5-13話 のっぴきならないファーストアタック(後編)
戦闘終了からわずか十分。
現状は最悪を極まるとしか言いようがない。
エージュはそう考え……そして自分ではどうしようもない事に気づき途方に暮れていた。
この現状を何とか出来るのなんて元気な時のプラン位だろう。
そう考えると、どれだけプランが凄まじくそして今まで負担をかけていたのかをエージュは理解し心の中で謝罪した。
確かに洞窟内だが何か襲われる様な空気はなく状況は平穏そのものだ。
だが、今の状況なら誰か敵が来てくれた方がまだ楽である。
そう思う位現状は最悪を極めていた。
プランはサリスに抱き着いて震えながら泣き、サリスは怒りに我を忘れガンネを睨みつけている。
それでもプランの背中をとんとんと叩く辺りが実にサリスらしかった。
そして問題の主原因であるキュリオは発狂しながらマルクと共に少し離れた場所におり、ガンネは深々と一切頭を上げずプランとサリスに謝罪を示している。
正直に言えばエージュもキュリオに怒りを覚えている。
それはやってはいけない事と言っても良い事であり、たとえ謝罪しても普通の臨時パーティーなら次はないというような暴言だった。
だが、それ以上に混沌とした現場な上にサリスが必要以上に怒り狂っている為エージュは逆に冷静に慣れていた。
むしろ冷静になれたからこそ、困惑する事しか出来なかった。
事の始まりは単純である。
サリス、エージュ、ガンネで前方に居た犬らしき動物を殺しきり、サリスとエージュはガンネに見張りを頼み慌てて震えているプランの方に向かい即座に抱きしめた。
震えている友人を二人は心配そうに抱きしめた。
それを見てマルクがもしかして怪我をしたのではないかと心配した。
プランは泣き震えながら臆病で怖がってるだけと説明した。
それを聞きマルクが小さく謝罪をすると、キュリオは呟いた。
『謝罪なんてしなくても良いですよぼっちゃん。むしろ敵を殺した位で震えるその方の方に問題があるだけですから。早く立ち上がって一人で歩いて下さい』
そう冷たく言い放つキュリオに、サリスが切れた。
いつもみたいに叫ぶ事なく、ただ冷静に、ぽつりと『殺す』と呟くサリスを止めたのはプランだった。
サリスが本気であると気付きプランはサリスに強引にしがみ付き離そうとしなかった。
それでサリスも少しだけ冷静さを取り戻し、怒りながらもプランを慰めだした。
そして、流石にこの件に関してはエージュも怒りを覚えたのでキュリオに説教でもしようかとエージュが動く前に、ガンネが動いた。
ガンネがキュリオの傍に行き、耳元で何か呟いた。
それが何を言ったのかはわからない。
プランは震え、サリスは怒りで我を忘れ、エージュは二人と違いそこまで聴力に優れていない。
だが、ただそれだけで今度はキュリオの方が震え泣き出し半狂乱となった。
『若。少し離れた場所でキュリオを慰めてやってください』
そうガンネが言葉にしてマルクとキュリオは離れて行き、そしてガンネが何度も謝罪を繰り返して今の状況となった。
もうどうしようもない位の最悪。
プランがいればパーティーの分解はないだろうとエージュは思っていた。
実際その部分も大いにあったのだが、そのプランに余裕がなくなり苦しんでいる現状ではこうなるのはある意味予定調和だった。
「……あいつには、若しかいないんです。だからと言って許してくれというわけじゃない。ただ、若しか目に入っていないから常識も気遣いもあいつにはないんだ」
ガンネは悲しそうにそう呟いた。
「二人共……」
震えサリスの豊満な胸に埋もれながらプランがそう言葉にするとエージュは頷き、サリスは大きく盛大に溜息を吐いた。
「……くそっ。わーってるよ。俺の方は飲み込んでやる。当然エージュもだ。ただし、プランが許せないと言ったら次はない」
そうサリスが言葉にするとガンネは驚愕の表情を浮かべた。
「……許すのか? 俺ならむしろ許せないぞ。臨時とは言え仲間内で一人、しかも一番負担した人を責めるなんて行動されたら」
「許したくねーよ! だけど被害者のプランがそう言うならそうするしかないだろうが」
そうサリスが嫌そうに言葉にした。
「私被害者じゃないよ。実際私が臆病なのが悪いんだし」
ひしっとサリスから離れないままプランがそう言葉にする。
それを見てエージュは微笑みプランの頭を撫でた。
「キュリオさんの謝罪と今後の改善。それとプランさんのこの状況の情報共有の徹底。そしてもう一つの条件をそれが満たして頂けるのでしたら私達はそれで良いです」
「……そのもう一つの条件ってのは?」
「キュリオさんとマルク様がお戻りになられたらすぐにこのダンジョンを脱出しましょう。次に同じ事があれば無事で済む保証はありませんから」
「――同感だ。さっきから何かが狙ってる様な気配がムンムンしてやがるしな」
ガンネは周囲を見ながらそう呟いた。
三十分後、プランとキュリオが共に冷静になってからゆっくり慎重にダンジョンを出て、そして六人は再び個室に落ち合った。
流石にこのまま解散と行くには無理があると誰もが理解したからだ。
「……すいませんでした」
そうキュリオが言葉にするとプランは微笑んだ。
「はい良いですよ。これで謝罪の時間終わり! 次なんだけど、ごめん。頑張ってるけどまだ直せないんだこの悪癖。だから出来るだけ私戦えないと思って。代わりに地図とか細かい作業とかするから。それで良い?」
そうプランが言葉にするとキュリオは面食らった顔をして、マルクとガンネは困惑した様子のまま頷いた。
「はい今後の改善と情報共有の徹底終わり! 反省会終わります!」
プランはそう叫んだ後とんとんとんと全員分の紅茶を用意しマーブル模様のクッキーを置いた。
「というわけで、反省会は終わりますが今後の改善を考えましょう。チャンスはあと四回です」
そうプランが言うと全員が過去の恨みや怒りにではなく自然と明日以降へ意識が切り変わった。
四回というのは当然ダンジョンアタック出来る回数の事だ。
そして当然だがその四回で改善出来なければ強制退学、つまり終わりとなる。
「……余は強制退学になる事は許されん。その時は死を選ぶ事になるやもしれんほどにな」
マルクが深刻そうにそう呟いた。
それは脅しや大げさではなく、実際その位マルクの状況が追い詰められているとわかる言い方だった。
「私もそうだね。だから次のアタックを大切に行かないと。皆怪我はない?」
「おう。おかげ様でな」
そうガンネは言いながら腕を曲げて自分の筋肉をアピールしだした。
いつものキツキツ執事服でないガンネの様子はいつもよりも生き生きとしていた。
「うん。ガンネさんは――」
「ガンネで良いぞ。いざという時呼びにくかろう」
「あい。ガンネはその服装の方が似合うね。どうしていつも執事服を?」
そうプランが言うとガンネはキュリオを指差した。
「こいつが『ぼっちゃまの従者なら相応の恰好を心掛けろ』って言うからだな」
ガンネはキュリオの声真似をしてそう言葉にした。
マルクはそれを見て紅茶を噴き出しそうになった。
「……じゃあ、どうしてもう少し大きな奴にしないの?」
「こいつが『家に迷惑をかけるのは良くないわ。ある物で我慢しなさい』って言ったからだな」
今度は我慢出来ず、マルクとついでにサリスは噴き出し笑い声をあげた。
「貴方も苦労していますわね……」
しみじみとそう呟くエージュにガンネは泣きそうな顔をした。
「ガチの同情は止めてくれ。心に来る」
「……うむ。これが終われば大きな執事服を用意する事を約束しよう」
マルクのその言葉で話は締めくくられ、それから一時間真面目に相談をしたが有益な情報が出て来る事はなく、そのまま解散という流れとなった。
プランは自分の部屋に戻り、一人ベッドの上で窓の外を見た。
ここは二人部屋だが相方のミグが夜行性の為か夜一人になる事が多い。
それを寂しいと思う事はないのだが……今日はミグがいて欲しかった。
特に大した理由があるわけではない。
嫌な事があったとか落ち込んでいるとか、そういうメンタルからではない。
特に難しい理由も悲しい理由もなく、単純に、今日はいつもより夜空が綺麗だったからだ。
「……一人で見るのも贅沢だけど、やっぱり誰かと共有したいよね……」
そう呟き、プランはその中に眠る友達の事を想い、妖精石を手に握った。
その瞬間、妖精石は一瞬だが淡く輝いた。
ほんの一瞬、わずかな時間だがそれでも確かに妖精石から反応があった。
「あら。これは一緒に見てくれたって事かな。ありがと」
それ以降何の反応も示さない妖精石にプランは礼を良い、握りしめたまま星々に輝く空を見上げた。
ガチャ。
唐突にノックもなく部屋入口のドアが開けられ、プランが反応する前に勝手に上がり込み来客はプランに微笑みかけた。
「よっす。ミグの奴はいねーのか?」
そう言って話しかけて来たのはサリスだった。
その横で勝手に入った事に対してかエージュが申し訳なさそうにしていた。
「サリスとエージュじゃん。やっほ。ミグちゃんは依頼を受けてるみたい。んでどしたの?」
窓際で手をひらひらさけながらプランがそう答えるとエージュがぺこりと会釈をした。
「すいません夜分に。寝間着ですがもう寝るところでしたか?」
「んーんー。夜空が綺麗だから見てただけだよ」
「そうですか。では少々お話をしても宜しいでしょうか?」
エージュの声にどこか真剣みがある事を感じても、プランはいつも通りのまったりとした雰囲気のまま空を見ながら頷いた。
「うん。良いよ。何かな?」
その言葉を聞き、サリスが口を開いた。
「……なあ。このパーティーでやっていけると思うか?」
「……それはどういう意味?」
「そのままの意味だ。今日の結果はどうだった? あの様子じゃ俺ら三人だけの方がまだマシだったぞ。こんなんでまともにダンジョンアタックなんて……」
「出来るよ」
プランははっきりと言い切った。
緩やかな雰囲気のままで、あの殺伐とした空気となったあの状況を知った上でプランはしっかりと断言した。
「その理由を教えて頂いても?」
エージュの言葉を聞き、プランは二人に目を向けてにっこりと微笑んだ。
「一緒に反省会をした。そして一緒に今後どうしようか話し合った。だから大丈夫だよ」
「ですが、その結果特に建設的な意見は出てきませんでした。それでも――」
「それでもだよ。大丈夫だって言い切れる。そもそも、結果なんてどうでも良いし」
「あん? 結果がどうでも良いって?」
サリスが首を傾げそう呟いた。
「うん。大切なのは、一つのテーブルに座って、一緒に同じ目的を、今回はどうすればダンジョンアタックが上手く行くか話し合う事だけどね、そしてそれが出来た。多少ギクシャクしてたとしてもね。主義主張も大切なものも違う私達だけど、それでも同じ方向が見れた。だから大丈夫」
「……楽天家……じゃあないんだもんなお前は。ああ、わかってるさ……はぁ。やべぇ奴のダチになったもんだ」
笑いながら後頭部を掻くサリスにプランは微笑んだ。
「ありがとう。そんなやべぇ奴の友達を続けてくれて。もちろんエージュもね」
その言葉にエージュは微笑み会釈をした。
「ああわーったよ。もう何も言わん。だけどさ、もし向こ――」
そうサリスが言い出した瞬間、ノックの音が響いた。
「すいません。今宜しいでしょうか?」
そんな控えめな様子の声はキュリオの声だった。
どうしてかわからないが、サリスは急に慌てだした。
「やべ。隠れろ」
「え? どうしてです?」
「何となく気まずいからだ」
そんな無茶なこそこそ話をしながら隠れだす二人をプランは苦笑いで見た後、ゆっくりとした動作で戸を開けた。
「キュリオさん。どうしたの?」
「キュリオで良い。それより……中入って良い?」
若干緊張しながら言葉にプランは微笑みながら頷いた。
「何か飲み物いる?」
「ううん。良い。それより、ごめんなさい」
中に入るなりキュリオはぺこりと深く頭を下げた。
「もう謝ってもらったし本当気にしなくて良いよ。言ってる事は事実だったわけだし」
プランは慌てた様子でそう言葉にするがキュリオはそれを受け入れず首を横に振った。
「ううん。本当に酷い事言った。後でわかったの。私貴女の一番嫌な部分を抉ったんだって。ごめん」
「……良いよ。うん、本当に良いんだ。それよりも、ちゃんと心からそう言ってくれてる事の方が私には嬉しいよ」
そう言って微笑むプランを見てからキュリオは釣られて微笑み、空を見た。
「……綺麗な星空」
「うん。私もそう思う。誰かと見たいなんて思う位に綺麗」
「……それって男の人?」
その言葉にプランは少し考えた。
「でも良いよ。兄妹みたいな友達がいたんだ」
「そか。……急な事だけど、少し私の話して良い?」
「……うん。私が相手で良ければ聞くよ」
「ありがと。……私ね、体が弱いの」
「うん」
「今でこそ普通に生きて居られるけど、ほんの数年前は立つ事も出来なかった。……だから私は捨てられたわ」
プランは何も言わず、空を見ながら耳を傾け続けた。
「それで一人死を待つだけだった私を拾って下さったのがぼっちゃまだった。そして目が飛び出るほどの大金を私に使って下さり、私は今こうして普通の生活が出来る様になったわ」
「だからキュリオはマルク様が大切なんだね」
こくんと、キュリオは頷いた。
「うん。返しきれない恩がある。あの様な家柄であっても決して簡単ではないお金をかけさせた負い目もある。でも何よりも……一人になった時、あの方だけは私に手を差し伸べてくれた。それが私には何よりも嬉しかった。あの暖かい手が私の人生の全てなの」
「……そか。うん。凄い人なんだね。マルク様って」
「ええ。本当に凄いお方よ。あの肩の上には想像も出来ないほどの重責が乗ってる。それでもあの方はそれに泣き言も言わずまっすぐ立って生きている。本当に凄いの……」
そう言葉にするキュリオの表情は決して嬉しそうではなく、むしろ重責に潰れて諦めて欲しいという気持ちがありありと映っていた。
「あの時ね、ガンネに私こう言われたの。『もし若がいなかった時お前はどうなっていた』ってね。それを考えると……本当に恐ろしかったわ。死ぬ事じゃない。一人で何も出来ず朽ちていく事が恐ろしかった……」
青ざめた表情でそう言葉にするキュリオの手をプランは握った。
一人じゃないと言う様に――。
「……貴女さ、人誑しって言われない?」
「偶に」
そう真顔で返すプランを見て……キュリオは笑った。
それを見てプランも笑った。
二人共楽しそうに笑っていた。
「だからね、わかったの。同じなんだなって。私が怖い様に、貴女も怖かった。それを馬鹿にした事がわかったから謝罪に来たの。ごめんね迷惑かけて」
「ううん。良いよ。でももし悪いと思うなら……」
「思うなら?」
「私達と仲良くして欲しいかな。ね?」
満面の笑みでそう言葉にするプランを見て、キュリオは寂しそうな表情を浮かべた。
「……ごめん。一目で貴方達が仲良いってわかるし良い人達なのもわかるわ。でも、その貴女を傷つけた私がそんな事あの二人に言えば迷惑になっちゃう。三人の邪魔はしない。大人しくしてるし出来るだけ意見も聞く。迷惑はかけない様にするから。……おやすみ。ありがとうね、こんな私に優しくしてくれて――」
そう言って力なく微笑み去っていくその背中には、確かに後悔が残っていた。
優しくドアが閉められた後、ニコニコしながらプランは呟いた。
「ね? 何とかなりそうでしょ? という事で二人共、私の友達ならする事はわかってるよね?」
そう言葉にするとごそごそと出てきて、そしてプランの方を楽しそうな表情で見ていた。
「本当人誑しだなお前。やべーわ」
「その意見だけはハワードさんと同じですわ。貴女は人を惹きつける何かがあるんですかね?」
「ふふーん。これでも人には恵まれ続けてる自信があります。サリスとエージュの二人も含めてね」
そう言って自信満々にブイサインを出すプラン。
確かに凄い事をしているはずなのだが、それでも二人の目からはどう見てもそこにいるのはどこにでもいるただの少女にしか見えなかった。
ありがとうございました。




