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6-5話 始める事すら困難な依頼


 今王都と呼ばれる国家の中央都市を二人の怪盗が賑わしている。


 一人は国の中心と呼ぶべき軍事関係者、その中でも腐敗した人物だけをターゲットに絞り、これまで多くの武官がその盗みを阻止しようと動いたにもかかわらず一度もその姿を誰にも触れられていない。

 盗むべき物だけを盗むと速やかに退散するその鮮やかかつ苛烈な手口と陽炎をも彷彿とさせるほどの逃走技術から『ナイトメア』と新聞社に名付けられた怪盗。


 もう一人は強欲な商人を主に狙い相手を嘲笑う様な手段と神出鬼没な事から『ファントム』……と呼ばれたがその時から本人が『メロウ』と名乗る様になった。

 どうやら勝手に名前を付けられるのが嫌だったらしい。


 そんな二人はまるでライバルであるかの様に張り合いながら盗みを成功させ、人々に娯楽という興奮を与えていた。

 市民が彼ら二人に強い興味を持つのには単純な理由がある。

 自分は絶対狙われないとわかっているからだ。


 二人の怪盗には一つの共通点があった。

 それはターゲットの全員が文句の付け所もないほどの悪人であり罪を犯していたという事。

 違法な借金、脅迫、酷い場合は権力を笠に着ての殺人……。

 そんな事をしていた人物がターゲットだからこそ、勧善懲悪、悪を滅ぼす正義の義賊という事で市民達は怪盗に対し熱狂と呼ぶほどの興奮と感動、そして親しみを覚えていた。

 それを逆説的に言うとすれば……怪盗に狙われた人物はすべからく悪人だという事である。




 ――結局、来てしまった。

 どう考えても自分達のキャパを超えている依頼である為断るのが無難な選択であるのはわかっている。

 わかっていて……それが出来ないという事も同時に三人は理解していた。

 三人共に別の考え方があり、三人全員が別の理由で断りたいという気持ちを持っていた。

 しかし同時に、三人共がトレスを、オルシュタイン家の残された家族達に何かをしたいと事情を聴いている内に思ってしまい……とうとうオルシュタイン家に辿り着いてしまった。


「では奥様を呼びますので少々お待ちください」

 にこやかな様子でトレスはそう言葉にし、プラン達三人を客間に残しパタパタと足音を立て去っていった。


「……とりあえず、ここの様子どうだ? 俺的には普通だと思うが……」

 サリスがきょろきょろとこの客間の様子を見てそう小声で声をかける。 

 それを見てプランとエージュは同時に首を横に振った。

「埃が目立ちますね。掃除自体は出来ている様ですので手が回っていないのだと伺えます」

 エージュはそう呟いた。

「うん……。たぶん、もうその手の専属のメイドさんいなくてオールワークメイドさんだけになってるんだと思う。屋敷の規模に比べて出会う人が少なすぎる。ついでに言えばメイドさん以外一人も姿を見てないから人自体相当少ないと……」

 エージュに同意する様そうプランも言葉にした。


 トレスの持って来た面倒かつ厄介な依頼を引き受けた最大の理由、それはオルシュタイン家に残された人達の事を考えての……言い方は悪いがはっきり言えば同情である。

 オルシュタイン家当主バダフガンナ・オルシュタインが逮捕、拘束されたと同時にオルシュタイン家は地位と名誉を同時に失った。 

 当然の様に芋づる式で当主の悪行に関わった者達皆が逮捕、処刑されている。

 だから今ここに残っているオルシュタイン家に関わる者達は皆が皆潔白であるという事だ。


 だがそれでも、彼らを見る世間の目は最低より更に下と言ってほどに悲惨である。

 例え彼らが無実であったとしても、それを世間は知らないし知ろうとも思わない。

 残された嫁と子供、そしてオルシュタイン家を支える為に残ったわずかな人達は皆同様に苦しみ続けているという事などどうでも良いのだ。

 それに気づいた時には、依頼を断るという選択肢が三人から消え去っていた。




「お待たせしました」

 そんな声に反応し、三人は声の方に目を向けた。

 そちらにはドレスに身を包んだ妙齢の美しい女性が優雅な仕草で歩いてきていた。

 まさしく貴族、模範的な対応。

 そう呼ぶに相応しい仕草で見目麗しい令嬢なのだが……同時に三人の目にはその人が相当痛々しく見えていた。

 化粧でも隠しきれない隈と悪い顔色に病的なほど細い手足。

 無理をしていないわけがないと一目でわかるその姿は、痛々しいという言葉以外出てこない。

 だがそれでも、その人物は背筋をまっすぐ伸ばし、堂々とした仕草をし続けていた。

 自らこそが責められるべき怨敵であると皆に知らしめる様に……。


「主様」

 トレスがそう言葉にして椅子を引くとその女性は椅子に座り、三人に軽く会釈をした。

「初めまして。この度オルシュタイン家の当主となりましたフラウ・オルシュタインです。どうぞよしなに」

 そんなフラウの態度に三人は会釈を返し名前を名乗った。


「それで……貴女方がこの子の依頼を受けて下さると?」

 そうフラウが言うと代表してプランが頷いた。

「事前に説明があったと思いますがオルシュタイン家はただいま最低最悪という意味で話題になっている家柄です。その為もしかしたら貴女方も嫌な思いをするかもしれません。更に言いますと今回の依頼はオルシュタイン家ではなくその見習いメイドから。金額も提示以上は払えませんし何かあっても私とは無関係です。それでも……」

「はい。それでも受けます。正直何が出来るのかわかりませんが……出来る事が何かあるはずですから」

 そう言ってプランが微笑むとフラウは表情一つ変えず、目を閉じてプランに頭を下げた。

「罪深き身である事は存じております。それでも……いえ、罪深いからこそ、せめて……それを国にお返ししたいのです。どうか……よろしくお願いします」

 一切の表情を変えず、極めて冷静に……だが、それでもフラウの声は小さく震えていた。




 依頼内容は厄介なお家騒動や貧しい貴族的生活とは一切合切関係なく、『怪盗に狙われている品を守り通す事』だった。


 オルシュタイン家の元当主、先代でありフラウの旦那であるバダフガンナ・オルシュタインの罪状を正しく語るならオルシュタイン家という家がどういう家柄なのかを明らかにしなければならない。


 王都の中に住む名誉貴族、オルシュタイン家とは元々王家に対して深い忠義を持つ内政官だった。

 どの位忠義厚いのかと言えば、王家の為にわざわざ内政官を辞職し政から遠ざかり、王家から一歩以上離れた位置で王都の民を導こうと考えるほどである。

 王都は必ず発展する。

 そして王都が広くなればなるほど王家の影響力は下がってくる。

 そんな未来を憂いたからこそ、オルシュタイン家はその民衆の中に潜り、王家を支える道を選んだ。 

 巨大な商会を持ち、多くの兵士を輩出し、王家の危機には外交内政軍事問わずあらゆる事に手を貸せる準備をした。

 たった一つ、王家への忠義のみを持って。


 だからこそ、王家もそんなオルシュタイン家を名誉貴族と認定した。

 王都から離れれば貴族となれるだけの資格を、今までの献身忘れぬという意味を込めノスガルド王国はオルシュタイン家を忠義の家として認めていた。


 それを全てぶち壊したのが先代当主である件の人物、バダフガンナ・オルシュタインである。

 王家の為に先人が残してきた商会に多くの兵士を輩出しそのノウハウを蓄えて来た専属の兵士訓練所。

 それらオルシュタイン家が残して来た全ての功績をひとまとめにし、私利私欲の為に利用した。

 そしてその結果生まれたのがバダフガンナの為だけに動く暴力的犯罪シンジケート、早い話がギャングである。


 先代までの忠義と信頼を利用し、バダフガンナは文字通り好き放題した。

 ありとあらゆる者達を食い物にし、逆らう者には地獄を見せて来た。

 家族と王家には表の綺麗な顔を、弱者には醜い顔を使い分け、上手く隠し通しながら恐ろしいほど上手にバダフガンナは生きて来た。

 だからこそ見事なまでに皆が騙されていたのだが……たった一枚の予告状でその全てが台無しとなった。

 悪人を罰する怪盗からの予告状。

 

 その予告状が送られた事を新聞が知り、国が知り、怪盗に負けるものかと政府がオルシュタイン家を調査して、それでバダフガンナとそれに従うシンジケートは露見し、あっという間に全て綺麗さっぱり掃除された。


 悪い部分を徹底的に取り除かれたオルシュタイン家は多くの物を失い、悲しいほど何も残らなかった。

 名誉はマイナスとなり、名誉貴族という地位などもはや何の意味もなく、またそれすらも今代当主は返すつもりでいる。

 元々働いていた人の大半は不名誉な家に付き合わせる訳にはいかないと当主が膨大な退職金を払って辞めて貰った。

 バダフガンナの悪行とかかわらないオルシュタイン家の純粋な資産は僅かなものであり、またその資産すらも退職金として大半が消え、本当の意味ですっからかんなのが今のオルシュタイン家である。


 そして更に悪い事に、もう一つだけ残された物があった。

 盗みの予告状が届いたという事実である。




「それで、一体何を狙われているんです?」

 プランがそう尋ねるとそれを予測していたのかフラウはそっと紙の束をプランに渡した。

 それを三人で見て二人は首を傾げる。

「あの……これは?」

「うちの宝物庫の目次ですが」

「いえ……その……どれですか?」

「それのどれかですね」

 あっけらかんとフラウは言葉にし、プランは頬に冷たい汗が流れるのを感じた。

「あの……予告状には何と書かれていたのか教えて頂いても」

「そうね。……私もね、ずっとそれを知りたいと思ってるのよ」

「……はい?」

「予告状を受け取ったのは元当主。そしてその人はここに戻る事のない場所に向かいました。更に言えばその人と私は共謀の恐れがあるとみられ会う事が出来ませんし近い内に誰とも二度と誰も会えない場所に向かうでしょう。……例え会えたとしても……私は絶対会いたくありませんけど」

「……じゃあ……何が盗まれるのかわからないと……」

 その言葉にフラウは微笑んだ。

 それは嬉しい時の笑みというよりは、どちらかと言えば自虐的な笑みだった。

「それどころか、一体どちらの怪盗に狙われているのかすらわからないですわね。新聞記者さんも知らないみたいでしたし知っているのは先代と先代の事情聴取をした方位でしょう」

 三人は顔を顰めた。


「ですので、私達がわかっている事は犯罪にかかわった証拠がなかった為国から没収を受なかった宝物庫に残されるわずか五品の内のどれか一つが狙われているという事位ですね」

 エージュは苦笑いを浮かべサリスは叩く様に自分の顔に手を当て、プランは頭を抱えだした。

「どう? 面倒と思いません? 依頼受けるの止めても良いですよ?」

 何故か楽しそうにそう言葉にするフラウ。

 それに対してプランは絶叫にも近い声で答えた。

「やりますよ! やってやりますよ!」

 もはやただの意地でしかないが、それでもプランはそう声を張り上げた。

 諦めの混じったフラウとトレスの顔を笑わせる為に、そして困難かつやる気の削がれる依頼を頑張る為自分のやる気を鼓舞する様に……。




「まさかこんな事になるとはなぁ……」

 サリスは個室として案内された部屋のベッドに転がりながらぽつりとそう呟いた。

「うーん。色々な意味で面倒だしもう何が何やらわからないけど……正直少し楽しみに感じてたりもする自分がいたりします。だって怪盗の予告状を阻止する依頼とかもう二度と来ないでしょ」

 ベッドの縁に座りながらプランはそう言葉を返す。

 それを聞いて小さなテーブルが備えられた椅子に座るエージュも頷いた。

「はい。不謹慎だとわかっておりますが……その部分だけは少々楽しみですわね。同時に力不足である事が恨めしいですが……。それとハワードさん。この部屋はプランさんの部屋ですよ。ほどほどに」

「へーい」

 めんどそうにそう返しサリスはベッドから飛び出てエージュの横にある椅子に腰かけた。


「ですがプランさんの言う通り、本当に物語みたいな依頼ですわね。本来なら私達には回ってこない様な依頼でしょう……」

 そう、世間を賑わす怪盗との対決など本当なら兵士や武官、文官、探偵職などが担当するしそうでなくとももっと高名な冒険者が呼ばれる様な依頼である。

 だが、現オルシュタイン家にはそれを呼ぶほどの予算もなければ堂々と誰かを呼ぶほどの名誉もなく、それどころか既に外を出歩けば石を投げられるレベルまで悪名が轟いている。

 だからこそ奇縁と人柄を通じてプラン達新人冒険者にこんな依頼が舞い込んで来ていた。

「ま、俺ら外部の人間にゃそれ以前にこの家の事すら良くわかっていない。まずは何を調べるべきかを調べるところから始めなきゃな」

「ですわね。まるで物語の探偵の様な依頼とも言えますわ」

「お前の持つそういった物語の本みたいにか?」

 そんなサリスの冗談にエージュではなくプランが答えた。


「違うよサリス。エージュの持ってる本はそういった物語調の強い本じゃなくてもっと甘い恋愛話の奴でしょ」

 そう言葉にするとエージュは微笑んだ。

「今社交界での少女達にそういう話が人気あるらしいですのであくまで社交界の勉強用にですね。私の好みではありませんよ」

「ほーん。んで、今回の依頼に持って来たお前の本はどんなだ?」

「今社交界で話題になっている新人作家さんの本ですね。タイトルは『愛の花』。政略結婚をした若い男女がお互いに歩み寄りながら結婚後に愛を深めていくお話です。主人公の女性の揺れ動く心情の描写がリアルでまた男性側も主人公に対して照れを見せる仕草も……」

「なるほどなるほど。……やっぱりお前そういうの好きなんじゃないか」

「いえ。自分が好きだからではなく社交界での会話の為です」

 エージュはきっぱりとそう言葉にした。



「あのさ、話変わるんだけど……二人のお母さんってどんな人だったの?」

 そう少し恥ずかしそうにプランが言葉にすると二人は神妙な面持ちとなった。

 プランの家庭事情を二人は知らないしまたはなせない事情がある事も理解している。

 ついでに言えば家庭事情その物が地雷の可能性すら考慮に入れている為今まで深く尋ねなかった。

 だからこそ、その問いに何と答えれば良いかわからず二人は同様に戸惑っていた。

「えっと……唐突だなプラン。何かあったのか?」

 探りも兼ねてサリスがそう言葉にするとプランは恥ずかしそうに言葉を紡ぎだした。


「えっとさ……。トレスっていたじゃん。私に似てる子」

 依頼人である新人メイドのトレスはプランに良く似ていた。

 瓜二つというわけではないが、それでも姉妹であると言っても違和感が一切ない程度には二人は似ていた。

「ああ。いたな。それがどうした?」

「えっとね。それで思ったの。私に……ああこれは言えないや。ただ、私に妹はいなかったんだよね。間違いなく」

 そうプランが言葉にすると二人は頷いた。


「んで家族の事考えてたら……私のお母さんの事をちょいと思い出してね」

「プランのお母さまってどんな方だったのですか?」

 エージュの言葉にプランは微笑み首を横に振った。

「何も知らないの。物心ついた時にはいなかったし……。ついでに言えばお母さんの事教えてってお父さんに言ってもほとんど教えてくれなかった」

「それは……辛いですわね」

 何と言えば良いかわからずエージュは素直に思った事を吐露した。

「んーん。辛くないよ」

「……どうしてですか?」

「一言だけね、お父さんに教えて貰ったの。どんな人だったか」

「何とおっしゃってたのですか?」

「『ひねくれ者で悪態ばかり吐くような子だったよ。だけど素直な時は大体何かやらかす前だったから素直な時の方が怖かったかな。そんな厄介な子だったね』って」

「それはまた……何とも微妙な評価ですわね」

 そう言ってエージュは苦笑いを浮かべた。

「そうだね。でもさ、そう言ってるお父さんはどことなく嬉しそうだったんだ。だから二人が愛し合っていたのは間違いなかったみたい。だから私は悲しくないんだ」

 プランは心の底からそう思い言葉にした。

 もうどちらにも会えないから寂しいのは間違いない。

 だけど、それでも、自分は愛されて生まれたとプランは胸を張って主張する事が出来る。

 それはプランにとってとても嬉しい事だった。



「それは……きっとお二人は素敵な恋愛をしたんでしょうね」

 そう言葉にするエージュの目はまるで恋する乙女の様な目だった。

「やっぱりお前恋愛話とか好きなんじゃないか」

 そう言葉にするサリスにエージュは堂々と首を横に振った。

「そんな事ないですわよ」

「じゃ、最近読んだ本で気に入ったのはどんな話?」

 プランがそう尋ねるとエージュは考え込む仕草をしてみせた。

「そうですわね。数日前図書室で見かけた幼い女性が領主に告白されたお話ですわね。庶民の生まれにもかかわらず告白され色々大騒動になりながら悩み、真摯に告白を受け止めその上できちんと答えを出す。それは本当に素晴らしいものでした。女性の方がきちんと一旦断って、その上でのどんでん返しできちんとしたハッピーエンドの大団円。読んでいて感動しましたわ」

「やっぱり好きなんじゃないか」

「そんな事ありませんわ」

 その一言で誤魔化せると思ってるのかそれとも自分で認めたがらないのか。

 エージュは今までと同じ様にそう言い切った。


 そんなエージュを見て二人は顔を合わせ、そして同時に小さく噴き出し笑った。


ありがとうございました。

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