6-3話 エンチャントについて
早朝――多くの人がまだ寝静まっている様な時間帯にプランは目を覚ました。
昨日は引っ越しの後も色々とあり寝るのが遅くなった為もう少し寝ていても良かったのだが……三か月とは言え習慣というものは恐ろしく、体が自然とこの時間に目覚めてしまっていた。
「……朝寝坊して叱られなくなったのはいつ頃からだろうなぁ……」
プランは遠くを懐かしむ様な気持ちでまだ日の登り切らない空を見つめる。
当然の話だが、空が言葉を話す事はなく、何も答えを述べてはくれない。
例えどの様な気持ちで、どの様な状況であろうとも、何時も空はただあるだけでありそれが変わる事はない。
だからこそ、プランは美しいと感じていた。
「なんてセンチメンタルな浸るのは私らしくないねホント……」
そう呟き、プランは隣に寝るミグを見る。
やけに広いベッドに寝ているにも拘わらずミグはプランのすぐ傍でくっ付く様に眠っていた。
ミグは決して人懐っこい性格ではない。
むしろ人からは距離を取る方の性格である。
ただし、プランだけは出会った時から別でまるで親を見つけたカルガモの様に懐いていた。
その理由こそわからないものの、懐いてくれている事をプランは純粋に嬉しいと感じてる。
だからこそ、プランはお世話しなきゃという気持ちを強く持っていた。
とりあえず朝食の準備をして幸せな目覚めを提供出来る様に――。
プランは起こさない様ミグの髪にそっと触れ、軽く撫でた後起さない様にそっとベッドから離れた。
そのままそろそろと足音を立てない様にして隣の部屋の扉を開け中を除く。
そこには女性が三人、まるで絡み合うみたいに、酷いとしか言えない寝相で寝ていた。
女性の名前はサリス、エージュ、そしてチ――ルージュである。
引っ越し祝いと称して遊びに来たいつもの二人の後、ルージュも女性だけで集まってると知ってから飛びこんで来て、そして五人で女子会という名目でアホみたいに騒いだ。
プランとミグは先に寝たが三人はもう少し騒いでいたらしい。
どうもルージュは性格的に二人の中間点であるらしくサリス、エージュ両方と相性が良いみたいでいつもは大人しくたしなめる役であるエージュすらも珍しく騒いでいた。
そしてその三人は今、どうしてそうなったのかという様な不可思議で絡み合った体制となっていた。
「……女性同士の恋愛というのを聞いた事があるが……うん。これは何か違うね」
どちらかというと女性の中のおっさんが出た形である。
そういうのが好きなイドラですらこれを見れば悲しい顔をしてみなかった事とするだろう。
プランはそっと扉を閉め、調理場を確認する。
何が作れそうか、何が作れるか。
そう考えながら手荷物を持ち、プランは部屋に鍵を掛け外に向かった。
カーンカーンカーン。
そんなけたたましい金属音で目覚めた絡み合った三人は慌てた様子で扉を開け放った。
「何事だ!?」
サリスがそう騒ぐとそこにはフライパンに金属製の棒を叩きつけるプランの姿があった。
「朝ですよー。ご飯の時間ですよー。そろそろ起きないと朝の授業間に合いませんよー」
そうプランが言うとルージュは慌てて時計に目を向けた。
「うわやっば。ごめんプランちゃん! 私朝食は――」
「はいそう言うと思ってサンドイッチ作っておきました。どうぞ!」
「ありがと! プランちゃん本当気配り上手ね。お嫁さんに欲しいわ」
それだけ言ってルージュはサンドイッチを受け取り口に咥えてそのまま外目掛けて走っていった。
「性別がネックですねー。行ってらっしゃーい」
そう言いながらプランはそっと手を振りルージュを見送った。
「さてさて、朝食はサンドイッチにトマトのパスタ、そして二種類のスープですが……どうする? オススメはサンドイッチと冷製スープだけど」
プランはエージュの方を向いてそう言葉にし、自分の口元に人差し指を当て小首を傾げた。
「えっと……頂く立場ですので何でもありがたく頂きますが……どうしてそんな色々作ったのでしょうか?」
「パスタは食堂の手伝いで作ったのを持って来ただけで、スープはミグちゃんあんまり冷たいスープ好きじゃないから。でもあったかいスープってのも時期的に辛いかなと思って冷製緑野菜スープと暖かいポテトポタージュを作りました」
「……本当……甲斐甲斐しいですわね。嫌味でも何でもなく尊敬しますわ。片付け位は手伝わせて下さいね」
「ん。助かるよ」
そう言って苦笑いするエージュにプランは微笑んだ。
「プラン。俺は――」
「はいはい『全部大盛お代わりありで』でしょ。大丈夫わかってるから」
そう言ってプランはサリスが座るであろう椅子を引き、その前に料理を集中して置いた。
「もう俺ここに住もうかな……」
サリスは本気とも冗談ともとれる口調でそう呟き、他の人を待つ事なく手を合わせ食べだした。
「ちょっとハワードさん。まだミグさんが……」
「良いよ良いよ。先食べてて。私ミグちゃん起こして食べさせるから。あの程度の音じゃミグちゃん起きないのよねー」
そう言いながら椅子を引くプランを見てエージュは申し訳なさそうに座り淡い緑色の冷製野菜スープに手を付けた。
その後プランは猫撫で声に近い声でミグを恐ろしいと感じるほどに優しく起こし、ふーふーしながら暖かい食事を食べさせだした。
それはもはやお世話というよりも介護の域となっていた。
眠そうなミグをテオに預けた後、プランはサリス、エージュと共に朝の授業を受けに向かった。
三人はついこないだの事だがある事件をきっかけにその授業の必要性を認識し改めて学び直す必要性を見出した。
その授業は……エンチャント武具について。
当然作る方の授業ではない。
使い方の説明というよりもどういった道具なのかなど、使い手となる事を踏まえての簡単な知識を身に付ける為の初歩的な授業である。
エンチャント武具という物自体はサリスもエージュも知ってはいた。
知っていた上それに魅力を感じていなかった。
理由は単純で非常に高価な物であり、その上武具にもかかわらず使い捨てであるからだ。
要するにスクロールの媒体を高性能で高価な武具で行うというのがエンチャント武具である為、費用対効果が最悪である。
だから使う事はないと思っていたのだが……その考え方が少しだけ変わった。
確かに高価で使い捨てな武具なんて禄でもない。
その考えは変わっていないが……それでもいざという時の切り札にはなる。
そうプラン達はマルクの使った武具を見て考え直した。
流石にあれほど強力な物はないだろうが、それでも何か役に立つ切り札には出来るだろう。
そう考え、三人は授業を受ける事に決めた。
「おそらくだが……新入生以外でこの講義を受けに来た者はこう思ったに違いない。『エンチャント武器を持つ位ならスクロールでも持った方がマシである』と」
そう教壇に立つ老人はシルクハットにステッキと紳士らしさを前面に出した様な格好で授業を行っていた。
気取った姿に気取った振舞い。
それが嫌味にならないのは歳を重ねたからか様になっているからか。
ただ、確かに似合っていてそれでいて優しそうな顔立ちなのだが……その老人は尋常でない胡散臭さを醸し出していた。
「……返事がないのは寂しいが……講義を聞く姿勢が出来ているという事と思っておこう。そしてもう一つ宣言しておこう。ここに来た新入生以外の者はエンチャント武具を切り札として持とうという発想をした者だ。違うかね?」
そんなドヤ顔の老紳士にサリスは顔を顰めた。
考えるまでもなく、サリスとは相性が悪そうな先生だった。
「その発想は間違いではない。だが……君達が切り札とする様な武具は幾らすると思う? もし、君達が使うのを見たのならそのエンチャント武具は幾らであった? そう。当然だが強力な物ほど高価になる。世の中にある甘い話は罠であるか、誰も知らず見逃された物だけである。だからこそ、正しい知識を持たねばならない。どの様な物でも役に立つかどうか、その有用性を見出す事が出来るのは道具ではなく君達の知性によって定められるのだから。さて諸君、私からの君達の為の講義を始めよう!」
老紳士は両手を広げそう高らかに宣言した。
今までの先生と違い、その人物は舞台俳優と思うほど大きなリアクションで胡散臭くはあるが、それと同時にどこか不思議な魅力と説得力に溢れていた。
「とりあえず、エンチャント武具を役割の重なった物と比較しそのメリット、デメリットを明らかにしていこう。その後時間があればもう一つちょっとした説明をしたいと思う」
そう言葉にした後こほんと咳払いをし、黒板にチョークを走らせ出した。
エンチャント武具と真っ先に比べる物はスクロールとなる。
どちらも使用回数に制限があり使い終われば何一つ価値のないゴミ屑へと変わるからだ。
武具としての機能は残ると思われがちだがそんな甘い事はなく、使用後の変化は武具や作り方によって変わるが使い物にならなくなるのは確かである。
ではエンチャント武具と通常の武具にスクロールを持ち歩くのを比べるとどうなるかと言えば当然同じという事はなく、お互いにメリット、デメリットがきちんと存在する。
例えば、単純に、込められる魔法の性能が違うなどだ。
単調な能力でかつ効果の微弱な物しか込められないスクロールと違いエンチャント武具で発動出来る魔法はその使用用途の範囲もその強力さも比べ物にならない。
ついでに言えば回数もスクロールと違い一度と言うわけではなく数度に分けて使う事も可能である。
「つまりエンチャント武具を持つという事はスクロールでは使えない強力な魔法がいつでも使えるという事だ。わあお得だね。そしてもうわかってると思うが……当然デメリットもある。そう、皆が最初に思い浮かぶのは金額だ」
エンチャント武具を使用するデメリットで一番重たい物がわからない者はいない。
値段である
それこそ、良質なエンチャント武器を使う位なら質の良い通常の武器を買った方が良い位だ。
「更にスクロール側のメリットも足しておこう。スクロールは高等技術ではあるが効果を高める方法が幾つか存在する。つまりスクロールも威力だけならエンチャント武具に並べるという事である。うん。どっちが良いかなんてわからなくなってきたね」
そう言って老紳士は両手を広げやれやれと言葉にした。
「言いたい事はわかるかね? 威力だけを求めてエンチャント武具を狙うのなら別の手段もあるという事だ。高い買い物をして失敗する前にそれだけは知れて良かったじゃないか」
そう言葉にする老紳士はどこか小馬鹿にした様な態度だった。
「さて、これらを踏まえた上で……エンチャント武具にはもう一つスクロールにはないメリットがある。何かわかるかね?」
そう尋ねるが老紳士の怪し気な態度に加えて小馬鹿にする様な演技で生徒は誰一人口を開かない。
そんな生徒達に老紳士は小さく溜息を吐いた。
「全く私の講義はいつもこうだ。もっと活発で元気な方が好みだと言うのに……。では説明しよう。エンチャント武具がスクロールに勝っているもう一つの部分、それは使用期限だ。スクロールは製作者の技量や使う道具によるが一年保つ物はほとんどない。一方エンチャント武具は低質な物でも五年は保つ。つまり必要な時にないという事がない。それは不安定な生活をする冒険者としては大きなメリットと言って良いだろう」
その後老紳士は軽く原理を説明した。
紙の様に破れたら終わりという事はなく、エンチャント武具は武具としての性能を保ちエンチャントの効果が消えない様金属に直接その式を刻み込む為破損の確率は低い。
その上で式に使用出来る面積も魔石等の触媒の大きさもエンチャント武具は相当の余裕がある。
だからこそ、エンチャント武具は多種多様な効果を用いる事が出来、同時に使用期限が長い。
「そういうわけでこれまでのまとめだ。エンチャント武具のメリットは使用出来る魔法の種類が広く、そしてスクロールと違い使用期限が長い。威力に関してはエンチャント武具でもスクロールでも値段を気にしなければどちらも上げられるからエンチャント武具だけのメリットとは言えないね。さて、ここまでで質問はあるかな?」
老紳士はどうせ誰も上げないとわかっていてそう言葉にする。
わざわざそういう風に演技をしピリピリと緊張感のある空気を作っているからだ。
だが、敢えてその空気を読まず、手を挙げた馬鹿がいた。
プランである。
「おや珍しい。それでレディ。私めにどの様な質問をお持ちかな?」
「はい先生。エンチャント武具と魔剣の違いって何ですか?」
その言葉に老紳士は露骨なほど大げさに困った顔をした。
「ああ。その質問は非常に難しい。そもそもの話になるが、魔剣はきちんと定義付けされているがエンチャント武具という物はどこまでがエンチャント武具であるのか定義付けされていないのだよ。いやそれ以前に……エンチャント武具という呼び名自体が通称でありわかりやすく適当に決めた事でもあるからね」
「そうなんですか?」
「ああ。その上で敢えて定義付けするなら魔剣の紛い物、または使用回数制限のある武具がその大きな違いとなるが……正しいとはとても言えないね」
まず、魔剣とエンチャント武具の大きな違いは作る事が出来るかどうかとなるだろう。
魔剣はダンジョン等から出土する正体不明の昔の剣であり現環境で魔剣を制作出来たという話はない。
その性能はピンキリだが魔法ですら出来ない様な特殊な物も少なくない。
特に所有者を決め何等かの代償を与える魔剣の性能は強力無比で手に出来たらあらゆる意味で人生が変わるだろう。
一方エンチャント武具だが……それが何なのか明確にわかる人はおらず、呼び名すら定まっていない。
学園内ですらマジックウェポンや魔強化、エッチング等皆が自由に呼ばれていた。
「呼び名を統一した方が絶対に便利だけどねぇ。それはありえないんだよレディ。何故かわかるかね?」
プランが首をふるふると横に振ると老紳士は呆れた様子で答えを述べた。
「職人が権利を振り回しているからさ。こっちが元祖だあっちが本家だ。ウチが一番歴史があるってな。その御蔭で私は組合の大切さを知ったよ。組合があればこんなグダグダにならなかったからね」
そう言って男は露骨に溜息を吐き、プランの方を見つめた。
「という訳で魔剣とエンチャント武具は比べる事すら出来ない別物と覚えてもらって構わないよレディ。それを比べられるほどお互いを知るのは研究者側方面に向かわねばならない。それは相当に過酷な道だ。と言っても、研究者としてはそういう道に君達が行くのを期待はしたいがね」
「わからない事がわかりました。ありがとうございます先生」
プランがぺこりと頭を下げると男はシルクハットを持ち丁寧に深く、それでいて紳士っぽく頭を下げ返した。
「もう一つ説明したかったけど……どうやら時間の様だ。という訳で宿題とさせてもらおうか。各自で暇な時に『禁制武器』という物を調べておいて欲しい。知識と工夫を凝らしてくるといつかぶつかる可能性のある話だからね。ではこれで講義を終了とする。解散したまえ」
そう言葉にすると老紳士は誰よりも先に教室を退散し、こっこっと木靴の音を響させ去っていった。
ありがとうございました。




