6-12話 二人の怪盗3
深夜という時間帯、明りを灯す予算のないオルシュタイン家は悲しい程に暗い。
まるでオルシュタイン家の未来を表している様な、そんな真っ暗な時間帯にプランは小さく溜息を吐いた。
「違っていて……欲しかったなぁ……」
そう呟くと正面にいた仮面を被ったどうみても怪しい容姿の男は驚いた様な様子で振り返る。
まさか誰かがこのタイミングで来るなんて思ってすらいなかったのだろう。
宝物庫の護衛を気絶させたこのタイミングで……。
噂通り……いや、噂以上に怪盗の髪は美しかった。
僅かな月明りしか光がなくぼんやりとしか見えないが、それでもその短い髪が美しいとわかる。
月光を反射して僅かに青く輝く白銀に近いその色は、まるで月の光そのものの様な……そんな美しさがあった。
これが男の髪なのだから少しばかり恨めしい気持ちになっても仕方がないだろう。
そんな事をプランは考え苦笑いを浮かべた。
「んで……なんて呼べば良い? 怪盗ナイトメア? それともノア君?」
そこまで言われ、諦めたのか目の前の男は仮面を取る。
「好きに呼んで良いよ。どうせどっちも僕の名前じゃないし」
その容姿を見て、プランは自分の考えが間違いじゃなかったのだと思った。
茶色い髪に黒い瞳……なんて彼には似合わないのだろう。
そう思っていたから……だからこそ、今の彼の姿は真のものでありただしいのだと理解出来る。
美しくも恐ろしい白い肌に似合う白銀の髪に沸き立った血の様に赤く輝く瞳。
ナイトメアと読んだものはなんとセンスがあるのだろうか。
この姿は夢魔と呼んで十分な魅力に溢れている。
少なくとも……プランはそう感じてしまっていた。
「三人を見る頻度が増えてたけど……僕を張ってたのか……」
いつも通りの淡々として、そしていつも通りの足りない言葉で彼はそう言葉にした。
「うん」
プランは会話を楽しむ様彼の言葉をそのまま嘘偽りなく頷き答えた。
「……理由を尋ねても? 疑われない程度には馴染めていたはずだけど」
「えっとね……凄く馬鹿馬鹿しい理由だけど……茶色い髪と黒い瞳がびっくりするほど似合わなかったから……かな」
彼は珍しく……プランの見る限りでは二度目の……ジュールの紅茶を飲んだ時以来の驚きの表情を浮かべた。
「それだけ……?」
「うん。本当にそれだけ」
プランは微笑み頷くと彼は困った顔を浮かべる。
その顔は少しだけ面白くて、プランはまた少しだけ微笑んだ。
似合っていない。
彼はこれではない。
そんな違和感をずっと胸に宿していたプランはある時ナイトメアの髪が白いと聞いた。
それを聞いた時、脳内でがっちりと印象がはまってしまっていた。
『ノア君は白い髪が似合うだろうな……』
たったそれだけで怪盗扱いするなんて推理にすらならない妄想なのだが……その妄想はぴったりと噛み合い正解を導き出していた。
心から外れて欲しかったが……。
「……うん。もう一つ聞きたかった事あったけど……たぶん君達は関係ないかな。じゃ、ごめんね」
そう言葉にしてゆらりとした動きで彼はプランは近づこうとする。
今の見張りの人の様に気絶させ動きを封じるつもりなのだろう。
それを予想し、プランは即座に小さな銀色の笛を取りだし口に加え……思いっきり息を吹き込む。
この場で音を出されるとわずかばかり困る為びくっと反応する彼だが……その予想と反し、その笛は何の音も鳴らなかった。
「……何してるの? 壊れたの?」
普段の行いの所為だろうか。
この場でそんな間抜けな言葉を彼に言われ、プランはジト目で彼を見据えた。
「そんな風に私の事思ってたんだ……」
「いや君割と抜けてるとこあったから」
「ぐぬぬ……言い返せない。でも今回は違うんだから!」
「じゃあ一体――」
そう彼が言葉にした瞬間、彼目掛けて鉄の棍棒が襲い掛かる。
脳天狙いの、致命的な一撃。
当たれば人位確実に命を奪う全力の一撃だが、彼はそれを何事もなかったかのように躱して二人から距離を取った。
「サリス。やりすぎじゃない?」
「当たるわけねーだろ」
そんな返しをしながらサリスはプランの前に陣取り庇う様にして武器を構えた。
「犬笛……いやそんなわけないか。それなら人が来るわけがない。どっちにしても……これは無理か」
彼はサリスを見ながらそう言葉にした。
「……どゆことサリス?」
「あいつさっきのすれ違いざまに首、腹それぞれに二発ずつ叩きこんできやがった。意識を狩り落とすつもりだったんだろうが……ま、俺だからな。余裕だぜ」
そう言って笑うサリスだがそれはどうみても強がりの笑いである。
それでも、意識が落ちないのは事実で彼にとっては都合の悪い事らしい。
「……今回は負けを認めるよ。誰の差し金かわからないけど」
そう言葉にし、彼は宝物庫から離れる。
どうやら逃げるつもりらしい。
「サリス。追える?」
「断言するわ。絶対無理。あれとんでもない格上だぞ。ミグかヴェルキスパイセンでも連れてこにゃ話にすらならん」
そう、サリスが頑丈で意識が刈り取られないだけであり殺すつもりだったのならさっきの一瞬でもう数度は殺されている。
その位の力量差があるとサリスは理解していた。
「そか。んじゃこのまま逃げて貰おうか。どうしようもないし」
その言葉にサリスは頷いた。
そんな二人の様子を見て少しだけ安堵し、彼はそのままその場を――。
「待って!」
離れようとした彼だがプランの声を聴き、その足を止めた。
「……何?」
「一つ……聞きたい事があるんだけど……良いかな?」
「……だから何?」
「私の話を聞くのは楽しかったって言ったのは本当の事? それとも嘘だった?」
その言葉に、彼の赤い目は小さく細くなり、プランをジト目で見つめた。
その顔は誰が見てもわかるほどに呆れていた。
「あのさ……こういう場合他に聞くべき事があるんじゃない?」
「いやだって気になるじゃん」
彼は露骨な溜息を見せ、ジト目のまま呟いた。
「嘘は付いてないよ。誰かの話を聞くのは嫌いじゃない」
その言葉にプランはにぱーと幼い子供の様な満開の笑顔を見せた。
「お前さ、なんだかんだ言って答える辺りこいつに弱いよな」
サリスはそいう言葉にしてプランの頭をぽんぽんと叩いた。
「……その手のタイプは苦手なんだ」
「えー」
不満げな顔で抗議しているプランを無視し、今度こそ彼はその場を――。
「あ、待って」
プランがそう言って呼び止めると彼は呆れ顔で再度足を止めた。
「君さ……それで足止めのつもりないんだから本当に性質悪いよね」
「えへへ」
「褒めてないから」
そう言葉にし、彼は小さく溜息を吐いた。
「……これが最後だよ。何を聞きたいの?」
「んっとね。まだ背景がわからないから聞きにくいけどさ、たぶん……今回の事イレギュラーだったんだよね?」
その言葉に彼は頷いた。
「何がイレギュラーだったか聞いて良い?」
もし殺すのが目的なら予告状を出さないし逮捕された時点でナイトメアはここにいなくなっている。
もし盗む事が目的ならもう盗み終わっている。
はっきり言って希代の怪盗とは思えないグダグダっぷりである。
そこまでプランは気づいていないが、それでもどこかおかしいという違和感をプランは抱いていた。
「最初にそれ聞こうよ……」
「いやだって大切な事だよ。楽しくなかったのに付き合わせたなら何か悪い気がするし……」
そう言ってもじもじするプランを見て、彼は溜息を吐いた。
「……めんどい……と言いたいけど……はぁ」
何を想ってか何を感じてか、彼はプランをじっと見つめた後小さく溜息を吐き、仮面を被って後ろを振り向いた。
「――最初からだよ。僕にとって全てが想定外だ。黒幕が誰かは予想付くけど、正直もうどうでも良い。損切で良いさ」
そう言葉にして、今度こそ怪盗はそのまま音もなく暗闇に姿を消した。
その数分後、エージュが二人に合流した。
「すいません。発見出来ませんでしたわ……」
数匹のオルシュタイン家の番犬と共に怪盗の脱走阻止の為に動いていたが役に立てず申し訳なさそうにエージュはそう言葉にする。
そんなエージュに二人は首を横に振った。
プラン達二人ですらまるで消えたかのように思えたのだから無理もないだろう。
「んで、エージュはどうしてここに来たの? 逃げられたからこっちからもう良いよって言おうと思ってたんだけど」
「……その……怪盗ナイトメアに屋敷の外から『もう逃げたから戻って良いよ』と声を掛けられ……ぐぬぬ……」
エージュは悔しそうにそう呟くとそれを聞いた二人は顔を見合わせ笑った。
ありがとうございました。




