6-10話 二人の怪盗1
プラン、サリス、エージュは三人で集まり今日ある人物からの連絡を待っていた。
そんなタイミングでノックの音が響く。
ただ……ノックの後返事を聞いてから入って来たのは待っていた人物とは全く関係のない、見習いメイドのトレスだった。
「失礼します。今お時間大丈夫でしょうか?」
おずおずとそう言葉を切り出すトレス。
それを見る度にプランは言い様のない不思議な気持ちとなった。
自分と似た顔だがその仕草や性格は全く異なり、内向的な性格であるトレスとプランを比べるなら正反対と言っても良い。
それだけ性格が剥離しているのに顔が似ているというのはなかなかに面白い状況だろう。
まるで違う性格の自分が目の前で話している様な気分である。
「はいはい。トレスさんどうしました?」
プランの声にトレスはぺこりと頭を下げ持っていた紙に目を向けた。
「えっと……先輩の方々に尋ねてちょっと怪盗の噂を調べて来たのですが……余計なお世話だったでしょうか?」
その言葉にプランは首を横に振った。
「ううん。情報はいくらでも欲しいからね。教えてくれる?」
その言葉にトレスははにかみながら頷き、緊張した様子で言葉を紡ぎだした。
全く異なる同じ様な顔の二人。
サリスとエージュはその二人を見比べると少しだけ姉妹の様に見え、微笑ましい気持ちとなった。
トレスが集めて来たものは情報というより本人の言う通りただの噂話である。
おしゃべり好きなメイド達によってわいわいとネタにされた、怪盗二人のちょっとした噂話。
あくまで噂話の域を過ぎず、しかも話を盛るのが好きな人の多い為尾ひれ背びれどころか足まで付け足されたもの。
その尾ひれ背びれ足をトレスが必死に抜いてゆき、何とか事実と思われる情報だけを選別した。
曰く、怪盗の二人はあまり仲が良くない。
誰にも言えぬ秘密の恋仲なのだという話も多く聞いたが噂好きな女性特有の所謂妄想である可能性が非常に高い。
そもそも怪盗二人共男性か女性かもわからないのに恋仲であると断言できる方が可笑しいだろう。
ちなみにメイド噂話での一番人気は怪盗は女性同士で誰にも言えない恋仲であるという話。
次点で男性同士での恋仲である辺りどういう恋愛がメイド達の仲で好まれているかがわかる。
曰く、怪盗はノスガルド王国の不義をただす正義と知られており人気も高い。
一人目は新聞記者に怪盗『ナイトメア』と名付けられた。
その名の通り狙われた人にとっては悪夢そのものとしか言えない怪盗である。
もう一人は自ら怪盗『メロウ』と名乗った。
こちらはナイトメアほどの評判はないが、それでも狙われた物は概ね盗まれている。
そのどちらの怪盗もターゲットは悪人のみであることから王国秘密部隊ではないかという話も出ているのだが、二人共世間一般に周知されている事とむしろ王国の後ろ暗い部分を大々的に広めている事からその可能性は低い。
その事から王国に恨みを持つ者や、逆に王国を正したいと願う正義の騎士が内緒で行っているなどの噂話も広まった。
「それとナイトメアの方は少しばかり怖いイメージが広まっているみたいですね。二人共怪盗と呼ばれていますがその中身は異なるそうです」
「なるほどなるほど。メイドさん達はそんな話をしてたんだね?」
「はい。やっぱり今狙われているのが私達という事に加えて元々王都で人気の方々ですからもっぱら話のネタに使われています。ですので情報を仕入れる事自体はそこまで難しくなかったのですがなかなかにとんでもな話も多くて……」
「どんな話?」
「えっと……怪盗の正体が王の一族で実は王の補佐をしているとかですね」
「あ、あはは……まあ可能性は否定できないから……」
「そこまで行くと怪盗はあまり関係ないですけどね。あ、あともう一つだけ情報があります」
「ん。何何? どんな情報?」
「はい。ナイトメアは予告状を出す時と出さない時がありますし予告状というより脅しに近いらしいです。けれどメロウは予告状を必ず出します。ですので……今回は怪盗メロウに狙われている可能性の方が高いかと」
三人はトレスの言葉に「おー」と歓声の声をあげた。
「なんかトレスちょっと探偵っぽいね! かっこいいかも」
そうプランが言うとトレスは頬を赤らめ手をぶんぶんと振った。
「まさかそんな私ごときが。ただ先輩方の噂話を集めただけです。新聞を買うお金もない私ではこれ位しか出来ないので」
「ううん。とっても助かったよ。ね?」
そうプランが言うと合わせてサリス、エージュも頷いた。
「ああ。本当にな。俺らじゃメイド達の噂話なんて話してもらえん。助かったよトレス」
そんなサリスの言葉にトレスははにかみながらぺこりと頭を下げ、恥ずかしそうに部屋を退出していった。
「やっぱり噂になっているのですね。それでも……笑い話にするなんてメイドの方々はなかなかに強かです」
そうエージュが言うとプランは笑った。
「そりゃそうだよ。だってメイドさんだよ? 家を守る人達なんだし激務なんだからそれ位心が強くないと出来ないよ」
「……今度実家に帰った時はもう少し家のメイド達を労わる事を誓いますわ」
そんなエージュの言葉と同時に、再度の扉が叩かれノックの音が響く。
今度はトレスではなく、プラン達の待ち人は客間で待っているから来て欲しいという呼び出しの声だった。
「ごめんねクコ君色々頼んで」
客間に入りながらプランがそう声をかけると待機していたクコは頷きながら書類の束を提示した。
「問題ない。報酬さえ貰えるなら情報屋としての仕事はこなすさ」
「うーん。……ねぇ本当にこれで良いの報酬。もう少し違う物の方が……」
そう言いながらプランはクコに報酬で求められた物……クッキーの大瓶を三つテーブルに乗せた。
別に何のこだわりも高い材料も使ってない銅貨で十分買える程度の安物のクッキー。
しかもクコ持参の材料で作っている為プランの懐は一切傷んでいない。
本当にこれで情報料の代金になるのかプランは非常に不安だった。
こういう時に友達だからと値引く様な事だけはしたくなかったからだ。
しかし、その様子に気づいてかクコは首を横に振ってみせた。
「いや。しっかりと報酬になってるから安心してくれ」
「……参考がてらこれをどうしてるのか聞いても良い? やっぱり売ってる感じ? でもたかだかクッキーだし……」
「まず、一つはテオに回してる。材料費折半だからな」
「ん? どしてテオに?」
「依頼中ミグがやる気なくした時用の切り札兼三人のおやつだそうだ」
「あはは……それ超わかる……ミグらしいね」
「んで一つは恥ずかしいが自分用だな。とは言え知り合いや依頼人に分け与えるからあんまり食べられないが」
「ほうほう。クコ君でも食べるんだね。商品に手を付けるなんてーってタイプだと思ってたけど」
「その手の人間ではあるのだが……ま、卑しい口と手が悪いという事で。んで最後の一つはばらして売ってる。これが実際結構な利益出てるから安心してくれ」
「ほほー。どうやってただのクッキーが高く売れるかわからないけど流石だね! んじゃ情報量として十分利益は出てるんだね?」
「当然。下手すれば普通に金銭で払われるより得してるやもしれん」
「なら良かった」
そう言葉にしてプランは微笑んだ。
ちなみに……クコの売っているクッキーは上品ながら食べやすく純粋に食べる人の事を想って作られた味の為、超然美人、何でも出来るお淑やか万能町娘系女の子が作っている噂が広まってしまった事をクコはプランに告げられずにいた。
六割方は嘘ではないが少々以上に下駄が高すぎる。
クコはプランの能天気な笑顔を見て苦笑いを浮かべ、そのまま用意した情報を読み上げだした。
「とりあえず二人の怪盗についてだが……現れだしたのは三か月前が確定だがもう少し前から情報自体はある。まあおそらく半年前位だろう」
そうクコが言葉を紡ぎだすと三人は口を閉じクコの方に目を向けた。
初期の方は情報が錯綜している上にここまで大きな事態になるとは思っておらず国も記者も二人の事をあまり重視していなかった。
それは怪盗二人を見下していたというよりも、国の中枢機能のある王都の防衛能力の高さを信じていたからである。
その世界で最も優れていると言っても過言ではない王都の防衛をもってすればそう長い事怪盗が世に蔓延る事はないだろう。
そう思っていたのだが……現実は二人共未だに捕まっていない。
その理由は怪盗の能力の高さもさることながらそれだけではなく、未だに一度も悪人以外から盗みを働いていない事が大きい。
ノスガルド王国は正義の国である。
そう言われ続け、またそれを信じて育った国民は犯罪者である二人であっても悪を裁くその姿勢を見て英雄の様に感じ、崇拝に近い感情を抱いている。
そう言った理由もあり兵士、武官も捕縛に本気になりきれず、かといって国として犯罪者を放置するわけにもいかずと中々に難しい状況に陥っていた。
同じ時期である為同業者でありライバルとして言われているが二人の怪盗の性質は全くの別物であり、どちらも悪事をして得た物を盗むという事に変わりはないが、その過程は大きく異なる。
「新聞を見ればわかりやすいかな。ナイトメアの見出しとメロウの見出しを読み比べてみてくれ」
そう言われ、クコの用意した複数の新聞に三人は目を向けた。
ナイトメアの書かれた記事には復讐をはじめ怒りや恨み等ネガティブな言葉が多いのに対しメロウの方には『またやったのか!』みたいにいたずらっ子に苦笑いをする様なニュアンスが強く、また記事全体もどちらかと言えばポジティブな言葉が目立つ。
同じ怪盗にもかかわらずその内容は正しく正反対だった。
「なんでこんなに違うんだ?」
サリスの言葉にクコはそっと新聞の一つを指差す。
その記事は被害者が重症を負ってると書かれていた。
「ナイトメアは殺人を厭わない。確認されているだけで五人は殺されている。ナイトメアの犯行は予告なしに行われる場合もある為記事にすらなっていないケースもあると思う、それを考えると……たぶんその倍は死者が出てるな」
そう、二人の怪盗は同じく世間を賑わす正義の人であるが、同じと言う訳ではない。
一切の容赦なくターゲットを罰し、殺人すら厭わないナイトメアは民衆から憧れ以外にも恐れを持たれ、ナイトメアの名に恥じぬ程度には恐怖の対象となっている。
確かに行っている事を間違いとは言えない。
その犠牲者達が行って来た悪行は普通の人なら目をそむけたくなる様なものであり、死んで当然、被害者からすれば正しく正義である。
それでも殺すという事に忌避感を覚える声は少なくない。
悪い事をすればナイトメアに殺されるなんて逸話が生まれるのも時間の問題だろう。
ではメロウはどうなのかと言えば、こちらはどの様な悪人であれ一度たりとも殺しを行っていない。
ただし、メロウの方はメロウの方で問題がある。
その悪癖は新聞の記事にするという意味においては大きなプラスであるのだが……ナイトメアの様に絶対無関係の人を巻き込まない様配慮している姿勢とは違いこの悪癖の所為で無関係の人すら巻き込まれる。
それは命にかかわる事ではないのだが……それでも巻き込まれた方はたまったものじゃあない。
そのメロウの悪癖を一言で表すなら……『悪戯』となるだろう。
落とし穴からタライ落下などの非殺傷トラップは当然、顔の落書きから屋敷の室内に羊の群れを入れるなど相手を驚かせる悪戯をメロウは好んで行った。
その悪戯は確かに笑えるものが多数なのだが、その分かなりの人数が巻き込まれる。
最低でも同じ場所に住んでいた人は確実に巻き込まれ、それだけでなくその屋敷とは無関係でただ交渉に訪れた人すら悪戯のターゲットになった事がある位だ。
「そんな訳でナイトメアの方は世直しか復讐が主目的であるのだがメロウの方は世間を賑やかす事が目的なんじゃないかと推測されている。大体はこんな感じだが……少しは役に立ったか?」
クコの言葉に三人は頷いた。
「うん。ありがとねクコ君」
「構わない。報酬さえ払ってくれるならこれくらいはするさ」
「ああそうそう。メイドさんからメロウは毎回予告状出すけどナイトメアはそうではないって聞いたけどどう?」
「ん? ああ。メロウは必ず予告状出すがナイトメアは怪盗業はオマケでターゲットを社会的、物理的のどちらかの抹殺がメインみたいだから出さない場合の方が多いな。……ああ。どっちの犯行かわからないから俺にどっちも調べる様言って来たのか」
「うん。誰もわからないしわかってる人は塀の中だって」
「それはそれで大変だな……。ああ。噂話程度で良いならもう一つ情報あるけど聞くか? 実際に調べられないから真実の保証はないけど」
「うん。一応おせーて」
「えっとな……ナイトメアだけどさ、銀色にも近い綺麗な白い髪をしていたらしいぞ。それでいてそこまで背も高くなく細身だから女性なんじゃないかって言われて――どうしたプラン?」
クコはプランが急に神妙な顔となり黙り込んだのを見て不思議に思いそう尋ねた。
「えっと……ううん。何でもない」
プランはそう言って首を横に振って作り笑いをしてみせた。
それはほとんど妄想に近い。
その人の髪の色は白じゃないしそもそもイメージとは全く一致しない。
にもかかわらずプランはその人の事が頭によぎっていた。
ただ……白い髪が似合うなんて下らない理由だけで。
そんな下らない理由で疑惑を生んでしまった自分の事がプランは少しだけ嫌になった。
ありがとうございました。




