5-11話 危険に対峙する相応の理由
「それで、これは一体どういう風の吹き回しでしょうか?」
くすくすと楽しそうに笑いながらエージュは対面に座っているサリスにそう言葉を零した。
二人の間には小さな丸テーブルがありその上には様々な兵種に似せた駒とそれを置く為の版が置かれていた。
それは『模擬盤』と呼ばれる実際の軍略と指揮を学ぶ事の出来る遊戯の一つだった。
この手の遊戯というのは貴族でありまた民を護る為に生きているバーナードブルー家にとって必須に近い。
だからこそその生まれであるエージュも強いと言う訳ではないのだがそれなりには遊ぶ事が出来る。
一方サリスはこの手のボードゲーム全般が苦手である。
というのも、考えるよりも殴る方が早いタイプであるサリスが得意な訳がなかった。
「……なあ? 真面目に聞くけど今何対何位で俺が不利になってる?」
頭をぼりぼりと掻きながらそう尋ねるサリスに対しエージュは微笑み悲惨な現実を答えた。
「数はまだ五分ですがそちらの戦力が分散してしまっています。対してこちらはまとまったまま。そして指揮官駒の防衛がそちらにはない状態。まあ……九対一くらいですわね。かなり贔屓目に見ましても」
「……だよなぁ。やっぱり俺には向いてねーな」
そう言って遊戯に誘って来たサリスは困った顔で笑った。
「……昔はハワードさんの方が強かったんですけどね」
「くっそ昔の話じゃねーか」
「ですが、八年前のハワードさんはセンスも才能もあり今のハワードさんより上手でしたわよ?」
「才能ってのは使わないと死ぬんだよ。それに俺は好きに生きるって決めたからやりたくない事は才能あってもやらね。それで良いのさ。俺はな」
そう言ってサリスは再度頭から捻りだす様盤面を睨みつけ出した。
そんなサリスを見て、エージュは嬉しそうに微笑んでいた。
「……よし、これでどうだ!」
そう言って苦しそうに動かしたサリスの騎兵駒をエージュは何でもない様にノータイムで倒し盤面の外に追い出した。
「流石にまっすぐ突撃だけというのは少々兵の扱いが酷すぎますわよ」
そう言って微笑むエージュにサリスはニヤリと笑った。
「良いんだよこれで。もう負け戦だからな」
そう言ってサリスは指揮官の駒を、武官相応である駒を正面に動かした。
そこでようやくエージュはサリスのやりたかった事に気が付いた。
気づいた時にはお互いの指揮官の駒が向かいあう形となり、そしてお互いが相手の駒を倒せる位置に立っていた。
交代制遊戯の為それはサリスの自爆なのだが、これを現実の戦場に置き直すと、お互いの指揮官の相打ちという形となる。
その上部下の犠牲もここで止まる為、負けは負けだが一応結果の遺せた負けと言っても良いだろう。
「ま、意味のない事だがな」
そう言ってサリスは自分の指揮官の駒を横にパタリと倒した。
「発想は面白いですわ。やはり貴女センスあるのではないかしら?」
「止めてくれ。今からお前に追いつく事を考えるだけでもきついわ。やっぱり俺には無理だわ。それがわかっただけでも意味はあったな」
サリスはそう言葉にしてから盤と駒を片しだした。
「それで、いきなり二人きりで遊戯に勤しみたいと願ったその理由をお聞かせ頂いても?」
紅茶を二人分淹れエージュがそう尋ねると、サリスは頷いた。
「ああ。まああれだ。遊戯は昔の想い出語りと……今更だがやっとけば良かったかもっていう気の迷いみたいなもんに急に患ったからだ。やってみて無理だったからもう良いがな」
「はぁ」
「んでお前と二人なのは色々話したい事があったからなんだが……まあぶっちゃけるけどさ、俺ら大して仲良くなかったよな?」
その言葉にエージュは頷いた。
付き合い自体は恐ろしく長いのだが付き合いと言っても貴族としての社交場で会話を交わす程度。
それすらもエージュがサリスの礼儀作法に文句を怒鳴るのが大半である為決して仲が良かったという事はない。
少なくとも、二人の仲を知る者は皆がそう思っていた。
「そうですわね。と言っても、私はハワードさんの事を嫌いになった事は一度もございませんがね」
「ああ。俺もお前の事を尊敬しなかった日は一日もないぞ」
そうサリスが言葉にするとエージュは驚いた表情となり、そして二人は同時に笑った。
エージュは上品に、サリスは下品に。
その対比となる笑いは二人に良く似合っていた。
「というわけでお前が昔と変わってない事を確認したかったのが一つ。そしてその上で、ちょいと尋ねたい事がある。割と真面目な話題だ」
「……伺いましょう」
「お前は何の為にこの学園に来たんだ? そしてどうして今残ってる?」
そうサリスが尋ねても、エージュは無言だった。
貴族やその関係者が冒険者になる事は決して少ない事ではない。
だが、学園に通うというのは、貴族としての自分のテリトリーの外に移動するというのは基本的にありえない事だった。
それは貴族事情に疎いサリスですら知っている事であり、同時にだからこそマルクは厄介事を持ち込んでいると理解出来た。
「……それは私を疑っていると?」
そうエージュが言葉にするとサリスはきょとんとした顔をし、そして溜息を吐いた。
「あほか。心配してんだよ。お前と……そしてプランをな。俺らと違ってあいつは平民で自由で、そして俺らよりもよほどの厄介事を抱えている。だから貴族のごたごたに巻き込む訳にはいかんだろう」
「……ええ。そうですわね」
エージュは面白くなさそうにそう呟いた。
「俺の事情を話しとくわ。と言っても最初に言った事と大差ない。領主なんてもん止める為とお家騒動を避けて弟に領主を継承しついでに自由に生きる為に冒険者になりにきた。それだけだ」
「ええ。実にハワードさんらしいですわ」
「おう。そんでな、ぶっちゃけ冒険者になるだけならもう止めても構わないんだわ。学園」
「……ふむ」
「だろ? ぶっちゃけ今の段階で十分食っていけるし。じゃあ俺がどうして冒険者学園を続けてると……続けようとしていると思う?」
「……ええ。わかりたくありませんが……わかりますわよ。プランさんの為でしょう」
そう言葉にするエージュにサリスは頷き、そしてある事に気づきぷっと小さく笑った。
「お前、もしかして拗ねてんのか?」
その言葉にエージュはかあっと頬を染めた。
「そ、そんなわけないじゃないですか!?」
「そうかいそうかい。お前そんな素直な奴だったんだな」
そう言ってサリスはエージュが抵抗して振り払うまで頭をぐりぐりと撫でまわした。
「止めて下さいまし。髪のお手入れ大変なんですよ」
「わりいわりい。ま、そういう理由だ。ダチが事情を言えないほど困ってるから助けになりたい。だから俺はアイツの傍にいるんだ」
「ええ。わかります。優しくて、自由で、実にハワードさんらしい考え方ですからね」
「……あんがとよ。そう考えていると一つ、心配が生まれたんだ」
「心配ですか?」
「ああ。お前の事だよ。あいつには強い覚悟があり、俺にもあいつを支える為には無茶をする覚悟がある。だがな、お前はどうなんだ?」
そうサリスに言われエージュは困った。
それはエージュが冷たい人間という訳でサリスも言っているわけではない。
むしろその逆である。
正しき真なる貴族としての生き方を誓ったエージュには守るべき人間が多すぎるのだ。
それはこれからダンジョン等で命の危険に晒される事を考えるなら冒険者学園を止めた方が良いという答えまで見えるほどに。
民を護る貴族として生きる為に冒険者を辞める事。
友を護る為に貴族としての生き方を曲げて命の危険を受け入れる事。
その天秤に苦しんでいないかとサリスは考えエージュの事を心配していた。
「そう、ですわね。正直辞めた方が良いという事は自分自身でわかっております……」
「そうかい。ま、正直タイミングは良くないが無理をするこたぁない。大切なものは人によって違うんだ」
サリスが大切なのは自分自身である。
だからこそ、その自分が気に入った人間に何かをしてあげたい。
その自己中心的だからこそ他者を思いやるのがサリスの考え方だった。
「……ですが、私はまだ辞めませんよ。少なくともプランさんとハワードさんが辞めない内は」
その言葉にサリスは驚いた。
エージュにとって貴族に携わる者として生きるというのは自分の全てである。
そのエージュが貴人としての生き方を否定してでも学園に残るという選択をするのはサリスの知るエージュの形とはかけ離れていた。
「……その理由は?」
その言葉にエージュはサリスをじっと見つめ、そしてそっと首を横に振った。
「すいませんが……言えません」
「……長い付き合いでいつも意味わかんねー奴とは思っていたが……お前の考えが本当にさっぱりわからないと思ったのは今日が初めてだ」
「……本当にすいません。……ただ……直接の理由は言えませんが間接的な要因位は言えます」
「ふむ。んじゃそれを教えてくれ」
「はい。……ただのわがままです。私の」
エージュがそう呟くと、サリスは驚きのあまりがたっと大きな音を立て椅子から跳び起きた。
「わがまま!? お前が!?」
「はい」
「それは貴族としてのじゃなくて、お前個人としてのか!?」
「はい。私個人として、貴人でなく私人としてのただのわがままです」
そう。
本当に大した理由があるわけではない。
それは文句もない位のただのわがままであり、そしておそらくエージュの私人としての最後のわがままだった。
はっきりわがままであると言い切るエージュを見て、サリスは驚きながら笑った。
「そりゃあ悪くない答えだ。そういう答えなら心から応援するぜ。ま、一緒に困ったちゃん達の面倒見ようぜエージュ」
そう言って微笑むサリスにエージュは苦笑いを浮かべた。
「その困ったちゃんは貴女も含まれるのではないですかね」
「はっはっは。普段はそうでも冒険者としてなら俺は結構真面目だぜ」
「……確かに、そうでしたわね」
そう言ってエージュは微笑み紅茶を口に運んだ。
「……冷めてしまいましたわね。淹れなおしましょうか」
「別に良いさ。それより腹が減った。プラン達とか適当に連れて何か食いに行こうぜ。奢るからよ」
そう言われ呆れながらエージュは時間を見た。
まだ昼間の二時だった。
「あれだけお昼食べたでしょうに……軽食なら付き合いましょう」
溜息を混じりにそう呟くエージュを見てサリスはにかっと笑いそのまま席を立った。
言えるわけがなかった。
エージュが学園に来たのも、今残っているのも、唯一の友達であるサリスと離れたくないなんて下らない理由だって事を……サリスにだけは言えるわけがなかった。
ありがとうございました。




