5-12話 のっぴきならないファーストアタック(前編)
緊張と不安を感じつつ六人の冒険者パーティー『栄光の始まり』は当初の目的である場所に到着した。
厳重に管理されたそこは一見ただの洞窟なのだが、その雰囲気は険呑という言葉すら生ぬるいほどに空気が冷たい。
これは別に魔物の気配があるといった事や洞窟に感じる魔力が禍々しいとかそう言った訳ではない。
単純に自分達だけでなく周囲にいる職員や警備の兵士がとにかく殺気付いているからだ。
この洞窟の入り口付近は完全に締め出され近くには民家どころか民間施設が何一つない。
そして多くの兵士が洞窟周辺をこれでもかと厳重に監視している。
最も程度の低いと言われるダンジョンであっても何が起こるかわからない、危険な場所である事に変わりはないからだ。
「さて、言うまでもないだろうが……準備は良いな?」
グライブルが皆の前でいつも通りの気だるげな表情のままそう言葉にし、六人は全員がそろって固い表情のまま頷いた。
「だろうな。一応規則だから注意事項を言っておくぞ」
そう言葉にしグライブルはつらつらと流れる様にダンジョンアタック前皆に言っている言葉を紡ぎだした。
ダンジョンアタックのチャンスは五回。
それは回数であって時間ではないのだが、日が変わるまでには戻って来なければならない。
もし帰ったという報告がなければどの様な事情であれ脱落とみなす。
ダンジョンの中には他の課題生徒も混じっている。
うっかりであっても害した場合は大きな処罰が下され、故意の殺人を犯す様なら地獄すら楽に感じる場所に送り込まれる。
課題内容は事前に説明したある物を持って帰る事。
それ以外の物は報告さえすれば全て好きにしても良い。
「そして最後に……出たという報告はないがそれでもここも立派なダンジョンだ。魔物が絶対に出ないという事はない。その場合はどうすれば良いか良く考えておけ。いざという時に動けなければ死ぬぞ」
六人はその言葉に頷いた。
特にプランは、過去に魔物と相対した事がありその恐ろしさを体で覚えている為しっかりと頷いた。
「……ま、あれだ。無理しなかったら何とかなるから無理だけはすんな」
そう言ってグライブルはヒラヒラと手を振る。
そのやる気があるのかないのかわからないグライブルの背を見送ってから、六人は顔を見合わせた。
「……俺達何番目だと思う?」
「……わかりかねます。ただ……早い方でない事だけは確かですわね」
サリスの問いにエージュがそう答えた。
二人が話しているのはダンジョンアタックを仕掛ける順番の話である。
エージュが早い方でないと断言したのはテオ達が既にアタックを終え課題を成功させているからだ。
そこから更に数日が経過している為その間に相当数のパーティーが攻略を終えたと思って良いだろう。
そう考えるなら自分達はダンジョンアタックの順番は全体から見て中盤から後半あたりだろう。
それがどういう事なのかと言えば、手近な位置の課題攻略用の魔石は既に取りつくされていると言う事である。
「うむ。そうだろうが幸いにもそこそこ広い範囲が書かれた地図が手元にある。奥を狙っていくぞ」
そうマルクが言葉にすると五人は頷いた。
「ではリーダー。ダンジョンに入る為の号令を。気合入る感じで」
敢えて明るい様子でプランはマルクにそう言葉をかけ、マルクは少し慌てた様子で頷いた。
「う、うむ。ではビギニンググローリーの仲間達よ。余についてまいれ!」
そう言って煌びやかな鎧に纏った少年は剣を抜き、洞窟に剣を向けた。
「……先頭は俺とガンネだがな」
サリスがそう呟くとエージュとプランは苦笑いを浮かべた。
先頭はガンネとサリスの横並びでその後ろにキュリオとキュリオに庇われたマルクが立ち、最後尾にエージュとプランという並びとなっている。
先頭がガンネとサリスになっているのは大きな理由がある。
それは、パーティの調和、調停を取る事が不可能であるとガンネが気づいたからだ。
プラン達三人とマルク達三人は考え方もそのスタンスも違い、求めている結果も異なる。
その上でマルクは幼いが重要な立場にあり、更にキュリオはパーティーで仲良くする事を求めていない。
自陣営が問題まみれな事もありガンネはあちら三人側と仲良しになるのを諦め、二つのパーティーの連携という形で妥協をする事をサリスに提案した。
その結果がサリスとガンネの前衛ツートップ形式だった。
これは二人が前衛向けだからという理由よりむしろ、どっちの陣営にも負担を平等に分けるという意味の方が大きかった。
はっきり言ってしまえばもっと効率の良い隊列なんて幾らでも思い浮かぶ。
だが急ごしらえのパーティーでそれを無理に求めるよりはこの形の方がまだ形になるだろう。
そうサリスとガンネは考えた。
「……それでマルク様。どの辺りに狙いを定めましょ?」
地図係であるプランは周辺地図を片手に持ちマルクにそう尋ねた。
「ふむ。とりあえず真ん中の道は割と奥まで取られてそうだから……あまり人のいない端の方を狙いたい。この辺りを調べよう」
そう言ってマルクは曲道の多い先を指差した。
「あいさー。前衛さん次の分かれ道を右にお願いします」
そうプランが声をかけると前二人は腕を上げて了承を示した。
ダンジョンアタックから三十分が経過。
入り口付近以外洞窟内に光はなく松明がなければ足元すら見えない状況となっていた。
後方でエージュが妖精を出しつつ同時に松明を持ってプランの手元を常に照らし、前方はサリスとガンネが交代で松明を持っていた。
とは言え、暗くなっただけでありダンジョンらしい事は何一つ起きていない。
現状で言えば、洞窟探検と何ら変わらない状況でしかなかった。
「……これで予定のどの位進んだ?」
そうマルクに尋ねられプランは指で距離を測ってみた。
「んー六、七割位は進みましたよ」
「……それでも何もなしか。うむ。案外大した事ないようだの」
そう言葉にするマルク。
それに対し、キュリオを除く四人が困惑し言葉を失った。
正しくは忠告をしなければならないのだが誰が言うのか困っている状況となっていた。
そしてその沈黙に対し、ガンネが溜息を吐いた。
「ま、俺だよな。若。油断すれば本当に死にますよ」
「うむ! わかっておる。故にガンネよ。油断するでないぞ」
わかってかわからずか、マルクはそう言って笑ってみせ、ガンネは再度溜息を吐いた。
「……あ、次一旦左です」
そうプランが言葉にし、手を上げて二人は合図をして左の道に入った。
マルクの油断もあり、より一層不安な気持ちの一同だったがそれに反し最初の目的地まで何事もなく到着する事が出来ていた。
「……空振りだな」
サリスはそう言って台座の様になった石のくぼみを指差した。
そこはつい最近何かがあった跡があり、同時に最近誰かがここに踏み入った跡が残されていた。
「残念だ。プランよ。次はココはどうだろうか?」
そう言ってマルクは別の場所を指差した。
「あいさー。皆疲れてない? 大丈夫?」
そうプランが尋ねるとキュリオがそっと手を上げた。
「ぼっちゃまに休憩させる」
その言葉で、空気がピシリとひび割れた。
それは所謂ただの比喩表現ではあるのだが、それでも全員が緊張しピリピリしたこの場で空気が読めない発言は決して好ましいものではなかった。
一番若く幼いマルクの事を重視するキュリオの気遣いは決して間違いというわけではない。
ただ、迷惑をかけているという実感があればもう少し下手に出るべきだった。
「……悪い」
ガンネがぽつりと呟くその謝罪は酷く悲しいものだった。
「良いよ良いよ。とりあえず少し休もっか」
そう言ってプランは微笑み、目にも止まらぬ早業でシートを広げたお茶の用意をした。
「はいどうぞマルク様。キュリオさんとガンネさんもどうぞ。サリス。体力に余裕は?」
その言葉にサリスは親指を立てて応えた。
「ん。悪いけど手伝って。エージュ。何かあったらよろしく。私とサリスは周辺の様子を探ってくるから」
エージュが頷いたのを確認してからプランはサリスを連れ、松明片手に地図に乗っていない部分を探りに向かった。
「ふむ。どうして余達が休憩しておるのにあの者達は休んでおらんのだ?」
マルクが座り込んで水を飲みながらそんな事をのんきに尋ねるとガンネは困った顔を浮かべた。
「地図に乗ってない場所の傍だから危険がないか探ってるんです。ここで休憩する俺達の為に」
「そうか。それは申し訳ない事をしておるな。次の休憩の時はガンネ、そなたがあの者達の代わりを頼むぞ。あの者達も休ませねばならぬからな」
「ええ。そのつもりですとも」
――俺一人だけはそのつもりだけど……まあ無理だろうなぁ。
ガンネの目から見てもプランの行動は非常に素早くそして間違いがない。
薄暗い場所で地図を常に見ながら足場の悪い道を進み、前衛に的確にかつ分かりやすく指示を出し続けてきた。
この分かれ道の多い状況で一度も間違えず最適なタイミングで指示出しをするというのは非常に難しい事のはずなのに。
そして休憩が始まった今もシートを敷いて飲み物と軽食を用意するのに五秒もかかっておらず、ガンネが感謝する暇もなく次の指示を仲間に出して行動に移った。
確かにリーダーとしての資質はないかもしれないが、それでも纏め役としての資質は恐ろしいほどに優れている。
むしろ今にして思えばプランがサリスとエージュという対極な性格をした二人を纏めてくれているからこちらがこれほど迷惑をかけてもパーティーが瓦解していないのではないだろうか。
そうガンネが思う位にはプランの存在は大きなものだった。
そしてあちらが全員優れているという事はつまり、こちらが迷惑をかけ続ける事が今後も決定したという事に他ならなかった。
ガンネにとって理想を言えば、プランがダンジョン内では役立たずで迷惑な事である。
そうならば、こちらが足手まといなわがままを抱えているという罪悪感が薄れるからだ。
「……ああ、胃が痛い」
そんなキャラじゃない事はわかっているが、それでもガンネは苦労人という立ち位置に立たされる事を強いられていた。
「――これで三カ所目と。ここに人が来た痕跡はないが代わりにターゲットがありそうな痕跡が近くにない」
ガンネの言葉にプランは頷き地図にバツマークをつけた。
確かに大変ではあるが、正直拍子抜けな気分である。
クリスに分けてもらった薬を混ぜた煙で服をいぶしている為蚊は寄ってこず、松明を持っている為蝙蝠も逃げていく。
それ以外は特に何も寄ってきていない為ほとんどただのハイキングに近い。
ただでさえ目的の場所を決めてそこに移動するという動作を繰り返すだけの単純作業な為、気持ちがだれやすい。
それはマルクでなくとも油断してしまう様な状況だった。
「……うん。だからこそ皆気を引き締めようね」
油断しやすい気持ちだからこそプランは激励するように皆にそう言い、それに皆が頷く。
命を失いかねない場所である為油断するわけがない。
皆がそう思っていた。
だからこそ、誰も自分達の変化に気づいていなかった。
今気持ちがだれているのは何もなかったから気が緩んでいるのが理由ではなく、緊張し続けた為疲れが出始めている事に。
初めてのダンジョンという環境で気が高揚していた分の落差が後から来る。
それを彼らは知らなかった。
だが、本当に知らなければならない事はそうではない。
冒険者に疲れが出て来るまで待っている何かがいる事を、彼らは事前の知識から予測しておかなければならなかった。
最初に気づいたのはサリスである。
野性的であるからか敵意や悪意と呼ばれる何かに襲われた時いちはやく察知するのはサリスの普段の役割だった。
野性動物の駆除から盗賊、強盗、どの様な相手であり害意と呼ばれる者を持つならサリスは敏感に反応する事が出来た。
だが、それも疲労によりいつもよりも遅い。
そのほんのわずかな遅れは、命のやり取りにおいては致命的と言えるほどの遅れとなっていた。
「敵だ!」
そう叫び武器を構えるサリス。
それに即座に反応出来たのは兵士としての訓練を受けていたガンネだけだった。
その言葉の直後に黒い影が襲い掛かって来た。
それも横から最も襲って欲しくない隊の真ん中にいるマルクに向かって――。
獣特有の唸り声と共に飛びかかってくる黒い影。
それに反応出来ず茫然とするマルクを庇う様にキュリオがマルクの盾となる。
「ぼっちゃん!」
そう叫びながらキュリオはマルクを抱きかかえ、防御など一切考えず肉の鎧となる様キュリオはひっしに抱きしめた。
そして獣牙はその無抵抗なキュリオに襲い掛かる。
だが、獣牙が柔らかい肉を裂く事はなくその牙は分厚い鉄に阻まれていた。
「エージュ! お願い!」
盾で二人を庇いながらそうプランが叫ぶとエージュはそのまま細身の剣を取り出し盾により足を止めた四つ足の獣に突き刺した。
獣はギャンと甲高い悲鳴を上げた後、即座に立ち引き慌てた様子で後方に戻っていく。
同類が何匹も待機している後方に――。
「……前方たぶん六。んでそっち側後方は十ちょいちょい。見ての通り完全に囲まれてる。当然だが、逃げ場はないな」
サリスはぽつりと皆に聞こえる様呟いた。
「そ、それでどうする。余に案を出すが良い」
こほんと咳払いをしマルクがそう言葉にする。
それに少しイラっときた様子を見せるサリスがそんな気を反らしている暇はなく無視をした。
幸いな事に選択肢は少なくない。
前衛は二人おり魔法が使えるエージュもいる。
そしてキュリオも相応に戦える。
この場で足手まといなのは自分とマルク位だろう。
そうプランは考え、キュリオの方を見た。
「私がマルク様を護るからキュリオさん前に出てガンネさんと前方を抑えてくれま――」
「貴女を信じられません」
プランが頼み事をする前にキュリオはそれを否定しマルクを自分の傍に引き寄せた。
「てめっ――」
怒鳴ろうするサリスをプランは止め、そしてプランとエージュの方を向き微笑んだ。
「ううん。そこだけは怒ったらダメ。……じゃ、後方は私が何とかする。だからサリスとエージュは前方をガンネさんとお願い」
そう言葉にしてからプランはエージュの引き留める声を無視して十匹はいるであろう黒い獣達に一人で対峙した。
おそらくだがこの生物は犬なのであろう。
少なくともその黒さを除けばその姿も唸り声をあげる仕草も犬にしか見えない。
ただ、その黒さだけがおそろしく不自然であり、自然界には存在しえないほどの異質な黒さだった。
まるで洞窟の闇に対する迷彩色の様な深い闇の様な黒であり、松明の明かりも弱い現状では擬態に成功しておりその正しい数を知る事も出来ない。
ただ、魔物の様な邪悪さをプランは感じず、その有様、在り方は自然界の摂理である肉食獣のそれそのものらしい。
彼らの目的は自分達の肉であり、それは自然界の理の範囲でありそれを否定する事は誰にも出来ない。
だからこそ、プランは悲しい目をした。
「ごめん……ううん。謝るのも間違いだね。せめて食べられたら良いんだけど……」
洞窟内にいる生物は全てあますところなく毒を持っている。
そう習っている為プランは首を横に振り、意を決して剣を抜いた。
小柄な少女には不釣り合いなほど豪勢な鞘から抜かれるその銀色に光る剣。
塗装しただけの木剣である実戦に使う事を想定されていないその玩具の様な剣がプランにはある意味お似合いであり、そして同時に紛い物の剣であっても剣ではあれば、犬程度ならばプランには十分すぎた。
剣を握り、一つ呼吸をする。
……そしてそのまま、思う様に、思い通りに剣を振るう。
この瞬間、プランは自分の体が自分の物ではなく何か別の物に塗り替えられる様な感覚に囚われる。
戦えない自分が戦っているというのが違和感でしかないからだ。
だからこそ、この瞬間がプランは嫌いだった。
嫌いで、悲しくて、怖くて、苦しくて――。
それでも、その苦しみながら放たれる剣は誰の目から見ても美しい銀の線を描いていた。
一つ二つ三つ……数える事すら出来ない無数の銀光が繰り返された後、一まとめになっていた獣達は全て横たわり、静寂と闇しかその場には残されていなかった。
「……おいガンネ。俺らもとっとと終わらすぞ」
イライラして焦った様子のサリスが茫然としているガンネを肘でつつきそう言葉にした。
「あ、ああ。悪い」
そう言って頷き、ガンネとサリス、それにエージュが後ろからレイピアで援護しつつ三人は犬と思われる生物を殺していった。
後ろで震え蹲っているプランを無視して。
ありがとうございました。




