百部分記念短編 差し出されていた手に救われていたお話
プランがこちらの世界、過去の時間軸に移動してから色々な人と出会った。
その全員がどこか秀でた部分を持っており、能力を伸ばし戦う力を得るというプランの目的に照らし合わせる意味ならば、このままの生活で間違いないと思う位には良縁に恵まれたと自負出来た。
それ以前にいつどんな時であっても……それこそ過去、現在、未来ありとあらゆる時間でプランは自分が縁に恵まれている自覚があった。
過去、自分が領主だった時も頼れる仲間達や心優しき兄がいてくれた。
それこそ、沢山いすぎて誰を上げたら良いのかと思う位沢山の人が傍にいて自分を助けてくれていた。
こっちの世界でもそうだ。
この冒険者学園に辿り着くまでに色々な人のお世話になった。
誰もが皆良い人達だった。
学園に辿り着いた後も出会いもまた文句なしに素晴らしいものだった。
文句を付けたらバチが当たる様な友達と出会い、そしてその友達達と共に楽しく生活する事が出来ている。
そう、プランは考えながら自分の膝の上で眠っているミグを見つめ、優しく頭を撫でた。
現在ようやく太陽が出て来たという位の明け方で、起きるには少々早いという時間帯である。
朝が早いプランは早くに目が覚め、一旦着替え出かける準備をしてほんの少しベッドに腰を下ろした瞬間――ミグがするりと膝上を陣取り、気づけばこうなってしまってプランは動けなくなっていた。
今やるべきことは沢山あり、同時にやりたい事も沢山ある。
時間は有限で、ゆっくりして良い訳ではない。
そうわかっていても……。
「ま、動けないなら仕方ないよね」
そう言って微笑み、プランは再度ミグの頭を撫でた。
無表情ですやすやと眠っている……深い深い夢を見ているミグを――。
夢に映る闇よりも昏い黒は闇そのものだった。
夢に映る醜く汚れた赤は血のなれ果てだった。
その身の毛もよだつ悍ましさしか存在していない夢は、ミグに対する呪詛そのものだった。
どうしてお前だけが生きているのか。
どうしてお前だけが幸せになっているのか。
お前は自分の罪を自覚しているのか。
山ほどの屍を築き、多くの者に地獄を見せて来たミグに対して、千差万別な怨嗟の声が延々と響き続ける。
そしてその憎しみと怒りは小さく圧縮されていき、その正体を見せた。
憎しみと怒り、嘆きと悲しみ、あらゆる負の感情を集めたその姿は……ミグそのものだった。
『他の誰でもなく、私は私が許せない』
そう、目の前のミグは言葉にした。
同じ顔の、同じ姿の人間が悲しそうに呟いた。
『私は、生きて良いのだろうか……』
そんな自分の凄惨を過去を体現するような夢を見て……ミグは一言、呟いた。
「どうでも良い」
それは強がりでも何でもないミグの心からの本心だった。
目の前のミグの姿をした誰か。
憎悪と憎しみを浴び苦しむその自分の見た目をした何かが自分ではない事をミグは良く理解していた。
何故ならば……過去の全てに対しミグは一切反省しておらず苦しいという感情を一切感じていないからだ。
過去を悔やむ。
心の傷に苦しむ。
後悔に足を取られる。
普通の人ならばそうなるだろうと言うのは何となく理解出来るが、自分がそうなる事だけは決してないという事実を、他の誰でもなくミグ自身が良く理解していた。
だからこそ、ミグは目の前の自分自身が偽者であると断定する事が出来た。
どれだけ苦しむべきだ、死ぬべきだと語られても、どれだけ自分の罪業を重ねられても、自分の心は一ミリも動かない。
その様な事を一切考えず苦しむ事もないからこそ、それが自分ではないとミグは理解した。
「……んー。呪いっぽいし呪術の類……かな。それなら頑張れば術者を特定出来るけど……めんどいから良いや」
そう言葉にし、ミグは目の前の呪詛の塊をその辺に転がっていたスリッパで叩き、文字通り消滅させた。
それはミグの偽者だけでなく、さっきまで怨恨漂う空間は一瞬で浄化され、何の感情も感慨も見受けられないミグ本来の退屈な世界に戻った。
プランの知り合いの中で戦闘力が高い人は非常に多い。
戦闘力が露見している人の中で対人戦なら一番強いのはヴェルキスだが、それ以外にも状況や事情によってなら強い人は多くいるし、それ以前に力を隠している人も多い。
だから誰が一番強いのかはわからないが……誰が一番異常で、精神性が最も人からかけ離れているのかは簡単だ。
ミグ・キューブこそが、プランの知り合いの中で、あらゆる意味で最も化け物に近かった。
そんな人という精神性に収まっていないミグは夢の中できょろきょろと周囲を探り、そしてしばらく目覚める事はないだろうと思いそのまま横になって寝だした。
夢の中とわかっていても、それでも眠る位にはミグは寝る事が好きだった。
そんなミグの元に、ふわふわと小さな何かが移動してくる。
それはミグと契約した妖精だった。
本来妖精とは自分と親和性の高い何か色をしているのだが、ミグの妖精は決まった色を持たず様々な色、それこそ言葉では表現できないような不可解な色も含めて常に色が変わり続けていた。
ただ、だからと言ってミグの妖精が優れているという風には決して見えず、むしろその動きの緩慢さと安定しない大きさや色は酷く不安定に映り、今にも消えてしまいそうな印象となっている。
それこそが、その不安定で不完全な妖精こそがミグの半身そのものだった。
「どしたの?」
ミグがそう尋ねると、妖精はふわふわとミグの顔の傍にまとわりついた。
「……心配だった? 何で?」
真面目にそう尋ねるミグに対し、妖精は気を使う様にミグの周りに纏い慰めようとしている様な動作をしている。
その動きは、酷く人間じみているようだった。
「良くわからないけど、ありがと」
そう言ってミグがもう一度寝ようとすると、妖精は色を赤くし、ミグのほっぺにぺしぺしとぶつかった。
「? 起きろ? ……プランが待ってる。……えー。眠い」
珍しく感情を爆発させ、半目かつジト目で妖精を見るが、妖精は怒った様子でミグの傍を飛んでいた。
「わかった……わかった。そんな怒鳴らないで。……んで、どうやって起きるの?」
そうミグが尋ねると、世界の上空から朝日の様な光が入り込んできた。
無に等しいミグの世界すらも暖かく照らす様な……そんな光に身を委ねていると、その夢は自然と消えていった。
「……おはよ」
プランがそう言葉にするとミグはそれを見て、大きく欠伸をした後プランの胸元に顔をこすりつけた。
「眠い……」
「今日は早いもんね。もう一度寝る? 時間になったら起こしてあげるけど」
「ううん。良い……。起きろって言われたし」
「そか」
プランはそう答え微笑んだ。
時々朝ミグはこの様に誰かに何かを言われた事を告げるが、プランはそれに対し『誰に?』とは聞かない様にしていた。
話したいなら聞くが、そうでない時は深入りしない。
それが何なのかはわからないが、それでもミグが何かを抱えているのだとわかるからこそ、プランはそう決めていた。
「ま、そう言う事なら今日はここで一緒に朝ご飯食べよか。何か持ってくるね! 何食べたい?」
そう尋ねられ、ミグは少し考えた後欠伸をかみ殺し小さな声で呟いた。
「あったかい物……」
「ん。スープとパンで良いかな?」
ミグがこくんと頭を動かしたのを見て、プランは微笑み部屋の外に出ていった。
ミグはプランが戻って来るまで寝ない様、ベッドに腰をかけたままうつらうつらと日光浴に勤しんだ。
朝食を部屋で食べている最中に、唐突に、めずらしくミグがプランに質問を繰り出した。
「ちょっと聞いて良い?」
「ふぇ? 何? このコーンクリームスープの事だったら作ったの料理長だから私わかんにゃいよ?」
「ううん。そうじゃなくて、ちょっと聞きたい事」
いつも通りとてつもなく眠そうだが、それでも少しだけいつもよりも真面目そうな雰囲気に見え、プランはスプーンを置きミグの方を見つめた。
「もうわかると思うけど、私は変なの」
「どういうところが?」
そう尋ねられ、改めてミグは考え……そして困った。
自分がおかしいという事はわかっているが、それがどう変なのか言葉にし辛い。
というよりも、普通という存在を理解出来ていない為説明する事が難しかった。
自分の事を全て言えば何がおかしいのかきっと伝わるだろう。
だが、ミグはそれを避けたかった。
別に隠しているわけではなく、聞いたらきっとプランが悲しむ。
そう妖精に言われたから隠す様にしていた。
「んー。……毎日安定しない事?」
そうミグが言うとプランは頷いた。
「うん。そだね。でも人って皆そんなもんじゃない?」
ミグは少し考え、ふるふると首を横に振った。
「ううん。食べたい物が変わる人はいる。でも、私は味覚が毎日変わる。趣味嗜好が、戦い方が、全部が毎日変わる」
「そか。んで、聞きたい事って何?」
「……そんな私と、毎日別人みたいな私と友達でいて楽しい?」
ミグはそう尋ねた。
その特性上仕方がない部分ではあるのだが、ミグはころころと個性が変化する。
基本的にいつも寝ているからあまり変わってない様には回りの人は見えるだろう。
だが、毎日接しているプランはそれが真実であると理解していた。
味覚が大きく変わっている事があった。
戦い方が毎度違うのも知っている。
まるで記憶を受け継いだ別人を相手にしている様な気になった事も確かにあった。
だがその事全てををプランは大した事ではないと考えている。
何故ならば――。
「ミグちゃんさ、自分が毎朝する事って知ってる?」
その言葉にミグは首を傾げた。
「ミグちゃんは起きたら必ず私の胸元に顔を擦りつけるよ」
そう言ってプランは微笑んだ。
ミグは再度首を傾げた。
「……どゆこと?」
「眠るのが好きな事、私に甘えるのが好きな事。食べる物は変わっても私の作った物なら毎日喜んでくれる事。……今日はスープ私じゃなくてごめんね。でも美味しいでしょ? つまり、そう言う事」
「……どゆこと?」
そう返すミグにプランはくすりと笑った。
「ミグちゃんがどう考えてるかわからないけど、私にとって毎日同じミグちゃんだって事だよ。多少趣味嗜好が変わった位じゃ気にしないし、芯の部分はいつも変わってない。甘えっ子で可愛いミグちゃんだよ」
そう言ってプランはミグの頭を撫で、その後立ちあがってこの前買った服をハンガーごと取り出し自分の体に重ねた。
赤と白のチェッカーパターンの上着で、明るい性格のプランに良く似合う色合いとデザインの可愛らしい服だった。
「どう? 余所行き用にちょっと良い服が欲しくて買ってみたけど似合う?」
そう言ってニコニコするプランに対し、ミグは頷いた。
「うん。良くわからないけど、可愛いと思う」
「ありがとっ! んでさ、普段と違う服装の私って別人になったと言える?」
ミグは首を横に振った。
「そ。恰好が変わっても同じ人だよ。それと一緒。多少ミグちゃんが毎日変わってもミグちゃんは毎日、私の可愛い友達のミグちゃんだよ」
そうプランは本心で言い切り、そしてミグもまたプランが本心で言っていると理解した。
ミグは撫でられた頭を自分でそっと触った。
撫でられた部分が暖かかった。
自分が変わっていない。
自分に芯となる部分がある。
そんな事、ミグは考えた事がなかった。
毎日ころころと性格が変わり、毎日他人になった様な気で生活していた。
だが、考えてみたらそうだ。
他の事はともかく、プランだけはいついかなる時も好きだ。
ミグである限り、そこが変わる事はきっとないだろう。
そう考えると……自分に芯があったのではなく、プランのおかげで芯が出来たのじゃないだろうか。
ミグはそれに気が付いた。
「……私の昔の事、聞く?」
そうミグが言うと、プランは微笑んだ。
「どっちでも。ミグちゃんが言いたいなら聞くよ」
「じゃ、話すのがめんどいから良いや。……プラン。何か困った事があったら言ってね。助けるから」
そう言ってミグはぐっと拳を握った。
「うん。それじゃ、今は一緒に朝ご飯食べようか。朝の授業に遅れない様にね」
そう言ってプランが微笑むと、ミグはこくんと頷き朝食の続きに戻った。
少しだけ冷めていたけど、朝ご飯はとても暖かかった。
ありがとうございました。
おかげ様で今回を持ちまして百部分となりました。
と言いましてもただの記念で上げたたけでして、終わりが近いという事もキリが付いたという事も一切なく、比喩でも何でもなくまだまだ続く事になると思います。
目下だけでも怪盗やらが待ってますし明かしていないサブキャラ達のネタも相当に重なっています。
そもそもそれ以前に現在二部ですが三部目までも確定してますのでその量もまた酷い事に……。
あまり長くなるのは良くないとわかっているのですが……それでも宜しければこれからもまたお付き合いの事を是非お願いします。
読んで下さる方がいる以上、私もエターとならない様しっかり完結にまで突っ走っていきたいと思っています。




