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5-番外編 寂しく冷たい風


 これは今の時間軸で考えるならば少しだけ未来の話――。

 だが同時にとある一人にとっては未だ過去の話ともなる。


 平地と山と小さな村二つしかない貧しい領地にある貴族用としてはみすぼらしい館。

 そこの政務室に一人、やけに美形な男性が座り書類を進めていた。

 男の名前はミハイル・リフレスト。

 このリフレスト領の正式な領主である。

 ミハイルは何時もの様に淡々とした表情で自分の目線よりも高いほどの山となっている書類を切り崩していく。

 本来なら不満や不平を言いたくなる様な凄まじい作業量だが、ミハイルは何一つ文句を言わない。

 いや――そもそもミハイルはこれに辛いと感じた事さえなかった。

 自分自身は男爵領主という装置でありその為だけに生きている。

 そう心の底から信じているからだ。


 故に、ミハイルからは人間味が全く出ていない。

 それを頼りになると考える人もいれば恐ろしく感じる人もいる。

 実際冷酷であるという意見は出ているしその数も少なくなかった。


 現在で言えば父、ダードリー・リフレストの正式かつ正当な唯一の後継者であるミハイルだが、父とは領地運営の方針はほぼ正反対である。


 父親ははっきり言えば無能であった。

 政務など出来るわけがなく、外交のパーティーは普通に楽しみ、そして民が困ると自分も一緒になって困り悩む。

 そんな無能な領主。

 だがそれでも――いや、そんな無能であったからこそ皆が支えたいと思う魅力を持っていた。


 一方ミハイルにはその様な魅力はないのだが……そもそもの話、その様なもの必要がなかった。

 現在何をすれば良いのか、何を誰に任せれば良いのか。

 そんな事ミハイルにとって考えなくてもわかる事であった。

 父が苦労して回りに支えられながら出来た事を、ミハイルは軽々とこなしそれ以上の事を成し遂げる事が出来ていた。


 そう、ミハイルは父と違い為政者としての必要な能力はほぼ全て兼ね備えていた。

 とは言え……ミハイルが全てを独りで出来るかと言えばそんな事はない。

 仕事に忙殺されている事を除いても、領地運営など決して独りで出来るものではなかった。


 ミハイルは自分だけでは解決できない書類を見つけて手を止め、助けを呼ぼうとするその丁度のタイミングでノックが鳴り響いた。

 丁寧で控えめだがしっかりと主張するノック。

 その音だけでミハイルは自分が最も信頼する領主補佐からの物であると理解した。


「丁度良い。――入れ」

 そう言葉が聞こえると眼鏡をかけた細身の男が姿を見せた。

 男の名前はヨルン・アイス。

 内政という意味においてなら誰よりも頼りになるこの領の柱の一人である。


「失礼します。少々相談したい事がありまして」

「うん。こちらも相談に乗って欲しい事があるが……まずはそちらから聞こうかヨルン」

 ミハイルの言葉に頷き、ヨルンは手元の資料を見ながら言葉を綴った。

「はい。この前いらして下さった武官アイン・シュートラ様の事なのですが……」

「またか……今度は何があった?」

 確かにリフレスト領は問題児を多く抱えているがアインのそれは少々異質であり、アインは現在リフレスト領の空気に馴染めていなかった。

 それでも……何故か全員アインが馴染むのは時間の問題だろうという共通見解を持っていたが……。


「はい。どうもリカルド様と相性が悪いらしく……」

「ふむ。男性なら良いだろうと思ったがそうでもないか……。わかった。配置について少し考えてみよう」

「よろしくお願いします。それとアイン様のお連れになった男性方ですが……」

「確か両村に既に送り届けたはずだが……トラブルがあったか?」

「ええ。どうも全員に予想よりも心に大きな傷があるらしく……。何とかはなりますがあと二月位は無理をさせない方が良いかと」

「わかった。技能持ちで若い男性なんだ。その位大した事はない。むしろ今無理をして壊れて貰う方が困る」

「賢明な判断かと。私の方は以上です。ミハイル様の方はどの様な用事でしょうか?」

「ああ……私では判断が付かなくて。これなんだが……」

 そう言ってミハイルは滅多に見せない困った表情のままヨルンにとある人からの要望が書かれた手紙を見せた。


 送り主の名前はメーリア・ダルジーナ。

 リフレスト領ファストラに用意された小さく貧しい教会に住む司祭である。

 本来司祭という立場は男爵よりも強い位でありこの様なみすぼらしい領の何もない農村に住まわせておいて良い人ではない。

 それにもかかわらず何一つ文句を言わず残って領の為の手助けと教会としての本分を全うしてくれている。

 だからこそ多少の無茶でも叶えてやりたいのだが……書かれている内容は『農業がしたい』と書かれていた。

 村の為に、領の為に開拓をしたいから農地となるスペースを分けて欲しい。

 そういう懇願だった。


「……これは……」

 ヨルンはそう呟き眉間に皺を寄せた。

「そう。要望を聞きたい気持ちはあるしありがたくもある。だが……」

 ミハイルは困った顔のままそう呟いた。


 個人的に言えばだが、二人はその事に思う事はない。

 土地は余っているしありがたい事に川も湖もあるから水も何とかなる。

 そしてメーリアなら農作業は何とかなるだろう。

 実際作物など余っても金に変えられるから多いほど得であるから文句なしにありがたい提案である。


 だが、ただでさえ扱いが悪いと言われて否定出来ない司祭相手に土いじりまでさせた場合、それを他所から見た場合、例えばメーリアの大本であるクリア教の教団などに見つかった場合どうなるだろうか。

 まず間違いなく、最悪な評判となるだろうし場合によっては武力行使すら実行される恐れもある。


 そう、農作業をする事に文句はない。

 だが……とにかく外聞が悪かった。


 とは言え、ここで駄目ですと言ってもそれはそれで失礼すぎる。

 立場が上であり迷惑を掛けている事を考えると断るなんて無礼な選択をして良い訳がない。

 だからこそミハイルはただただ困っていた。


「……わかりました。農業兼用の方の兵士を数人メーリア様に預け、指揮役という事で直接の土いじりを避けて頂きましょう。こちらが要望を聞き兵士を貸しだしたと言えばまだ教団も納得して下さるかと」

「ああ。わかった。この件はヨルンに任せるから最優先で頼む。くれぐれも彼女には無礼がない様に」

「かしこまりました」

 そう言葉にしヨルンは深々と頭を下げた。


 メーリアが農作業を得意などと知らないはずなのに、二人は何故かメーリアがそれの専門家である様考えていた。

 そして、その事に違和感すら抱いていなかった。


「では失礼します」

 そう言葉にし、ヨルンは早々と政務室を立ち去っていった。

 それを無言で見送り、ミハイルはまたいつもの書類仕事に戻っていった。




 大まかな流れは何一つ変わらない。

 父が死に、フィーネが支援として武官を送り届け、リカルドが居つく。

 そう、流転しても歴史は基本なぞる事しかしていない。


 だが、変わった部分も確かに存在していた。

 何もないというほど消えた人物の影響は少なくなかった――。


 例えば、ミハイルは現在完璧すぎると言えるほどの善政を敷いている。

 誰も飢えていない上にこの貧しい状況でも希望を繋ぎ、未来すらも見据え誰も困らない道を成し遂げつつある。

 ミハイルが領主である内は何があってもこの領は無事だろうと思う人も決して少なくない。

 だが、ミハイルはそれに対して違和感を常に覚え続けていた。


「もっと、もっと暖かったと思うのだが……」

 そう、ミハイルの記憶ではこのリフレスト領はもっと優しく穏やかであったはずなのだ。

 だが、自分が領主の今その暖かさは薄れ、村でもこの館でもどこでも冷たい空気が流れている。

 それはミハイルが感じているだけでなく、領民含めて皆がそうだった。

 その所為だろう。

 領民皆がやけにピリピリしているのだ。

 この冷たさは、決して冬が近づいているからではないだろう。


 もっと言えば、その暖かい空気が流れる領は父の代の事ではない。

 だが、それが何時何処で感じたものなのか、ミハイルにはわからなかった。




 ヨルンもまた今の自分の状況に違和感を覚え続けている。

 自分とミハイル、そしてハルトの三人は共に友人である。

 だが、歳が近い位で共通点が見つからない。 

 そもそも、今のミハイルやハルトを考えると友情を育めるとは思えない。

 三人共に個性が強く本来なら反発する様な性格としか考えられない。

 だが、それでも確かに違和感を覚えている。


 また同時に、極めて効率的な領地運営を行うミハイルとそのやり方に賛同するヨルンだが……何故か二人ともハルトは自由にさせている。

 本来なら優秀な武官であり体力に優れ狩りも行えるという遊ばせて良い人材ではないはずなのに、仕事はほとんど任せずにいた。

 それは人の気持ちを二の次にし効率を優先するミハイルらしからぬ配慮である。

 そのはずなのに……ミハイルは何故かハルトを自由にし、ヨルンもまたそれが正しい事だと信じ切っている。

 そう考える事にヨルンは強い違和感を持っていた。


 違和感がない部分でも変化した箇所は存在していた。

 入ってきたばかりとは言えアインがやけに浮いていたり、逆に性格が正反対であるはずの騎士リオと親し気であったり。

 また同時に、ヨルンとフィーネが他人行儀であり喧嘩などするわけがない関係であったり。


 それは今見たら当たり前であるのだが、確かに過去との明確な変化だった。


 皆大なり小なり違和感を覚えていた。

 本来なら違和感に気づく事すらないはずなのに、自分で感じられないほどの小さな喪失感とかすかな違和感を領の皆が感じていた。


 その中でも、特に二人の男は特に影響を受けていた。


 


 男は一人、素振りをしていた。

 ブン、ブンと何度も定期的に音を響かせ、体からは汗が飛び散る。

 男は上半身何も身に着けていなかった。

 訓練中は汗が凄まじい為服を身に着けると気持ち悪くなるからだ。

 それ位男は何時も……文字通り何時でも訓練を行っていた。


「今日もまた精が出る事だねぇ」

 そんな事を言葉にし、その暑苦しい男に優男は話しかけた。

「……リカルドか。お前まだ居たんだな」

 男からそんな事を言われ、リカルドは苦笑いを浮かべる。

「おう。まだ居たんだよ」

 そう言葉にし、リカルドは汗まみれの男、ハルトにタオルケットと水袋を投げた。

 男は訓練に使っていた棒を地面に置き、それを受け取って見せた。

「悪いな」

 ハルトはそれだけ答えタオルで体を拭う。

 タオルは一気に汗を吸いまるで絞る前の雑巾の様にびちゃびちゃになっていた。

「良くもまあそれだけ辛い訓練出来るよなぁ……。それ何キロあるんだ?」

 そう言葉にしてリカルドはハルトが持っていた棒を持ち上げようとする。

 だが、上手く持ち上げられなかった。

 二メートルを超える長さの分厚い金属棒。

 少なく見てもそれは百キロは下らなかった。


「さあな。考えた事もないわ」

 そう言葉にして犬歯をむき出しにして笑った後、ハルトは水袋の中の水を一気に流し込んだ。


「んでさ、まじでお前何時までここに残ってるんだ?」

 ハルトの言葉にリカルドは少し困った顔を浮かべる。

 ハルトの言葉は決して嫌味でもリカルドを追い出したいからではない。


 むしろ魔法が使えて弓が得意という居るだけで便利な上に二つ目の村セドリから評判の良いリカルドに残って欲しくない者はこの中に誰もいない。

 特にミハイルとヨルンにいたってはあらゆる手段で引き留める算段を付けている位だ。

 そういった人達が多い中でも出ていく事を認め、止めない辺りハルトはむしろリカルドの事を良く理解している方であり、同時に友情を感じていた。


 そう――出ていきたいのはリカルドの方だった。


「まじでなんだろうな。この気持ち悪い感じ……」

「さあな。俺には良くわからん。ヨルンとかもなんか違和感がーって言ってるが、俺にはそんなもん微塵も感じないからなぁ」

「俺は逆にな、今の全てが違和感にしか感じん。特に……俺がここに居る事が違和感そのものだ。俺の居場所はここじゃない。俺の居場所は……」

 そう言葉にし、リカルドは目を閉じる。


 瞼の裏に誰かが映りそうな……自分の居場所が見えそうな気がするのだが……何故だがか出てこない。

 絶対に出て来るべき何かが何なのかさえリカルドにはわからず、何時も苛立っていた。


「……何度聞いてもわからないな。だが、お前が俺達の為に色々手伝ってくれた事も知っているしお前のその気持ちも尊重したい。だから俺は止める事はないが……いやまじでお前の居場所ってどこなんだろうな? 昔住んでいた場所か?」

 友人の助けとなれず困り顔のままハルトはそう尋ねた。

「いや。ぶっちゃけ過去はあまり語りたくないし俺の居場所でもない。帰る位なら一生ここに暮らすわ。一般人殺してるしな俺。まあ悪徳商人だったから後悔はないけど」

「そうかい。って事は……思い当たるフシはないのか」

「その思い当たるフシが見つかるまではここにいるつもりだが……なんか気が急くんだよなぁ。早くしろ早くしろって」

「ああ。その気持ちなら少しだけは理解出来るわ」

「……つかさ、俺の中で一番のヒントはお前なんだよな」

「は? 俺か?」

 ハルトは怪訝な顔で自分を指差した。


「ああ。お前だ。真面目なお前が仕事すらサボり、ずっと延々と地獄としか感じない訓練と修行の旅を繰り返す。その理由は俺と同じ物じゃ……大切な何かの事を思ってじゃないのか、そう思うんだ」

 その言葉にハルトは苦笑いを浮かべ、自虐的な表情となった。

「まさか――。そんなわけないだろ。お前の様な前を向く為の気持ちとは違うさ。俺のはただの後悔と……未練と…………あとは焦燥感だ。そこだけは一緒かもしれんがな」

「……聞いて良いか? 参考になるかもしれん」

「それは良いが……言っててかなり支離滅裂でまじで意味わからんと思うぞ。それで良いか?」

 その言葉にリカルドが頷いたのを見て、ハルトは自分の中にある一つの気持ちを吐露した。


「約束をな……したはずなんだ……」

「約束? 誰と?」

「知らん。わからん。だから意味がわからんのだ」

「どんな約束だ?」

「それも良くわからん」

 その言葉にリカルドは苦笑いを浮かべた。

「おいおいそれじゃ何もわからないだろ」

「おう。だがな、一個だけ分かってる事がある。どこの誰とどんな約束をしたかわからないがな……俺はそれを守れなかったし、その相手も護れなかった。全部さ……駄目だったんだよ……」

 そう言葉にし、ハルトは泣きそうな顔で遠くを見た。

「お前……」

「そう。俺は駄目だった。だからだろうな。これも変な言い方になるが……俺の中にある俺がここ数か月の間ずっと叫んでいるんだ『強くなれ』って。駄目だった約束をもう一度果たす為、大切なものを護る為、とにかく強くなれって」

 そう、ハルトはこの数か月、そんな焦らせて来る声をずっと聴き続けていた。


 普通にしたら間に合わない。

 だからこそ、死に物狂いで強くなれ。

 その約束は守れなかったが、それでももしもう一度約束を果たす機会があれば必ず今度こそ守り通せ。

 そして――いなくなった誰かの分まで、この愛すべき場所を護れと……。


「そんな良くわからない約束と強くならないといけないっつー焦燥感で俺はいつもいっぱいいっぱいだ。正直最悪な気分だよ。最近に至ってはマトモに寝れやしねぇ」

 そう言葉にしながらハルトは苦笑いを浮かべ、鉄の棒を片手でひょいと掴んだ。


「……いやはや、俺としちゃお前もうめちゃくちゃ強いだろ。昔は俺が勝っていたのに今では俺お前に一度も勝てないもん」

「ははっ。鍛えているからな」

 そう言葉にして笑った後、ハルトは険しい顔となりリカルドを睨みつけた。


「……どうした? 俺何かまずい事言ったか?」

「……あのさ、お前の言う昔っていつだ?」

「――は?」

「お前がここに来た時にはもう俺の方が強かった。お前の方が強かった事なんて一度もない。どうしてお前は自分の方が強かったなんて思った? そして、どうして俺はそれに違和感を覚えないんだ?」

 その言葉を聞き、リカルドも同じ様に怪訝な顔付きとなった。


「……やっぱりさ、俺達皆何か忘れてるなこれ」

 そんなリカルドの言葉に、ハルトは盛大にわざとらしく溜息を吐いた。

「ああやだやだ。憂鬱な空気ってのは俺にあわん。素振りでもして吹き飛ばすわ」

「……悪いな変な気持ちにさせて。俺もちょっと狩りでもして気持ち変えて来るわ。……あんまり狩る気にならんがな」

 そう言ってリカルドが離れていったのを見送った後、ハルトは前だけを向き何度も鉄の棒を振り続けた。


 何時からかわからない冷たく寂しい風が、リフレストをずっと覆っていた。


ありがとうございました。


これで五話……。

既に話数が前作を超えたにもかかわらずまだ半分にも言っていないこの遅筆具合。

本当に申し訳ございません。

それでもここまで読んで下さった皆様なら最後までお付きしていただけると……良いな……何て儚く淡く思わせて頂いております。


それではここまでお付き合いいただいた事、心より感謝しております。

近い内に次の話も始まりますのでそちらでもまた引き続きのお付き合い心より願わせて頂きます。



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