6-2話 本当の冒険者学園生活の始まり
学園にとって一つの区切りである三か月が経過した。
ここからは今までの様になんでも無料という状況ではなくなり、学費や寮費、食事代等あらゆる行動に対価を支払う義務が発生する。
ちなみに、学費だけで金貨二十枚にもなる。
それも年に二十枚でなく、月に二十枚。
金貨二十枚なんて大金は恐ろしいと感じるほどに多すぎる額であり、三か月無料であった事を踏まえても暴利としか言いようがない額である。
それでもここ以上に知識を身に着けるのにふさわしい場はないのだからそれだけの金額を払ってでもここに残りたいと思う者は後を絶たない。
そうするだけの魅力がここ、アルスアグナ学園にはあるという事だ。
とは言え、ありがたい事にプラン達はその学費は最低でも一年、せせこましくしていれば数年は気にしなくても良い。
ついこの前そんな莫大な金額を学園に押し付けるという形で先払いしているからだ。
そんな一つの区切りの三か月が過ぎたのだが、どうやらここからは金額を払った分だけ環境が激変するらしい。
まだ経験していない為あくまでらしいなのだが、より学ぶのに適した環境にする為、より暮らしやすく過ごしやすく、そしてより上を目指せる様に、払った金額が無駄にならないと感じるほどに――。
プランはミグと二人で仲良く手を繋ぎ歩いていた。
ミグの手は少しだけ冷たく外ではちょっとした熱さ対策に使えると思う程度には心地良い。
二人の繋いでいない反対側の手には女性が持つには大きなバッグが握られている。
そんな大荷物のはずだが二人の顔はどこか嬉しそうだった。
二人は……いや、良く聞けばバッグの中から猫の鳴き声が聞こえる為合わせて二人と一匹は今まで暮らしていた場所ではなく、新しい部屋に向かって移動をしていた。
今まで二人で過ごして部屋は無料用の為三か月過ぎたら滞在する事が出来ないらしい。
その代わり、次の部屋は個室でそれも宿よりも暮らしやすい程度には良い部屋なようだ。
そんな話を受付で聞いた後、プランはミグに一言尋ねた。
『ミグちゃんはどうしたい?』
ミグは迷わず答えた。
『個室でも何でも良いけど一緒が良いな。ずっと……』
――そう言われたらしょうがないよね。
プランは破顔という言葉が似合うほどの笑顔を浮かべてミグを抱きしめ、受付に二人部屋を頼みに向かった。
相当の無茶な上に個室よりも金がかかる様な事を言われたが、その程度プランもミグも気にしない。
その程度気にならない金額は学園に預けているからだ。
二人は渡された鍵を持ち、新しい住まいに向かっていた。
本来寮の用意されている場所は今までと同じ第三エリアメイン施設なのだが二人が向かっている場所は別で第二エリア方面にある。
多くの食堂や風呂、訓練室や大きな重要度の低い教室等が主となる第二エリアメイン施設に接続された大きな建物。
受付や調理場を取っ払った宿屋の宿泊施設だけとなったような施設。
そこの一部屋が二人の新しい住居だった。
「……普通……だね」
プランは自分達の新しい住み家の入り口を見てぽつりと呟いた。
第二エリアメイン施設から通路を通じてこの白いレンガオンリーの建造物に入り、階段を上って二階に向かい部屋の前についたが、ここに来るまでの感想はとにかく普通である。
むしろ木造メインであった第三エリアメイン施設の方がどことなく宿っぽい雰囲気が出ていて良かった位だ。
とは言え、教室や訓練室への移動時間は大幅に削減できる為便利である事だけは確かである。
「……とりあえず、入ろっか」
プランの言葉にミグがこくんと頷くとプランは手に持った鍵を部屋の扉に差し込み捻った。
キンっと木製のドアとは思えぬ謎の金属音が響き、扉にかけられた鍵は解除される。
その音に違和感を覚え首を傾げつつプランはドアノブを捻り、扉を開けた。
「……ありゃー」
その部屋を見てプランはそう呟きあっけに取られた。
「……どうしたの?」
ミグはきょとんとした顔で首を傾げる。
「いや……凄くない?」
プランがそう呟いてもミグは興味なさげに首を傾げるだけだった。
「さぁ? でも……お昼寝したら気持ちよさそうだね」
「うん。ミグちゃんらしいや」
そう言葉にしプランはミグの頭を撫でた。
豪華絢爛という程では決してない。
だが、その部屋は質素という言葉には適していないほどに良い部屋であるのは間違いなかった。
前の部屋は当然として、昔のプランの部屋と比べても全然グレードが上である。
というよりも……これはもはや部屋と呼ぶには適していなかった。
中央の部屋以外にも更に三つほど扉があり、その中央のリビングっぽい部屋にはキッチンすら備え付けられている。
正しく、この扉の先の一部屋で家と同等の機能が備え付けられていた。
「……あ、キッチンがあるって事はここでご飯作れるのかな」
中に入ったプランがぽつりとそう呟くと、ミグはぴくんと反応しプランの方を見つめた。
「……本当?」
やけにキラキラした目のミグにプランは苦笑いを浮かべ頷いた。
「うん。と言っても最低水と火は何とかしないと――」
ミグは普段見せない様な早さでキッチンの方に駆け出し調べだした。
「…………水は出る。火はスクロールを使うのに適した仕様になってるね。スクロール一枚で最低一時間は火が使いっぱなしに出来る。ついでに言えば私が火を付ければ良いからスクロール買う必要もないよ」
「あ、はい。水はどういう仕組み? なくなった後ミグちゃんで補給出来る?」
「ううん。魔力反応ないからたぶんどっかと繋がっているんだと思う。ただちょっとした水なら私何とか出来るから出なくなっても調理は出来るよ」
「なるほどね。うん。そう言う事なら試しも兼ねて引越し祝いとして周囲の人に振舞う何か作ろうかな。このキッチンなら何が作れる……」
そう呟くとミグは嬉しそうにプランの元に駆け寄った。
「基本一式揃ってるし拡張スペースもあるし私も手伝う……」
「おっ。乗り気だね。それじゃ一緒に作る?」
「どっちでも良い。手伝った方が美味しくなるなら手伝うけど……」
「もちろん! 自分で作るのもまた格別だよ。んで、何作りたい?」
「美味しいの」
何時もの返事を聞きプランは苦笑いを浮かべ少し考え込んだ。
「……うーん。貰って嬉しくて……この部屋にいる様な少しお金のある人達が嬉しい物……それでいて材料を買うか貰うか出来る範囲で……」
「わくわく……」
ミグは口でそう呟きじーっとプランの方を見つめた。
「……うーん思いつかにゃい。とりあえず考えついでにこの部屋がどうなってるか調べよか」
プランの言葉にミグはしょんぼりしながらこくんと頷いた。
玄関に繋がる中央の部屋、床には白いカーペットが敷かれ四人用のテーブルが置かれた広い部屋にはキッチンが備え付けられている。
この部屋だけで十二分なほどのスペースもあり正直毛布さえあれば五、六人暮らす程度は余裕だろう。
にもかかわらず、この中央の部屋以外にあと三つ部屋が付けられている。
一つは寝室。
何故かやけに大きなサイズのベッド一つしか置かれていないが正直前のベッド三つ分よりも広い為何一つ問題はない。
ミグはベッドを見て嬉しそうに飛び込み中央で丸くなった……猫と一緒に。
ミグが見つけてきた黒猫。
学園はペット禁止であるのだがこの黒猫と共に暮らすのはアウトという訳ではなくグレーゾーンとなっている。
学園はペットこそ禁止だが使い魔は許可されている。
かと言ってこの黒猫が何か出来るほど訓練が進んでいるかと言えばそうでもなく、忙しい時間を見繕って二人で訓練を行っているが成果はまだ出ていない。
だからこそ使い魔見習いという事で学園に許可こそ出してもらっているがあまり良い状況という訳でははなかった。
少なくともあと二か月以内には冒険でなくとも何等かの依頼の役に立てる様にしなければグレーからブラックに戻され最悪お別れとなってしまう。
残された部屋の二つは空き部屋だった。
片方は空の本棚だけ残された綺麗な何もない部屋で、もう片方は汚れが酷く部屋の隅に小さな机だけが置かれた部屋。
後者はその掃除しても落ちない汚れ方から武具等の物置や試し振り、武具の調整などに使われたのだと予測出来た。
「というわけで本棚に教科書の猫用指導書と学園要綱等を置きまして―あっちの部屋に武具類も起きまして―と。部屋に置く武具立てとか買わないとねー」
そうプランが呟くとミグはベッドからがばっと起き上がった。
「何作るか決めた?」
「……んー。ベリーとチーズクリームのパイとかどう思う?」
「美味しそうだと思う」
涎の出そうなミグの反応を見てプランは満足げに頷いた。
「まいった……先に調べておくべきだった……」
プランは紙で作られた箱に入れたベリークリームパイを山ほど持ちながらそう呟いた。
ちなみにミグは部屋で味見と称してパイを堪能している。
一緒に引っ越し祝いをしたかったがあの顔を見たらプランは我慢してとはとても言えなかった。
そして現在引っ越し祝いを配っているのだが……。
両隣どころかその隣、更に隣、更に更に隣と移動して未だパイが減った数はゼロである。
それはプランが無視されているからではなくて人が住んでいる気配すらない。
というよりも、この二階には誰一人住んでいる様子がなかった。
プランはもしかして誰もいなかったらという不安を持ちながら一階に降りていった。
そして降りた瞬間、それが杞憂であったと理解した。
それは階段を降りてすぐわかる程に人の気配に溢れていた。
プランは安堵の息を漏らし、緊張した様子で階段一番近くの部屋に肘でノックをした。
「はいはい。どなたでしょうか?」
そう言いながらニコニコした二十台後半位のおだやかな女性がドアの前に顔を出した。
「二階に引っ越してきた者ですー。引っ越し祝いにパイ焼いてきたのでよければどうぞー」
「あらあらまあまあ。こういうのって初めて貰うけど……普通引っ越して来た人をお祝いするものではないの?」
「引っ越して来たから何かくれって言って来た人がいたらどう思います?」
「ひっぱたいてお帰り願いますわね」
「ですよね」
そうプランが言うと二人は顔を見合わせ、くすくすと笑いあった。
「確かにそうだったわね。んじゃ、引っ越し祝いありがたく貰っちゃわ」
そう言葉にして女性はプランの持つパイを一つ受け取った。
「ああやっと一つ減った」
「あら? こんな美味しそうな香りなのに誰も貰ってくれなかったの?」
「そもそも上人がいませんでした」
「ありゃりゃ。たぶんパーティーとかで借り切ってて最近卒業したんでしょうね。少なくとも去年は階段に何人か登る姿見てたし」
「なるほど。ああそうそう。二階に引っ越して来たプランです。これなら宜しくお願いします」
「はい。一階に住んでいるロカです。これからよろしくね」
「はい。よろしくですロカさん」
「ああそうそう。配り終わったらもう一度来て貰えるかしら?」
「へ? 別に構いませんが……」
「引っ越し祝いのお返しを今渡されても困るでしょ?」
そう言ってロカはにっこりと笑って見せた。
「なるほど。お気遣いありがとうございます」
「ふふ。良いのよ。それじゃ、がんばってそれ配ってきてね」
「はい! では失礼します」
そう言ってプランは手を振り見送るロカに向かってぺこりと頭を下げた。
「……ああいう子が欲しいわねぇ……」
扉を閉めた後ロカはぽつりと呟いた。
「どうした? 誰か来ていたのか?」
聞き取りにくいほど低い声でそう言いながら奥から現れたのはジョルトだった。
「あら貴方。さっき若い女の子が引っ越し祝いを持ってきてくれたのよ。あ、学生さんだったら受け取ったらまずかったかしら?」
「ほぅ……。いや、問題はない。その分支払う金銭を減らしたりテストの内容を教えたりしなければな」
「なら良かったわ。というわけであの子に祝い返ししたいけど何か良い物ない?」
そうロカが呟くとジョルトはロカの持つ箱を開けパイを見た。
「……ふむ。これが手作りなら見事なものだ。サークルに呼びたい位だ。……一ジンから二十シルヴ辺りと見た。その位の物を返すのが良いだろう」
「もう……。同じ位の金額で返すべきと考えるその生真面目さは貴方の美徳だけどさ……こういう時はちょっと無粋よ」
ロカは苦笑いを浮かべながらそう呟いた。
「……すまん。では……この場合どうしたら良いだろうか?」
「んー。これ、美味しいのよね?」
パイを指差すロカにジョルトは頷いて見せた。
「うむ。食べてはいないがおそらく」
「なら美味しい物でかつ日持ちする物とか……お菓子作り好きそうだし少し高価な甘い調味料辺りが良いんじゃない?」
そうしたらまた来てくれるかもという甘い下心を持ちながらロカが答えるとジョルトは頷いて見せた。
「なるほど……。そういった心配りは未だに苦手だ。君が気配り上手で本当に助かる。確か予備の上質な砂糖が……」
そう呟きジョルトは何かないか調理場の方を探しに行った。
その様子をロカはニコニコしながら見送った。
そこから数件巡り、人がいなかったり受け取り拒否されたり沢山欲しいと言われたり嬉しそうに貰われたりと色々な人と接した後、ようやく一階最後の部屋となった。
パイの残りはあと五枚。
ここで渡せるだけ渡して残りは持ち帰れば丁度良い量となるだろう。
そう思い、プランは最後の部屋にノックをした。
「はい。少々お待ちを」
そう答える声にプランは聞き覚えがあった。
「あれ? この声って……」
そう呟いた直後、扉を開け放ち見えたのはやけに美しいブロンドヘアーをしたかっこいいが代名詞とも言うような顔立ち。
同じクラスでプラン達が入った時には三か月過ごしていた先輩であるガラティアだった。
「何か御用――と、プランじゃないか。どうしました? 何か俺達に用でも……」
「ガラ先輩じゃないですか。いえ、引っ越し祝いに来ただけで何かあったわけではありませんよ」
「それなら良かった。そしてここに引っ越してきたんですね。おめでとう」
「ありがとうございます。俺達という事はそちらも複数人で?」
「ああ。四人で暮らしてる」
「なるほどなるほど。……よ、四人!? ち……ルージュ先輩も一緒なんです!?」
まさか男性三女性一で暮らしているとは思わずプランは目を丸くした。
「そうだよね。女性から見たらそう思うよね……。だが三か月過ぎてしばらく全く金がなくてね……四人で分割してようやくここが払える位しか残っていなかったんだ。一人部屋に四人で過ごすって言ったら怒られたなぁ……。それでしばらく一緒に過ごしていたらもう女性とか男性とかあまり気にならなくなってしまったよ。代わりに彼女に女性的魅力も感じなくなっ――」
そうガラティアが小声で呟くと同時に、ガラティアの頭部にげんこつが振って来た。
「こっちもあんたらを男と思えなくなったわよ全く」
そう言葉にしたのは件のルージュだった。
「ルージュ先輩も一枚どうです?」
「ありがとプランちゃん。当然貰うわ」
そう言葉にしてニコニコした様子でルージュは紙箱を取り、中を見た。
「うわ美味しそう。プランちゃん良い物知ってるわね。どこで買ったの?」
そう言葉にするルージュに苦笑いを浮かべていると更に奥からもう一人、セーブルが姿を見せた。
「おいおいルージュ。自分が出来ないからって買って来たと決めつけるなよ。違った場合惨めだぞ?」
そうセーブルがおちゃらけた様子で言うとルージュはプランに縋る様な目を向けた。
「……プランちゃん……。違うよね?」
その言葉にプランは無表情となり、そしてルージュにペコリと頭を下げた。
「すいません。キッチンがあったのでちょっと作ってきました……」
その言葉にルージュはがくりと膝から崩れ、男二人はゲラゲラ笑いだした。
「ま、こんなちゃらんぽらんなパーティーだがクラスでもここでも先輩である事に違いはない。困った事があったら俺達でも今いないディーでも良いから何でも頼ってくれや。金以外でな」
笑いすぎて涙目なセーブルがそう言うとプランは嬉しそうに首を縦に振った。
ありがとうございました。
来年もこうして皆様にお付き合いいただける事を心より願っております。




