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5-16話 粘っこい陰湿な黒(後編)




「けほっ。けふっ。……うぇっ! 砂食っちまった。ぺっぺっと。おーいお前らー。大丈夫かー?」

 エージュを小脇に抱えながらサリスはそう声を上げた。

 その声に反応しマルクを抱えるキュリオとガンネ、やけに物静かなプランがサリスの傍に寄った。

「うむ。全員無事みたいだな。幸運……と呼んで良いかわからぬがな」

 そう言葉にし、マルクは自分達が落ちた天井方面を悩まし気に見つめた。


 道が塞がっていたという事はその先が通れる保証などなく、歩くこそすら危険であるという事なのだが、その時はそこまで考え付かなかった。 

 とは言え、今さら後悔しても何の意味もなく、問題なのはこれからどうすべきかだった。


「……上に登る事は可能か?」

 マルクがそう言葉にするとサリスは壁を蹴り跳躍してみせた。

 だが、さきほどいた場所まで戻るまではあと二メートルほど高く跳ぶ必要があった。

「全然届かねーな。冒険者セットもあるしエージュなりプランなりの協力がありゃ時間かけたらいけるんじゃね? んでそこからお前らひっぱりゃ良いかな」

 そうサリスが言うとマルクがほっと安堵の息を漏らした。

「そうか。それは幸いである。では早く戻って先に……いや、また落ちる可能性があるのか。どうすべきか……」

 そう言葉にしマルクは悩むそぶりに入った。


「さてと、まじでどうしたもんかね。と言っても予定地までそんな距離ないんだし上に戻ったら俺がぱぱっと魔石を取ってくりゃ……プラン? どうした足でも捻ったか?」

 誰が怪我しても不思議でない位の高さから落ちた為サリスがさっきから黙り込んでいるプランにそう声をかけた。

 だがプランはそれにすら気づいた様子は見せず、自分の指に手を当て何やら思い悩む様なそぶりをし続けていた。


「プラン? おいプラン!」

 サリスが声を大にして肩を叩くとプランはびくっと反応した後不安そうな顔でサリスの方を見た。

「あ、えっと。何?」

「何じゃねーよ。どうした何か様子変だぞ? 腹でも痛いのか?」

「えっと……そうじゃなくて……何か変な感じというか……嫌な予感というか……」

 何やら曖昧な表現でそう言葉にするとサリスもあーと納得した様な声を出した。

「わかるわ。俺も何かずっと変な感じなんだよな」

「んー。どんな感じ?」

「全身の毛が逆立つ様な……後腹の底がビリビリ来る感じ? 強敵とかと出会ったのとはまた違う様な……」

 そうサリスが言葉にした瞬間に、マルクの歓喜を感じる叫び声が響き渡った。

「皆よ! あったぞ! これが目的の物であろう!?」

 そう叫びマルクが指差した方角には何やら結晶体の様な物が台座に備えられていた。


「……何か違う様な……。確か擬似魔石Cとは白い色だった様な気が……」

 黒に近い濁った様な色の魔石を見ながらエージュがそう呟いた。

「きっと魔力が溜まると黒くなるのであろう。……と、都合良く考えるのもいかんか。エージュよ。妖精を使って調べる事は出来ぬか?」

 その言葉にエージュは頷き、その魔石に手袋越しでそっと触れた。


「……うーん。よくわかりませんが……魔石である事は確かです。もしかして天然の魔石……いえ、それにしては形も構造もかなり人工的ですね。でもこちらと同じ物かと言われると……」

 そう言葉にしながら先に持っていた魔力が空の擬似魔石Cと見比べた。

「エージュよ。そなたはもしこれを持ち帰った場合課題としてどう評価されると思う?」

「一応擬似魔石の様ですし間違いなく達成になると。ただこの位置にこの擬似魔石Cを改めて置いても追加報酬が貰えるかは怪しいですが」

「達成出来ればそれで良い」

 そう言葉にし、マルクはその黒く濁った結晶を手に持った。


 どうして気づかなかったのだろうか。

 マルクが魔石と取るとほぼ同時にごろごろと何かが転がる音が聞こえ、更に過去感じた事のある恐怖を覚えながらプランはそう後悔した。

 いや、自分でも薄らと気付いていたのだろう。

 先程までの形のないあやふやな不安は間違いなくこれが原因である。

 だが、その時は何かわからずにいた。

 わかるはずだったのに……。

 過去に一度経験した自分なら、それを理解出来るはずだったのに。

 そんな自分に対する後悔と怒りを持ちながら、プランは最悪の手遅れを避ける為、叫んだ。


「魔物が来るよ!」

 プランはゴロゴロと何かが転がってくる様な音がする方角を見ながらそう叫んだ。

 サリスとエージュは即座に武器を構えた。

 プランを心から友として、同時に自分達のリーダーであると信じている二人は考えるまでに体が動いていた。

 だが、キュリオ、ガンネは現実が理解出来ずただ茫然とするだけだった。

 マルクに至っては魔石を取ったままプランの声に反応すらしていなかった。


 マルク側が動くそれより早く、エージュは新しい松明を灯すと古い松明を地面の先に投げた。

 投げた松明の明かりにより、先程から聞こえるゴロゴロと転がる音の姿を一同が目にする。

 その形状は黒い球としか表現出来なかった。


 一メートルない位の大きさの真っ黒く弾力のある球体が三つ、地面を高速で転がりながらこちらに迫ってきている。

 そしてその球体は投げた松明の位置を通り過ぎ、プラン達から二、三メートル位の距離になると――突如としてうにょうにょと液体の様に体を蠢かせ、そして小さな棘を飛ばして来た。

 その対象は――。


 プランは慌てて盾を構え、自分に飛んで来るその棘を防いだ。

 棘は盾に阻まれながら金属音を鳴らせるとじゅっと音を立て、蒸発した。

「大丈夫かプラン?」

 サリスがそう叫び、プランはこくんと頷いた。

 そう、プランはまだ見えていた為問題なかった。

「……すいません。油断してしまいました」

 エージュのそんな言葉にプランとサリスは慌ててエージュの方を見た。

 エージュの手の甲に一本、髪の毛の様に細い棘が突き刺さっていた。


「すいません。一つは防いだのですが……」

 そうエージュが言葉にしている内にプランは冷静に、マルクに用意し渡されていた自分の聖水を取り出しエージュの手にかける。

 棘はじゅっと音を立てて消え、エージュの手から痛みが取り除かれた。

「ああ、なるほどな。そいや治療も出来るんだっけ?」

「毒だったらね。サリス。武器を出して」

 プランの言葉に首を傾げながらサリスは言われるがままにした。

 プランは聖水の残りをサリスの武器にぶっかけた。

「気休め程度だけど魔物に対して威力増えるらしいから」

「おう。……何かお前慣れてるな」

「二度目だからね」

 そう言ってプランは苦笑いを浮かべた。


「……すいませんプランさん。色々お詳しいようですので、その……一つ尋ねても宜しいでしょうか?」

 エージュが顔を青くさせながらそう呟いた。

「何?」

「……魔法が使えなくなる症状ってご存知でしょうか?」

 そう言葉にする青ざめたエージュ。

 それはつまり……。

「ううん。わかんない。ごめん。妖精は出せる?」

「はい。それは出来ますし魔力も感じられます。ただ……魔法がどうやら……」

「そか。ごめん。さっぱりわからないけどとりあえず出来る手札で戦って。そっちの三人も構えて! そろそろ来るよ!」

 そうプランが叫んだ瞬間、三つの黒い球体はうにょうにょと形を変え、球体から人に近い上半身が生えた様な姿となった。

 下半身は弾力ある液体の球体で上半身はゲル状の液体で人の輪郭を描いた様な姿。

 それは既存の生物ではありえない姿であり、そしてあってはならない姿だった。




 魔物は生き物ではない。

 では何なのかと言われれば、それに適した言葉が存在しない。


 だが、既存の生物との違いは何か表現する事は容易い。

 魔物は人を殺す為に存在しているという事、その一点が他の生物と異なる点である。


 生物は大なり小なり種の生存という目的の為に活動している。

 その種類、生態により多少の変化はあれど大きく外れる事はありえない。

 一方魔物の目的は異なる。


 餌を食らうよりも、危機から逃げる事よりも、繁殖する事よりも、人を殺す事を選ぶ。

 例えここで逃げなくては殺されるとわかっていたとしても、迷わず一人でも多く殺そうとする。

 食べる為でも、生殖の為でもない。

 ただ殺す為に殺す。

 それが魔物である。


 知性の低い魔物はただ人を殺す為だけに駆け、知性の高い魔物は人類を絶滅する為に思案を張り巡らせる。

 獣の様な姿の魔物であっても、人型の魔物であってもその最終目的は変わらない。

 人類を殺す事。

 ただその一点の為だけに魔物は存在している。

 だからこそ、魔物は人類の天敵と呼ばれていた。




「サリス。合わせろ!」

 ガンネがそう叫びながら剣を持ち、魔物の方に突っ込んだ。

 それを見てその後ろをサリスが追う。


 ゲル状の魔物は思った以上に反応が鈍く、うにょうにょと体を震わせゆっくり前進するだけで特に行動らしい行動は取っていない。

 その三体の魔物の内一匹にガンネは剣の腹を叩きつけ、そしてそのまま剣ごと魔物を蹴り飛ばす。

 ぽよんと音を立て、魔物が跳ねた。

 そしてその跳ねた魔物目掛けてサリスはアイアンクラブを横にフルスイングしてみせた。


 パチュン。


 そんな破裂音と同時に魔物は霧散して弾け飛び、その残骸であるバラバラとなった粘り気の強い無数の粘液は壁に張り付いた。

「聖水様様だな。この調子で次に――」

「二人共戻って!」

 プランが悲鳴にも似た叫び声を出した。

「どうした?」

「減ってない! 魔物の気配が減っていないの!」

 その声を聞き、二人は言われるがままに下がりパーティーと合流した。

 それと同時に壁に張り付いた粘液はそのまま、どこから湧いたのか下半身が黒い球体上半身が人型のゲル状の魔物はもう一匹現れ、二匹になっていた魔物は三匹に戻り洞窟にゲル状の破片が飛び散っただけの結果となった。


「どういうこったこれ? 増援か?」

 サリスが顔をしかめそう呟いた。

「ううん。最初から気配は減ってない。というか……たぶん、あれ、三匹で一匹の魔物なんだと思う」

「はぁ? なんだそりゃ。……いや、お前が言うならそうなんだろうな。……どうすりゃ良いかわかるか?」

 その言葉にプランはそっと首を横に振った。

「もしかしたら三匹同時に倒すとか……そういうの。ごめんさすがにわからない」


「おい。流石にこれはどうしようもない。逃げるぞ」

 ガンネが周囲を探りながらそう言葉にするとサリスは頷きながらもある事に気づき……鼻で笑った。

「はっ。本当にわかんねーな魔物って奴は。……ガンネ、なんか囲まれてるぞ。魔物にじゃない。上の時に出た犬畜生共だ。何で生き物と魔物が共存してんだろうな」

「……まじかよ」

 そんなガンネの声に合わせて、背後の方から真っ黒で不気味な犬が姿を見せる。

 その赤い目はギラギラと輝いていた。

「まるでステーキを見た時の俺みたいな目してやがるぜ。……どうするリーダー様よ?」

 サリスの言葉にマルクは魔石を抱きしめたまま頷いた。

「うむ。とりあえず現状を打破せねばなるまい。背後の犬共を排除しつつ魔物から逃げよう。幸い転がる以外の動作はそう早くないらしい」

 ずるずるとナメクジの様な跡を残しながら進む魔物達を見ながらマルクは冷静にそう判断した。

「あいよ。だからプラン。無茶しようとすんなよ? お前が動けなくなったら終わるんだからな」

 その言葉にプランは唇を噛みしめながら頷いた。

 確証があれば、三匹の魔物を一度に切り伏せれば良い。

 あの時と比べて数も脅威度も段違いに低いのだから。

 だが……もし、それで沈まなければ……。

 もし倒す方法が別であったり存在し得なかったら……。

 そう思うと、プランは何も出来ずにいた。




 初手のミスはプランの対応の遅さだろう。

 過去魔物との遭遇経験のあるプランならもう少し早く魔物との接敵に気づけたはずであり、そして気づかなくてはならなかった。

 次のミスは、マルクが迷わず逃走を選んだ事だった。

 不死にしか見えない魔物のギミックを見ればその選択を間違いと言い切れない。

 だが、魔物にとってそれは都合の良い行動であったのも確かだった。

 そして当たり前の話だが、どの様な事であっても失敗をすればその分代償を支払わなくてはならない。

 それはこの世における真理と言っても過言ではなかった。


 結論で言えば、逃げきれなかった。

 確かに、魔物の移動速度は遅い。

 遅いのだが……冒険者六人はそれ以上に足が遅くなっていた。

 迫りくる獣達の猛攻によって。


「……クソが。そう言う事かよ」

 ようやく魔物の狙いに気が付いたサリスは苦々しく、そして口汚く罵った。

「動物を操る魔物……なんだよね」

「だろうな」

 プランの言葉に同意する様に言葉を重ね、アイアンクラブを襲ってくる犬の脳天に叩き込むサリス。

 プランが盾で獣達の攻撃を防ぎ、サリスとエージュがそれの対処をする。

 その形で三人はまとまっていた。


 マルク側はマルクが弓で支援しつつキュリオが松明を持ちつつマルクの傍で露払い、ガンネが周囲の敵を蹴散らすという形で連携が組みあがっている。

 お互いきっちりと動く事が出来ており、なおかつ格下との相手である為何とか戦いの形にはなってはいる。

 だが、如何せんその数が多すぎた。

 犬だけで百や二百という数の死骸の山が築かれ、それ以外にもこのダンジョンで出会ったアラユル生き物がこちらに群がる様に襲ってきている。

 幸い弱くはあるし全員が聖水を全身に浴びている為倒す事に問題はない。

 だがその息をもつかせない連続襲撃により六人は足を止めざるを得ない状況であり、その結果――ずるずると、ナメクジが這う様な二重の意味で聞きたくない音をその全員が耳にした。


ありがとうございました。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 続きが凄く気になりますが、更新は待てますから、無理はしないで下さいね (≧▽≦)
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