5-22話 千の言葉より一度のパーティーで(中編)
さあ食事に手をつけよう。
朝食にしては恐ろしいほどに贅沢で味の強い料理だが、ゆっくりと……皆で騒ぎながら昼まで時間をかけて食べるには丁度良いだろう。
そう思って各自が食器に手を掛けようとしたそのタイミングで、食堂にテオ、ミグ、ヴェインハットという見慣れた三人が姿を見せた。
「タダ飯と聞いてきました」
マスクに顔を隠してもわかるほどきりっとした表情でそう言葉にするヴェインハット。
「ました」
そしてそれに追従するミグ。
そんな二人に溜息を吐き、申し訳なさそうな顔をするテオ。
全くもっていつもの事だった。
プランがそっと今回の企画人であるクリスを見るとクリスはニコニコした顔で安心する様頷いてみせた。
「うん。僕が呼んだから安心してプランちゃん。十人程度増えても大丈夫な分料理は用意してもらっているから。僕も食べたいし。それは前菜」
そう言ってニコニコするクリス。
ちなみに、既に八人用のテーブルがいっぱいになる位料理が盛られている。
これが前菜ならこの後届く料理は相当な物なのだろう。
そう思っていると追加でクコとヴェルキス、そしてもう一人誰だかわからない人物が現れた。
わからない理由は簡単で上半身の大半が隠れるほど大きな花束を持っているからだ。
背格好と高めの身長から男性であるとは予想出来るがそれ以上の事は正面からは判断出来そうにない。
五種類位の白い花を中心としちらほらと黄色く可愛らしい小さな花でアクセントを付けたブーケも真っ青なほどお洒落な花束。
白いバラがあるなー位しか花の事がわからないプランが見てもそれは大変すばらしいと思う様な出来の花束だった。
「うわっ。女子力たっか」
プランがついそう言葉にするとエージュは苦笑いを浮かべた。
「言いたい意味はわかりますけど……女子力ってどういう言葉ですか」
「わかりやすい=正義。って昔働いていた場所で言っていたから」
そう言ってプランが微笑むと、花束を持っていた人物は花を横に倒し、その顔をプランに見せた。
その顔は想像よりもはるかにごつかった。
顎骨ががっしりとして、掘りも深く、男の中の男と言わんばかりの力強い顔立ち。
ただし……ばっちりと女性向けのメイクが施されやけに赤く艶のある唇がインパクトを醸し出している。
そして、プランはその顔に非常に見覚えがあった。
「店長!」
そう言われ、件の人物はにっこりと微笑んだ。
「はあいおひさ。でも貴女今はウチの人じゃないから店長じゃないでしょ」
「ああそうでした。お久しぶりですジュール店長……じゃなくてジュールさん」
その言葉にジュールは微笑み、プランに花束を差し出した。
「おめでとう。記念と言ったらやっぱり花よね。特に冒険者なんて殺伐とした生活してるんだもの。綺麗な物で潤いは取らないと」
「ありがとうございます。確かに色々とありました……」
プランは少しだけ寂しそうにそう呟いた。
だがすぐに気持ちを切り替え、花束を持ったまま花に負けない様笑顔を作った。
「でもでも! 意外と潤いは取れるんですよ?」
「あら良いわね。どうやって心の潤いを摂取するのかしら?」
そんなジュールの声に頷き、プランはミグを手招きした。
「……何?」
ミグが不思議そうな顔をしているとプランは花をミグに持たせ、その後ろからミグを抱きしめ喉辺りを優しく撫でた。
「……ごろごろ」
そんな嬉しそうに喉をならすミグを見て、ジュールは微笑んだ。
「あらまあ猫ちゃんみたい。なるほどねー。お友達に癒されてるって事ね」
その言葉にプランは微笑み、そのままミグの喉を鳴らし続けた。
パーティーが始まって料理が並び、相応に賑やかになった頃……騒がしいテーブルから少し離れた位置でヴェルキスは一人グラスを傾けていた。
先輩として呼ばれたからには参加はしているが、ヴェルキスは主賓と積極的にかかわるつもりはなかった。
理由は幾つもある。
女性が多い事から邪魔をしない様にという心遣いや、冒険者としても人としても若い人が多いから混ざらない様にする気配り。
その他にも自分は控えめな表現で成功している類の人間である。
故に、妬みやっかみは良く買っている。
その巻き添えを避ける為に交流を少し控える。
そんなもろもろの感情を持ち、手持無沙汰のヴェルキスはグラスを傾ける事しか出来なかった。
とは言え、決して退屈という訳でもなく居心地の悪さも感じていない。
遠い様で近いテーブルでは元気な声で若者達が騒ぎ喜んでいる。
冒険に成功した若い人を、それも自分の知り合いのそんな姿を見る事がヴェルキスは割と気に入っていた。
特に……今回は文字通りの魔物騒動で一歩間違えたらこの様な場が開かれず最悪教会での再会となるところだったのだ。
喜ばないわけがなかった。
「ま、俺が心配するのも不相応な話ではあるんだがな」
危ない事に自ら飛び込んでいっている自覚のあるヴェルキスは愚痴る様そう独り言を呟いた。
「ん」
そんな言葉にならない言葉と同時にごとっとテーブルの上に何かが置かれる音をヴェルキスの耳は拾った。
その方角を見ると、そこにはミグがいた。
その後に、まるでいつもの事の様にヴェルキスの隣の椅子に座った。
「どうした? さっきまでプランの方に居たと思ったが」
「……邪魔したら悪いかなって」
そう言葉にしながらミグはプラン達の方を見た。
プラン達は今回共に冒険した六人で何やら騒がしく話をしている。
どうやら今回の冒険の思い出話をしている様だった。
「そうかい。んで、俺のとこに何か用かな? あいにく今はお菓子とか何も持ってないぞ」
そう言いながらヴェルキスは微笑みながら中身の入ったグラスを見せつけ、その後一気に喉に流し込んだ。
「ん。これ」
そう言いながら、ミグはさきほどテーブルに置いた物を掴みヴェルキスの方に見せた。
透明感のある薄い琥珀色……というよりは黄金色の液体が入った大きなビン。
ラベルも貼ってないコルクで密閉されたビンの正体はわからないが、ほぼ間違いなく……。
「酒か……どうしたんだ?」
その言葉にミグはぽつりと呟き首を傾げた。
「約束……お酒」
その言葉にヴェルキスはぽんと手鼓を打った。
「ああ。そいやそんな事言ってたな。別に気にしなくても良かったのに……とは言え、後輩の誠意ある気持ちに断るのもまた先輩として良くない。というわけでありがたく」
そう言った後ヴェルキスは笑って酒瓶を片手に持った。
「ん。私飲まないし好きにして……。一応、良い奴選んだつもり」
「ほー。それは嬉しいね。さっそく開けて良いか?」
「……ちょっと待って」
ミグはそう呟いた後ヴェルキスの持つビンにそっと触れ消え入りそうな声で何かを呟いた。
たったそれだけで、ビンはまるで氷に閉じ込めていたのではないかという位に冷えていた。
「冷たい方が美味しい……らしい」
そう言葉にした後ミグはブランデーグラスを取り出し、ヴェルキスからビンをひったくりコルクを魔法で飛ばしてなみなみ注ぎヴェルキスに手渡した。
「おー。あれもこれもとサービス良いね。飲み屋でもここまで気配りしてくれないわ。ありがとなミグ」
そう言葉にした後、ヴェルキスはグラスを傾け軽く酒を舐めた。
その味わいを確かめる為、ただ舐めるだけのつもりだった。
だが、何故かグラスが口から離れない。
体が言う事を聞かないのだ。
そのままグラスを傾け、ヴェルキスはゆっくりゆっくり……黄金色の液体を喉に流し込んでいく。
自分の意思に関係なく……。
「…………あのさ、ちょっと良い?」
困り顔を通り越し顔を顰めた様子のジュールがミグに話しかけるとミグは首を傾げた。
「……何? ……ああ、いる?」
ミグがビンを傾け別のグラスに入れようとするのをジュールは慌てぶんぶんと強く首を振った。
その奇天烈な風貌からは想像もつかないがジュールは基本的に大人しい。
年齢というのも人生経験というのもあるが、それ以上に商会を預かる人間として人が出来ているからだ。
そんなジュールは久方ぶりに、心の底から強く感情が揺さぶられていた。
ジュールはただただ困惑していた。
「……これ、もしかして美味しくないの?」
ミグが無表情で……どこか悲しそうにそう呟いた。
ジュールは首を横に振った。
それに肯定する様、グラスになみなみ入っていた酒を飲み切ったヴェルキス。
ゆっくりとたっぷり時間をかけ一度も口を離さずに、そして……味わいきったグラスには一滴たりとも残っていなかった。
「うめぇ……」
茫然とした表情で、ヴェルキスはそう呟いた。
最高なまでに陳腐な、何一つ味が伝わらない言葉。
だが、ヴェルキスは他に表現しようがなかった。
何が美味しいのか、自分でわかっていなかった。
甘いというわけでもなく、喉が焼ける様に辛いというわけでもない。
それを表現するなら美味い以外に当たらない。
そんな最高に陳腐で、そして究極の誉め言葉。
それ以外ヴェルキスの頭の中に言葉は残っていなかった。
「……長い事商いをしてきたけど……現物は私も初めて見るわ……」
そんなジュールの言葉にミグは首を傾げた。
「……貴女……手に入れたのにその凄さがわからないの?」
ミグはこくんと頷いた。
「……お酒は、美味しくない。プランのクッキーの方が美味しい」
その言葉にジュールは目を丸くし、そして苦笑いを浮かべた。
「なんとまあ……。でも、プランちゃんの友達らしくてそう言うとこ、最高に良いわよ」
「むふー」
ジュールの言葉にミグは満足げに頷いた。
「あの……聞くの怖いんですけどジュールさん。このお酒……何なんです? 麻薬とかではないですよね?」
ヴェルキスは恐る恐るそう尋ねた。
ヴェルキス自身酒が好きでこれまで数々の美酒に手を出して来た。
その度に期待外れだったとがっかりし、結局まあまあ旨いそこそこの酒が一番満足出来るという結果を見出していた。
ついさきほどまでは。
だが、この酒はあらゆる意味で桁外れである。
頭の中が今でもそれの事で一杯になってしまう位には。
「あー。ええ。まあ……麻薬の類ではないから安心して」
「……じゃあこの酒は、一体何なんだ?」
ヴェルキスはそう呟いた。
ミグは首をふるふると横に動かした。
「知らない」
そう呟き、二人の視線はジュールに注がれた。
「アジュロ、ゴールズ、色々呼ばれているけど私も正式名は知らないわ。ラベルもないし呼び名が広まるほど市場に出回っていない。でも、それを表す言葉は知ってるわ。『傾国の酒』よ」
「……警告?」
「ううん。国が傾く傾国」
「……また大層ぶっそうな名前だな」
「だってそれ、比喩でも何でもなくウチが傾きかけた事あるもの」
「……ウチって?」
「ノスガルド王国」
「……まじで?」
その言葉にジュールはこくんと頷いた。
そんな馬鹿な……。
そう思う気持ちも確かにあるが、実際それを飲んだヴェルキスはそう呼ばれるのも無理はないとも思っていた。
ミグは興味津々でその酒を指に付けて舐め、目を固くつむり口を開いてイーと辛そうな顔をして水を飲みに走っていった。
「ミグちゃん行ったから言っちゃうけど、それ最低でも三百枚位はするから」
「シルブ(小銀貨)やジン(大銀貨)……な訳ないよな。それでも大金だが」
「ええ。もちろんクォーター(四分の一金貨)でもハーフ(二分の一金貨)でもないわ。正真正銘のガルド金貨三百枚。なんだけど……」
ヴェルキスは険しい顔を浮かべた。
「まだ何かあんのかよ」
「ええ。そもそも、それ市場に出回らないのよね。だから基本オークションでの売買なんだけど……三百どころか千枚とかそんな単位になるのもざらよ」
ヴェルキス自身魔剣を所有し多くのダンジョンを制覇したという冒険者としては大成している。
そんなヴェルキスであっても、その金額は目が飛び出るほどに高かった。
「うへぇ。何でそんな高いんだよ。ドラゴンの血でも使ってんのか?」
「ううん。ただ、高い理由は単純よ。それ、この国のお酒じゃないもの」
「どっかの小国か?」
「ううん。ディオスガルズ。しかもその奥地でしか取れない植物が材料なんだって」
「……そりゃ高いわな」
まさかの最大敵国にヴェルキスは苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。
傾国の酒と呼ばれたのにも一つ大きな理由がある。
場合によってはマルクの持っていた剣、鞘の未使用時に匹敵するほどの価値のあるこの酒だが、ディオスガルズではそこまで希少性のある物ではない。
『滅茶苦茶美味いから飲んで良し贈り物に良しと便利だ』
そんな飲める通貨程度にしか考えていなかった。
だが、そんなディオスガルズの考え方を変え、ノスガルドを揺るがす事となったある事件が発生した。
ディオスガルズの上層部である上級魔族がノスガルドの武官の一人の戦いっぷりに大変感激した事により、それは始まった。
元々ディオスガルズは蛮族的思考が強く、その分敵であっても強者には尊敬の念を抱く。
それは国民性と言っても良い程に広まっていた。
だからこそ、その自称魔王の束ねる自称魔族達は強者であるだけで一定以上の敬意を持つ。
強き者を正面から打ち倒し、絶望させ恐怖させる事こそが魔族の誉れであるという考えがあるからだ。
その武官はたった一人で殿となり仲間や上司、そして部下をも逃がした。
それだけならディオスガルズでも感動する程度なのだが問題はこの後だ。
何とその武官は数千人の魔族と三人の上級魔族軍を単独で足止めに成功し、その上生きて戻った。
これにはディオスガルズの者達は心の底からその男に尊敬の念を抱き、わざわざ敵国であるノスガルド相手に感激の手紙をディオスガルズ魔王名義で贈りつけた。
そして当然、国家単位で動くからにはただ感謝を示すのは手紙だけというわけでもなかった。
強者には報酬を。
それこそがディオスガルズである。
戦った魔族達は憧れと尊敬からその男の姿背格好を覚えていた。
その為男に合わせてあつらえた専用の鎧と槍、盾にディオスガルズでも有数の名馬という自国の英雄に贈る様な代物を用意した。
そしてそのおまけに少量の食料と酒。
その少量の酒こそが今回の傾国の酒である。
武官は九本を自分の主である領主に、残り一本を自分の物にした。
その九本を領主は武官の自慢話も兼ねて盛大なパーティーを開きそこで振舞った。
敵国の酒が飲めるという事と、敵国に褒められた英雄がいるという話になりパーティーは貴族やその家族、有力な商人等大勢人が集まった。
そしてその大多数が件の酒を飲み……そして事件が起きた。
あまりに美味しすぎて飲んだ貴族達全員が多幸感に包まれたのだ。
そして、その酒の事を思うにあまり、ディオスガルズと戦う気を失った。
もしノスガルドがディオスガルズに攻め入りこの酒が造れなくなったら……。
もし自分の兵がこの酒の製作場を壊したら……材料を壊したら……。
今まで持っていた正義の気持ちと戦いの情熱は酒と敵の心配に移り変わり……そしてその貴族達は連合を組み、戦争反対をお題目とし王家に歯向かった。
そう、たった九本の酒が原因で二十を超える貴族がクーデターを起こしたのだ。
多くの貴族はそれまで真っ当でそんなそぶりを見せた事がなく、また酒が原因などと思う訳もない為王家は対処法がわからず混乱の限りを極めた。
ディオスガルズは内応などという手段を取る可能性は低く、例えそういう手段を取るとしてももっと正々堂々とする。
こんな国民を絡めたクーデターなどやるわけがない。
だからこそ原因と下手人を速やかに探り……そして二月ほど後、今にも内乱になりそうな状況でその正体が判明した。
下手人、酒。
理由、酒を作った人と戦いたくない。
王家のやるせない気持ちはどれほどだったのかわかる者はいないだろう。
「みたいな事があってね、実際にこの国滅びかけたのよ。もし酒瓶が二十本なら滅んでいたわね」
ジュールは苦笑いを浮かべながらそう呟いた。
「だろうなぁ……。この多幸感と満足感はやばいわ。んで、結局その反乱した二十の貴族はどうなったんだ? やはり処刑か?」
「二十を超える領地の為政者、それに私達商人が一気にいなくなったら別方面で国が亡ぶわよ」
「そうか。んじゃどうやって解決したんだ?」
「その騒動を知ったディオスガルズが『ウチの酒が原因で内乱が起きてノスガルドが弱くなるなら二度と酒贈らない』って魔王直々の連絡が来てその日の内に内乱は集結したわ」
「……お、おう……。んでその貴族共はどうなったんだ?」
「追加で魔王から『強いと思った奴にはこまめに贈ってやる』って報告があった後、反乱に参加した全貴族が降格を受け入れ、同時に極端な武闘派にシフトしたわ。ちなみに今現在でも入手方法は魔王名義で贈られて来る以外ないわ」
「……貴族様も俺達冒険者と大して変わらねえもんだな」
「そりゃそうよ。人間だもの。私達も貴方も、そしてディオスガルズもね。まあそう言う恥部とも言える事だからお酒の事も内乱の事もあまり世には広まっていないわ。それでも、人の口に戸は出来ないからお酒好きには有名な話になってるけどね」
そう言ってジュールはウィンクをして見せた。
「はは。そりゃそうだよな。んで……ミグはどうやってこれを入手したんだ?」
横でうとうとしているミグは目をこすり首を傾げた。
「……知らにゃい。美味しいお酒を頂戴って言って……出て来たのがこれ……」
「……買ったんだよな?」
こくん。
「……高くなかったか?」
うつらうつら……こくん。
「そうか。何か……一生分貢がせてしまった気がするわ。返せるかわからないが……何かして欲しい事あるか?」
ヴェルキスの言葉にミグは眠たい頭で必死に考え、そして答えた。
「部屋に……運んで。とても眠い」
朝が弱い上にプラン達とも話せず、ヴェルキスも難しそうな話をしていた為暇を持て余し限界が来たミグはそう呟いた。
「……あいよ」
ヴェルキスは困った顔で軽いミグを抱きかかえ、そのまま食堂を背に部屋に向かった。
後ろからひゅーひゅーと茶化す様な声が聞こえた気がしたが、ヴェルキスは聞こえないフリをした。
ありがとうございました。




