6-9話 筋肉と紅茶と笑顔と
さっそく学園に向かいムーンクラウン商店支部にプランが話を付けに行くと丁度そこに店長であるジュールがいて、事情を説明して快諾され連れて来て欲しいと言われるという風にとんとん拍子に話が進み、翌日現物の鉄を学園に持ち込む事となった。
幸いな事にこの大量の精錬鉄を運ぶだけの大型の二頭式馬車とそれを運ぶ力強い馬がオルシュタイン家に残されており、またアリージオも馬の扱いになれていた為直ぐに出発出来る事となった。
むしろ現在こそ店長をやっているアリージオだが元々は下働きが中心の生活であり、馬の世話を含めての馭者役もまた昔の彼の仕事だった為こっちの方が全然得意な位である。
そんな訳で鉄を詰め込み、その他諸々の準備をし、そして馬車は学園を目指し三人で慌ただしく出発した。
「んで、ノアレ君で良いよね? 何て呼べば良いかな?」
プランは隣に座る綺麗な顔の男性にそう声をかけた。
年頃は恐らく同じ位。
透き通る様な白い肌に綺麗な顔立ち。
細身でありつつも引き締まった身体つき。
知り合いに美形の人間が多いプランですらも気になるのだからどれほどモテるのかは想像に容易かった。
「うん。好きに呼んで良いよ」
そうノアレは興味なさそうに呟いた。
「ん。じゃあ皆みたいにノア君って呼ぶね。よろしく」
「……よろしく」
ノアレはそう言葉にした瞬間だけ、ちらっとこっちを見て後はずっとまっすぐ正面を見続けた。
ノアレが馬車に乗っているのは重量の多い荷物を運ぶ為の若手要員……というのも理由の一つではあるが一番の理由は別にある。
前提として、アリージオはメイド達から嫌われている。
いや、正しく言えば嫌われているのではなく、邪魔者だと認識されていた。
その理由は単純で、ノアレにメイド達がくっつくのをアリージオが妨害しているからだ。
その理由は仕事の邪魔でしかないという当たり前のものである。
一番新しい新人のノアレに早く仕事を覚えて欲しいと願うアリージオにとって仕事中でもかかわらずアプローチをかけ続けるメイド達には邪魔以外の言葉は出てこない。
そんな正論であってもメイド達から見れば『ノア君との仲を邪魔する厄介者』となってしまう。
そう言った事もありアリージオという存在はノアレを狙うメイド達からは疎まれていた。
では、もしそんなアリージオが屋敷の外に移動した場合どうなるか。
考えるまでもない。
アリージオというストッパーがいない状態のメイドは獣を前にしたハンターの様になってしまう。
だからこそ、アリージオは付き添いに選んだ。
ノアレは普段から感情を余り表に出さない。
それこそ以前アリージオに殴られた時すら顔色一つ変えない位である。
そのノアレが、今回ばかりはアリージオに縋る様な目を向けたのだ。
それがどれほどの事か、どれほどの恐怖かをアリージオは正しく理解した。
その所為で今回アリージオはメイド達から『ノア君に無理やり重たい物を持たせる極悪人』というレッテルが張られる事となってしまった。
ちなみに当の本人であるノアレはアリージオに付いて行けると知って『救われた……』と呟いた。
その事を考えると……メイド達がノアレと恋愛関係になるのは難しいだろう。
「いやー良かった良かった。ジュールさんいてくれて助かったよ。おかげでとんとん拍子。ああでも値段に関してはほんと頑張ってね。多少は甘くしてくれるかもしれないけどジュールさんかなーりやり手の商人だからさー!」
そうプランが話しかけると馬に乗ったアリージオは大きな声で言葉を返した。
「安心しろ! 安くても縁が残ればうちとしちゃ大成功だ。欲を言うなら交易に使えそうな何かがその場で買えたらなお良しだな!」
そんなアリージオの言葉にプランは嬉しそうに微笑み頷いた。
オルシュタイン商店という止まっていた歯車の後押しが出来た。
それはプランが満足感を得るに十分だった。
「ノア君も頑張ってね。アリージオさんとジュールさんに良いところ見せよう」
ぐっと握り拳を作りそう言葉にするプランにノアレはゆっくり首を横に振った。
「どうでもいい。そもそも僕はただの荷物持ちだから」
そう涼しい顔でノアレが言葉にした。
「うーん。クールな性格だねー」
「そいついつもそうなんだよ。もちっと欲とか見えたらありがたいんだけどなぁ」
そう言葉にしてアリージオは溜息を吐いた。
「ねね。アリージオさんもああ言ってるしノア君は何か欲ないの?」
「……メイドの人達に、追いかけられなくなりたい」
「……何か……ごめん」
思ったよりもマイナス方面の内容で、しかも切実そうな声だった為プランは申し訳なく思い何故か謝罪してしまっていた。
「……君は……目が血走ってもないし追い掛けてこないじゃない」
「いや……何となく同性の人達の行いに申し訳なさといたたまれなさを覚えて……。それにちょっとだけ気持ちはわかるけどね。こんな綺麗な顔なんだし」
そう言ってプランはちらっとだけノアレの顔を見た。
あまり長時間見ないのはノアレが不快に思うかもしれないという理由もある。
だが一番の理由は違い、じっと見てしまうと目が離せなくなってしまうからだ。
別に誰かに似ているわけでもなければ誰かを思わせるというものでもない。
むしろまるでこの国の人じゃない様な顔立ちですらある。
にもかかわらず……何故かプランはノアレの事が気になって仕方がなかった。
「……そう。あまり興味ないかな。自分の顔なんか」
ノアレは本当に気にしてなさそうに……というよりも興味なさげにそう言葉にした。
「そか。じゃ、どうでも良いね。ちなみに私は平凡を形にしたとか子供みたいとか言われる顔立ちです。嫌いじゃないけど悲しいです」
そうプランが言葉にしてもノアレは特に反応を示さず「そう」しか言葉を返さない。
それでもプランは気にせず、ノアレに話しかけ続けた。
天気の事、自分達の事、オルシュタイン家の事。
色々な事をノアレに語りかけ、ほとんど返事を貰えず一方的に話し続けた。
そんな時間が数十分ほど続いたある時、めずらしくノアレは自分の方から口を開いた。
「……僕と一緒だと、退屈でしょ」
そう言葉にするノアレにプランは首を傾げた。
「どうして?」
「何も返さないから。僕なら絶対つまらないと思う。ごめんね」
いつもの淡々としたノアレのままだが、その言葉からは誠実さをプランは感じた。
「別にそんな事ないよ。逆にノア君は私の話聞くの退屈? だったらごめん少し静かにするよ」
申し訳なさそうにプランがそう言葉にするとノアレはそっと首を横に振った。
「話を聞く事は……嫌いじゃないんだ」
その言葉にプランは頷き、さきほどと同じ様に一方的に言葉を紡ぎ続ける。
それをノアレはほとんど反応せず延々と聞き続けた。
退屈な様子にしか見えないノアレだが、口角が少しだけ上がっていた。
だがそれに気づく人は誰もいなかった。
「はぁーい。プランちゃんのご紹介に預かったムーンクラウン店長のジュールでぇーす。よろしくね」
三人が店に入った早々で店長直々のマッスルスタイルな挨拶。
ムキムキマッチョ化粧バッシバシのナマモノがウィンクをする姿は色々な意味で破壊力が高く初見のインパクトという意味ではこれ以上はないだろう。
だからだろうか、アリージオは何の言葉も出せずにいた。
「……あら? 私の美貌に目がくらんじゃったかしら」
そう言って微笑むジュールだがアリージオの反応はない。
それを見て反応がなく少しがっかりしてジュールは隣にいた退屈そうなノアレに声をかけた。
「それでイケメンちゃん。貴方は誰かしら? ご趣味は?」
その言葉にノアレはぺこりと頭を下げた。
「ノアレ。オルシュタイン商会の下働きをしています。趣味は特に……」
「あらあらあらあら! 駄目よノアレちゃん! 若いのにそんな枯れた事言ったら。はいじゃあプランちゃん。お手本見せてあげなさい!」
そう言われプランはびしっと手を挙げた。
「はいジュールさん! 私の名前はプラン。趣味は沢山ありすぎてわかんなくなってきました。でもおしゃべりは好きです。あと店長の紅茶も好きです!」
「はい元気が良くて結構! そして褒める事を忘れないその姿勢は百二十点。紅茶は後でね。ノアレちゃんこれよ。これを真似するのよ!」
そんな事をジュールに言われたノアレは少しだけ眉を顰めて困った顔をした後考え込み、そしてぽつりと言葉を紡いだ。
「そうだね……プランの話を聞くのは……少しだけ楽しかった」
その言葉にプランは頬を赤らめ盛大に咽せ咳込んだ。
「……天然ジゴロちゃんねぇ。将来が末恐ろしいわ」
二人の様子を見ながらジュールは苦笑いを浮かべ、プランに水入りグラスを手渡した。
「じゃノアレちゃん。うちの若いのが持ち込み品のチェックに行ってるから同伴してくれるかしら? ちょろまかしたり誤魔化したりする気はもちろんないけどお互いまだ信用が足りない身ですもの」
その言葉にノアレは頷き頭を深く下げ退室していった。
「さて、そろそろ良いかしら?」
ジュールの言葉にアリージオは頷いた。
「ああ……じゃなくてはい。すいません色々と驚いて思考が止まっていました」
「んじゃ、自己紹介お願い出来るかしら?」
「はい。オルシュタイン商店の店長アリージオです。今回は精錬鉄を嬢ちゃんの縁を使って持ち込ませてもらいました」
「ん。よろしくねアリージオ。私の事もジュールと呼んで頂戴」
「わかりましたジュールさん」
ジュールは微笑みながら指を振った。
「のんのんのん。ジュールよ。どうしても呼び捨てが出来ないならちゃん付けでも良いわよ」
「よろしくお願いしますミスタージュール」
「あらん。連れないのねぇ」
そう言葉にしてくねっくねする筋肉質にアリージオは苦笑いを浮かべた……というよりもさきほどからずっと苦笑いを浮かべ続けていた。
「アリージオさん一体何に驚いたの? 筋肉量?」
そんな斜め上なプランの返しにアリージオは首を横に振った。
「いや。……ミスタージュールの――」
「ジュールさんで良いわよ。だたの冗談だから」
「ジュールさんの外見も正直驚いたけれど……それよりムーンクラウンの名前の方が驚いた。嬢ちゃんとんでもない場所と縁があるんだな」
「え? ムーンクラウンってそんな凄いの?」
プランはジュールの方を見ながらそう尋ねた。
ジュールは首を横に振った。
「いいえ。中堅上位くらいの……まあ本当にまあまあなただの可愛くておしゃれーな雑貨屋さんよ」
そんなジュールの言葉を聞いた後プランはアリージオの方を見た。
「……うちの全盛期であるオルシュタイン商会と同列か格上の時点で中堅とは呼べないと思いますが」
「あら。オルシュタイン商会があんまり大きくなかっただけよ」
「はは。そう言われると何も言えませんや」
「……ねね。ジュールさん。オルシュタイン商会について知ってるの?」
「ええもちろん。これでも商人ですもの。それに……オルシュタイン商会さんには色々とお世話になりましたからねぇ……」
そう言って含み笑いをするジュール。
それは間違いなく、肯定的な意味での『お世話』ではない。
昔悪さをしていた事を考えると何等かの厄介を被ったと考えて間違いないだろう。
「……すいません」
その空気を読み取ったアリージオが深く頭を下げるとジュールは慌てて首を横に振った。
「ああ良いのよ! 貴方達に罪はないんだから。ついでに言えばしっかり仕返しもさせていただいたし」
「仕返し……ですか?」
「そ。今オルシュタイン商会がどうなってるのかが答えね」
「……おっかねぇからこれ以上聞かないでおきましょうかね」
「賢明よアリージオちゃん」
そう言って微笑むジュールは外見こそ変人だがまごう事なき出来る商人だった。
「……ジュールさんこわーい」
プランの非難めいた声にジュールは慌てて自分の頬をむにむにした。
「うそやだ! クッキーと紅茶用意して女子力高めなきゃ! ちょっとごめんなさいね!」
そう言葉にしてジュールはくねくねしながら走って奥に消えていった。
「……インパクトすげぇな。あれがあの伝説の店長か……いや、ある意味において伝説となるに相応しい外見だが……」
「ん? アリージオさんジュールさん伝説って呼ばれるほど有名なの?」
「ムーンクラウンは何故か知らないが店長が商会を仕切っている。会長でも支配人でもなくな。そういう訳で色々と良い意味でも悪い意味でも有名だ。と言っても商人の間位だが……それでも俺程度が知ってるから有名な話だと思うぞ」
曰く、ムーンクラウン店長は会長の座を追いやり権力を好き放題している。
曰く、ムーンクラウン店長は会長の息子で会長に代わり指揮を取っている。
曰く、ムーンクラウン商会の店長は化け物で男を食う。
そんな知名度の割に外見や性格の情報が出てこずやり手であるという事しか知られていない為噂が噂を呼んで色々な作り話が生まれた。
ちなみに……外見の情報が出てこなかったのはあまりにキャラが濃すぎてジュールを見た誰もが上手く表現できなかったからというとても下らない理由である。
「ふーん。まあ良い人であるのは確かだから安心して。取引には厳しい人だけど」
「……おう。まあ気合入れて出来るだけの事はさせてもらうよ。ありがとな嬢ちゃん」
そう言ってアリージオはプランに微笑み緊張を強く宿した瞳でジュールのいなくなった方を見つめた。
その後ジュール直々の紅茶を飲み、実際の交渉をして……そして現在、アリージオが捕まりプランとノアレの二人だけで帰りの馬車に乗っていた。
既に日が落ちかけた夕方時であり、帰りつく頃には夜中になっているだろう。
幾ら安全な道とは言え暗くなりだして遠くが見え辛くなっているから速度を出す訳にはいかず、馬はゆったりとした速度で足を進めていた。
若者二人での帰宅となった理由を一言で表すなら……アリージオの能力があまりに低かった事とジュールのお節介によるものである。
鉄の買い取り交渉でまあプランの頼みだから甘く見てあげようと思っていたジュールだったのだが……アリージオの交渉はその斜め下であった。
アリージオはジュールに選択と権限を全て丸投げしたのだ。
誠実さをアピールし今後の取引をしたいからと言う理由ではあるのだが、商人同士の取引で白旗宣言は誠実さの欠片などあるわけがなく、強欲で相手の事を考えない交渉よりなお印象が悪い。
そんな事を堂々と行うなんて斜め下な交渉でジュールは苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。
『ねえ。本気で商人同士の交渉でその形での誠実さをアピールしたいならさ、プランちゃん位生き様を誠実にしないと意味ないわよ? 一緒にいるならこの子がどういう子で何をする子なのかもわかるでしょ? その位の覚悟ある?』
そうジュールが尋ねると、アリージオは首を横に振った。
ちなみにその会話を横で聞いていたプランの一言は『解せぬ』だった。
そんな訳で本来なら見捨ててもしょうがない状況なのだが……プランからの紹介であり、同時にオルシュタイン商会を捻り潰した負い目からジュールは一つ提案を出した。
アリージオにムーンクラウンのやり方と交渉のイロハを学びに来ないかというものである。
この研修をアリージオが受けるのなら、精錬鉄を定価かそれ以上で買い取っても良い。
そうジュールが提案を持ちかけ、アリージオは迷わず乗っかった。
『秘匿すべき商いのイロハを大商会から直々に学べるのなら尻を貸す価値さえある。その上鉄まで高価で買い取ってくれるんだ。断る理由あるわけがない』
そんなアリージオの言葉にジュールは……。
『もう少し良い男になってからそういう言葉は使いなさい』
そう言葉を返しジュールはアリージオの尻を強く叩いた。
そんなわけでアリージオはしばらく滞在する事となり、現在二頭並列馬車の馬の上に二人は横並びに座っていた。
「ノア君馬とか得意な方? しんどいなら休憩挟むけど」
そうプランが話しかけるとノアレは首を横に振った。
「大丈夫」
それだけ答えノアレは前を向く。
別に怒ってるわけでも冷たい訳でもない。
ただ、こういう性格なだけである。
「そか。ちなみに私は馬得意とは言わないけどそれでもオルシュタイン家に帰るまで乗りっぱなしでも大丈夫だよ」
「じゃあこのまま帰ろう。遅くなると寝る時間がなくなってしまう」
その言葉にプランは頷いた。
プランは何かノアレに話そうと思い口を開く。
だが、何も言葉が出てこなくてそのまま黙り込んだ。
あんまりしつこいとうっとおしく思われるかもと思ったのもあるのだが……単純に行きの馬車で話し過ぎて話題が思いつかなくなっていた。
だからプランは静かに馬を歩かせる事に集中した。
「……今日は……本当に色々と驚かされた」
まさかノアレが自分から話しかけて来るとは思わずプランは少し驚き、慌ててノアレの方を見た。
ノアレの顔は何時も通り何を考えているのかわからないそんな顔だった。
「ノア君は何に一番驚いた? ジュールさんの筋肉? アリージオさんが弟子状態になった事?」
「……君はジュール店長の筋肉をやけに気にしてるね」
「だって凄くない? あのボリューム。力強すぎるでしょ」
「……そこは否定しない」
「あはは。んでノア君は何に一番驚いたの?」
「紅茶」
ノアレは迷わず断言した。
「ああー。店長の紅茶美味しいもんね」
「うん……。正直あんなに美味しい紅茶があるなんて知らなかった」
表情が普段変わらないノアレが目を見開き驚いていた。
それ位はジュールの紅茶は特別美味しかった。
「うん。教えて貰ってあの味を出せる様頑張ってるけど全然だわ」
「……どの様な事を教わったか僕も聞いて良いかな?」
「良いけど難しいと思うよ? 女子力とかプリティとか茶葉を愛でるとかそういうニュアンスの説明がふんだんに盛り込まれてるから」
「……残念だけど止めておこう。聞いてもどうしようもなさそうだ」
そう言葉にしてからノアレは前を見た。
「今日は……本当色々と驚かされた事ばかりだった」
誰に話しかけるでもなくそう言葉にするノアレ。
その横顔を見つめると……笑っていた。
元々整った顔であるだけでなく、普段笑わないノアレだからこそ横顔はやけに印象的だった。
それこそ、その日はずっと、夜寝る時までプランは夕日に照らされたその笑顔が頭から離れなかった位は――。
ありがとうございました。




