5-19話 高潔な勇気
誰がこんな事を予測出来ただろうか。
サリスは横で戦う小さな少年を見てあっけに取られながらにそう思った。
確かに、世の中には凄い奴が沢山いる。
それこそ後ろで守っているプランなんていう頭の悪い行動力と想像の斜め上を更に飛び越える意味不明さはその典型であり、エージュも貴族の生まれで魔法が使えそれなり以上に戦える女性という稀有な存在である。
また、サリス自身もスタミナだけなら相当に優れそれこそ武官相当であるという自負を持っている。
そういった事を踏まえたとしても、やはり隣にいる少年、マルクは異常としか言えず、公爵家の秘密兵器であると言われても納得出来るほどだった。
「……おいおい。これをずっと隠してたのかよ……」
そうサリスがあきれ顔で呟くとキュリオもガンネも茫然としながら首を横に振る。
「いや……俺らも知らなかった。確かにマルク様は天才だ。それこそ同年代なら誰であっても負けないだけの技量を持っている、だがそれはあくまで同年代と比べてであって……」
「うん。ぼっちゃまの事ずっと守ってて戦いに参加させた事ないから……ここまでとは知らなかった」
二人はそう答えた。
「何をしておる! ガンネ!左から抜かれるぞ! キュリオはこちらの援護を!」
そう的確に指示を出しながら、マルクは何もない空間で剣を縦に振るう。
その剣筋にまるで吸い込まれるように熊が襲い掛かり、置いたような斬撃は熊の腕を綺麗に切断した。
落ちた腕を見ながら悲鳴を上げ動きを止める熊にマルクは狙いを定め、密着するほどの距離まで突撃し剣で心臓を貫いた。
そのまま油断も見せず元の位置に戻り、何でもないかの様に剣を構えるマルク。
元々熊自体毛皮が厚くそうやすやすと斬れない上にこのダンジョンにいる黒い熊は本来の熊よりも毛皮が硬い。
それでも、マルクはバターでも切るかのようにその小さな剣で熊を斬り伏せていた。
いかに剣が鋭く素晴らしかろうとそれは技術がなければ出来ない事だと誰もが理解出来た。
「……この年でこれか……つかさガンネ。ぶっちゃけ俺やお前よりも強ないかあいつ?」
そんなサリスの疑問にガンネは苦笑いを浮かべた。
「いや、立ち回りが甘い。逆に言えば、経験による立ち回り以外は俺よりは確実に上だ。剣技も、指揮も、瞬発力も」
「……才能かねぇ」
サリスがそう答えるとキュリオは迷わず首を横に振った。
「違うわ。ぼっちゃまはそれだけ多くの物を――いえ、人々を背負ってきたからよ」
「……そりゃ俺には出来ない事だわな」
そう言葉にしながらサリスはアイアンクラブをぶん回し犬共を蹴散らした。
まるで別人。
そう思うほどにマルクの強さは今までと異なっていた。
今までの様な守られる戦いではなく守る為の戦いをするマルクは同年代どころか冒険者として一流と呼んで良いだけの技量を持っていた。
誰よりも多くの得物を屠りながらガンネ、キュリオに的確な指示を飛ばしているのは見ていてぞっとする位である。
あまりに凄すぎる存在が迫害される理由をサリスは少しだけ理解してしまった。
「と言っても、うちのプランの方がやばいけどな。悪い意味で」
「ふむ。良くわからないが何か凄い隠し玉が出て来るのか?」
マルクの言葉にサリスはニヤッと笑った。
「さあな。俺も知らん。だけど覚悟しておけ。あいつが何かするときはいつも斜め上にかっ飛ばすから」
そう言って笑うサリスを見て、マルクも同じ様にニヤリと笑った。
「うむ。ではその為に時間を稼がねばならぬな」
「おう。と言っても……マルクがこんだけやってもまだギリギリ負けてるよな……」
サリスはそう言葉にしるとマルクは首を横に振った。
「ギリギリどころか大幅に負けておるぞ。あっちの魔物はまだ本気を出しておらぬしあっちも何か隠し玉もあるようだ。更に殺し方すらわからぬからな」
そうマルクが答えるとサリスは小さく溜息を吐いた。
今のマルクがいればこのダンジョン内の生物なら何匹来ても、それこそ万の数であっても何とかなるだろう。
連携、指揮能力を持つマルクは単身で強いだけでないからだ。
だが、それはあくまで生物だけの話であり、魔物がいればその根底は崩れる。
「……しかも厭らしい事にこれだもんなぁ……」
そう言葉にしながらサリスは己の腕に刺さった黒い針を抜いた。
魔物は現在動物達の後ろからこっそりと棘を飛ばす事しかしていない。
逆に言えば、それが一番厄介だった。
他の生物同様この棘にも毒があり、当たる度に徐々に体の力が抜けていく。
聖水があってこの程度だから聖水を被っていなければ数度撃ち込まれたら動けなくなっているだろう。
更に言えばサリスの様に夜目が利き野性的であっても回避が出来ないのだ。
小さな肉体で毒の回りやすいマルクや体の弱いキュリオには相当な負担となっていた。
獣を肉盾として安全圏から延々と毒針を飛ばす。
その行動に対処する方法が今のサリスにはなかった。
「確かに厭らしい。ならば……そろそろ切り札を使うべきだな」
マルクのそんな言葉にサリスは笑った。
「お。一発逆転の何があるのか?」
「うむ。というか説明しておろう」
そう言葉にしてマルクが剣と鞘を見せるとガンネとキュリオが顔を青ざめさせた。
「それを今使えばロスカル家の跡を継ぐ事が……」
サリス達に説明出来ないガンネは曖昧にそうとしか言葉に出来ない。
だがそれを聞いてもマルクはただ頷くだけだった。
「かもしれぬな。これを使えば僕は一歩分弟から遅れを取り、そしておそらく政略争いに負ける。で、それが何か問題か? 僕程度が脱落して、ロスカル家が傾くとでも?」
そんな言葉を聞き絶句するガンネとキュリオを見ながらマルクはかっかっかっと笑った。
笑った上で、マルクは迷わず鞘を使った。
パキンと小気味の良いガラスの割れる音と同時に、まるで水浴びをしたかの様なすがすがしさを皆が感じた。
鞘に付けられた水色の宝石が砕け散り、周囲一体に霧が散布される。
その瞬間に、その場にいた人間全員の傷が全て消滅した。
傷を埋めた訳でも、急速に治った訳でもない。
ただ、傷その物が消滅し体内に蓄積していた全ての毒が消え失せていた。
「これは……何が起きてるんだ? 治療されたのか?」
サリスの言葉にマルクは首を横に振った。
「いや。怪我をした、毒と受けたという事実を消したのだ。その上で、これからしばらくこの場では毒を受けるという事実すらも消える。流石にこれ以降傷の概念は消せぬがな」
「……良くわからん。馬鹿でもわかる様に説明よろ」
「怪我と毒がなかった事になった。毒はしばらく無効。で良いか?」
「おっけ。ぱねぇな」
「うむ。城一つは買えるであろう金額を使ったからな」
「色々大変なもん使ったのはわかるし俺なら悔し泣きしそうなほど痛い額だ。だがその割には楽しそうだな」
「……贅沢をするのって案外楽しいものぞ? それに、リーダーとしてパーティーメンバー皆の命を救えたのだ。安い安い」
そう言って笑うマルクの顔は歳相応で、さっきまでの背伸びして上から命じようとしていた時と全く違う愛くるしい表情だった。
「おう。あんがとな。プランじゃねーけど困った事あったら俺とエージュにも頼れよ。お前はガキなんだからな」
そう言ってぽんぽんとマルクの頭を叩く様に撫でるとサリスは怒声を叫びながら魔物に突撃していった。
「……ゴリラというか狂犬というか蛮族というか……。だが、うむ、味方なら頼もしいし……心地の良い人でもある。領民でなくとも死んでほしくないと思う程度にはな。サリス! もう一つ切り札を使う! 下がれ!」
その叫び応じサリスは魔物三匹に対しアイアンクラブを横薙ぎに振るい同時に吹き飛ばすと迷わずプランの傍に待機した。
「今度はどんな派手な事をしてくれるんだい?」
「うむ。僕もどの位派手かはわからんが……まあ派手な事に違いはないであろう」
「城一つ買える消耗品だもんな」
「うむ! ガンネとキュリオもプラン達の傍によれ。巻き込む恐れがある」
マルクは全員が一塊となったのを見た後剣先を魔物の方に向けた。
「見よ! これが我がロスカル家の伝統と叡智の力である!」
とても嬉しそうに、というよりも吹っ切れた様子でマルクがそう叫ぶとその手に握られた絢爛豪華な剣は周囲に眩いばかりの光を放った。
雷の様なジグザクした無数の赤い光はマルクが予想していなかった軌跡を描いて周囲に飛び散り、そして地面、獣、魔物問わずに襲い掛かる。
そしてその軌跡が触れた瞬間、唐突に燃え広がりだした。
まるで灯油に火をつけた様なほど綺麗に炎上する地面や獣達やその死骸、魔物。
途中からマルクもその不規則としか思えない軌跡を操作できるようになったのか器用に赤い光を動かし周囲にいる敵全てを燃え上がらせた。
「プラン。忙しい中教えて欲しい。お主はどうやら魔物を感じられる様だからな。であるならば、魔物の反応は今どうなっておる? 見える限りでは致死量のダメージを与えておるはずなのだが……」
「……うん。言いにくいけど気配に変化ないよ。弱った様子もないし増えたり減ったりした様子もない」
「うむ。それだけわかれば良い。つまり時間稼ぎしか出来ぬと……ならば」
そう言葉にし後赤い光はプラン達の方に襲い掛かった。
その光はプラン達をぐるっと囲む様に円を描くと、そして中にいる五人全員を取り囲んだまま炎の柱を形成する。
プラン達から外が見えなくなったと同時に、外からもプラン達の姿が見えなくなり同時に襲い来る獣は燃え上がる柱に怯え近寄らなくなった。
「十分位は燃え続けるはずである。それまでゆっくりと用意をすると良い」
炎の外からそんな言葉が聞こえ、その後に剣戟の音が鳴り響いた。
「マルク君……一人で……」
プランがたった一人で戦い続けているマルクの方を見て悲しそうに呟いた。
「なあお前ら。聖水余ってないか?」
ガンネがそう言葉にするとサリスはエージュのカバンから聖水を取り出しガンネに渡した。
「……良いのか勝手に取って」
「良いのです。むしろ手が離せないのでありがたい位ですよ」
エージュはそう言葉にし再度二つの石に集中を始めた。
「んじゃ、ありがたく」
そう言葉にしたガンネはキュリオに聖水を全てかけた。
「……何となく予想出来るんだが……お前ら何するつもりだ?」
サリスがそう言葉にすると二人は笑った。
「俺達はマルク様の従者だぞ。俺達の居場所なんか一つしかないわ」
そう言葉にした後、二人は迷わず炎の壁を突き抜けて外に向かった。
その直後、剣戟の音が増え三人が苛烈な戦いをしている雰囲気が中にまで伝わって来た。
「……どうせなら俺も……いや、念のため俺はここにいるか。あいつらに護る者がいる様に俺にも……」
そう言ってサリスは後ろにいる二人の傍で武器を構えその場に待機した。
マルクの宣言通り十分ほど後に炎の柱は崩れ去り、プラン達は外の世界を目にした。
おびただしい数の獣の死骸と、それ以上の数の獣に囲まれているという何一つ変わっていない状況。
マルクの体は十分で見るも無残なほどボロボロとなっており、また持っていた剣も力を使ったからか先ほど見た時の様な美しさはなく、一目でナマクラとわかる様な不格好で醜い剣となっていた。
当然二人の従者であるキュリオもガンネもマルク以上にボロボロとなっている。
だが、それでも……三人は今も戦い続けていた。
十分間、皆を護る為に。
「……ごめん。何か涙出そう」
プランがぽつりとそう呟いた。
どうして泣きそうなのか良くわからない。
別に悲しい訳でもなければ絶望した訳でもない。
強いて言うとすれば……嬉しいからだ。
自分を信じて戦い続けてくれた三人の姿が……。
「とりあえず……準備は出来ましたわ。ついでに言えば、私も僅か程度ですが魔法も使えるようになりました。とは言えまだ余り役に立てないでしょうが」
エージュは今にも砕けそうな氷を生成しながらそう言葉にした。
どうやら魔法を使えなくする毒は麻痺系だったらしく徐々に麻痺が溶けつつあるらしい。
「うん。そうだね……。凄かったね。マルク君」
「だな。じゃ、次はお前の番だぞ。ほれ。あれくらい派手な事見せてくれるんだろ?」
「うん。じゃあ負けない位凄いのを……。皆、こっちに来て!」
プランが叫ぶとマルク達は獣を蹴散らし、魔物の攻撃を防ぎながらゆっくりと近寄ってきた。
「オーダー通りやったぞ。これで良いか?」
マルクの言葉にプランは頷き、マルクを抱きしめた。
「ちょ! お主一体……」
「ありがとう。ごめんね無理させて、そして無茶してまで守ってくれてありがとう」
そう言葉にした後プランはマルクをぎゅっと抱きしめ、そして離した後……妖精石を強く握りしめた。
「……ごめんね。たぶんだけど貴女にも相当無茶させたしこれからさせるよね。だけど、存分に頼らせてもらうから……。だからお願い……ワイス!」
プランが久方ぶりの友の名を叫ぶと同時に、風が吹き始める。
プランを中心に渦を巻く様な強風がどこからともなく発生し、それと同時に獣の動きと魔物の攻撃を阻む緑色の光の壁が生まれた。
その直後――金色の髪を靡かせて女神の様な女性が妖精石から姿を現す。
ふわり、と足音もなく地面に着地したその女性は凛とした表情でプランを瞳に映していた。
ありがとうございました。




