5-8話 越えられぬ高い壁(前編)
逃げていた、とは思っていない。
だがその事と向き合えていたかと言えば、プランは頷けずにいた。
プランにとってそれは心のトラウマであり、直視したくない自分の嫌いな部分である事は確かである。
それが幼稚な考えであると自覚しつつも、それでもどうしようもなく誰かに見られたくないと、親しい人には猶更そう思ってしまう部分だった。
とは言え、もうそうは言っていられない。
特に今回の冒険は公爵家跡取りという存在だけで爆弾を抱えている上に、ただそれだけではない様子だからだ。
確かに、公爵家となれば想像もつかない生活をしており子供と言えど大変であるのは確かだろう。
だが、それを踏まえた上でプランはマルクが更に大変な目に遭っていると勘づいていた。
マルクの瞳が切羽詰まっているからだ。
それも尋常ではない様子なほどに。
小さな子供が盗賊に身を落す寸前の人と同じ位追い詰められた様子になるというのは普通ではない。
公爵家の環境などわからないが、それでもどの様な場所であろうと子供がそういう目をして普通の環境などあるわけがないしあるとプランは思いたくなかった。
だからこそ、今回のダンジョンアタックでは何が起きるかわからず、また何かあっても良い様に出来る事を全てしておきたかった。
前回の依頼の失敗も踏まえ、自分の出来る事、そして出来ない事を仲間に知ってもらわなければならない。
そう考え、ようやくプランは打ち明ける決意が出来た。
「というわけで、私は本当は強いのです」
プランは自室に呼んだサリスとエージュにそう告げる。
ふんすとない胸をはり、どこか自慢げにするプランを見て、サリスとエージュはぽかーんとした顔をしていた。
その横でミグがパチパチと力ない拍手をしていた。
まったりとした雰囲気で、唐突な言葉。
何の事前説明もないこの状況でその言葉を理解しろという事の方が無理な話であり、サリス、エージュともに理解出来ず首を傾げた。
「お、おう。うん。……いや、プランが強いのは知ってるぞ。お前何でも出来るから俺らはお前をリーダーと思ってたわけだし」
そうサリスが言葉にし、エージュが同意し頷いて見せた。
「ええ。私もそれ相応の努力をしておりますが、それでも社交性、協調性に優れ何よりも誰とでも仲良くなれるプランさんの方が優れているし強いと言うのはわかりますよ?」
エージュはそう言葉にした。
二人は知っている。
プランが普通ではない何かを抱えているが、中身は普通の女の子である事を。
普通の女の子と比べて色々優れているが、それでも普通の範疇である事を。
たとえどれだけ普通でない力があろうと、境遇であろうと、プランは普通なんだ。
そう正しく理解しているからこそ、二人はプランの真の友人だった。
「うん。ありがとう。でも、そうじゃないんだよねー。うん。私本当は剣の方も凄いんだよーえへへ」
そう言葉にし、プランはニコニコ笑いながら剣をすぶりする動作をしてみせた。
「……ああ。何かお前に切り札があるのは知ってるさ。だけどな。前も言ったが無理するな」
サリスは険しい顔でそう呟いた。
「無理なんてしてないよ。それに本当にちゃんと強いんだよ? だから……」
そう言葉にするプランの手を、サリスは掴んだ。
その手は酷く震えていた。
「……戦うだけで……いえ、考えるだけで震える様な手の方に剣を握らせたいとは思いませんわ。どうかご自愛下さい」
エージュがそう言葉にした。
「……うん。二人共そう言ってくれたよね。だから今日まで甘えちゃった。でも、もうそうはいかないんだよ」
「どうしてだ?」
「……今回のダンジョンアタックで一番気を付けないといけない事って何?」
プランの問いに少し考え、二人は自分の答えを出した。
「毒」
サリスはシンプルにそう答えた。
「撤退タイミングですわね」
エージュは生存を重視しそう答えた。
「……間違ってないよ。でも私はね、マルク様だと思ってる。というよりも、マルク様がもしお帰りになれない様な状況になったらどうなると思う?」
そう言われ、二人はプランの言いたい事が理解出来た。
最大の失敗はダンジョンを失敗する事ではない。
ロスカル公爵家の跡取りがいなくなる事である。
貴族最大規模の公爵家の跡取りに何かあるなどと言った事態になれば、どれほど国が傾くのかわかったものではないからだ。
それこそ、連鎖的に幾つもの領が消滅し数十万、数百万の民が犠牲となる可能性すらあるからだ。
「……言いたい事はわかった。エージュ。マルクが死んだ場合どんな事になるか考えられるか?」
その言葉にエージュは考えながら呟いた。
「正しくはわかりませんが……学園を巻き込んだ抗争……になればマシな部類ですわね。最悪の場合学園を支持している国家その物に対し怒りをぶつける可能性も……。いえ、あくまで可能性の話です。ですが……」
「ロスカル家が息子を失った恨みを飲み込む度量があった場合はどうだ?」
「……ロスカル家ともなれば多くの場所に経済的な援助を行っています。その跡取りが亡くなる様な事態になれば家が動かなくとも贔屓にしていた方々がどう動くか……」
「つまり?」
「経済的には最悪な事態が発生するかと」
そうサリスとエージュは結論を出し、プランの方を見た。
「私はそんな賢くないからわからないけどさ、偉い人に何かあれば大事になる事位はわかるよ。ただ……見ての通りビビリなんだ私」
そう言葉にし、プランは震える手を二人に見せ……そして力なく笑った。
「だからさ、手伝ってくれない? 私が頑張れる様にさ」
そう呟くプランを見て、サリスとエージュは微笑み頷いた。
無理をしろとは言わないが、頑張りたいなら応援をする。
あくまで普通の友人同士の、当たり前な会話である。
それがどれほど凄い事で、どんな事であろうと、二人にとっては友人のお手伝いという当たり前の事でしかなかった。
「ぱちぱちぱちぱち」
その横でミグは無気力な拍手をしていた。
「……ミグは手伝わないのか?」
サリスがそう言葉にすると、ミグは無表情のままではあるが露骨なほど自慢げな態度となった。
「もう手伝った。というよりも最初からプランの事知ってたし二人よりも先に手伝い求められたし。むふー」
ミグは上からマウントを取る様にそう言葉にした。
「そうかい。そりゃいい子だなお前は!」
そう言ってサリスはミグの頭を乱暴にぐりぐり撫でまわした。
「ぐえー」
ミグはそんな奇声をあげながら頭をぐりんぐりんと揺さぶられていた。
「……ま、ようするに、何時も通りという事ですね。なので、ご安心下さい」
そう言ってエージュは慰める様にプランに優しく微笑みかけ、プランもそれに満開の笑顔で頷いた。
『友達にも私が出来る事を伝えたい』
『怯えず戦える様になりたい』
この二つが最初からプランが強いのだと知っていたミグにプランが伝えた心からの願い――いや、助けを求める声だった。
ミグはプランに頼ってもらえた事自体はとても嬉しい。
しかし、悲しい事にミグはその願いを叶えるだけの力を持っていなかった。
人の気持ちなどわかるわけがなく、更に戦いに怯える気持ちを一ミリたりとも理解出来ない。
ミグという個体はそういう存在だからだ。
心という分野においてミグは役立たずと言っても良い。
だからこそ考え、そして全くわからないからこそミグはある意味において完璧な答えを見出した。
『出来ない事は出来る人に頼めば良いじゃん』
幸いな事に、現在いる場所はそれに最も適した場所であった。
ミグが行った事は二つだ。
一つは、木と布で作られたダミー人形の並ぶ場、学園内トレーニングルームの一つを完全にシャットアウトした形で貸し切りして用意した事。
これなら誰にも見られる事はなく、そして誰にもその情報が洩れる事もない。
もう一つは、戦いに最も適した指導役の用意。
ミグはコネと金を使い最適な場を用意しプラン達三人をその場に招待した。
これにより、ミグは最大限マウントを取りドヤ顔をする機会に恵まれ思う存分サリスを煽ろうと思った。
思ったのだが……一つだけ誤算があった。
それはその最適な場にミグがいないという誤算である。
「……何か、悲しそうな感じで連れていかれたな」
サリスはテオに首根っこ掴まれ連れていかれるミグのいなくなった方角を見つめながらそう呟いた。
「うん。『そんなー』って力なく呟いてたね……」
プランは苦笑いを浮かべそう言葉にした。
「まあ依頼を受けていたらしいですし……何より既に先方も待っていらっしゃるみたいですし……行きましょうか」
そんなエージュの言葉に頷き、三人はミグに用意してもらったトレーニングルームの中に入場した。
部屋の中で一人待機している人物は今までの誰とも異なる独特の雰囲気を醸し出している。
張り詰めた様な気配とは裏腹に柔らかい笑みを浮かべ、冷たく鋭い気配とは裏腹に穏やかな態度をしていた。
今にも人を傷つけそうな、そんな険呑な気配が見え隠れしているのだが、外見だけは柔和な笑みを浮かべた、どこにでもいるただの初老の男性。
だからこそ、独特と言わざるを得ない雰囲気がそこに溢れていた。
「……おや。女性の方でしたか」
そう言葉にし、初老の男性はその穏やかな笑みのままぺこりと頭を下げた。
「不安になるかもしれませんがご安心下さい。これでもまだ背中は曲がっていませんしそれなりに動けますから」
柔らかい笑みのままそう言葉にする男性だが、正直誰も心配していない。
戦いの気配に疎いプランですら引きつり笑いをする程度に険呑な雰囲気が続いているからだ。
「……いや、うん。強いのはわかるよ……。うん……」
そんなサリスの声に男性はきょとんとした顔をし、そして微笑みながらその恐ろしかった気配を消した。
「すいません。訓練室という事で少々昂ってしまってましたね。これで大丈夫ですか?」
その言葉に三人は頷いた。
「ああ。実力が確かで俺達から見たら遥か高見にいる事もよーくわかったわ」
そうサリスが言うと男性はにっこりと微笑んだ。
「やる気さえあればすぐに追いつけますよ。それで、三か月前の学生が個別指導を頼むなんて熱心な事をしている理由は何でしょう?」
「ん? あの、その言い方でしたら三か月過ぎたら個別指導を頼むのって普通になるんですか?」
プランがそう尋ねると男性は頷いてみせた。
「ええ。今でも授業の時間が合わなかったり重なったり授業に行っても前と同じだったり逆に飛んでいたりといった事ありません?」
その言葉に三人は頷いた。
「ですので伸ばしたい分野が決まっていればその専門の先生を呼んでの個別というのは良くある事なんですよ。その分お金も方も掛かりますけどね」
「……なるほど。あ、今回頼んだのは私です。正しくは友達が私の為に頼んでくれました」
そうプランが言うとサリス、エージュは一歩後ろに下がり、それに合わせてプランは男性にぺこりとお辞儀をした。
「なるほど。良い友人をお持ちですね。それで、剣を振るう才しか持たぬこの私に何をお求めでしょうか?」
そう尋ねられ、プランは一度大きく深呼吸をしてから言葉を紡ぎだした。
「私、戦うのが怖いんです」
「はい」
「でも、私何故か戦う力を、剣を振る力を持っちゃったんです」
「なるほど」
「ですので、戦いたいんですけど怖いのでなかなか……」
「……ふむ。つまり怖くなくなるまで練習をしたいと」
「そんな程度の低いお願いはやはり迷惑でしょうか?」
「いえとんでもない。構いませんよ。この学園で上を目指そうとする人をないがしろにする人はおりませんとも」
そう言って男性は不安がるプランに笑顔のまま紳士的に会釈をした。
「ありがとうございます。それともう一つとして、パーティーに私の現状の力とビビリ具合を知ってほしくて。もうすぐ三か月課題ですので」
「……なるほど。良くわかりましたよ」
そう言って男性は全てを了承する様優しく微笑んだ。
――仲間に弱い部分を曝け出せ、その上でそのサポートをしてもらう事を当然だと思っている。逆に仲間達も助けるのが当たり前だと。良いパーティーですね。
男性は三人を見てそう考え、微笑ましい気持ちとなった。
ありがとうございました。




