6-8話 お節介焼き
オルシュタイン家に来てからしばらくはプランの予定通り三人で屋敷の手伝いをして過ごした。
その中でも特にプランは広い範囲で手伝いを行い、ありとあらゆる下仕事をこなしていった為気づけばオルシュタイン家には小さなお手伝い妖精が出るなんて話題にされ茶化されるほどには有名になっていた。
間違いなく、三人はこの屋敷に馴染めていた。
そんな現状になった訳だが……プランはこの結果を余り好ましい物と考えていなかった。
今三人があっさりと馴染め、プランが色々な手伝いを出来ているのは決して三人が優れているからではない。
確かに、器用貧乏である事を自負しているプランは手伝いという意味でなら恐ろしいほどに有用であり、それこそオールワークメイドが天職であると言っても良い位だ。
だがそれでもオルシュタイン家の人達がプランを拒絶したらこの様に手伝いをする事すら出来なかった。
現在プラン達三人があっさりと受け入れられて手伝いを出来ているのは……ここまで綺麗に馴染めているのは心に余裕のないオルシュタイン家の屋敷に住む人達皆がとても優しく、そして苦しい時でもその優しさを前に出せる様な、そんな大きな器を持っているからに過ぎなかった。
滅びゆく家の空気というものは本来陰鬱であり、それこそ死者が動き出そうという雰囲気となる事に間違いはない。
そして今そうなっていないのは、それは皆が明るく楽しい気持ちでいるから。
皆が無理にでも明るく振舞おうとしているからだ。
そこに色々な思惑はあるだろう。
だが、プラン達外部の人間を嫌な気持ちにさせない様にと気遣って明るく振舞っている人がいる事は間違いなかった。
だからこそ、プランは悩んでいた。
気遣わせてしまうというのは本意ではない。
間違いなく過酷な運命を担っているオルシュタイン家だからこそ気遣いではなく、プランは心の底から笑える様な場になって欲しかった。
どれだけ貧乏でも心から楽しく笑う事が出来ていた……そんな昔自分がいた場所の様に。
その為に何か出来ないかプランは悩み続けていた。
「……まーた何か考えてるなお前。でもさ、お前がそんな顔で幾ら考えても良いアイディアなんて出ねーぞ」
そんな言葉と同時に頭をぐりぐり乱暴に撫でられプランは驚き変な声を出した。
「わ、わふっ!?」
「お前は犬か」
そう言って乱暴な手の持ち主、サリスはケラケラと笑った。
「ありゃサリス。お疲れ。ソラス君どうだった? 元気にしてる?」
オルシュタイン家のこの状況で子供がどれくらい苦しんでいるかわからない。
だからこそプランは心配しそう言葉にするが……サリスはそんな細かい事は考えてすらいなかった。
「んー。微妙だわ」
「え? げ、元気ないの?」
「いや……元気はあるが……悲しい事にあんま剣の才能ねーんだよな……悪くはないけど……うん。って感じ」
「……え、えぇ……。いやまあ元気なら別に良いけどさ……。何で剣の……ってそいや冒険者目指してるんだっけ?」
「おう。と言っても道は一つじゃないからな。どうなるかなんてわからん。それでも鍛えて損はないだろ」
「だね」
「だがあいつ素質はびみょいが悪くはねーぞ。あの歳なのにどれだけ厳しい訓練も挫けず頑張ってるからな」
「……うーん。雇い主の息子に対しての行動とは思えない。でもサリスらしいね」
「まあそういうなよ。お互いウィンウィンだろ。そしてあいつは強くなるぞ……。才能なくても努力をし続ける奴は伸びるからな。俺みたいに」
そう言ってサリスは期待に胸を膨らませた少年の様な笑みを浮かべた。
「サリスは才能あるじゃん。剣も体力もそれ以外も」
そうプランが言うとサリスは笑った。
「俺は体が出来てから一気に伸びたタイプなんだよ。だからこそあいつも伸びるぞきっと」
そう言いながら次はどんな訓練をさせようか考えるサリスは本当に楽しそうで、プランはふふと小さく笑った。
「んで……さっきから黙ってエージュはどしたの?」
そうプランはサリスと一緒に来たはずなのにやけに静かなエージュにそう声をかけた。
エージュはサリスと馬が関係しない限り基本物静かではあるのだが、それでもあまりに静か過ぎた。
そして、その顔はさきほどのプラン以上に悩み困った様な顔を浮かべていた。
「あ……。その……少々考え事を。クラウさんの事を」
「クラウちゃんがどしたの? そっちは心に問題がある感じ? 女の子だし多感な時期だしねぇ……」
その言葉にエージュは首を横に振った。
「いえ。思い悩む様なそぶりも見えませんし落ち込む様子もありません。そうではなく……ソラスさんとは反対で……才能に溢れていまして……」
その言葉にプランとサリスは首を傾げた。
「何の?」
そんなプラン、サリスの二人同時の声にエージュは頷き答えた。
「貴族に連なる者としての才能ですね。まだ教え始めて三日程度なのですが……現段階で社交パーティーに出ても恥を掻かないでいられる位は礼儀とダンス、そして話術を覚えました」
「……まじで?」
プランが目を丸くしそう尋ねるとエージュは困った顔で頷いた。
「はい。好きこそもののと言いますが……はい。彼女はまさしくそういう星の下で生まれた様な人です。敢えて誰も言いませんが父親の才能を受け継いだのだと……。もちろん悪意の方ではなく正当な貴族としての立ち振る舞いの方ですわ」
「わかってるよ。そかー。凄いねクラウちゃん」
プランは心の底から羨ましい気持ちで溢れそう呟いた。
「ですので……ハワードさん。弟さんの許嫁にどうでしょうか?」
その言葉にサリスは噴き出した。
「は、はぁ!? 何をいきなり。しかもお前そういう政略結婚は好まないって言ってただろ!?」
「はい。確かに好みません。ですが……正直クラウさんを他のどこかに渡すのが惜しいと考えまして……。そしてバーナードブルー家に引き込めないのならせめてと……。もちろんハワードさんを信用しての言葉ですわよ!?」
「わーってるよ。まあウチみたいなやらかした家はそういう時都合良いよな」
そう言ってサリスは少しだけ真剣に考えた。
サリスの実家であるハワード伯爵領の評判ははっきり言って宜しくない。
流石にオルシュタイン家の様に庶民にまで嫌われるほどではないが、酒に酔って馬鹿をやって追放された領主がいたなんて笑い話にも出来ないほど情けない事情を知っている他貴族はハワード家を腫物扱いし深い付き合いを避けている。
その為当然だが、次期領主であるサリスの弟は嫁探しに苦労する事は既に確定していた。
そんな場所に娘を出す親は貴族の中にはそうそういない。
代わりに嫁をどこから連れて来ても誰にも文句は付けられない。
貴族として期待されていないからこそそういう扱いとなっていた。
他所の家は関わり合いを避けているしハワード家関係者は庶民であろうと元犯罪者であろうと、嫁に来てくれるだけで御の字だ。
そういう意味で考えるなら……オルシュタイン家からハワード家が嫁を迎えるというのは非常に都合が良かった。
クラウはハワード家のちょっと馬鹿にされる評判など気にもしない。
実家の評判と比べたら先代が酒で馬鹿やって程度の評判なんて天国以外の何にも感じない。
そしてハワード家としても評判こそ地に落ちたものの長い歴史と伝統のあるオルシュタイン家の血を取り込む事という事は貴族的に考え非常に都合が良く、そうでなくともこれから困難が多くあるであろう統治生活には才能ある嫁は喉から手が出るほど欲しい。
幸いな事に『ハワード家がどこから嫁を貰っても』誰も気にしない。
だからこそ、クラウとハワード家お互いの都合がこれでもかと噛み合っていた。
「本来ならそういうのは当人同士……って言って断るんだが……エージュがそういう話をするってのはマジで惜しいと感じたからだろうしなぁ……」
「はい。クラウさんが貴族に拘らず給料だけに拘る様でしたら迷わずハーナードブルー家の侍女として雇いたいと思っていますわ。あいにく今私の貴族の方でクラウさんを迎えるのに都合の良い方がいなくて……」
そうエージュは本当に悔しそうに言葉にした。
サリスは困った顔で後頭部を掻き、そして決断し頷いた。
「良し! んじゃエージュ。クラウにうちの事を話してみて聞いてくれ。んでオッケーならこっちも弟に縁談として持ち掛けてみるから」
「はい。お願いしますわ」
そう言葉にしエージュはぺこりと頭を下げた。
「……うーん貴族っぽい会話。私みたいな庶民には縁遠い世界だなぁ……」
昔を知る人がいたら迷わず突っ込みが入る様な言葉をプランは呟き、話の内容が良くわからずうんうんとそれっぽくわかってる感を見せ繰り返し頷いた。
どこまで手を貸せば良いのか。
自分がお節介であるとわかっているからこそプランは悩んでいた。
手を貸すというのはそう簡単な事ではない。
どれだけ自分がその人達の為に何かしたいと強い気持ちがあったとしても、それを行える能力があったとしても……必ずしもうまく行くわけがない。
それは成果の問題だけでなく、気持ちの問題でもあるからだ。
確かに、このオルシュタイン家にいる人達は皆気持ちの良い人である。
先代の罪悪を受け入れ、それでいて人々の為に誇り高くあろうとする家長のフラウ・オルシュタイン。
幼いながらも己の出来る事をしようとする意思と子供らしい無邪気さを伸ばし皆を笑顔にする双子のクラウ、ソラス。
能力不足を知りながら出来る事を最大限頑張る料理長のガドガラとその彼を慕う料理人達。
自信ないからこそ血反吐を吐いて師の真似をしたアリージオを中心にして家の為に出来る事を探す商会メンバー。
双子の為に安月給どころか自費で庭園を整える庭師達に少ない人数でやりくりするメイド達。
この屋敷にいる人は皆間違いなく良い人であるとプランは知っている。
知ってはいるが、それでも人助けというのは簡単な事ではない。
その家のやり方、その家の考え方もあれば触れて欲しくない仕事も当然ある。
むしろ素人が横から手を出してごちゃごちゃにしていらぬ世話を掛けてしまう事もあるだろう。
人助けというのはお互い気持ちの良いものでなければならない。
相手が納得する事は当然として、自分も納得出来なければ意味がない。
その上で、どこまで、何をすればこのオルシュタイン家の助けとなれるのか。
それをプランはずっと悩んでいた。
数日過ごしてプランは一つの事を理解した。
どうしてオルシュタイン家にこんなにお節介を焼きたくなるかだ。
その理由は皆良い人でこのオルシュタイン家が困っているというのもあるが……一番の理由は別である。
プランが一番好きな場所に良く似ているのだ。
貧乏で、困って、それでいて良い人が多くて皆でワイワイして危機を乗り切ろうとする。
プランの知っているある場所に本当に良く似ていた。
違うのは一つだけ。
その中心にプランがいない事。
それがたまらなく悲しくて……プランはこの家の為に出来る事をずっと探していた。
だからだろう。
そのお願いははっきり言ってタイミングが悪すぎた。
「あー……。嬢ちゃん。ちょっと困ってるんだが……うーん嬢ちゃんに頼む内容でもないのはわかってるけど……ちょいと相談に乗ってくれないか?」
そうアリージオに声をかけられたプランは目が夜の猫の様にらんらんと輝き、まるで飼い主に懐いた犬の様にアリージオの傍に走った。
恐ろしく俊敏な動きで、キラキラした瞳で。
『水を得た魚』
まさしく今のプランはそんな状態だった。
「何何!? 何でも言って。どうしても無理な事は出来そうな人に頼むよ! 何をして欲しいの!?」
「お、おう……。ぐいぐい来るな。まあやる気があるなら助かるよ。でもなぁ……正直嬢ちゃんに何とか出来る様な内容じゃないんだよなぁ……。かといって俺らもぶっちゃけ素人だから……」
「良いから言ってよ。ね? ね?」
尻尾を振る犬の様なプランを見て苦笑いを浮かべならアリージオは頷いた。
「はは。まあありがとな嬢ちゃん。とりあえず現物見せるから付いてきてくれ」
当然、プランは強く頷いた。
「……ありがとな嬢ちゃん。まだ未熟でどうしようもないけど……それでも前よりはマシになったよ」
そう移動中ぽつりと呟くアリージオにプランは首を傾げた。
「ふぇ? 何のこと?」
「この前、無理するなって言ってくれただろ。だからさ、少しだけ商会の仲間と話し合ったんだ」
「おおー。それは良いね! んでどうだった?」
「ああ。あっちも俺が無理してるのわかってたらしい。それでも……俺が頑なだったから何も出来なかったって言ってた。……相談して欲しいってずっと思ってたんだってさ」
そう言葉にするアリージオは涙ぐんでいたが……それを追求するほどプランは野暮ではなかった。
「うん。良かったねアリージオさん」
「ああ。……と言っても……問題は何一つ解決してないけどな。俺の背中にあった荷物が商会皆の荷物になっただけだ」
「ふふ……でも、何とかなりそうなんでしょ? 顔に書いてある」
「……まあな。困ったら頼る。それだけでまあ……何とかなりそうな気がするさ。……それで駄目なら……笑って誤魔化そう。そう思える位には楽になった」
「そりゃ良い。でもそうなったら後で怒られてフラウさんがこんな顔になるかもよ?」
そう言ってプランは目じりを高く持ち上げ怒った顔を作った。
「……それはそれで見てみたいな」
そう言葉にするアリージオを見てプランはくすりと小さく噴き出した。
「ま、そうならない様に嬢ちゃんにも手を貸してもらおうって考えてな。着いた。ここで……そして悩みの種はこれだ」
そう言葉にしてからアリージオは扉に鍵を差して開き、中を見せた。
その倉庫らしき場所の中には銀色に輝く延べ棒がやまほど保管されていた。
「これは……精錬鉄のインゴットだね。これがどうしたの?」
そう言葉にするプランを見てアリージオは少しだけ驚いた。
「あら。知ってる上に一目見て鉄だってわかるのか嬢ちゃん。……いや、冒険者だったなそいや。ここに馴染みすぎてすっかり忘れていた。ま、少しだけ事情を聴いてくれや」
その言葉に頷きプランはアリージオの言葉を待った。
オルシュタイン商会であった頃の唯一の忘れ形見であり現在商店が唯一保管する物資。
悪行の証拠や被害者の声によって回収された物ではなく、逆に裏切り者の家から買う訳にはいかないと購入をキャンセルされた為残ってしまった物。
それがこの精錬鉄のインゴットである。
純度を含めて質は決して悪いものではなく、むしろ相当以上に良い物である為使えば中々の金属製品が作れるだろう。
だが逆に質がもの凄く良いという訳ではなく、国が使う軍用武具や研究に使えるほど高品質という事でもない。
そんな精錬鉄がこの商店に残された唯一の物だった。
手持ちの予算は銅貨一枚もないからこれを売らなければ商会は品物を仕入れる金すらない。
だが大きな取引をするコネは全てのきなみ消滅し、同時に今商店にいる者の中で交渉ノウハウを持った人もいない。
それ故倉庫にこの精錬鉄が眠り続けている事となり、精錬鉄と同様商会も眠り続けていた。
これが売れたら安い品物を買って行脚しながら売り払うといった少しは商店らしい事が出来るだろう。
だが、誰が、どうやって、幾らで売れるのかすらわかっていない。
そんな訳でこの商店唯一の資産は見事に倉庫で鎮座し続けていた。
「つーわけで……これどうしたら良いと思う? 何かアイディアあれば是非頼むわ」
諦め半分でアリージオがそう言葉にするとプランはさっきまでのギラギラした目ではなく、少しだけ冷たく、それでいて落ち着いた冷静な目で精錬鉄を見つめた。
「……アリージオさん。これをどうしたいの?」
「それを尋ね――」
「出来る出来ないを度外視して、どうして欲しい?」
さっきまでとはまるで違う空気でそう言葉にするプランに少しだけ気圧されながらアリージオは言葉を綴った。
「あ、ああ……。出来たら相場より安い位で良いから売って……その金で何か交易出来そうな物が買えたらなと……」
そう言葉にするとプランは精錬鉄の延べ棒を一つ手に取った。
少女が持つには重すぎるそれをプランは手袋をしてしっかりと持ち上げ、触り、感触を確かめた。
「……。一本で十五から二十小銀貨ってところね」
「そんなに高く売れるのか!?」
幾ら良い物ったって鉄なんてどうせ安いだろうと思っていたアリージオは驚きそう言葉にしながら商人が使う計算棒を取り出し指を弾いた。
「……まじか……これ全部売れたら金貨十枚超えるのかよ……」
「うん。良い物だね。わざと柔らかくしてるから武器には使えないけど……それ以外には幾らでも用途がある」
「あん? わざと柔らかくしてる? 何でだ?」
「使いやすいからだよ。加工の手間を減らした方が楽でしょ?」
「なるほどねぇ……。ってちょっと待った。嬢ちゃんあんた一体何者だ!? 元々すげぇ奴だってのはわかってたけど……さっきから明らかに素人とは思えない」
「うん? 私数か月だけだけど商店で働いていた事あるの。これでもそこそこ人気あったんだから」
そう言ってプランはふふんと胸を張ってみせた。
「はー。本当何でもしてるし何でも出来るねぇ」
「と言っても根が小者だから大きなお金が動くと頭が混乱するしついでに地理とか超苦手だから交易とか私には出来ないけどね」
そう言ってプランは苦笑いを浮かべた。
「嬢ちゃんにゃそれ位欠点があって丁度良いんだよ。正直男で大人なのに何も出来ない自分が情けなくてしょうがない。っても、頼らないとどうしようもないんだけどな。嬢ちゃん。これどうやって誰に売れば良い?」
そう真剣な様子で言葉にするアリージオに、プランはこのタイミングならと思い最大級のお節介を焼く事にした。
「私の元働き先紹介しようか? この家でも間違いなく買ってくれるよ。でも交渉がめちゃくちゃ巧いちゃんとした商会だから安く買いたたかれる可能性あるけど……」
「構わない。むしろルートのない俺らにとっちゃ顔つなぎして次からの縁が結べる可能性を考えるなら幾らで売れても損ない位だ。嬢ちゃん。悪いが頼むわ。俺らに仕事を作ってくれ」
「まっかせて! んじゃジュールさんにお手紙書くから待っててね……っと思ったけど私が直接言った方が早いね。一旦学園帰るから待っててくれる?」
「おう。色々すまんが頼むわ」
プランは笑顔で頷き、ぴゅーっと風の様な速度で走っていった。
その様子はまるでボールを追い掛けて走っていく犬の様だった。
ありがとうございました。




