6-15話 二人の怪盗5
その人物が怪しいという事はもうわかりきっている。
わかりきった事なのだが……悲しい事にあちら側が動きを見せなければプラン達に出来る事は何もなかった。
いやそれ以前に全てが手の平の上であると考えた場合あちらが何かする事はなく、自分達に与えられた役割など何もないのではないだろうか。
そう思いながらとりあえず色々と調べながら日にちを過ごし……とうとう最後の日となった。
依頼の最終日、屋敷全てをあげて盛大なパーティーが開かれた。
怪盗を追い払ってくれた冒険者に感謝を……なんてのは建前である事は皆わかっている。
本題は暗い話が多いから皆が明るい事をしたかったのと……オルシュタイン家として最後に盛大に催しを開きたかったから。
とにかく盛大なパーティーを皆で楽しみ、何時も通りプランがメイドから食堂から商店からスカウトされ、双子達は珍しく我を忘れてはしゃぎ回る。
そんな楽しいパーティーが開かれた。
一人だけ……たった一人だけいるべき人が足りず僅かに寂しい思いをした者はいた。
だが、それを口にする者はいなかった。
そしてそのパーティーも終わり、とうとう明日に帰るだけとなった。
確かに色々と疑惑は残るが……もう無理にほじくり返す必要もないと三人は決めていた。
このまま何事もなければ暖かいベッドで寝て、朝になって晴れ晴れとした気持ちで帰り、学園生活に戻ろう。
そう決めたそんなそんな夜中……。
「おい。動いたぞ」
酷く気だるげな声でサリスが部屋の外から悲しい宣告を告げた。
「えぇ……」
プランは酷く恨めしい気持ちとなった。
楽しいパーティーではしゃぎ疲れ、目の前には暖かくふかふかなベッドが待っている。
だがその全てを包んでくれるベッドに向かう事は許されないらしい。
気分は愛すべき人に会えない王女様である。
たった一日待てば自分達はいなくなる。
だからもしその人物が何かするならば明日以降だろうとプラン達は予測していた。
当たり前の話だが、外部の人間でかつ好き放題動ける自分達がいない方が色々と都合が良いからだ。
だが……そんな想像なんてあっさりぶち壊しターゲットはこの一番面倒な時間に動いてしまった。
「……ちょっとだけ……このままベッドに入って忘れたいと思ってしまう自分がいる……」
「安心しろ……俺もエージュもだよ。わざわざ今日でなくても良いだろうって何度も思ってるわ。……知らないフリして寝るか?」
サリスのそんな魅惑的な悪魔のささやきにプランは必死に抵抗した。
「そうしたいけど……駄目でしょ。一応まだ依頼の期限内だし……」
「……だよなぁ……」
そんなサリスの言葉を聞いた後、プランは溜息を吐いた。
奇しくも、その溜息は見事なほど三つが同時に重なった。
よいしょよいしょと小さな絵画を運ぶメイドさん。
普段なら微笑ましい気持ちとなるだけなのだが……今は夜中である。
残念ながらお勤めを頑張ってるなんて見方出来るわけがなかった。
「手伝おうか?」
プランがそう声をかけるとその見習いメイドのトレスは三人に気づき、にっこりと微笑んだ。
「あ、皆さんこんばんはです。こんな夜遅くにどうしました?」
いかにも当然の様に、堂々とそう言葉にするトレス。
その態度に怪しいところは全くなく、それでいて嘘を付いていたり誤魔化している様子は一切見られない。
「それはこちらの言葉だよ。こんな夜に一体どしたの?」
プランがそう尋ねるとトレスは困った顔となった。
「いきなりご当主様が絵を見たいと……。しかも自室で」
「あらあら……それは大変ですね。手伝いましょうか? そこまで大きくない絵画とは言え一人では大変でしょう」
元々小柄な事もあり大変そうなトレスを見てエージュはそう尋ねた……が、トレスは首を横に振った。
「いえ。見習いですけど私が受け持った仕事ですから。これを誰かに任せたら私怒られちゃいます」
そう言葉にするトレスを見て、三人は顔を見合わせた。
会話の内容だけなら、怪しい要素は一切ない。
もしトレスを最初から疑っていなかったらこの時点で三人はその場を後にしていただろう。
だが、今はむしろ怪しく無さ過ぎて逆にトレスを怪しいとすら三人は思っていた。
「ねぇトレス? 見張りの人はどうしたの?」
「え? 見張りって何の事ですか?」
「その絵。宝物庫の絵でしょ?」
「へ? 違いますよ? これは客間に飾っていた絵です。宝物庫なんて寄ってもいません」
そう言葉にするプランは信じられない物を見る様な様子でトレスを見た。
その様子は一切嘘を言っている様子には見えない。
だからこそ、プランにとってそれは初めてな事だった。
明確な嘘をはっきりとついているにもかかわらず、全くその兆候が読み取れないなんて事は……。
「……トレス。私ね、芸術とかそういうのって本当良くわからないの」
「はい? あの……一体……」
「だからね、どこに何を置いたら良いかとかそういうセンスはないの。お洒落が嫌いなわけじゃないし可愛いものは好きだよ? だけど私のセンスだと超庶民的になるだけで……」
「はぁ……」
何を言っているのかわからないトレスは曖昧な返事をする事しか出来なかった。
「だからねトレス。私は掃除の時そういった調度品は元ある位置に元ある物は出来るだけ正確に戻す事を意識してるの。私のセンスが出ない様にね」
「えっと……プランさん。その……何をおっしゃいたいのか……」
「だからね……私はきっちり元に戻す為この屋敷にある全ての部屋の調度品の見た目と位置を暗記してる。そしてその絵を私は客間でも、それ以外の場所でも見た事がない。だからさ、それ……どこから持って来たのかもう一度教えてくれるかな?」
そう言葉にするとしばらくトレスは無言になった。
その時間はわずか数秒だったかもしれないし、数分以上かかったかもしれない。
だが、それを見守っていたサリスとエージュにとっては重苦しく、そして苦痛で非常に長い時間にすら感じた。
「……なんとまあ強引な方法かしら。ま、結構な馬鹿みたいだしそれ位出来なきゃナイトメアすら追い出す事は出来なかったか」
そう言葉にするトレスはさきほどまでの大人しく愛想の良いトレスという仮面を被っておらず、邪悪とも言える底意地の悪い笑みを浮かべていた。
どことなく妖艶で、それでいて明らかに悪質な笑み。
その本来のトレスの顔をしたその顔はプランには似ても似つかわしくなく……それどころか年若い少女ですらない。
間違いなく三人より年上だろう。
そう思うだけの深みと含みのある表情だった。
「……お前、ガキじゃなかったのかよ」
「背が低いって便利よね。子供って言ったら皆信じてくれるもの」
サリスの言葉に悪気もなさそうにそう返した。
「一体お前何歳だよ……」
「さあ? えっと……たぶん三十歳は過ぎてる位で良いかしら?」
「……せめて嘘つくならもう少しそれっぽく言ってくれよ……」
そう言って溜息をつくサリスにトレスはくすくすとあざける様に笑った。
疑うべき相手なのに今まで一切疑っていなかった。
それに気づいた時、最初僅かな恐怖を覚えた。
そもそも自分達を屋敷に招いたという理由だけで怪しい。
トレスという少女はそれほどに怪しい立ち位置だったにもかかわらず、今まで誰一人疑っていなかった。
だからこそ、三人はトレスに対し確信に近い疑いを持っていた。
「んでトレスさんや。どういう事で何が起きてるのかさっぱりだから教えてくれない?」
プランが気楽な感じでそう尋ねると底意地の悪そうな……というよりも意地悪な継母の様な笑みをトレスは浮かべた。
「あんた達に教える義理が私にあると? そう思うなら本気で頭がおめでたい事になってるんじゃない?」
「おおー。何か小悪魔っぽいね!」
何故か嬉しそうにそう答えるプランにトレスは露骨なまでに嫌悪を見せ顔を顰めた。
「……やっぱり性格悪い奴にプランの能天気な性格は刺さるなー。皆困った顔を浮かべるのは見てて面白いわ」
サリスがそう言葉にして笑うとトレスは苦笑いを浮かべた。
「確かに苦手なのよね。こういう誰でも信じるーみたいなお花畑さんな性格」
「……最近、苦手苦手って良く言われて少しだけ悲しいプランです……」
「……私は素敵だと思いますから」
そうエージュは言葉にし、プランの頭をよしよしと慰めた。
「ま、思ったよりも働いてくれた事だけは良かったわ。でも思ったよりちょろちょろして……邪魔ねあんた達。……でもまあ良いわ。私はナイトメアの様に甘くないわよ?」
トレスはそう言葉にし、にたりと笑う。
それを見てサリスはその笑みにやり返す様にやりと笑った。
「つーてもお前ナイトメアより弱いだろ。俺ら三人ならお前位……」
「逆にあんたは三人の中で一番馬鹿でしょ?」
トレスは嘲る様にそう言葉を紡いだ。
「あ?」
「私の事性格悪いって思うでしょ? 正解よ。でもね、性格の悪さってのは一種の武器よ。私に勝てると思うならせめて私くらい腹黒くなってから……は言い過ぎでももう少し人を疑える様になってから言いなさい。ついでに言えば私には切り札もあるから無駄よ? ま、山猿にはそう言ってもわからないか。言葉すら通じてるかわからないし」
そう言葉にしてにししと笑うトレス。
それを見て明らかに怒りを覚えるサリス。
サリスには非常に申し訳ないのだが……やけに生き生きとしているトレスを見てプランは何故か微笑ましい気持ちとなった。
「というわけではいどーん!」
そう大声でトレスが叫ぶと三人は身構え……るのだが、特に何も起きない。
その虚を突いてそのままトレスは風の様にぴゅーっと逃げていった。
三人は沈黙し、茫然とした様子でその背を見つめ、そして時間差でサリスが叫んだ。
「あ、おい! 追いかけるぞ!」
我に返った二人もそれに頷き追いかけようとする。
そして足を前に出そうとして……三人は同時にすっころんだ。
「ぶへっ」
顔面を床に叩きつけ、そんな間の抜けた声を放つプラン。
残り二人も顔から落ちなかったものの、地面に手を突いて倒れた姿勢となっていた。
「なんだこれ……」
サリスは自分の足に繋がれたロープを手に取った。
それは見事に三人繋がっており、また廊下の隅に上手く括りつけられていた。
「……つまりさ……ヴェインハット勢って事だねトレスは」
プランがたははと笑うとサリスはロープを素手で引きちぎった。
「早く行くぞお前ら!」
「……せめてナイフ位使いましょうよ……これ結構太いロープですのに……」
エージュは苦笑いを浮かべながら自分とプランの拘束を解き、三人はトレスを追いかけだした。
意外なほどにトレスはすばしっこかった。
それはただ足が速いというわけでなく、三人の中に未だに見習いメイドとしてのトレスの印象が強く残っていた為尚の事三人には今のトレスがそう見えていた。
慎重なタイプでいつもゆっくりで、それでいて時々ドジをする子。
そんな作られたイメージが脳内に残っているから今重たい絵画を持って駆け抜ける様に走るその姿が一致出来ずにいた。
その上屋敷道中には落とし穴やロープ、陶磁器などのトラップを設置しながら逃げている。
特に性質が悪いのはそのトラップは自分達を足止めするだけでなく割れ物を利用している事である。
『無理やり通ってみれば? それすると皿とか壺とか粉々だけどね』
そう言わんばかりの器物破損トラップを解除しながらの為、追いつくに追いつけずにいただけでなく……エージュが追い付けず脱落した。
とは言え、何の荷物も持っていない上に体力自慢の二人である。
トレスに追いつくには時間の問題であり、既に二人はトレスの背を補足出来ていた。
そろそろ屋敷の玄関入り口が近い。
だが、そこに行くまでには確実に追いつけるだろう。
その距離でトレスはこちらを振り返り……笑った。
まるで嘲笑うかのような笑みでもり、同時にいたずらっ子の様な笑みでもある。
そんな笑みの後、トレスは何かを言い出した。
「切り札はここぞという時に使うものよ? さあ突破してみてよ。出来るものならね」
そう言葉にしたと同時に、トレスは誰かとすれ違った。
そのすれ違った人物はトレスが後ろを通ったのを確認した後、両手を広げプラン達をその先に行かせない様遮ってきた。
その人は特に何の力もないただの一般人である為、サリスなら押しのけ強引に突破する事は出来た。
だけど……それをする事は出来なかった。
追い詰められた様な必死な表情で、罪悪感に満ちた表情で、泣きそうな顔で両手を広げるフラウを抜けて進む事は、誰にも出来なかった。
「これは流石に行けないよ……」
恨みがましい目をしてプランはどこかにいるトレスを思い浮かべ、愚痴る様にそう呟いた。
ありがとうございました。




