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5-15話 粘っこい陰湿な黒(前編)


 こんな解決策を持ってくるとは誰も思っていなかった。

 いや、これを解決したと呼ぶ事すら張本人のキュリオは烏滸がましいとさえ考えている。

 あまりに常軌を逸しており、正直ふざけるなと騒ぎたい位だ。


 だが、そんなふざけた対処方法で実際キュリオの体力問題は何とかなっていた。

 全員が走っている状況でもキュリオが置いて行かれる事はなく、そして戦闘にも貢献出来ている。

 マルクの護りに集中する事は出来ないがそれでも付いて行かない時よりも出来る事も多い。

 そう、確かに問題は何もなく、パーティーもきっちり稼働している。


 だが、それでも……いや、解決した上で、これを解決策とキュリオは呼びたくなかった。

 サリスに肩車されたキュリオはそんな事を考えながら険しく困った表情を浮かべ続けていた。


 プランの提示した作戦……と呼ぶほど高尚ではない解決策は移動中サリスがキュリオを肩車し続けるというものだった。

 そんな頭の悪い作戦上手く行くわけがない……と、当初は被害担当であるサリスですら思っていた。

 なにせ薄暗い上に足場の悪い洞窟で、しかも洞窟の穴が狭まった時に肩車していたら頭をぶつけかねない。

 そんな状況で肩車で走り続け、余裕のある時は肩車したまま戦闘しろなんて発想は正直頭がイカレている。


 そう思っていても、現実問題それは上手く行っていた。

 サリスの身体能力は非常に高く、例え上に誰か背負っていたとしても疲れを見せない。

 それ位は優れており、そしてそれ以外にも野性的としか言えない能力もまた人とは思えないほどに優れている。

 つまり、動く荷物を持ちつつ足場の悪い場所でも問題なく走れ、人並み以上に夜目が利き、そして洞窟の穴が狭まった時は常に姿勢を低くしながら走り続ける事すら苦にならない。

 その上で、キュリオを背負っていても疲れるのは一番最後という始末。


 要するに、サリスは頭の悪い解決策の問題点、その九割を力技で解決させていた。

 残された戦闘能力だが、上にキュリオを載せたまま普通にクラブを振り回し、キュリオの方も投げナイフで支援に徹した為それなり以上には戦えている。

 そしていざという時は即座に上から降りて戦いに参加すれば良い。

 そんな不可思議かつ非効率極まりない動き方だが、残念な事に何一つ問題点がなく完璧な解決策となってしまっていた。


 強いて問題点を上げるとすれば、キュリオがこんな方法で自分の問題が解決してしまった事に対して納得出来ない気持ちを捨てきれずにいる事くらいである。




 ジョギングを流す位の速度でダンジョンを疾走しながら投げナイフを飛ばし続けるキュリオ。

 そんな敵から見たら理不尽極まる面白存在を見て、プランは戦車という存在が戦場で非常に有効な理由が理解出来た。

 一方的に攻撃出来る上にその速度で高速離脱まで可能なのだから相手をする方はたまったものじゃないだろう。


「ああ。マルク様が疲れた場合はすいませんが私が背負いますね。私あんま早くないですけど」

 この中で二番目に体力の多いプランがそう言うとマルクは首を横に振った。

「いや。余は走る。キュリオの様に病に侵されたわけでもなければそなたの様に地図を見ながら走っているわけでもない。それに松明持ちすら他人に任せておる。これ以上足は引っぱれん。その位の覚悟は持っておるぞ」

 そう言ってマルクはしんどそうにしながらも前を向いた。


 ただの意地ではあるが、大切な意地でもある。

 プランは何も言わずマルクの横に付いて走った。


 現在サリス、キュリオを先頭にして中央にプランとマルク、その後ろに松明を持ったエージュとガンネという順となっている。

 本当は毒、酸素の消失、敵の襲撃と一番危険が多い先頭が松明を持つべきなのだがそうすると走っている時後方に火種が飛んでしまう。

 その結果後方が松明持ちとなった。

 一応キュリオの肩にエージュの妖精がしがみ付いてはいるが妖精の明かりはそこまで強くない上に大体走り続けている為気休め程度にしかなっていなかった。


 そんな、前方が暗い中走り抜けるという多少危険でリスクの多い行動だが、それでもこの隊列が一番早く行動する事が出来ていた。


「ストップ! エージュ、明かりくれ」

 先頭のサリスが止まってそう叫ぶとエージュはプラン達の脇を除け前方に松明を向けた。

 そこには変な熊が立っていた。


 大きさは二メートル二、三十程度で両手を広げ待ち構える姿勢を取っていた。

 全身紫と黒のマーブル模様は食欲を失うには十分な色合いで、確実に毒があると理解出来た。

 そして目はギラギラと赤く輝き涎を流す姿はどう見ても餌を前にした仕草である。


「……んー。少しだけ強そうだな……キュリオ。エージュ。任せて良いか」

 そんなサリスの言葉に二人は頷き、キュリオはサリスから降りた。


「ええ。そもそも、毒の多い場所は私達の方が向いているわ。足に使わせてもらってるし出来るだけ任せて欲しい」

 そうキュリオが言葉にした後、キュリオはマルクの方を見た。

「ぼっちゃまも余裕があれば一緒にどうですか?」

 その言葉にマルクは頷き小さな弓を取り出した。


 キュリオはナイフを手に握り、マルクは弓を構え、エージュは魔法の行使体制を取る。

 ついでにサリスがそこらへんの石を握りしめ……全身で待ち構えている熊に攻撃を開始した。

 飛び交う氷の結晶にナイフ、矢、石。


 正直哀れとしか言いようがない姿であり、結果は言うまでもないだろう。

 残された物は素材を剥ぐ事が難しいとしか言えない残骸だけだった。


「……遠距離から一方的ってのは強いねぇ。私には出来ないけど」

 プランがしみじみと呟くと後方確認をしながらガンネもそれに頷いた。




「……これで、どの位進んだ?」

 一度目の休憩中、肩で息を切らしながらそう囁くマルク。

「大体二割位ですかね。あ、マルク様。すぐ立ち止まらないで少し歩いて下さい」

「何故だ……正直……座りたいのだが……」

「走った後急に止まって座ると体がびっくりするからです。ゆっくり歩き回って少し落ち着いてから座りましょうね」

 そう言って微笑むプランをマルクはジト目で見た。

「あれは良いのか?」

 そう言いながらマルクが指を差した方角には、壁を背に座り水袋片手に一気飲みするサリスの姿があった。

 その豪快さは酒飲みのおっさんの様であり、とても女性とは思えない様な仕草であった。

「サリスは良いんです。この位走っても全く疲れてないので」

「……キュリオを背負いながら、先頭で走っておったのだぞ?」

「ですね」

「……疲れてないのか?」

「はい。精々私達が二分ランニングした位しか疲れてないでしょうね」

「……わかった。素直に……少し歩こう」

 そう言いながら周囲をぐるぐるプランと歩いた後、マルクはゆっくりと水を飲み体を整えた。


「……鍛えても……ああはなれぬだろうな……」

 マルクは一気に疲れが来た自分と疲れた様子のないサリスを比べぽつりとそう呟いた。

「ああなりたいですか?」

 そう言われ、マルクは一瞬真顔でかつ無言になった。


「……自分で言うのもなんだが、余は幼い。色を知る以前に愛や恋すら知らぬ」

 そのマルクの言葉にプランは頷いた。

「ですか。まあ私も良くわかりませんが」

「だが、それでもサリスがそういう男性に好まれる身体をしておる事はわかる」

「ええ。健康的な色気ですけど間違いなく色気ですし、それにナンパも多いですしねぇ。一緒にいるとね……まずサリスがナンパされる。次にエージュ。そして私は……この前おばちゃんからビスケット貰いました。美味しかったです」

「……余にはわからぬが……お主が悲しんでおる事はわかった」

「ははは……んで、サリスおねーさんが色気たっぷりって事を伝えたい事はわかったよマルク様」

 そう言ってニヤニヤするプランを見て、マルクはぽつりと呟いた。

「……うむ。確かにそういう色気、というものなのだろうという事はわかるが……あやつ、中身……ゴリラではないか」

 その言葉に、プランは何と言えば良いかわからなかった。

 肯定も否定も出来ず……悩んだ結果、プランは……。

「……私、ゴリラって良く知らないんだけど……どうも意外と優しいって聞いた事があるります」

 とりあえずゴリラを褒めると言う斜め上の答えを展開した。

「そうか。それは……失礼であったな……」

 マルクはそう呟いた。


「それはどっちに対しての失礼なのでしょうか」

 そうエージュが呟くと、横で全部聞いていたサリスはゲラゲラと笑った。


「マルク様、私には何も覚えずそのゴリラに欲情したのですか……」

 絶望した表情でそう囁くキュリオを見て、サリスは我慢出来なくなり地面に蹲りながら声を殺し、腹を抱えて笑い転げた。


「……何か、色々と……すまん」

 どこに対して、誰に対して言えば良いかわからず、ガンネは虚空に向かって謝罪の言葉を呟いた。


「ところで話変わるけどさ。いや俺がゴリラとか色っぽいとかそんな話をしたいなら付き合うが」

 笑いを抑えながらそうサリスが言うとマルクは首を横に振った。

「いや。余としてもそんな興味はない。皆お主の外見しか見ず中身を見ないのだなと思っただけである」

「そりゃガキから大人の男になりゃ女に対して色眼鏡が強くなるってこった。良い意味でも悪い意味でもな。まあそれは良い。俺の方から一つ聞きたいんだが、その剣は魔剣か?」

 そう言われ、マルクは腰に携えた彩色の美しい鞘から剣を抜き放った。


「いや。『エンチャント』こそしているがただの剣だ。まあただの剣と言ってもそこらの魔剣よりも優れた物である。価値で言えば城に匹敵するほどの値段がするな。そして、余にとってはそれ以上の価値ある物で半身同然の剣である」

 そうマルクが言うとガンネが継ぎ足して説明を始めた。

「ロスカル家の者は生まれた時に一振りの剣を作られる。身を護る為に、そして共に成長する為に」

「成長? 剣が育つのか?」

 サリスがそう言葉にするとガンネは首を横に振った。

「いや。体に合わなくなるとエンチャントされた剣という特性のまま継ぎ足す様に打ち直していく。その身にあう刀身となる様何度も何度も鉄を増やして打ち直し、その度により鋭く、強い剣にしていく。それを身に着けるのがロスカル公爵家の伝統だ」

「なるほどね。良くわかったわ」

 そうサリスが言葉にすると、プランが横からそっと手をあげた。

「ん? プランよ。そなたも何か余に質問があるのか?」

「あ、えっとさ、習った気もするけど……エンチャントって何?」

 ちらっと出て来た言葉を皆当然の様に受け入れているのに自分だけがわからず申し訳なさそうにしているプラン。

 そんなプランを見てマルクは困った顔を浮かべた。

「うむ……。いや、説明しろと言われても正直そういう物としか……」

 そう言って皆の視線が同様にうろちょろと動き、最終的にはエージュに全員の視線が注ぎこまれた。


「こほん……。エンチャントというのは本来の意味は道具に対しての魔法付与や人に対しての魔力強化です。ですが、この場合のエンチャントというのは剣に対して能力付与を行う事ですね」

「ほえー。どう違うの?」

「剣そのものの性質を変えるわけでもなければ剣の能力を永続的に強化するものでもございません」

 そう説明したエージュだが、プランが首を左右に振りながら目をハテナマークにしているのを見て困った顔を浮かべた。


「要するにな、これだ」

 そう言ってサリスは懐から一枚のスクロールを見せた。

「え? スクロールと一緒?」

「そうだ。詠唱か恰好か、何らかの手続きを取れば呪文が発動する。ただ刻まれているのが紙にじゃなくて剣が対象ってだけで内容は大差ない」

「でもさ、スクロールって使い捨てじゃない?」

「おう。だからエンチャントされた剣ってのも使い捨てだ。紙と違って回数制限が一度きりという訳でもなければ使用期限も長い。だが使い切れば二度と魔法が使えなくなるし一度エンチャントした物はもう一度エンチャント出来ない。超高級な使い捨て品がエンチャント武具だな」

 その言葉にマルクが頷いた。

「うむ。余の剣並びに鞘にかけられたエンチャントは二種類。鞘に掛けられた護る力、剣にかけられた打ち倒す力である。そして、共に一度ずつしか使えぬ。だからこれを使う事はないであろう」

「どうして?」

 プランがそう尋ねるとマルクは困った顔を浮かべ、ガンネに助け船を求めた。


「要するに、使わず持っておくってのが貴族としての在り方なんだ。わかりやすく言えば使ってしまえばその地位を落としかねない。そういった政の類の道具なんだ」

「……良くわからないけど大変なんだね」

 そんな曖昧ながらも本質を突いたプランの言葉にガンネは苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。




 数回の休憩を挟みながら走り続け、およそ五時間が経過した辺りで地図係であるプランが皆にストップをかけた。

「はい。皆さんに良い知らせと悪いお知らせがあります」

 そう言葉にするプランにサリスは顔を顰めた。

「こういう時の良い知らせが良かった事ないんだがな……」

「はいサリスさん正解です。というわけで良い知らせなのですが……お疲れ様でしたここが目的地です」

 その言葉に全員が絶望に近い感情を持った。

 この付近に魔石らしき物はないし、そもそもここは行き止まりである。

 それはつまり……。

「あー……それはつまりあれか? 外れを引いたって事か?」

 プランは首を横に振った。

「ううん。クコ君の情報だし間違いないと思うよ。ただね……」

 そう言いながらプランはそっと行き止まりの方に歩き、壁を指差した。

「この先なんですよ。というわけで悪い知らせは落盤なのか大自然的な何かが起きたのかダンジョン的な理由なのかわかりませんが道が塞がっているという事ですね」

 プランは苦笑いを浮かべながらそう言葉にした。


「……この近くに他の魔石候補場所はあるか?」

 マルクがそう言葉にするとプランは地図を見ながら呟いた。

「近くにはないですね。最低でも二、三キロ位です」

「ならばそちらに行くぞ。時間が惜しい」

 そう言葉にするマルクだが、誰もその場から動こうとはしなかった。

 マルクの体力が怪しい事に気づいているからだ。

 現状でも帰りの体力が残っているのか怪しい位であり、ここから寄り道すれば確実に倒れる。 

 そう断言出来る状況であり正直その選択を避けたいというのがマルク以外全員の共通見解だった。


「……エージュ。魔法でぱーっと爆破して先に行けないか? この先に道があるのは確定っぽいんだしさ」

「無茶言わないで下さいましハワードさん。それは崩落が起きて良くて生き埋め悪いと……」

「ミンチお肉の出来上がりってな」

「止めてください」

 嫌悪を示すエージュにサリスが悪くなさそうに謝罪をし壁をこんこんと叩きだした。

「何してますの?」

「薄い場所ねーかなーと思ってな。岩と土だから無駄だろうが……」

 そうしながらサリスが一人こんこんと無駄に壁を叩いていると……行き止まりと全く関係ない場所が突如ガラガラと崩れ去った。

 どうやら付近の別の道が隠されていたらしい。


「……ありゃ。何でもやってみるもんだな」

 そう言って新しく出来た道を指差しながらサリスは笑った。


「どうしますマルク様?」

 プランはリーダーであるマルクにそう尋ねマルクは少し考えてみせた。

「……この先に魔石はあるのか?」

「んー。ちょっと待ってください」

 そう言ってプランは新しく出来た小さな入り口に顔をのぞかせ、松明をエージュから借りて周囲を照らした。


「この方角と……地図を照らし合わせて……穴が開いたのがここだから……うん。最初の目的地と繋がってますよマルク様」

「ならば行こう。我らには時間がない」

 そう言葉にするマルクの声に皆が頷き、今までよりも一回り小さく圧迫感のある道を六人は進んだ。




 本来の洞窟よりも狭い小さな洞窟の中で六つの足音は反響で響き続ける。

 そんな音は爆発音にも近い崩落の音によりかき消され、そしてその後、小さな洞窟は静寂により元の静けさを取り戻した。




ありがとうございました。

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