精霊
「はぁぁぁ〜。あっつぅぅ」
カイルが上半身裸で車の中を転げ回っている。
無理もない。俺たちエルフは今まで緑の広がる涼しい環境で暮らしてきた。このような太陽が直接照らしてくるような場所に何時間もいるんだから。それに竜車が速く走ることで燃えるような熱さの風が延々と体をなででいて、動いてないのに体中から汗が滝のように流れている。
俺もいかれてしまいそうだ。
「みずぅぅぅ、クシャナァァ水持ってねぇのかぁ?」
「あるよー。…はい!」
クシャナは、子どもたち四人全員に水を手渡しで配った。
俺はその木のコップに注がれた水を浴びるように飲んだ。
ーうまい。
「水はまだまだたくさんあるからねー。飲みたいだけ飲んでいいよー。」
そう言うとクシャナは車の済に置かれていた樽を車の真ん中に持ってきた。
そしてそれを見た瞬間俺とカイルは一目散に水を飲もうとかけだしたが――
まずその樽を手にしたのはエリーだった。
エリーは自分の体ほどの大きさのある樽を器用に支えながら、大量に水を飲んでいる。
だがその樽は一拍後彼女の腕の中から消えていた!
そしてどこに行ったのか、周りを見渡すと、車の端で片手で樽を支えながら水を飲むカイルの姿があった。
それを見た俺は、妹のものを奪ったということへの怒りと単に自分が水を飲みたいという気持ちから衝動的に体をカイルの方向へ動かしていた。エリーも同じように彼のもとへ走る。
「やめなさい!!!!」
ちょうどその時その言葉が竜車全体に響いた。
そしてその言葉は俺たち三人の動きを止めるだけの効力を持っていた。
俺たちが揃ってぎこちなく声のした方向を見ると、、そこには樽を抱えた起こり気味のクシャナの姿があった。その横には、ゴミを見るような目をしたスズの姿もある。
「これから一緒に暮らすいわば家族なんだからもっと仲良くして‼水の取り合いなんてやめて‼そのためにみんなにコップを配ったのよ‼それぞれが同時に水を欲しがっても、みんなが一緒に水を飲めるようにって‼だから喧嘩なんてしてないで仲良くして‼」
そう叫ぶと、彼女は息を激しく乱して倒れそうになったが、それをスズがなんとか支える。
この暑さの中で本気で大声を出したのだ。倒れそうにもなるだろう。
そして彼女にそうさせてしまった自分がなんとも情けなかった。
「「ごっごめん…なさい…」」
「分かればいいのよ」
クシャナはそう言うと彼女用のコップで樽から水をすくい、それを口に運んだ。
*****
「そういえばスズちゃんほとんど汗をかいてないし、水も飲んでないみたいだけど大丈夫なの?実は無汗症だったり?」
「いえ、違いますよ。…あぁそういえば行ってなかったですね。」
スズは手を天に向かって伸ばし回し始めた。するとそこに水色の光が大量に集まってくる。
「実は私氷属性の精霊によく好かれていて、昔契約したんですよ。実はこの銀髪もそのときになったもので。それから私とこの子達は一心同体って感じでいつも一緒にいるんです。今日もずっとこの子達が私の周りを飛び回って冷やしてくれていて。だから特に暑さなんて感じなかったんです。
でもこの子達にここにいる全員を暑さから守れるような力はなくてもしやろうとしたらこの子達が壊れてしまうから…」
「この際だから俺様についても言っとくぜ。
俺様は生まれつき火属性の精霊と相性が良っくてよぉ。父さんも火属性の精霊と契約してたっからよぉ。結構詳しくも厳しく勉強もさせられたし、護身術についても教えてもらったりしたぜぇ。
んで、なんやかんやあって俺も無事に日の精霊と契約したってわっけよ」
カイルが手を前に伸ばして、手を開くとそこから無数の赤い光が放たれ、その光はカイルを囲うようにしながら飛び回った。
「それでお前らはどんなあ精霊と契約しったんだぁ⁉」
そう言うとカイルは、俺とエリーのことを指さした。
「実は精霊とはまだ契約とかはしてないんだ。契約しようとは思っているけど。そもそも属性とかは考えたこともないしね」
「よく一緒に遊んでたけどね、でも…色かぁ…いろんな色の精霊さんがいたけどなぁ」
その言葉に俺は頭を振って頷く。
「そうかぁまだかぁ。いろんな色の精霊がいたってことは属性もわかんねえよなぁ。まぁそのうちわかるようになるかぁ。で、クシャナはどうなんだ?」
さっきまでのやり取りを微笑ましく見ていたクシャナは、突然話を振られて驚いたようだ。少しだけだが、コップから水をこぼしていた。
「え、えっと…私そもそも精霊と契約できないよ。精霊術師じゃないし、なろうとも思ってないし」
「じゃあ属性の方はどうなんですか」
スズが前のめりになって尋ねた。
クシャナのことによほど知りたいようだ。
「えっと…水属性よ。まぁといっても生まれたときにしらべただけで、水属性の魔法が得意とかそういう事じゃないんだけどね。私基本この身一つで戦ってきたわけだし。」
スズは目を輝かせ始めた。
自分とクシャナの属性が同じだったのがそんなに嬉しかったのだろうか。
「ていうかクシャナさんってすっごく強いんですよね。メビウスさんが言ってましたけど。この身一つでって、クシャナさん今何歳なんですか!?」
「今は十六歳よ」
クシャナは嬉しそうに、笑みを隠そうともせずに答えた。
こんなに自分のことを知ろうとする人が現れれば、俺もクシャナと同じような反応をしていただろう。
そしてコップを樽の中に入れてもう一杯水を飲もうとするとすでに水がないことに気づいた。
「ねぇクシャナ。もう水ってないの?」
「えっ⁉」
クシャナは手を樽の中に入れて中の様子を確かめると小声で、「本当だ…」と言葉を漏らした。
「これでラストだったよ。だからもう水はない。ごめんね。足りると思ってたんだけどなぁ。」
「そっかぁ」
俺とクシャナが喉の乾きに耐えながら、横を見ると、そこには腹をタプンタプンにしたエリーがいた。
「エリー…マジかよ」
「エリーちゃん…」
「だって水美味しかったんだもん…」
エリーが俺にもたれかかりながらそう言ってくる。そうなると兄として許さないわけには行かない。
「さてどうしよっかな」
「なら私が水を創造するわ」
「そんなことができるの!?」
「さっきは私だけ涼しい思いをしてたし」
そして彼女は手で樽の上をかざした。するとそこに水の精霊たちが集まってくる。
「ん?スズゥ本気でやる気かぁ」
「当たり前じゃない」
スズはカイルの言葉を一蹴すると腕に力をこめながら唱えた。
「クリエイト・ウォーター‼」
すると樽はみるみる水で満ちてきた。
しかしスズはあまり涼しい顔はしていないようだった。
むしろ険しい顔をしながら息を荒げている。
「いわんこっちゃねぇ」
カイルはスズを抱きかかえて床に寝かせて休ませた。
「たしかに水がねぇのはこの環境ではなかなか危険だが、わざわざ自分を犠牲にしなくてもいいんじゃあないかぁ?」
「何言ってるのよ。私達はもう家族なんだから助け合わなくちゃ」
「あぁ…たしかにそうだなぁ…でももう自分の体を犠牲にすんなよ。お前だけの体じゃねぇんだから」
「そうね」
*****
「あっおにぃ見て街が見えてきたよ。あと森も」
「たしかにそうだなぁ」
そろそろ日も沈んできた。腹も減ってきた頃だが…
「あっっっっ!!!」
その時クシャナが今までにない大声を張り上げた。
「なあんだあ?」
「ごめんね。今思い出したんだけど、あなた達はあの街の中に入ることはできないわ。だってそもそもあなた達をここよりもさらに田舎の場所に連れて行っている理由は国家機密レベルであるあなた達の存在を隠すことに焦点があたっているわ。そんな子達を町中に連れて行くなんてこと絶対にできない‼」
言われてみればそうだ。俺はそんな重要なことをすっかり忘れていた。しかしせっかく街があるというのに無視して、通り過ぎるという選択肢は無いだろう。
「じゃあどうするんだ。ここにはもう食料もないわけだか」
クシャナは頭を両手で支えるようにして考える素振りを見せたが、すぐに顔を起こした。
「とりあえずあの森であなた達を隠す。あんな危険な森にわざわざ入っていくようなバカはいないわ。まぁエルフがいるとわかれば話は変わるかもしれないけどね。で、私がその間にすぐに食料や水分を調達してくる。それでさっさとあの森を抜ける。ドラゴンは二三日寝なかったところでどうということはないわ。」
「でも、夜の森って、いっぱい魔物が出るって…」
「それもこの子がいれば大丈夫よ」
クシャナは、右手でドラゴンのことをなでながらそういった。
森に移動すると、俺たちが、いたエルフの森とは全く違っていることに気づいた。最も大きな違いは、その雰囲気だった。エルフの森は、夜でも子どもたちがのびのびと遊べるような場所だったが、この森は一歩竜車から降りることすらためらってしまうような場所である。
「じゃあ、また後で!」
クシャナは、そんな森の中を全くためらいもせずに、颯爽と竜車から降りて駆け抜けていった。
気がつくとエリーが俺の手を握っていた。俺もエリーの力より更に強く握り返す。
それはカイルやスズも同じだった。四人で固まって恐怖に耐えながらクシャナの帰りを待つ。
その時森の奥から野獣の遠吠えが聞こえたその声は俺たちを恐怖の渦に巻き込み離さない。そして気がつくと竜車は獰猛な狼のような生き物に囲まれていた。