6-14話 少年と怪盗
「えー……色々気になる事はあるけど一つずつ疑問とか色々を潰す為にークラウちゃんソラス君と話してきたところー衝撃的な事実がわかりましたー」
プランの言葉に二人は座ったままパチパチと無気力な拍手をした。
既に情報量が圧倒的物量となって殴りつけて来る様な状況である。
もう乾いた笑いを浮かべる事しか出来なくなっていた。
偽の予告状、露骨な当主フラウの嘘。
特に酷いのは振り返るとあからさまに怪しいのに全く怪しくないと思い込んでいた人物についてである。
一応幾つか理由はあるがそれでも今振り返ってみると怪しい部分が見えすぎて馬鹿馬鹿しくなってくる。
というよりも、もし全てが黒幕の手の内であるならその人物以外に該当者はいないという位の状況となっている。
推理小説とかそれ以前の話であり、露骨なまでに思考誘導をされたに過ぎない。
それに気づかなかったのだから笑うしかなかった。
そして気づいてしまったら見えないものが情報という形で一気に襲ってくる。
だからこそ三人は疲れた顔で笑っていた。
「んでプラン。今度は何がわかったんだ? くーろーまーくーに関係する事かー?」
サリスが心の底からやる気なくそう言葉にする。
これは面倒というよりもただ疲れているというのが正しいだろう。
「ううん。まーったく関係ない事だったよ」
「ほうほう。んじゃ一応報告よろしく」
「あいさー。というわけで、エージュ良かったね。クラウちゃんは全く何も問題なかったよ」
「そうなのですか? 最近少しこう……怪しい感じがしたのですが……」
猜疑心に溢れ全部が怪しく見える様になっているというのもあるが、そうでなくとも少し様子が変だった為エージュはクラウを心配していた。
「うん。クラウちゃん悩みはエージュに教えて貰ってるけど貴族になるのは無理だろうなって諦めてる事だったよ。だからずっと辛い気持ちを抱えていたみたい」
「そうですか……賢い子ですものね。現実が見えますわよね……」
貴族になる。
貴族に連なる者になる。
言うは簡単であるがそれは決して容易い事ではないと言える。
いや、貴族というだけであるなら、男爵程度であるなら実はそこまで難しい事ではない。
金、地位、名誉、力。
そのどれか一つがある程度でもあれば容易くなれるからだ。
だが逆に言えば、そのどれもない場合貴族とは非常に狭き門である。
それを理解する程度にはクラウの地頭は良く、そして自分がそれを用意する事が困難な事にクラウは気づいていた。
更に言えば、エージュがサポートしてくれているのは知っているがそれでも百に一程度の確率だろうとも思っている。
だからこそ、見えない暗闇を歩き続ける様な努力にクラウは心を痛めていた。
「まあ一応私みたいに馬鹿になってまっすぐ頑張ってって言ったけどたぶん私の言葉じゃ駄目だね。エージュ今度慰めてあげてね?」
「ええ。出来る事はさせていただきます。子供という事を除いても、間違いなく将来性のある方です。是非とも目指しこちらに来て欲しいものです。情という意味でも、利という意味でも」
エージュの言葉にプランは微笑み、しっかり頷いた。
「あー……。そっちの子が悩んでいただけっつーことはだ……ソラス何かとんでもない事抱えてたのか?」
心の機微に疎いとは言え、子供が思い悩む事を放置出来るほどサリスはヒトデナシでない。
だからこそ今サリスは誰が見ても罪悪感を抱えているとわかるほど落ち込んだ様子となっていた。
「うん。抱えていたね。でも心のどうとか悩みとかじゃなくて……」
「はっきり言ってくれ。……俺馬鹿だからよ、どうしたら良いかわからん。だから出来たらどうしたら良いかも教えて欲しい」
「ああうん。どうしたら良いかは今まで通りで良いよ。強いて言えば体がくっつくと恥ずかしがる年頃だから少し気を付けてあげて。気にしてたよ。主に胸とか胸とか胸とか」
「え、あ、はい。んでソラスは何抱えてたんだ」
「ナイトメアがノア君だって知ってた」
あっけらかんとそう言い放つプランにサリスとエージュは驚愕の表情を浮かべた。
「まじかよ……」
「ヒントって転がってるもんだよねぇ……」
そう言ってプランは苦笑いを浮かべる。
それ以上の事をプランは言わなかった。
ソラスとそう約束……いや、取引をしたからだ。
プランが誰にも詳しく事情を話さない代わりに、ソラスは知っている事を全部プランに話す。
そんな二人だけの約束を――。
自分は決して聡いわけではない。
双子のクラウと比べたら当然、同じ位の年頃の子と比べても子供じみている。
ソラス・オルシュタインは自分の事をそう評価していた。
剣が好きで、冒険が好きで、物語が好きで……。
いつか冒険に出て悪者を倒したい。
その程度の夢を持ち親に用意してもらった木製の練習剣を振るう。
そんな日々を送っていた程度には子供っぽかったからクラウにも弟と言われる様になっていた。
逆に言えば、そんな考えなしで鈍いソラスですら現状が良くないと理解する程度にはその時オルシュタインは追い詰められていた。
プラン達が来る一月以上前の事、働いていた人が大量に辞めていく最中の時である。
ある者は申し訳なさそうに、ある者は悪態をつき、またある者は逃げる様に屋敷を辞めていく。
今まで仲の良かったメイドも、料理人も、使用人も、護衛も。
皆辞めてソラスの前から去っていった。
自分の事を姉だと言う双子のクラウはソラスにこう言った。
『大丈夫だからね』
そうクラウが言うからこそ、自分を心配して慰めて来たからこそ……今の状況は自分が思っているよりも良くないのだとソラスは理解した。
ある日の夜……眠れずベッドで横になっていたソラスは父親が全ての原因だとメイド達が話すのを耳にした。
その翌朝、父に買って貰った、宝物だった練習用の剣をソラスは捨てた。
誰も何も言わなかった。
使える物を、しかも良い物を捨てるなんて怒られる事をしたのに誰も叱ってこなかった。
それが一つのきっかけとなり、ソラスの世界は日に日に悪くなっていった。
ガラスが割れた。
誰かが石を投げたから。
何かが大声で悪口を言っている。
でもお母さんが耳を塞ぐから良く聞こえなかった。
お母さんがいつも怖い顔になる様になった。
怖いけど、可哀想だった。
だって夜毎日泣いていたから。
皆辛そうで、だけど皆頑張ってる。
なのに僕は頑張れなかった。
僕は弱かった。
苦しくて辛いのにどうしたら良いかわからなくて、どうしようもなくて。
何をしたらいいかなんて考える事すら出来なくて……。
僕は屋敷から、嫌わているオルシュタインから逃げた。
そうしたら怖くなくなると思ったから。
だけど世界は僕が思っているよりももっと怖かった。
最初は僕が迷子だと思って色々な人が、皆が優しくしてくれた。
だけど誰かが僕の家の事を言い出してから、皆の目が一気に冷たくなった。
誰も助けてくれなくなって、王都で一人見捨てられ、兵士には冷たい顔で追いかけられ。
世界が僕の敵になって……ううん、僕が世界の敵になっていた。
少なくとも、僕は世界が怖かった。
どんどんと世界が汚くなっていった。
綺麗だった街なみから追いやられ、汚い場所に引き寄せられていく様な感覚。
隅に隅に追いやられ、とても汚い街並みになった。
一番汚い場所だったら、僕の居場所もあるかもしれない。
そんな事を考えていた。
だけど、そこにも僕の居場所はなかった。
僕の居場所じゃあないから……僕を護る人はどこにもいなかった。
事実だけを言うなら、半分は被害妄想で半分は事実である。
丁度オルシュタイン家の悪評が最悪だった頃の為民衆の評判は冷たかったがそれでも子供を害しようするほどの愚か者はそこにはおらず、兵士達に至っては決してソラスを害しようとなんて考えていない。
むしろ兵士達はオルシュタイン家から子供が家出したという報告を聞きソラスを助ける為に動いていた。
それでも、世界から嫌われていると思い込んでいるソラスから見れば優しい兵士も冷たい民衆も同じく自分の敵として映っていた。
そしてスラムにまで逃げたソラスを待っていたのは……過激な正義という美酒に酔った男達だった。
ソラスを見つけたのが普段スラムに住んでいる人達なら良かった。
彼らは強欲で泥棒こそするが無駄に子供を殺すほど落ちぶれていない。
またはスラムを拠点にしている悪党でも良かった。
そこそこ良い服を着ているソラスを見た場合、損得勘定で動き助けるという名目で少々多めの銭を分捕ろうとするからだ。
だが、ソラスを見つけたのは正義の国に生まれ、正義という言葉に酔い、正義を行う為なら何をしても良いと考えソラスをスラムまで追って来たただの考えなしの民衆だった。
悪人には何をしても良い。
それが正義だから。
正義の国ノスガルドによる歪んだ自意識を持ってしまったが故にそこにいる者達は、罪のない子供を害する事を悪であると考えてすらいなかった。
人数は五人。
ごく一般的な生活をしているただの民衆の為服装は特に豪華でも何でもない一般的な服装。
ただし、その手に握られているのは一般的な民衆が持つには立派すぎる剣である。
直刃で両刃の、正義の騎士の様な銀色に光り輝く剣。
同じ物を五人は合わせた様に持っていた。
自分達が正しき行いを成す立派な騎士であると思い込むかのように……。
ソラスは色々な物が怖かった。
評判が、悪意が、世界が怖かった。
だけどそのどれよりも、今目の前にいる直接的な害意が怖かった。
ソラスは少年と呼ばれる様な歳で、人に殺される恐怖を理解してしまった。
ソラスがわかるほどに、彼らはソラスを狙い追い詰めていた。
「な……なんで……」
ソラスはそう尋ねた。
そう言葉にする事しか出来なかった。
男達は顔を見合わせ、そしてソラスに対し呆れた様な顔をした。
「やれやれ。自分達のした事を理解すらしていないのか。救いがたいほど愚かだな」
「ぼ、僕は何も……」
「黙れ!」
誰かの叫び声に恐怖し、ソラスは体が強張り口を止めた。
「お前たちの所為で多くの人が死んだ。苦しんだ。なぜその罪すら理解出来ぬのか。どうしてそれにすら気づけないのだ!?」
男達は自分の言葉に酔い痴れ、ソラスを口汚く罵った。
最初こそ言い返そうとしたソラスだが怒鳴られ、叫ばれ、激昂され恐怖に体が支配され、気付けば自分が罪人であるかのように思う様になっていた。
こうなるのは自分が悪いからで、そして殺されるのは当然の事。
そう、体を震わせながらそう思った。
思っていた――。
「ではこれより裁きを下す。我らの正義の炎に浄化されるが良い……」
そう言葉にし、男達は一斉に剣を構えた。
戦いの作法もなにもない、ただ格好だけを付けた構え。
それでも、子供を殺すには十分過ぎる武力だった。
こっこっこ……。
五人の狂った正義と哀れな被害者しかいないこの場に足音が響く。
その反響する足音は徐々に大きくなっていき、そして足音が最大に達した時その姿を見せる。
黒いマントを被った仮面の男。
燃える様な赤い目をした美しく白い髪。
誰もその姿を見た事がないが、それでも誰もがその人物の呼び名を正しく理解した。
『ナイトメア』
人とは思えない美しい幻想的な髪がマントと共に風に靡く。
それだけなのに、ソラスも五人もナイトメアから目が離せなくなっていた。
だからこそ……人ならざる不可思議な魅力を持つからこそ、全員が彼をナイトメアだと理解した。
「君達は何を?」
五人はナイトメアに……正義の怪盗であるナイトメアに話しかけられ騎士の様に跪いた。
「はっ。逆賊であるオルシュタイン家の者を処断しようと我ら集った次第で……」
「そう……。それで……その子の罪って?」
「ですから。オルシュタイン家に連なる者で……」
「うん。でもそれはその子の罪じゃない。その子の罪は?」
「親の罪は子の罪です。いずれそやつも親の様に国に歯向かい国の金を奪い、そして民を苦しめるのです。その存在こそが……」
その言葉と同時に、ぽきりと心地よい音が反響し鳴り響く。
そして直後――絶叫が響いた。
さきほどまで言葉を発していた男が折れた腕を抱きしめていた。
「ど、同士!? 一体何を……」
「同士? 誰と誰が?」
「同士ナイトメア。貴方と我々は共に正義で繋がって……」
「……僕を正義と呼ぶな」
初めて……感情らしい感情を見せナイトメアは脅す様に呟いた。
その一言で五人は茫然とし、ソラスすら息が出来ないほど体が竦みあがった。
「僕は悪だよ。己が目的の為に誰かを利用する……君達の言うところの絶対的な悪。正義に倒されるべき悪党だ。そんな救われない悪党だからこそ言ってあげる。君達は正義ではないし悪党ですらない。ただの屑だよ」
その言葉の後、ナイトメアはマントをソラスに何も見せない様マントを被せた。
「一分だけ、待っていて欲しい」
その一分は誰かの悲鳴と命乞い、そして打撲音が響くという最低最悪の一分だった。
だけど、常に闇に護られて安心出来……久しぶりに心地良い眠りに付けた優しい一分でもあった。
ソラスが目を覚ました時、ソラスはナイトメアにマントと共に抱えられていた。
起きた事に気づいたナイトメアはソラスに目を向け小さく呟いた。
「歩ける?」
その言葉を答える前にソラスはナイトメアに尋ねた。
「あの、さっきの人達はその……どうなったの?」
「ああ……あんなのでも一応は生かしている。ごめんね」
「ううん。安心した。悪くない人を殺したら駄目だから」
「悪くない? 彼らは君を……」
「……僕さ、あんまり頭良くないけどさ……うまく言えないけど、あれ、あの人達の意思じゃないでしょ?」
「……そうなの?」
「うん。たぶん。……むしろ自分の意思がないからああなったというか……ごめん。上手く言えないや」
「いや。構わない。どうでも良いし。ところで歩ける?」
再度そう尋ねられ、ソラスは少し困った顔でナイトメアを上目遣いに見た。
「えっと……その……あのね……」
その様子を見て、ナイトメアは淡々とした口調で言葉を綴った。
「……僕は聡い方じゃない。だからどうして欲しいかはっきりと言葉にしてくれないとわからない」
その様子を見て、ソラスは頷いた。
「歩けるけど……このまま抱いていて欲しい。お兄ちゃんに甘えたいなって……」
その言葉を聞き、ナイトメアは小さく溜息を吐き頷いた。
「抱いて歩くのは構わない。君は軽いから大した負荷じゃない」
そう言葉にして、ナイトメアは嬉しそうなソラスを抱えたままゆっくりと足を進めた。
「……僕を恨まないの?」
道中、ナイトメアはソラスにそう尋ねた。
「なんで?」
「……僕の予告状で君の父は捕縛された。だからその責任は……」
「でも、お父さんは……ううん。前当主は悪い事してたんでしょ? じゃあ仕方ないよ。悪い事したのに捕まえようとした人を怒るのは変でしょ」
「……いや、変じゃないよ。君達は僕を恨む資格がある。僕は君達を……」
「……悪くないから恨まないよ。悪いのは前当主だけ。そう僕は知っているから」
その言葉を聞くとナイトメアは何も言葉を返さなかった。
何かを言いたかったのだが、それはソラスのその気持ちを、強さを否定する事に繋がる。
自分が悪いと思っているからこそナイトメアはその気持ちを飲み込んだ。
例え自分が出した予告状でないとしても、ナイトメアはこの双子に強い罪悪感を抱いていたからこそ何も言えなかった。
その直後、ソラスを探しに来た兵士達とフラウが現れ、ナイトメアは誰にも見つからず姿を隠した。
これでお別れかと思えば意外なほどあっさりとソラスはナイトメアと再会した。
新しく来た見習いの商人ノアレ。
髪と目の色は違うがそれ以外は明らかにナイトメアと同じだった。
きっと普段ならこんなヘマはしなかっただろう。
ずっと腕に抱きしめた、お姫様だっこに近い形で抱かれ顔を見続けたら流石にただの子供のソラスですらノアレがナイトメアだと気付く。
そしてナイトメア最大の失敗はソラスに気づかれている事に気づいてすらいない事だった。
だけど、ソラスは何も言わなかった。
害悪から守ってくれた人として、世界から護ってくれた恩人として……そして一怪盗のファンとしてこの事とあの想い出は黙っておく。
そうソラスは自分に誓った。
そしてその約束は時間が過ぎ、ソラスはもう一人のファンであるプランにその出会いを自慢し、二人だけの大切な思い出となった。
例え二度と会えなくても、それでも忘れない……二人だけの大切な思い出に――。
ありがとうございました。




