしていまーす。客商売でそんな事して良いんですかねー!?」

 ガラの悪い男はそんな事を周囲に叫び、火に油を注ぐかの如く騒動をより悪化させていく。


 ――うーん。困った。途中から来たからか証拠が見当たらないし……どう介入したら良いかわからない。

 困ってる店側の人を助けたいと思うのだが、今言っても邪魔にしかならないのは明らかである。

 それがわかってるからこそ、プランは歯がゆい思いをしてその様子を見守っていた。

 そう思っていると、プランはぽんと軽く肩を叩かれくるっと後ろを振り向いた。

 そこにいたのはさっきまで話していた靴を売っていた中年の男だった。


「あらおっちゃん。どしたの?」

「いやいや、何も言う前に走って行ったから止めに来たんだよ」

「そか。心配させてごめん。店は大丈夫?」

「ああ。隣の店の人に見ていてもらうよう頼んだ。んで忠告だけど、露天市のトラブルには極力首突っ込まない方が良いぞ」

「うん……。何とかしたいけど……何も出来ないからね。邪魔したらいけないもんね」

「いや、そうじゃなくて……やけに野次馬多いだろ?」

「……そいえばそうだね。百人くらいいる? ただの言い争いなのに」

 ちょっと騒いでいるだけなのにわらわらと面白いように人が集まってくる。

 それが楽しくて客側の男はより騒ぎ立てているフシさえあった。


「ま、暇ならちょっと見ていたら良い。すぐにわかる」

 男が言う事を素直に聞き、プランは頷いて言い争う二人の男を見つめた。

 そうこうしているとまるでドドドとイノシシが突進のするかのような音が響きわたる。

 そして、その音の主はそのまま言い争う二人の傍まで走り、そこで急停止した。


 それは女の子だった。

 プランと同じような年頃の、少々ばかり幼く見える子。

 その子は腕と足に金属製の、胴体はわずかに金属補強された革の鎧を見に纏っていた。

「シャキーン!」

 少女は争う二人の間に入り、何故か決めポーズを取る女の子。

 それを見て客側の男は茫然とした表情を浮かべ、店側の男は迷惑そうな顔を浮かべていた。

『あちゃー』

 そんな痛々しい空気が場を支配した瞬間であった。




「正義の味方であるこの私が来たからにはもう大丈夫です! さあ何が起きたのかわかりやすく話してください!」

 きりっとした顔でそう言葉にする自称正義の味方。

 そこにさっきまであった争いの空気はない。

 ただ、だからといって楽しい空気というわけでもなく、むしろ『どうして来やがった』みたいな迷惑そうな空気が店側の男からだけでなく周囲の野次馬から広がっていた。


「さあ! 早く何があったのか話してください。大丈夫。私は正義の味方ですから!」

 何が大丈夫なのかわからないがドヤ顔でそう言葉にする少女と裏腹に、その空気はどんどん冷え込んでいく。

「……そいつが俺の金をパクったんだよ」

 そう客の男が呟くと少女は店の男をキッと睨みつけた。

「どうしてそんな事をしたんですか!? お母さん泣いてますよ!」

「え。いや、その……してません。小銀貨を大銀貨と偽られて困っているだけです」

 そう言われ、少女は頭の上にハテナマークを浮かべたような顔で二人を見比べる。

 そして、キーキー怒り出した。


「どうしてどっちが悪いかわからないんですか!? 正義の味方出来ないじゃないですか」

 その言葉に、当事者二人は「ええー」と小さく呟いた。


「待て。ここは私に任せてもらおう」

 そう言いながら、新しく男が一人更に登場する。

 全身フルプレートメイルをした、完全武装の男性。

 恐ろしく綺麗な銀色の鎧を見に纏い、フルフェイスヘルムの為顔はわからないが、背は相当高い。

 そんな男性は、礼儀正しい態度で揉めてる三人にそう話しかけた。

「私がいるから結構です!」

 少女はそう叫んだ。


「……小さき少女よ。私に任せてもらいたい。騎士……志望であるこの私に」

 どうやらその恰好でも騎士ではないらしくそう言葉にした。

「ヤ。私が先に来たから」

「だが、君では解決できまい」

「でーきーまーすー。いざとなったら二人共ぶん殴れば良いだけですー」

 そんな無茶を言う少女。

「ふむ。それは妙案かもしれない。ならば私が君をぶん殴ろう。それなら殴るのが一人で済む」

 どうやら騎士風の男もマトモではなかったらしい。

「お? 私に盾突くという事は……悪い奴ですね! 私が懲らしめて改心させてあげます!」

 そう言いながら、当事者二人を放置して、自称正義の味方と騎士志望の男は喧嘩を始める。

 その瞬間、野次馬達は歓声をあげ二人の観戦に入った。




「……なんぞこれ」

 騒動そっちのけで喧嘩が始まった様子を見ながらプランはそう呟いた。

 ただでさえ突然理由もない殴り合いの喧嘩が始まるという頭のおかしい状況なのに、小さな少女は背の高いフルプレートの男性と対等に殴り合っている不思議な状況。

 お互い拳ではなく、金属製ガントレットの殴り合いである。

 それはほとんど命のやり取りに近い。


 そんな殴り合う二人を無視して、更に学者風の衣装をきた三人の男が客側の男を取り囲み、何やら尋問を繰り広げていた。

 同時に反対側の店の男も、客側とはまた違う学者風衣装を身にまとった男性三人に取り囲まれ、優しくだがねちっこい尋問を受けていた。


「……なんぞこれ」

 プランは再度、そう呟いた。

「あっちの正義の味方を名乗った馬鹿はサークル『ジャスティス』。正しい事を正しいと言える社会とかなんとかを目指すってさ。んで殴り合っている騎士は……たぶん武官試験の突破を目指すサークルだな」

「……じゃ、あっちの学者っぽい人達は?」

「わかんね。裁判官志望とかその辺りだと思う」

「……なんでこんな事になってんの?」

 そうプランが呟くと、靴を売っていた男は説明を始めた。


 簡単に言えば、この露店市場の秩序を取り仕切るという権威を求めてサークルが争っている。

 ただそれだけの話だった。

 目的自体はサークル毎にそれぞれ違い、正しく正義の為という場合もあれば、サークルの新人獲得の為だったり、または露店市場で人通りの良い場所を手にする為と様々である。

 ただし目的は違えど手段は皆一緒で、露天市場のトラブルを自分の手で解消しようとしていた。

 露店市場のトラブルを解消したという実績を持ち、商人達から信用を稼いでサークルの地位を高め商人を味方に付ける。

 そうすることで自らの目的を達成したいのだが……残念な事に同じ事を考えているサークルは非常に多く存在しており、今まで一度たりとも特定の個人サークルが露店市場を取り仕切った事はなく、おそらくこれからもないだろう。


「つーわけでトラブルというエサを待っている奴らがアホみたいに群がってくるからさ、トラブルにかかわったら酷い目に合う。つーわけで介入は止めとけって言ったんだ」

 そう男が説明している間に、何があったのか知らない人物が入って六人で大乱闘が行われ、裏では当事者を混ぜて簡易裁判が開かれていた。

「うん。納得したよ。これはめんどい……。でもさ、かなり無茶苦茶な状況だけど……これはこれで何とかなってるんだね」

 やたら遠回りではあるが問題解決が近づいているのを感じたプランはそう呟いた。

「ああ。無茶が一周回って何とかな。一応先生方も見回りしているらしいが、生徒の自主性の何とやらで介入する事はないな」

「これも冒険者としての一環か……うん。何となくわかる」

 少なくとも、ここで殴り合っている人達に依頼を出したいと思う人はいないだろう。


「あ、解決したっぽいね」

 プランはとぼとぼした様子でどこかに連行されていくガラの悪い男を見てそう呟いた。

「そうみたいだな」

「んじゃ靴買うしおっちゃんの店いこか」

「ああ。そうだな――嬢ちゃん危ない!」

 男の叫び声を聞き、プランは男の目線が自分の後方である事に気づいて後ろを振り向いて誰かのガントレットが顔目掛けて飛んできているのを目撃した。


 プランは無意識に自分の腰を触り剣を掴もうとする――剣を持っていないのに。

 普段は頼ろうとしないのにこんな時に頼ろうとしてしまう。

 そんな自分をプランは情けなく感じた。


 避ければ良かったのに切り払おうとして一手逃してしまった。

 そして、すぐそこまで迫っているガントレットからはもう避ける事すら間に合わないだろう。

「あ」

 何故かわからないが、間抜けな顔でそう呟くプラン。

 そう呟く事しか、出来なかった。


 動く事も出来ないのに目が良いからか迫ってくるガントレットを見続けるプラン。

 そしてその瞬間――プランの視界は真っ暗となった。


 それが誰かの背であると理解するのにそう時間はかからなかった。


 ごとっと音を立てて重たい何かが地面に落ちる。

 おそらくだが、それがガントレットだろう。


「嬢ちゃん。大丈夫か!?」

 後ろにいた靴屋の男は慌ててそう叫ぶ。

 さっきまで野次馬の喧騒と争いの音が鳴り響いていたのに、今空気は冷え込みしーんとした静寂の中皆がプランの方を見ていた。


 誰もがお祭りのように楽しんでいただけで、外野が巻き込まれる事など決して望んでおらず、見ていただけなのに皆が罪悪感を抱えていた。


「あ……うん」

 それだけ呟き、プランは一歩だけ後ろに下がる。

 そこに見えたのは、自分を守る為に立っている男の背中だった。


「あの……ありがとうございました?」

 助けてもらった事を何となく理解したプランは目の前の大きな背中の男に声をかけ、ぺこりと頭を下げる。

「いや。構わないよ。怪我がなくて良かった」

 そう言って男は振り向きプランに顔を見せた。


 その顔は世間一般でいう美形という顔からは遠いだろう。

 少なくとも、線の細いイケメンという言葉は絶対に出てこない。

 頼りがいのあるほど背中は広く、肩幅もかなりがっちりしていて首も太く、繊細という言葉と最も縁遠い体格をしてる。

 かといって醜い容姿なのかと言えばそんな事は決してない。

 かなり整った顔立ちをしており恰好良くはあるのだが、彫りの深い顔やしっかりとした顎骨などの為『カッコイイ』より『たくましい』という印象の方が先に出て来るだけである。

 キャーキャー言われるタイプではないが、武骨で男らしい為それなりにモテそうな外見。

 そんな古き良き男冒険者のような男は、ラフな布の服に小さな木の盾だけを持っていた。

 男の体格が良いからかその盾はまるで鍋の蓋のように見えた。


「……ちっ。あいつ謝る前に逃げやがった」

 目の前の男は殴り合っていた六人のうち一人がいなくなった事に気づきそう呟いた。


「……あー。あんた、あいつらの謝罪いるか? 手甲飛ばした本人はさっさと逃げたけど」

 その言葉にプランは首を横に振る。

「ううん。別に怪我してないし」

「だな。……謝罪したところでどうせこれからも喧嘩は止めないだろうし。って事でほら散った散った! むしろ迷惑なんだよか弱い女性一人に集団で来られると」

 男がそう叫ぶと、しょぼんとした表情のまま五人はぺこりと頭を下げ、そのままどこかに散り散りに去っていった。

 それと同時に、野次馬達も去っていき露店市場はあっという間に元の賑やかで楽し気な空気に戻った。


 男に流れを任せたまま茫然としていたプランは我に返り、目の前の男に深く頭を下げた。

「庇ってくれた事と騒動を納めてくれた事、本当にありがとうございました。私は新入生のプランと言います。お名前を聞いても?」

「ん? 苗字ないのか?」

「はい。なくしました」

 そう言ってプランが微笑むと、男は苦い顔を浮かべる。

 ただでさえ彫りの深い顔なのにその苦みを帯びた表情は妙に辛そうで、それいでいてやけに絵になる表情だった。

「そうか。俺の名前はヴェルキス。俺も苗字を失くした」

 そう言って微笑むその顔は、とても悲しそうだった。


「あの……隠れて見えなかったですが、庇ってくれたんですよね?」

 衝撃音すらなく地面に落ちた為よくわからなかったプランがそう尋ねるとヴェルキスは頷いた。

「ま、盾で受け止めただけだがな」

「……その木の盾でですか?」

「ああ。この俺の図体に似合わない盾でな」

「……ヴェルキスさんが持つと、ちょっとお鍋の蓋ぽいですね」

 その言葉にヴェルキスは笑った。

「はは。確かに。似合わないのはわかってるんだが……人通りが多い場所だからな。当たった時痛くないよう硬くも尖ってもなくて、んで邪魔にならないような小さい非金属の盾ってこれしかなかったんだ」

 そう言ってヴェルキスは器用にも盾をくるくると指の上で回した。

「……なるほど。他の人を気にして……」


 プランは目の前の男、ヴェルキスの取った行動を見ていると、本当にぼんやりとした、輪郭すら見えないほど薄らとだが自分の目指すべき先が見えたような気がした。


「ところで、何かお礼をしたいのですが……ヴェルキスさんは私に何かして欲しい事ありますか? お金は……ごめんなさいあんまり残ってないです」

 買い物をしすぎた事を思い出しプランは申し訳なさそうに呟いた。

「いやいいさ。大した事はしてないし」

「ですがもしかしたら大怪我してたかもしれないのでやはり何かお礼をと……」

「と言ってもなぁ……。お礼の為に助けたわけじゃないし」

「お礼の為に助けた人じゃないからお礼したいんですよ。ついでに言えばお礼をしないと私が何かもにょります」

 プランがそう答えると、男はなるほどと呟きながら子供を見るような微笑ましい目でプランを見つめた。


「そか。そこまで言ってくれるなら一つ良いかな?」

「はい。出来る事ならですが」

「いや……すげー言い辛い事なんだが……ああ、その前に新入生だしサークル決まってる?」

「いえ、どうもピンと来なくて」

「そか。んじゃほんっとうに言い辛い事なんだけど、俺のいるサークルの見学に来てくれないか? 人がいなくて会員達が寂しがっててな。もちろん入らなくてただ見学してくれるだけで良いから。お菓子も出すし」

 男は非常に申し訳なさそうに言葉にした。


「別に見学するのは良いんですけどその前に二つほど良いです?」

「ああ。何だ?」

「まず、何のサークルでしょうか?」

「あ、言ってなかったな。これ」

 男は盾をくるくると回しながらそう呟いた。

「盾?」

「そそ。盾」

 そう答えるヴェルキスを見て、プランは普通に興味が惹かれ始めた。

「ほほぅ。盾のサークルとは……。それはそれは……んでもう一つ良いです?」

「おう。何だ?」

「後ろに人待たせてるので先に買い物して良いですか?」

 申し訳なさそうにプランが言うと、その後ろに靴屋の男は苦笑いをしながらプランを待っていた。

「……すまん」

 ヴェルキスはそうとだけ呟き下を向いてプランの後ろに付いた。


ありがとうございました。

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