5-20話 語らう時間もないほどの邂逅
発生した事象だけで言えば、正直な話大した事は何も発生していない。
マルクの使った傷をなかった事にするという現実を入れ替える力を持った鞘や、雷と炎の混ざり合った閃光を生み出す剣に比べれば、魔法で少々頑丈な障壁を張った位全く大した事ではなく、ちょっと能力のある魔法使いなら誰でも出来る事である。
ただ妖精石から人型の妖精が出てきて、障壁を張った。
起きた事だけを言えば、ただそれだけだった。
だが、ある一定以上の学がある人にとって……幼少時に何等かの物語を嗜んだ事のある人にとって大した事のないそれは神の奇跡に匹敵するほどの大事であり、それは絶対にあり得ない事だと今まで思っていた事でもある。
そう……人型の妖精など古来より伝わるおとぎ話位にしか出てこない空想上の産物だからだ。
そんな冒険者にとってもはや誰も信じていない程の眉唾であり、同時に憧れの極地である一つ。
それが今、目の前にある。
驚かない訳がなかった。
「久しぶり。ワイス」
そう言ってプランが優しく微笑みかけるとワイスと呼ばれた妖精、エーデルワイスは少しだけ悲しそうに微笑んだ。
「起きている時は中で見てたし聞いてたから、久しぶりじゃないかな」
「そっか。じゃ、こんにちは。うん、ごめんね駄目な私で。迷惑かけるけどさ、また助けて」
プランがぺこりと頭を下げるとワイスはくすりと微笑んだ。
「良いわよ。何度でも助けてあげる。前みたいな方法じゃなくて良いなら……何度でも……何時でも喜んで助けてあげるわよ」
「……ごめんね。悲しませて」
「うん。あんな思いさせた事だけは許さない。だからもうしないからね。と言っても、二度は使えないからどっちにしてももう出来ないけどね」
「ん。肝に銘じとく」
そう久方ぶりの友との語らいをした後、プランはマルクの方を向いた。
「さてマルク君。どうします?」
「……は、は? どう……とは?」
「リーダーでしょ? 方針方針。見ての通り私はそれなりに魔法が使えます。……いやちょっと待って。私魔法の才能ないのに何か凄い防御出来てない? どゆことワイス?」
きょとんとした顔でプランがそう尋ねるとワイスはエージュの方を指差した。
「変な魔石から変わった魔力入れたでしょ? それの余剰を無理やり使ってるのよ。それと貴女の才は……ううん。これはまたその内時間がある時で良いわ。どうせへっぽこなのは変わらないし。という事で短期間かつ使い切りだけど多少の無茶は出来るわよ。マルク君」
そうワイスが話しかけるとマルクはそっと跪いた。
「さぞや名のある妖精とお見受けしました。あいにく妖精の流儀はわかりません。何分ご失礼あればご容赦を」
それに合わせてガンネとキュリオも傅き、ワイスをまるで王の様に扱った。
とは言え、これはあながち間違いではない。
おとぎ話に出て来る人型の妖精は大体高位なる存在だからだ。
人を導く為に現れた神の僕。
神から直々の命題を受けた大いなる存在。
運命を変える為の神の雛型。
そう言った存在だという印象は皆が持っていた。
だが現実は……。
「……えー。何か勘違いしてるけど、私ただの妖精よ? 幻想壊して悪いんだけど。というか妖精って上下関係ほとんどないから」
「……そう、なのですか?」
マルクが不安げにそう尋ねるとワイスは頷いた。
「うん。ベルだって時々妖精に悪戯されてるのが妖精の世界だし」
あっさりと六神の一柱、妖精神ベルの名前が出る辺りとんでもない事でしかなくマルクはむしろ恐れおののいた。
「……神に悪戯を……それは何とおそれ多い……」
「私の覚えているのだと顔に落書きをされてマジギレしてたわね」
「なんと……我らが王にその様な事をすれば処刑は免れぬというのに怒るだけとは。妖精神とは慈悲深い方なのですね……」
「いやーそれはちょっと違う様な。まあ良いや無駄話は好きだけど今はあんま時間ないし。マルク君。リーダーとして、これからどうしたいか指示を頂戴?」
その言葉にマルク達三人は立ち上がり、気持ちを切り替え真剣な表情となった。
「ガンネとキュリオ……には聞いたら駄目だな。僕のいう事に逆らう訳がない。……ではサリスとエージュ。二人に問いたい」
その言葉に二人は頷いた。
「おう。何だ?」
「このまま撤退する。と僕が言えば賛成してもらえるだろうか?」
「……お前は色々と功績がいるんだろう? 魔物討伐なんて大きな……かはわからないけど箔は付くんじゃないか?」
「うむ。それはとても魅力的だな」
「そして幸いにも今は何やら凄い妖精様もいるしいけるんじゃないか?」
「かもしれぬな」
「それでも逃げるのか?」
その言葉に、マルクはしっかりと頷いた。
「当然だ。かもしれぬに命をかけるリーダーにお主達は付いて行くのか? 皆を愚かなリーダーを持った亡骸にするつもりは僕にはない」
その言葉にエージュは微笑み、サリスはマルクの頭を乱暴に撫でた。
「ガキの成長が早いってのは聞いてたがお前は間違いなく異常な方だな。流石はお偉いさんだ! もちろん、撤退に俺達も大賛成だ。無理に戦うって言ったらぶん殴っても止めてたさ」
マルクはサリスのなでなで攻撃から逃げた後頷き、ワイスの方に向いた。
「では妖精殿、プラン。出来るだけ安全に撤退をしたい。頼まれてくれるだろうか?」
プランとワイスはその言葉に頷いた。
「んでわーいすっ。私どしたら良い?」
ご機嫌な様子でプランがそう言葉にするとワイスは頷いた。
「いつも通り魔法行使の権利全部頂戴。私が魔法使うから。今なら魔力も余ってるしいつもより贅沢に使うわよー」
「あいあい。んじゃ、よろしくー」
「はいはい任されましたっと。悪いけど皆密着する位くっ付いてくれる?」
そうワイスが言葉にすると全員が言われた通りに動いた。
「んじゃ快適な旅にご招待! と言っても数十秒程度だけど」
そう言ってワイスと微笑むと同時に、全員が一斉に浮遊感を覚えた。
いや、実際にその体が浮いていた。
ふわふわと体が浮き、その周囲に常に障壁を纏ったまま魔物達の上を抜けて移動していく。
魔物や獣達は慌てて追いかけようとするが元々動作の鈍い魔物や空に対して無力な獣では空中で移動するプラン達に対処する事が出来ず、そのまま冒険者達は落ちた位置に驚くほどあっさりと戻ってきた。
その後、ワイスは透明な分厚い壁をプラン達が置いた穴に生成した。
「んで数分しか持たないけど穴を塞いでー。はいさっさと逃げましょう! 二つの意味で時間がないわよ! 走って走って!」
ワイスがパンパンと手を叩き急かすとそれを背に全員駆け足の姿勢になり足を動かし始めた。
サリスは迷わずキュリオを背に乗せた。
走りながら、プランは叫んだ。
「ワイス! 二つの意味でどういう事!?」
「一つはね、魔物が追い付く可能性があるって事! 簡単に塞いでしかいないし地上に出ないとは限らないでしょ? つか出て来る。間違いなく出てきて追い掛けて来る!」
「なるほど! もう一つは!?」
「私の行動制限時間! 無理して出て来たから色々とぶっちゃけきつい! というわけで私がいる内は支援するから出来るだけ進んで!」
そう言葉にしながらワイスは前方に風の壁を作り、同時にプラン達の移動速度があがる様な魔法をかけた。
「はーい! というわけで、ダッシュダッシュ!」
プランがそう言葉にすると全員が勢いよく走りだした。
魔法のおかげで全員がいつもよりも早い速度で駆け抜ける事が出来、魔物が追い付く事はなく、入口に到着した。
かかった時間ははわずか十数分程度だった。
ただし、到着した時にはワイス含めてサリス以外の全員の体力が限界となっておりサリスと背負われるキュリオを除き全員が入り口でダウンした。
「……流石に、疲れた」
サリスはそう呟き水袋を取り出し、口元から零しながら浴びる様に飲んだ。
「はぐれなかった僕は……褒められても……良いと思う」
地面にうつ伏せになりながらそう呟くと、キュリオはそっとマルクの頭を撫でた。
それから更に十分後、少しだけ息を整えた後サリスは笑顔で呟いた。
「にしても、やっぱりすげぇな妖精様の力。めっちゃ早く走れたしあんまり疲れなかったな」
そうにっこにこの顔で呟くサリス。
それに対してワイスは信じられない物を見る様な目でサリスを見つめた。
「え? 貴女には速度強化の魔法かけてないわよ」
「……え?」
「いやだって、他四人が置いて行かれそうな状況だったし貴女にはいらないかなって……一応前方の風よけは作ったけど……それだけよ?」
「……そっか」
サリスはちょっとだけしゅんとした様子となった。
ちなみにサリス以外の全員はサリスを化け物を見る様な目で見ていた。
「……お主が一番やばい」
そうマルクが言うと、全員が同時に頷いた。
「……ふふ。あっちでもこっちでも、貴女の周りは楽しいわね」
ワイスはプランに優しく微笑みながらそう呟いた。
周りから光の粒子を放ち、今にも消えそうな様子で。
「うん。ありがとね助けてくれて。お礼は何か考えとくから。……本当はもっと色々話したいけどね。困ってる事だけじゃなくて、ただ友達としても……」
「そうね。私もそうよプラン。でも今はちょっと無理かな」
「うん。ごめんね無理させて」
そうプランが言うと、ワイスは消えそうな体でそっとプランを抱きしめた。
「良いのよ。私は友達で相棒なんだから。時間がないから二つだけ言うわ。一つは、今回魔力が溜まったから次ちゃんと復活するのはそう遠くないと思うわ。一月か二月か、それ位で復活すると思う」
「そか。それは良いニュースだね」
「うん。それともう一つは、プラン。もっとガンガン縁を繋ぎなさい。貴女の良いところをもっと皆に見て貰いなさい。本当は大人しくしてって言いたいけど……」
ワイスが苦笑いを浮かべながらそう呟いた。
「こいつが大人しくしないと不味い事があるなら俺達が大人しくさせておこうか?」
サリスはエージュと横並びになりワイスにそう声をかけた。
ワイスはそれを見て微笑み、そしてそっと首を横に振った。
「ううん。確かに猶予は伸びるけどプランの目的が叶わないしジリ貧になるの。だから問題が起きるとしても無理やり知り合いを増やす事が今一番プランに必要な事なのよ。出来たらこの世界で影響力高い人が良いね。例えば……」
そう言葉にした後、ワイスはマルクの方を見つめ……そのままプランの腕の中で姿を消した。
「……次はお友達らしいお話をいっぱいしようね。甘い物でも食べながら……」
妖精石を見ながらプランがそう呟いた。
石はそれに返事をする様、淡く白い光を放った。
「うむ……。何やら込み入った事があるらしいな。だが、それは問わん。人型の妖精を持つ様な人生を送っておるのだ。僕が想像すら出来ない色々があるであろう。だが、最後の話を聞く限り、僕にも出来る事があるらしい」
そう言葉にしながらマルクはプランの方に近寄った。
「マルク君……」
「今後どうなるかはわからぬが、今の僕はロスカル家の長男だ。世界の影響力とやらはわからぬが家柄としては十分にある。故に僕と縁を――いや、そうではないな。プラン。君を友と呼ぶ権利を僕に貰えないだろうか?」
マルクはそう言葉にしながら手を差し出すと、プランは迷わずその手を取った。
「うん! ……いつも私が言う方だからあんまり言われた事ないからちょっと新鮮だねこういうの。ふふ」
微笑みながらプランはマルクと握った手をブンブンと振った。
マルクははにかみながら笑っていた。
「さ、さて色々と切り替えて……やらねばならぬ事をしようか」
マルクがそう呟くと、全員がマルクの方に視線を向けた。
「やる事ってなんだ? 次の為の反省会?」
サリスの問いに対し、マルクは溜息を吐いた。
「それも大切だが……それよりも今回の事を学園に報告せねばなるまい。形の違う魔石が見つかり、三位一体で不死性のある魔物が現れた。どうみても普通じゃない事態を報告せねばならぬであろう」
「あ」
マルク以外の全員が、忘れたいた様にそう一文字を呟いた。
マルクは再度溜息を吐いた。
ありがとうございました。




