7-1話 浪漫同盟(前編)
ノスガルド王国最大規模の冒険者育成所、アルスマグナ冒険者学園。
その大きさ、構成員数、生徒の数、資金とその全てが他の育成所と比べて桁外れであり、冒険者学園の中でもナンバーワンであり、同時にオンリーワンでもあった。
それはただ凄いだけというわけではなく、同時に極めて異質でもあった。
恐ろしいほどに安い入学金に三か月間無料の学費寮費食費その他諸々の諸経費。
そして三か月でそこそこの知識を詰め込まれ冒険者となれる。
練度という意味でもトップを目指せる学園にもかかわらず、やっている事は最底辺の人間をすくい上げる職安も兼ねていた。
そしてあまり表だって言われていないが、死亡報告数が他の学園の数百倍を超えていた。
他の冒険者学園の最大生徒数と同数かそれを遥かに上回る数の生徒が、冒険と関係ない場所で死亡している。
確かに死んだ生徒はあまり評判は良くない。
だが……それではまるで棄民でも行っているかの様ではないか。
そう思う人は多くても、それを表だって言う人は少なかった。
上を目指すならここよりも良い場所はないと言わしめるほどの訓練所である事は否定しない。
そんな強い光があるからこそ、その陰として深い闇があるのだろう。
知らない人は尊敬して憧れ、詳しく知る者は敬意を払いつつも恐れる。
アルスマグナ冒険者学園とはそんな場所だった。
そんな場所だからこそ、他の学園とは絶対的に違う教育方針があった。
それは……カリキュラムがない事である。
千を超える授業数があり、万を超える先生が直接指導してくれる場所。
それと同時に必須科目などの授業が存在していない。
いやそれ以前に課題さえこなせば授業など受ける必要すらなかった。
その理由はそれほど難しい訳でも闇が深い訳でもない。
冒険者学園と銘打ってはいるが、アルスマグナ学園はどちらかと言えばスペシャリストを育成する方に重きを置いている。
万能性の高い冒険者を育成する事も本分ではあるが、学園としては特化型の人材を育成したかった。
それ故に、同じ内容の授業を希望した場合常に受け続けられる様、その分野に特別特化出来る様この様な生徒の自主性を最大限に尊重した授業スタイルが確立されていた。
プラン、サリス、エージュの三人は大体同じ生活スタイルで日常を繰り返している。
朝起きて朝食時に合流し、一緒の授業を受けたり一緒に依頼を受けたりして過ごし、そしてそれぞれの部屋で寝る。
三人は気質だけでなく得意な事も苦手な事もまるで異なるのだが、それでも出来る限り同じ授業を受ける様心がけていた。
本来ならそれぞれ独自に得意な事を伸ばすべきなのだが……三人は仲良しである。
だからこそ、お互いの持ち得る情報を出来るだけ共有しお互いの行動の幅を広げつつも理解度を増していく為に同じ知識を集める事に決めていた。
仲良しだから一緒の授業を受けるというのはなれ合いという意味ではない。
固定パーティーとして今後を過ごすと決めているからこそお互いの理解度の減少を避けるという側面が強かった。
授業内容を決める回数が一番多いのはサリスである。
三人の中で一番冒険者らしい気質、性質、能力を持ち、現場では引っ張る役であるからこそ冒険に必要な知識や技術が一番必要だからである。
次いで多いのがエージュ。
知識欲、学習意欲、向上心が高くより高みを目指すのに必要そうな授業を見繕い三人に提案するのがエージュの役割の一つでもあった。
それに対してプランが授業を選ぶ回数はあまり多くない。
理由は単純で、プランは現段階である程度完結した器用貧乏スタイルであるからだ。
もしもプランが料理人を目指していたなら、きっと優れたシェフになれただろう。
優秀な体力に優れた味覚と食に対する好奇心。
そして何よりも誰かの為に美味しい食事を作りたいと願うその気持ち。
きっと良い料理人になれたに違いない。
もしもプランがメイドになろうとすれば間違いなく大成したはずだ。
掃除、料理、屋敷の管理に育児とどんな事でもこなせ、周りを明るくする。
皆から頼りにされるメイドになれただろう。
もしも、プランが農家を目指すなら革命が起きるだろう。
彼女は土に愛されている。
そう評される程には土いじりが向いていて、そして似合っている。
だが、プランはそのどれもが出来、どれかを選択するチャンスはあったが、そのどれもを選択しなかった。
やるべき事の為、才能を特化させなかった。
だからこそ、今のプランは欠点を抱えた器用貧乏タイプであり、様々な事に対しての伸びしろは高いがそのどれも極められず中途半端となる。
そしてその優しさと臆病さから戦闘方面の伸びしろが壊滅的である為、冒険者としてはあまり期待出来ない。
だからこそ、プランが授業を選ぶ事はない。
戦闘を除けば大体秀才とも言える結果が出せるプランだからこそ、授業を選ぶ理由がなかった。
ただし、プランには器用貧乏という評価を覆す二つの才能がある。
一つはその性根故に死んでおり、使い道が酷く限定された剣の才能。
一切磨かずとも超が付く一流をも超えるソードダンサーの才能は隠すにしては惜しいと言って良いほどの才能である。
そしてもう一つ……その心と噛み合い洗脳とも言えるもの……。
人脈を築き上げていく人誑しの才能。
こちらはいかんなく発揮し続け、プランは自信を持って自分が人に恵まれていると言えるだけの結果を出せていた。
「んで、お前がめずらしく授業を受ける時間すら削ってでも行きたい場所ってのはどこだプラン?」
口に肉の刺さった串を頬張りながら廊下を歩き、サリスはそう言葉にする。
その様子を見て品がないと横から説教をするエージュだが、サリスはそれをガン無視していた。
「あはは……。ジョルト先生に面白い人がいるって聞いたからね。ちょっと会ってみたくて」
「ほーん。それって教師?」
「ううん。生徒さん。先輩なんだけど何か凄い人らしいよ」
「ほうほう。どう凄いんだ?」
「何か職人さんなんだって」
「何の?」
「エンチャント武器。主に剣だって」
その言葉を聞き、サリスは目の色を輝かせエージュは説教を止め話に混じって来た。
「若くて優秀な職人に連絡を付ける為ですか。……ええ。そういうコネを作る事もまた冒険者学園の利点ですからね。冒険者としての人脈作り。そういうところを是非見習っていきたいものですわ」
エージュの誉め言葉にプランは照れた様な笑みを浮かべ後頭部を掻いた。
「あはは……。そして今回はもう一歩踏み込みたいなーと思ってるんだ」
「もう一歩……とは?」
「その人さ、そういう職人にしては珍しく女性らしいから」
その言葉で二人はプランの言葉の真意とその必要性を理解した。
プラン達三人は間違いなくとても仲の良い冒険者パーティーである。
ビジネスライクな関係である事も多い固定パーティーの中で、感情と利益両方を考えて一緒にいられるというのは本当に珍しい事と言える。
その理由の一つに同性である事なのは間違いなかった。
そして、それが足を引っ張る事態になる事が増えて来ていた。
冒険者は当然だが男性の方が多く、依頼を受ける際に臨時で組む時は高確率で男性と組む事となる。
これが学園内でのパーティーなら最低限の質は保証されるが王都内での組合での場合はそうではなく、場合によっては冒険者と名乗るだけのチンピラとチームを組む事となる。
そして当然の話だが、三人中二人が美人で綺麗所の多いこのパーティーに邪な気持ちでかかわってくる男達は決して少なくなかった。
とは言え……それだけなら実は大した害はない。
貴族社会という伏魔殿にて目を肥えさせたエージュに超動物的な感性を持つサリスの二人。
そして純粋だからこそ人の嘘が見抜け相手の心の壁を取り払うプラン。
この三人がいる以上ただただ不埒なだけの輩とパーティーを組む事はあり得ないからだ。
問題はそこにあるわけではなく、三人の目で選りすぐった真っ当な男性冒険者と臨時パーティーを組んだ場合にあった。
相手が問題なくとも、パーティーを組む場合は色々な事が起きる。
その中でも特に多いのが次の三例――。
一つは、臨時で来た男がサリスに良い恰好しようとして空回りするパターン。
一つは、臨時で来た男がエージュに良い恰好しようとして空回りするパターン。
そして最後は……女だけのパーティーに混じった所為で男が委縮し遠慮して仕事があまり出来ないパターンである。
女性だけのパーティーに男性が混じるというのは予想以上に男性のメンタルに負担が大きいらしく、臨時パーティーで相手側に負担を掛ける頻度は思った以上に多かった。
ちなみに……プランに対してナンパしようとか良い恰好を見せようとか言う冒険者は一人もいなかった。
代わりにプランの事を娘や孫の様な目で見る高齢の冒険者は多かった。
そんな理由で、プラン達に今必要なのはそこそこ仲が良く臨時パーティーを組める女性の冒険者だった。
それが自分達と役割が重ならない者ならなお良いだろう。
だからこそ、プランが授業を休んでまでただの生徒に会いに行こうといったその意味を二人は正しく理解出来ていた。
「んで、その職人さんはどんな人なんだ? やっぱり武器職人っつーんだから結構歳食っててでかくていかついのか?」
サリスが腕で力強さをアピールするポーズを取りながらそう尋ねるとプランは苦笑いを浮かべながら首を横に振った。
「ううん。年頃は私達に近くて、どちらかと言えば小柄な方らしいよ。まあ私よりは大きいでしょうけど」
「ほーん。武器を作るって言うから腕が丸太くらい太い婆さん想像してたわ」
「あはは……。でも鍛冶場にいる男の人ってそういう感じの人だからその気持ちはわかる」
「きっと職人というよりも研究が好きな方なのではないですか?」
そうエージュが言うとプランは頷いた。
「らしいよ。それでも冒険者しながら武器作ってるから力も体力も凄いと思うけど。……サリスよりあるかはわからないけど」
「ハワードさんを人間の枠に入れたらお互い可哀想ですわ」
そんなエージュの嫌味なのか本気なのかわからない言葉にプランは小さく噴き出して笑い、サリスはそんな二人の頭を乱暴にぐりぐりと乱暴に撫でた。
プランがジョルトから聞いた情報はそれほど多くない。
鍛冶職人、武器制作というのは伝統や格式が重要視され、血統を神聖視する事すらあった。
だからこそどの職人の弟子といった立場やどの製作者の系譜なのかという事が大切となり、必然的に派閥が生まれていった。
派閥が生まれるという事は悪い事ではない。
お互いが嫌がらせに精を出さない限りは競い合うライバルとなるからだ。
ただ……多くの派閥があるにもかかわらず、残念な事に大多数は女性が鍛冶場に入るのを嫌がる。
女の体力じゃ武器なんか作れない。
顔に火傷したら大事だ。
女を鍛冶場に入れたら鍛冶場が嫉妬する。
鍛冶場に女を入れたら鉄が腐る。
そういう声は決して少なくなかった。
そういった理由があるだけでも彼女は不利なのだがそれ以外にも色々と面倒な事が重なりその結果、彼女は誰にも頼る事が出来なかった。
それでも……たった一人で彼女は冒険者として成長し、武器作りのノウハウを集め、遂には自分だけの工房まで手にした。
それははっきりいって快挙という言葉では全然足りないほどの偉業であり、百年に一人の天才と言っても良い位だろう。
だが、それでも今尚彼女を認める派閥は、彼女を受け入れようと思う職人派閥は一つもなかった。
伝統も格式もない、受け継いだ知識も技術も血もない彼女はいない者としてしか扱われていない。
それでもなお一人で頑張り続ける彼女が一人で頑張るというのは余りにももったいない。
そう思ったからこそ、ジョルトはプランに彼女の事を伝えた。
プランなら、誰とでも仲良くなっているプランなら彼女を独りにしないだろうと思って。
「何何。面白い人に会うの?」
そんな声で三人にひょいと声をかけてきたのはリーゼだった。
リーゼを見てプランは嬉しそうに微笑み、エージュはぺこりと頭を下げ、サリスは顔を顰めた。
「げ。何でここにいんだよお前」
そんなサリスの声にニヤニヤした顔でリーゼは答えた。
「そりゃ、何か面白そうな雰囲気がしたからよ。ほら。さっさと話して。誰に会うの?」
「エンチャント武器職人の生徒さん。工房持ってるからそっちに会いに行くよ」
そうプランから聞き、リーゼは少し考え込む仕草をした後そのまま三人から離れた。
「興味ないし汚れそうだから良いや。じゃね」
そう言って手をひらひらと振り、そのまま振り向きもせず帰っていくリーゼ。
その興味のない時はとことん離れていく気質はまるでわがままな猫だった。
「……本当……何でこんな場所に居てなんで俺らに関わってくるんだろうあいつ……」
からかわれ続ける怒りを胸にサリスはそう吐き捨てる様に言った。
「あはは……そいやゲンコツは良いのサリス?」
次あった時はゲンコツ一発と言っていたサリスにプランはそう尋ねた。
ちなみにサリスがそう言ってから既に二桁程度はリーゼと再会している。
学園内にいて、しかも食堂の手伝いをしているのだ。
そりゃ会う頻度は少ないわけがなかった。
「……腹立つけど……あいつ追い掛けてもおちょくられるだけで追いつける気がしない。だから諦めたんだよ」
そう言葉にするサリスは悔しそうだった。
「腐っても、ふざけている様でも、希代の怪盗ですからねぇ」
そんなエージュの言葉にサリスは盛大に、そして面倒そうに大きな溜息を一つ吐いた。
ありがとうございました。




