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5-24話 我がパーティー名に負けぬ為に


 パーティーから数日、プラン達は学園との契約更新やらの雑務をこなして過ごした。

 と言っても、主に頑張ったのは情報担当とその処理担当であるクコとテオであり、次点で貴族の習わしで文章作成に強いエージュが頑張り、後は言われた通りサインをしただけである。


 そんないつも通りの人任せに生き、お詫びとお礼に料理を運ぶ日々を過ごしつつある休みの日、プランは外を見た。

 日中なのに日の光は薄くじんわりとした湿気が部屋を包む。

 そう、今日は雨だった。

 大して強い雨ではなく外に出ても少々濡れる程度であり、マントでも羽織れば気にならず外出に問題はないだろう位の弱い雨。

 弱い雨音とぴちょんという水滴の音がバックコーラスとなりどこか退屈と陰鬱さを醸し出してくる。

 そんなつまらなさからミグは部屋から出ようとはせず一日中欠伸をしながらベッドの上でごろごろしていた。


 ちなみにプランは雨という物が別段嫌いではなくむしろ好きな方である。

 何故ならば、プランにとって雨というのは珍しい物だったからだ。


 王都周辺で雨が降る事は全く珍しくない。

 だが、プランの生まれ育った場所はほとんど雨が降らなかった。


 だからこそ、もう三か月は過ごして来てちょくちょく雨を体験していてもプランは雨の事を未だに珍しい物であるという固定概念に囚われ意味もなく楽しげになってくる。

 ただ、それが別に悪い事だとプランは思っていない。

 雨が好きな人もいるし嫌いな人もいる。

 だったら珍しいと思う人がいてもいいだろう。

 そんな気持ちでありつつ、プランは二つほど祈りながら雨により淀んだ空を見つめた。


 一つは、この雨が自分の生まれ育った地域にも降れば良いのにという願い。

 たったそれだけで周辺の農業関係はかなり改善されるだろう。

 魔法使いを数人招けば良いだけなのだが、貧乏領にそれを期待するのは酷な話である。


 もう一つは……明日晴れれば良いのにという願い。

 確かに雨は嫌いではない。

 だが、明日みたいな日はやはり晴れていて欲しい。

 そう願い、プランは一日をゆっくり過ごした。


 その願いが叶ったのか偶然か、翌日は雲一つない心地よい日となった。

 湿気が残り強い日差しの中でもほど良く冷たい心地よい風の流れる。

 そんな絶好のお別れ日和――。




「なあ? 本当に行くのか?」

 サリスの言葉にマルクは馬に乗り高い位置のままで頷いた。

「うむ。残念な事に……いや、ありがたい事に僕の望みは実現不可能であるとわかったからな。ここに残る理由はなくなってしまった」

「……なあ。もう少し残らないか? 俺はお前の実力を買っている。お前さえ残ればビギニンググローリーも……いや、もう栄光は勝ち取ったな。じゃあ別の名前で新しいパーティーを作っても良い。エターナルとかそんな感じのつけてさ」

「その誘惑は甘美に感じる。僕を認め求めてくれるのも、そなた達と共に過ごすのも、僕はその全てが愛おしくつい足を止めたくなる」

 そう言葉にし、マルクは寂し気に微笑んだ。

 それは明確な拒否であった。


「……全く残念だ。ああ、本心からそう思えるさ。たった一度だったが楽しかったぜ」

 サリスの言葉に横にいたエージュとプランも頷いてみせた。


 現在、一頭の馬にマルクとその背にキュリオが乗り、その馬の横でガンネが佇んでいた。

 目的は当然、帰るべき場所に戻る為である。




 マルクの考えていた作戦というのは、一言にするなら英雄となる事だった。

 そこそこの功績と俗物共とは言え配下の多い弟は爵位争いにリードしていると言って良い。

 そんな弟に爵位を継がせない為には少しでも早く爵位を引き継がねばならない。

 そうなった時悲しい事に必要となるのは功績と従う者達となる。


 そう……弟側にやれた策略の後追いをするしかマルクに道はなかった。

 実際後追いという立場で同じ事をしようものならそれは詰みという事になり、相当以上に無茶をしなければならなかった。

 更に言えば弟側は相当の後ろ暗い手段すらも用いている。

 それこそ、弟側に属していない家臣であっても弟が後を継ぐかもしれないと危惧するほどには弟は――いや、弟を操っている大人達は上手くやっていた。

 それはちょっとやそっとの無茶ではもう太刀打ちできないほどであり、その上これからもありとあらゆる手段を講じて来る事と考えて間違いない。

 そして幸と喜ぶべきか不幸と嘆くべきか、マルクに従う者達やマルクと親しい物達はその手の裏工作が得意な人間は非常に少ない。

 公爵領に勤める者達の為()()()()()()も出来ないという訳ではないが弟側についているこすっからい奴らと対等に渡り合うという事は難しく、お互いそういう手段に出れば確実に負けるとわかる位にはその差は顕著な物だった。


 故に――マルクに必要だったのは小細工や搦め手ではない。

 小細工や搦め手、インチキやイカサマ。

 それらを正面から打破出来るだけの圧倒的な何かだった。


 そう考えて思いついたのが英雄となる事であった。

 冒険者となり、金と権力、コネで無茶を言わせ誰もが認める功績を作る。

 幸いな事に幼い自分なら英雄と呼ばれる為のハードルも相応に下がる。

 若き英雄、そう呼ばれる事がマルクの学園に訪れた目的だった。


 英雄になる事が目的とは少々異なる。

 実がともなわなくとも英雄扱いされればそれで良かった。

 英雄と呼ばれる様になりその看板さえあればそれを利用してついでとばかりに善行と功績を重ね、跡取りとして申し分ない存在であると周囲に思われば目的は達成出来る。

 そういった誰かを立て回りを幸せにする内政であるなら、マルクに従う者達も出来るし誰かを不幸にする仕事よりよほどやりがいがあると言ってくれるだろう。


 それがマルクの考えだったのだが……その考えは現在破綻している。

 その理由は残念な事に、マルクが幼い事にあった。

 そう、その理由は非常にシンプルである。

『英雄になるなんて考えは砂糖菓子の様に甘い』

 そう気づいたのは心が追い詰められた時でも睡眠時間を二時間以下にした時でも、ましてや死にかかった時でもない。

 プランが自分が全部責任を取るからと言った時である。


 ただの一般人で、領主どころか貴族の一族でもなく、それ以前に商人や兵士の家柄ですらない。

 言い方は悪いが木っ端な人間。

 そんなプランですら、責任の取り方をわかっていた。

 知り合いの、知人の事を思いやりながら常に最善を目指していた。

 新参者である自分達も、生意気な子供である自分でさえも、気を配って、それでいて真剣に皆の事を考えてくれていた。


 一方自分はどうだ。

 自分がしなければならないなんて使命感に追われ、こんな場所にまで付いてきてくれた忠臣である二人の事すら見ていなかった。

 何時からか二人に対しては付いてくるのが当たり前であり、そして自分の命令で死ぬのが当たり前であり、友を失うなんて不幸な運命を背負った可哀想な自分なんて自己中心的なセンチメンタルに囚われていた。


 それ故に、マルクの考えは瓦解した。

 英雄となる事が崩れたのではない。

 その利用すべて目的ではなく、もっと大本の目的、こんな自分が公爵家を継ぐという事すら荷が重いとマルクは気づいたのだ。


 仮定の話でしかないが、今から真剣にもっと他人の事を思いやる様になり、為政者として正しく学べばそういった道もあったかもしれない。

 マルクは自分が優れているという自負もあり目的の為なら努力は惜しまないという覚悟もある。

 そんな真っ当な跡継ぎになれたかもしれない。

 だが、残念な事に兄弟争いが勃発した現在ではそんな時間はもう残されていなかった。


 故に、マルクは諦めた。

 だがそれは後ろ向きな諦めではない。

 自分の本当の目的が、領主になるのではなく民達を、愛すべき者達を守りたいという本当の目的を認識し決意を改める為の前向きな諦めだった。


 だからこそ、マルクはこの場を、学園を去る決意をした。

 心残りと寂しさを感じながら――。




「すまなかったな皆。色々な意味で苦労を掛けた。許せとは言わない。ただ、謝罪を」

 マルクは見送りに出たプラン、サリス、エージュの三人に馬の上から頭を下げそう言葉にした。

「おう。本当に苦労させられたぜ」

 そう言葉にするサリスにエージュは顔を赤くして怒気を見せ、プランは苦笑いを浮かべた。

「ハワードさん! 公爵家の方で、いえそれ以前にお別れの時なんですよ。普段あんだけ食べっぷりが良いのですからその一言位ついでに飲み込んで――」

「思った事を言わない俺って気持ち悪くないか?」

 エージュは何かを言い返そうとして……そのまま黙った。

 実際その通りであったのも事実であり、また同時にマルクが気にしてなさそうだったからだ。


「ま、仲間の迷惑なんてどんとこいって感じだがな。最初のお前ならともかく、今のお前なら俺は心の底から仲間だと思うし別れを惜しむ位の気持ちもめっちゃあるぞ」

「うむ。そう言ってもらえると余も……いや、僕も嬉しい」

「ああ。そうやって無理に偉ぶらないで良いんだよ。お前はその内自然と偉くなるんだから。お前は強い。本当の意味でな。だからこそ感情でなく損得で考えても別れたくない。ま、お前ならどこでだって何だって上手くいくしぶっちゃけめっちゃ偉くなるだろ。だってお前普通じゃないし」

「うむ。その竹を割った様な心地よさを兼ね備えた情に厚い性格、そして精神的肉体的なタフさ。僕も色々な意味でそなたと別れるが惜しい。だが偉くなるという言葉は肯定できぬな」

「そうかい? あんたなら幾らでも上を目指せるだろう」

「良く考えてみてほしいサリスよ。普通でない奴が偉くなるのが道理ならば……そなた達三人は皆偉くなるであろう? 特に、プランなどそれこそ王より上に行く恐れがあるぞ」

「なるほど。違いねぇ」

 そう言ってサリスはゲラゲラと笑った。


「どういう意味ですか二人共! 少なくとも私は普通ですわ!」

 そんなエージュの言葉にマルクは微笑んだ。

「いや。そなたは普通ではないだろう。普通であるなら二人の友人など続かぬさ」

「ぐぬぬ……痛い部分を……。それはそれとして……共に冒険が出来た事、ずっと忘れず胸に刻ませて頂きます」

 下手な誤魔化しと同時に別れの空気に強引に戻しエージュはそう言葉にする。

 マルクも苦笑いを浮かべながらもその空気に従う事とした。

「うむ。公爵家ゆかりの者と共に肩を並べたのだ。その気持ちを共にするが良い。余もそなた達との冒険はこの胸に……いや、この誇りに刻ませてもらろう」

 社交界での場の様な言葉のエージュに対して同様に、それでいて小粋に返すマルク。

 それこそが本来のマルクの性質だった。


「いえ。私は公爵家の者ではなく、まだ若き身なれども武勇に優れ優れた配下を持つマルク様であるからこそ、この胸に刻ませて頂いたのです」

「……ふむ。僕もまだまだだったかな。特に返しの言葉が思いつかない。ありがとう位しか言えないですまぬ」

「いえ。心に響いた時こそ言葉というものは単調で、純粋になるものですから」

 そう言葉にした後エージュは一歩後ろに下がり、またサリスもプランを残し後ろに一歩下がる。

 それと同時にマルクの視線はプランに注がれた。


「マルク君。お疲れ様。お別れは寂しいけど……仕方ないよね。その顔みたら後悔がない事くらいはわかるし」

 そうプランは呟いた。

 別に晴れ晴れとした笑顔という訳ではない。

 ただ最初の頃と違って思いつめる様な顔をしなくなり、そして柔らかい笑みを浮かべる様になった。

 そんな今の子供らしい部分を取り戻したマルクの顔を見れば、もう大丈夫なんだとプランは心から理解出来た。


「うむ。惜しい気持ちは多分にあるが……僕が決めた事だからね。プランにも色々といらぬ世話をかけた。僕もお別れはとても寂しい。だが、行かねばならぬ。新しくやるべき事が見えたからな。プランのお陰で」

「私? 別に大した事してないけど」

「いいやそんな事はない。僕にとっては大きな事だったんだ。己の矮小さに、特に視野の狭さに何度も驚かされた。もっと広く見たら世界はこんなに輝いているというのにな」

「あはは……その言葉だけ聞くと小市民である私なんかよりよほど凄いと思うよマルク君は。うん、とっても良い為政者になりそう。良くわからないけどね」

「そう言ってくれると嬉しい」

 そう言葉にした後、マルクは何かを言おうとして、そのまま口を紡ぎ目を逸らした。

 それが何なのか、プランにはわからなかった。


「では……そろそろ行くか。皆の者、達者でな。三人共、この恩は忘れぬ。公爵家の長男を救ってくれたのだ。このお礼は僕としてだけでなくロスカル家の者としても行わねばなるまい。必ず我が領に招待しよう。ついでに、自慢の領を見て欲しいしな」

 そう言ってマルクは微笑んだ。

 まるで大人の様に、愛する子供を見つめる者の様な目で遠くを見ながら。

「お? 良いなそれ。ついでに聞くけど飯は旨いか?」

「素材は良い物が多いがそれよりも我が領には優れた狩場が幾つもある。肉にしろ魚にしろ取ってすぐに調理して食うのは至高であると僕は思うぞ」

「おー! そん時は堅っ苦しい場じゃなくてそういった狩場とかで一緒に狩って食おうぜ」

「困ったな……。僕の方が心待ちにしそうだ」

 そう言葉にするマルクは少年の様に目を輝かせた。


「うん。それはとってお楽しみにしてるね。でもさ、私達もお礼の気持ちは持ってるんだよ? マルク君達三人に」

 プランがそう呟くとマルクは首を傾げた。

「ふむ。二人はともかく僕も含めて?」

「一緒に冒険してくれた。背中を預けて守ってくれた。恩を感じるには十分でしょ」

 そう言って満面の笑みで笑うプランを、マルクは困った顔で見つめた。

 その顔はなにやらとても嬉しそうで、同時にとても辛そうな物だった。


「というわけで、そっちも困ったらいつでも言ってよね。出来るだけしか出来ないけど、それでもきっと助けに行くから」

 そうきりっとした顔と胸を張ったドヤ顔で言葉にするプラン。

 それを見て、マルクは覚悟を決め口を開いた。


「では……一つ頼みがあるのだが……」

「うん? 何何? 私達にどうして欲しいの?」

「プラン達……ではなく、プランに対しての頼みなのだが……」

「何でも言って!」

 そう言葉にするプランを見て、マルクは困った顔、恥ずかしそうな顔をした後まゆを顰め、そして溜息を吐き真剣な表情となった。

「では……。余の妾となってくれぬだろうか?」

 その言葉にサリスは驚き目を丸くした。

 プランとエージュ、そしてガンネは真剣な表情となり次のマルクの言葉を待った。


 キュリオは死人よりもなお死んでいそうな絶望的な表情となっていた。


「僕はプランに為政者としての必要な素質……いや、大切な心を見た。そんな君だからこそ、僕を支えて欲しい。そう思った」

 その言葉にサリスは茶化そうとするがそれをエージュは止めた。

 公爵家の結婚はただの恋愛でなく、ましてや綺麗事など何もない陰謀渦巻く者であるという事を知っているからだ。


 マルクの言葉はただの愛の囁きではない。

 それ以上に重たい言葉である。

 心より全てを、自民の愛する民をその人に任せても良いと思うほどにプランを信用している。

 裏切られたら領と共に死ぬ覚悟もある。

 それはそういう類の言葉であり、ただの愛よりもよほど強い信用と信頼という言葉である。


 だからこそ、プランも、エージュも、ガンネもそれを茶化さない。

 茶化す事など出来るわけがなかった。


「本来なら正妻にすべきであろう。そちらの方が優れているのだから。だがすまないが家柄という面倒な物の所為でどうしても……。もちろん、僕は権力や立場でプランを強引にどうにかしようというわけではないしただのお願いだ。だが、プランがいてくれたら公爵領は、領民達はもっと幸せになる。そう僕は思った。だから……」

 そう縋るような目でマルクはプランを見つめ……そしてプランはそっと首を横に振った。


「その気持ちはとても嬉しいし、そこまで私を買ってくれた事も誇らしく思えるよ。でもごめんなさい。マルク君に守りたい人がいる様に、私にも守りたい人も、やらないといけない事もあるの。そして、私はそれを捨てられないから」

 そう申し訳なさそうに呟くプランを見て、マルクは首を横に振った。

「いや。構わない。僕よりよほど数奇な運命なのだ。使命の一つや二つや三つ位あるものだろう。すまぬな。忘れてくれ」

「ううん。忘れないよ。うん、確かにお妾さんにはなれないけど……困った時は声をかけてね? 出来るだけだけど、マルク君を助けたいから」

「うむ。その言葉だけで余はこの背に背負えるものが増えた様な気となれる。では……三人共、また会おう」

 そうマルクは言葉にした後馬を翻し、ゆっくりとガンネの足取りに合わせて馬を進めた。


「……大変だよね。公爵様ってのも。私みたいな人すら必要になるって」

「それだけプランさんは信用出来るという事です。裏切る事はない、不義理は果たさない。付き合いの短いマルク様でもそれに気づいたのでしょう」

「そか。そうだよね……うん。頑張れマルク君」

 プランはその背を見つめながらそう呟いた。


 サリスは二人を見て小さく溜息を吐き、同時に貴族の社会になど二度と戻りたくないと決意を新たにした。




 しばらく移動した後ガンネも自分の馬を連れて来て、三人はそのまま王都を出て馬を走らせた。

 いつもよりも少しだけ早い足取り。

 前日の雨の影響で少しぬかるんだ地面だが馬が走るには問題なく、風を強く感じる速度でそのまま次の街を目指した。


「今更だが……そなたらは別れの挨拶などせんで良かったのか?」

 マルクの言葉に二人は首を横に振った。

「主人が挨拶すりゃ俺らの挨拶にもなりますから」

 ガンネの言葉にキュリオも頷いた。

「はい。心よりぼっちゃまを信じ尽くし何でもする私はそれで良いのです」

 やけにアピール調でそう言葉にするキュリオにガンネは苦笑いを浮かべた。


「うむ。余は一つ学んだ事がある。それは視野が広がり固定概念を壊せば新しい道が見えるという事だ」

 嬉しそうにそう言葉にするマルクにガンネはニヤリとした笑みを見せた。

「ええ、ええ。マルク様が何かを思いついたのも新しい事を始めるのもわかってます。んで、どんな悪だくみで領主を目指すんですかい?」

「それが固定概念だったのだ。そもそも、僕に領主の器はない。一般人であるプランより小さな器が公爵家などという海を包めるものか」

 そう言葉にするマルクを否定しようとガンネ、キュリオは声をかけようとする。

 だが、それより早くマルクは次の言葉を続けた。


「だからこそ、僕は気づいたのだ。領民を、民を護るのは領主を目指すだけでないと。それとも、二人は領主となる僕にしか付いてきてくれぬのか?」

 二人は同時に困った様な笑い顔を浮かべた。

「……なんてずるい言葉でしょうかね。なあキュリオ」

「全くです。私達は貴方の忠実な(しもべ)。ロスカル公爵様ではなく、ぼっちゃまの(しもべ)なのですから。それで、何をしようと言うのか教えて頂いても」

 キュリオの言葉にマルクは嬉しそうに頷いた。


「うむ。まず大前提なのだが、僕は領主にならずこのまま弟を跡取りする。場合によっては僕からも援護をするだろう」

「……もう一々驚きませんけどね、賛成出来る様ちゃんと説明してくれますか?」

 マルクは頷き自分の考えを告げだした。


 さきほどは自分が公爵家の跡取りとなるのは器が足りないと言ったが、それは簒奪まがいの方法で引き継ぐ場合の話の話であり、順当で真っ当かつ平穏な方法での引継ぎなら正直現在のマルクですらも何一つ問題は起きない。

 よほどの愚か者以外で回りの意見を聞く者なら極論血さえ繋がっていれば何とかなる。

 それ位ロスカル公爵領は優秀な者が揃っており安定した領地運用を成し遂げていた。

 むしろ弟が跡を継ぐようにして兄弟での争いの形を見せない方が領にとっても都合が良い位だった。


「はっきり言おう。僕の弟は凡才である。だが凡愚ではない。悪い意味で普通なのは事実だがな」

 マルクの言葉に二人は頷いた。

 そう、マルクと比べるのも失礼な位弟は凡夫だった。

 本来なら兄より優先して領主となる事などあり得ない。


「だが……贔屓目抜きにみても普通なだけで性根はむしろ悪くない。今も相当心を痛めていると思われる。それに我が弟は努力を重ねるその形も配下の声を素直に聞く事も出来る。そう、普通であるからこそ跡を継ぐに問題ないのだ。いや、むしろ普通であるからこそ民の声をより聴いてくれるかもしれん」

 その言葉は決して色眼鏡で見た言葉ではない。

 だが、それでも、その言葉に二人は納得し同意する事は出来なかった。


「んじゃマルク様。それはこのまま放置してあいつらに好き放題されるって事ですかい?」

「うむ。そこなのだよガンネ。そこが大切なのだ」

 そう嬉しそうに言葉にするマルクにガンネは首を傾げた。

「どういう事ですかい?」

「僕は弟を殺したくない。でも領民を苦しめたくないしロスカル家の名誉を落したくもない。それが僕の掛け値なしの心からの望みである。だから僕は領主になり弟をどこかで殺すしかないと思っていたのだが……視野が広がり違う見方が出来たのだ」

「マルク様。つまりどういう事なのかそろそろ具体的に教えて貰えないですかね?」

「うむ。簡単な話だ。弟の後ろにいる奴らがいなくなれば全て解決する。そうは思わないか?」

 そう言って微笑むマルクの目には怒りが籠っていた。


「弟が領主となる事に文句はない。むしろ祝福して良い。だが……弟を利用してロスカル家を、領民を食い物にしようとする俗物なんて存在を生かす気はない。それが僕の新しい答えだ」

 固定概念が崩れたからこそ見えた真実、本当の敵を認識したマルクはそれだけの排除を最終目標に捉えていた。


「なるほど。そういう事ですか。マルク様の考えは理解しましたよ」

「うむ。故に僕は弟を領主とする事に異議はない。むしろ殺さずに済むならばこれほど好ましい事はないな。だが、奸物(かんぶつ)を放置するほど愚かであるつもりもない」

「ええ、ええ。そう言う考えなら俺らもよーくわかりますともよ。俺達が何をすれば良いのかもね」

 そう言ってニヤリと笑うガンネにマルクは頷いて答えた。

「頼もしい限りだ。だが、ガンネには場合によっては別の事を頼む事もあるだろう。具体的に言えば弟の元に向かいそちらの支援をするといった様な動きだな」

 弟の傍にいる大人を頼りになる者達とすり替えていく。

 それが理想であり、そしてマルクにとって頼りになる大人と言えば真っ先に出て来るのはガンネだった。

「それがマルク様の命令ならば喜んで」

 ガンネはそう呟いた。


「ぼっちゃま。私には行ってこいと言わないんですね」

 キュリオがそう呟くとマルクは苦笑いを浮かべた。

「それは意地悪のつもりか。そなたは余の傍を離れるつもりはないのであろう?」

 その言葉にキュリオはぱーっと表情を輝かせ、首が千切れそうになるほど頷いた。

「全くその通りです。はい私はぼっちゃまの傍を――」

「うむ。その忠義は僕にとっての宝だ」

 その言葉にキュリオは同意も否定も出来ず何とも言えない困った顔のまま大人しくなった。

 それを見て、ガンネは苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。 

 どっちかと言えば、キュリオの方に対して。


「そいえば忠犬キュリ公で思い出したのですが、残念でしたね。色々な意味で背中を任せられる人でしたのに」

「ん? 何の話だ?」

「プランの引き込みですよ。庶民であっても問題ない立ち位置で、しかも望めばいつでも傍にいられるポジション。そんな頼れる仲間を増やす事が出来る。流石マルク様素晴らしい一手、と思ったのに残念です」

 そんなガンネの言葉にキュリオは嬉しそうに頷いた。

「ええ。そうですよね。公爵家をより良くする為にそういう策略としての引き込みでしたよね。確かに彼女は特別な力を持ち深いつながりを持ち皆に好まれる存在でしたからね!」

 そう言って自分を納得させる様キュリオは頷きながら声を大にして言葉にしていく。


 その瞬間から、マルクの操る馬の速度が徐々に落ち……最終的には人の徒歩位の速度となった。

「……マルク様……?」

 ガンネの呟きにマルクは馬に倒れ込みそうなほど前に体を倒し、ぽつりと呟いた。

「……これでも……本気であったのだ。正妻にしたいと思うほどには……」

 キュリオは顔を真っ青にした。


「……マルク様……」

「これが子供として見られてだったり、公爵家として見られて断られたのならまだ良い。チャンスが残るからな。だが、プランは僕をまっすぐ受け止め、一人の男として見てくれ、その上ではっきりしっかり断った。僕が二度と淡い期待を持たぬ様情けをかけて……」

 そう呟くマルクの背中は酷く小さく、情けないものだった。


 ガンネは同じ性別の男として、ぽんぽんとマルクの背を優しく叩き慰めた。

 かっぽかっぽと鳴らす馬の足音が酷く悲しかった。


ありがとうございました。

超ギリギリですがめりくりです。


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