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5-9話 越えられぬ高い壁(後編)


 剣のみに生きて来た。

 そう自分では考え、そしてこれからも死ぬまでそう考えるだろう。

 むしろ、戦いの中以外で死ぬ事を恥と感じる位には自分は剣に狂っている。


 そんな男は対面に向かうおどおどとした少女を探る様に見据えた。

 歳にして十四、五といった辺りで背は百五十少々といった辺り。

 見る限りではあるが意外なほどしっかりと鍛え上げられており、特に足に関しては非常に優れていると言えるだろう。

 しかしそれ以上に目を見張るものがあるのは体幹を含めた全身のバランス感覚である。

 相当以上に器用で何でもこなせるであろうというその肉体は今までの修練や経験によるものもあるがそれ以上に才能による部分が大きく、相当に恵まれた部類であると言って良いだろう。


 半面、剣に関しての評価は出来ない。

 それを口に出すと指導者として、学園に携わる者として失格となるだろう。

 そう思えるほどには酷かった。


 酷いだけならまだ良い。

 問題なのは剣に関して全く鍛えた痕跡がない事である。

 普通三か月近くも冒険者をしていれば何等かの武具を振るった痕跡が肉体に残るのだが、その少女からはそれらがほとんど見受けられない。

 走る事、特に逃げる事に関して相当以上に長く鍛えた痕跡があり、また最近は盾を鍛えているのだろうそういった筋肉の付き方はしているのだが、反面武器を振るう訓練を行った様な跡は何一つ残っていない。

 剣を持ち上げる為に必要な二の腕の筋肉も、支える為の背中の筋肉も戦う者のそれではなく、手には武具を扱う者特有のタコも見えず綺麗な手をしている。


 だからだろう。

 男性はその少女を侮っていた。

 侮ってしまっていた。




「それで、えっと……どうしたら良いですか?」

 そう少女が言葉にしたのを見て、男は微笑み少女にショートソードを模した非常に短い木剣を手渡した。

「これでどうぞ。決して馬鹿にしているつもりはありませんよ? ご不満でしたら本物の剣でも構いませんが?」

 男の言葉に少女はほっと安堵の息を漏らし、首を横に振って微笑んだ。

「いいえ。これで良いです。斬れるのって何だか怖くて、だからこれも木の剣なんですよ」

 そう言って少女は持っていた鞘と剣を取って笑い、盾と共に地面に置いてから渡された木剣の握り具合を確かめだした。


 馬鹿にしたつもりがないというのは男の本心である。

 剣を持つだけであるなら目前の少女でももう少し長く重たい剣を持つ事も可能と言えるだろう。

 それ位少女の肉体はバランス良く鍛えられている。

 だが、正しく剣を振るうとなると必要な筋力はそれではまるで足りない。

 いや、学園生の大半が男から見れば剣を振るに足る筋力ではないと思っていた。


 棍棒の様に力任せでは剣は振るえない。

 芯がぶれずに振り抜くには相応の技量と相当の筋力が必要である。

 だからこそ、剣というのは扱いの難しい武器であると言えた。


 ――隣の方は……良い剣士になれそうですね。残念です。

 男は三人組の内に一人である勝気そうな女性を見てそう思った。

 一目でわかるほどその肉体は優れており、恐ろしいほどに圧縮されたその筋力であれば、ちょいと鍛えれば剣を振るに足る存在に成りえると考えられた。


「それでどうしたら良いですか? そこらへんにある人形に剣を振れば良いです? それはそれでちょっと怖いんですけど……」

 少女の声に男は少し考えてみた。

 ダミー人形に剣を振る事すら怯える様では話にならない。

 であるならば、荒療治になるかもしれないがもう少し踏み込んでみよう。

 そう考え、男は少女の前に立った。


「では、私に剣を振って下さい」

 そう男が言うと少女は驚いた表情を浮かべ、それに合わせて付き添いの二人はそっと距離を取った。

「え!? え、ふぇ!?」

 露骨なまでにおろおろとする少女に男は苦笑いを浮かべた。

 本当に大丈夫だろうか。

 男がそう思う位には少女の心は臆病で、戦うに向いていなかった。


「おや。それは誰の心配でしょうか? もし私の心配でしたらそれは無用な物ですよ?」

 そう言葉にし、男は少女に闘気の様な物を飛ばす。

 先程の様にわずかに漂わせた物ではなく明らかに少女に向けてそれは放たれていた。

 殺気ではなく、ただ威圧するだけのそれだが、それでも少女を怯えさせるには十分なものだった。

 これで少しは戦う事に対しての認識を持ってくれたら良いが。

 体を竦ませる目的だった男はそう考えた。

 だが、少女は怯えこそしているが男の思っていた様に怯む事はなかった。

「は、はい。お願いします」

 そう言葉にしてから少女は剣を構えた。

 無理やり笑って見せながら、お世辞にも綺麗とは言えない構えで男に剣を向けて来た。


「……ほぅ」

 男は自分の威圧を受けたまま少女が折れず、それどころか笑ってまで見せた事に関心した。

 予想以上に見どころはある。

 外見では感じられないほどに修羅場を潜って来たのだろう。

 怖がりであると同時に中々の度胸を持っている。

 男は心の中で本当に笑みを浮かべた。


 成長する若者を見る事が、男は何よりも好きだった。

 自らの知識、技術、力を若者に授け若者に追い越される事が男にとって最も嬉しい瞬間だった。

 だからこそ、男は少女にわずかばかりの期待を持った。


「うん。人形に剣を振るのは怖いけど……先生なら絶対に大丈夫だもんね。それじゃ、行きますね」

 男は少女の言葉に違和感を持ちつつも、目の前の教え子の剣に目を向けた。


 男は気づかなかった。

 少女が怖がっていたのは、人形を壊す事だという事を。

 木剣で真剣すら耐えうるダミー人形を絶対に壊せるという確信を持っていた事を――。




 その剣に、男は目を奪われた。


 一言に剣を振ると言ってもそれは一言で完結する様な簡単な事ではなく、最低限剣を振れる様になるだけで必要な技術は無数に存在している。

 ただがむしゃらに剣を振ってもその神髄には一歩すら入り込めず、ただ知識を蓄えるだけでは何一つも意味がない。

 学び、実践し、生き物を斬り、何度も何度もそれを繰り返し、初めて剣を振る事が出来る様になるのだ。


 男は剣という分野だけでなら相応に優れているという自負を持っている。

 だが、その男ですら未だかつてただの一振りたりとも己の剣に納得した事はなかった。

 素手で鉄を切り裂き、剣で馬ごと戦車を切り裂き、一度の戦場でディオスガルズ兵を百人殺し、それでも男は自らの剣技に何か足りない物を感じ、常に乾き飢えていた。


 だからこそ、男はその剣に目を奪われた。

 何一つ学んでいない、何一つ出来もしなかった少女から放たれたその剣技は、無駄でしかなかった構えから全ての無駄が消えさり、一つの答えと呼ぶに等しい剣技へと昇華されていた。

 少ない筋力、切れない木剣。

 そんな物が何の足枷にもならないほど剣筋は鋭く、その剣からはあらゆる無駄が省かれ美しいと呼ぶ以外の言葉が出てこない様な斬撃となっていた。


 そして男は――。


 刹那の時間で交差する二つの光。

 その直後に甲高い金属音を響かせ――時間差でからんからんと音を立て木剣が遠くで転がった。

 その木剣はさきほどまで少女の手に握られてた物であり、反面男の振りぬかれた左手には細身のバスタードソードが握られていた。


「あ、ありがとうございました」

 そう少女が言葉にした瞬間、半ば無意識であった男は我に返った。

「だ、大丈夫ですか……?」

「ふぁい。だいじょぶです」

 そう言葉にする少女だが、目からは大粒の涙がこぼれ両手は震えている。

「す、すいません! 怪我とか……」

 自分でも驚くほどに慌てそう言葉をかけるが少女は首を横に振った。

「いえ。それは大丈夫ですけど……こうなるんです私……。剣を持つと。戦うと……とても怖くて怖くて……だから……」

 そう言葉にした後、少女は後ろにいる二人の少女に抱き着きわんわんと叫ぶ様に泣き出した。


 男にそれは理解出来ない。

 理解出来ないが一つだけ確かな事がある。

 今、この場に自分がいると邪魔となる事だ。

「……十分後、飲み物とタオルを持って来ますね」

 そう言葉にし、男はその場を後にし奥の休憩室に移動した。




 男は鏡に映った自分の顔に気が付いた。

 その顔は笑っていた。

 今までの愛想笑いとは違い、心の底から、男は笑っていた。


 男の中に二つの強い感情が渦巻いていた。

 一つは死に対する恐怖。

 ここ十数年は覚えのないその恐怖に、男はさきほど、間違いなく触れた。

 もしあと僅かでも長くあの剣に見惚れていたら。

 もしも、あと一歩ほど彼女の剣が真に迫っていたら。

 そして、もし自分の調子がほんの僅かでも悪かったら。

 その時は間違いなく、あの場で自分は死んでいた。

 殺意も敵意も威圧もない、ただ滑らかに走るだけの剣筋に自分は真っ二つとなっていただろう。


 だからこそ生まれたもう一つの感情、それは羞恥である。

 もう少しで才能、能力なしと見くびっていた少女に殺されるところだった。

 それも自分が用意した訓練でだ。

 訓練で、侮った相手の、殺意の欠片もない剣で事故死する。


 思いつく限りの最悪の死に方を更に下回る恥以外何も残らない死に方であるのだが……ついさきほどそうなりかけたのだ。


 今でもあの剣筋を、あの瞬間は鮮明なまでに焼き付いている。

 恐怖と羞恥に陥れられた自分とは裏腹に美しいその瞬間――。

 だからこそ、男は嗤っていた。


 老年となり久しく感じていなかった感情、恐怖という名の歓喜を男は覚えていた。

「我ながら卑しくも醜い血に支配されていますねぇ」

 震える手で冷や汗を拭い、心から嬉しそうに修羅()は嗤った。




「お恥ずかしいところをお見せしました」

 プランは男性の用意したタオルで顔を拭き、ジュースを受け取りながら恥ずかしそうに囁いた。

「いえいえ。強すぎる力というのは怖い物ですから。私の方も少々以上に予想外過ぎて剣を抜いてしまいました。お許しを」

 その言葉に同意する様にサリスとエージュもぶんぶんとオーバーなほど首を縦に振った。

「いえそんな! 私なんてそんな! でも、流石先生ですね。私剣を弾き飛ばされたのなんて初めてですよ」

 そう言ってプランは笑った。

「――ほぅ。そうですか」

 そう嬉しそうに言葉にする男からは何やらただならぬ殺気の様な物が込められていた。

「ん? えっと……先生?」

「はい? どうしました?」

 そう尋ねる男性はさきほどまでと同じ柔和な笑みを浮かべた老人だった。

「……気のせいですね。いえ。何でもありません。それで……私はどうしたら良いでしょうか?」

「逆に尋ねましょう。どうしたいですか?」

「……理想を言えば、怯えず怖がらずこの力を振るいたいです。でも……」

「ええ。私もそれが理想であると思いますよ。ですが、何か気掛かりな事があるんですね?」

 プランは頷き、事情をぼかしつつ昔の事を語った。


 一切努力していない自分がこんな力を使った所為で頑張っていた男の子を苦しめた。

 でも男の子は負けず立ち直り、いつか必ず自分よりも強くなると約束してくれた。

 その約束の為、力を振るう事、振るわれる事の恐怖以外にも罪悪感がある事。

 それをプランは語った。


「……その男の子も見込みがありそうですね」

 男はそんな見当違いの事を呟いた。

「あはは。きっとそう思います。私よりもよほど……。でも……もうその約束は……」

 そう、その約束がもう叶う事はあり得なかった。

 約束自体なかった事になっているからだ。

 そしてプランのその言い方から男とサリス、エージュは約束した相手が亡くなったのだと考え、深く追求しなかった。


「ふむ。……ええ。事前に言いましたが、剣の事なら私はわかるのですがそれ以外は……特に心というのは私には……」

「そうです? 落ち着いていて人の機微にも詳しいですしそっちの方も詳しい様に見えますが」

「まさか――。歳を重ねただけで自分の心すら思い通りにならない未熟者ですよ私は。他人の心にとやかく言う余裕なんてとても……。ただ一つアドバイスをしても宜しいなら……慣れるしかないでしょうね」

「慣れる……ですか?」

「ええ。苦しむ事にではありませんよ? 剣を振る事に慣れるんです。そうすれば自然と苦しみにくくなるかと」

「……なるほど。……それはそれで長い道のりになりそうです……」

「お付き合いしましょう」

 そう言って男性は柔和な笑みのままぺこりと頭を下げた。


「はい。今日だけですが非常にお世話になりますね。宜しくお願いします」

 そう言葉にし、プランもニコニコした顔で頭を下げた。


「と、失礼しました。遅れましたが私の名前はティロスと申します。とある揚げ菓子の様な名前ですがよろしくお願いします。そして、あなた方三人の名前を教えて頂いても?」

 そうティロスが言葉にすると頷き、三人は自己紹介をしてその後に皆で協力しプランが剣に慣れる為の訓練を行った。


 とは言え、臆病な性格と長い事こびりついたトラウマの様な約束は悲しい事に一日程度で変化を見せる事はなく何一つ成果は出なかった。

 強いて言うならば、ティロスが今後も、それも格安で指導を申し出てくれた事が唯一の成果だったと言えるだろう。


ありがとうございました。

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