君は奇特な俺の相棒
名前:伊能 潤
性別:女
身長:178㎝
体重:63kg
血液型:AB型
趣味:映画鑑賞、ゲーム
好きな食べ物:肉、白米、お酒
容姿:
・十人並みの顔面だが、背が高いので目立つ
・他人からの評価に頓着しないようで、特に化粧や整髪を面倒がる
・曰く、どうせ夜には洗うんだから無駄、穴を掘って埋める拷問のようだ、との事
・天然パーマの髪を肩にかからないくらいの長さで放置、たまに後ろで結っている
・曰く、こういうファッションだと堂々としてれば誰も気にしないし、わざわざ金払ってもじゃもじゃにする人もいるんだから問題なしとの事
以上が10年来の付き合いから、俺が知る潤のおおよその仕様である。付け加えるならば、空気を読むのが苦手。読めないのではなく、読まない。読んだ上で平気で無視する。同調圧力には従わないし、マウント合戦にはそもそも関わらない。だから女性グループでは上手くやっていけるはずも無く、そもそも本人がその必要性を認めていない。
俺からすれば、ちんこの生えていない男友達みたいなもの。むしろ変にナンパやら合コンやらのイベントに誘ってこない分、ちんこの生えている男友達よりもむしろ気安いくらい。
そんな潤と初めて会ったのは、1回生の基礎演習での事だった。とはいっても、最初は潤個人を全く認識していなかった。大学生にもなって結局クラスかよという衝撃に打ちひしがれ、クラスの構成員に目をやるような心の余裕はどこにも無かったのだ。この単位は適当に流そうと固く誓った俺は、その分の期待も込めてサークルの新歓ブースへと向かった。目当ては映画研究会。高校時代にも映研はあったのだが、彼らは製作がメインで、鑑賞をしながら映画ネタで雑談をしたい俺の嗜好と合わなかった。金銭的事情でそこそこの頻度でバイトをしていたのも、活動参加への足かせだった。
初めて潤を認識したのが、その映研のサークル説明会での事。やたら背の高い女が自己紹介で、汗臭い洋画のタイトルばかり挙げるものだから妙に目立っていた。それを見て、運動部のやつが掛け持ちで参加したりするのかな、くらいに思っていた俺には致命的に人間観察のセンスが無いのだろう。サークルの概要、歓迎コンパの案内等々を聞き流し、製作でなく消費系のサークルであることを確認し終えたした頃には、長身女の事などすっかり俺の頭から抜け落ちていた。そして翌週、死んだ魚の目で基礎演習に参加した俺は、クラスで潤を再発見する事になる。
大学生活において最も無駄だった時間はと問われれば、俺はノータイムでこの基礎演習を挙げるだろう。内容としては、担当教授が各自にテーマ設定をさせ、それについてまとめた内容を発表をするという、大学生活における基礎(というより初歩)的な方法論を習得する非常に重要な科目である。問題はこれをグループで行わなければならないという点で、「じゃあグループ作って」を苦行に感じる人間にはまさに地獄。しかもグループを組む人間が悪魔の社学生である。初回発表のグループが配布レジュメとしてWikipediaのページを印刷してきたあたりから、彼らの超人強度は察して欲しい。ちなみに俺は、スポーツ推薦、内部進学で構成されたグループのメンバーたちに、根拠や問題提起、論理的な説明や文献の引用など、そういう高等な事を彼らに求めてはいけないのだと学ばせてもらった。
同じくこの状況に絶望していたのが潤で、俺達はすっかり余りモノチーム常連の同志であった。余談だが、強制的に通年で履修させられるこのクラスの最終発表で、教授より最も高評価を頂戴したのがこの「余りモノチーム」であったのは皮肉としか言いようが無い。
サークルと基礎演習の両方で顔を合わせる事となり、GWが明ける頃には潤とつるむことが多くなった。つるむとは言っても、行く先が同じだからよく会う、と言う方が正しいかもしれない。行った先で顔を合わせ、発掘した面白い映画の感想を話題にする事が多かったように思う。
この頃になると潤も俺もソロプレイの満喫方法を心得ており、一人学食など日常茶飯事であった。特に潤の場合、基礎演習後に行われるミーティングと言う名の強制駄弁りからの脱出が職人芸の域に達していた。俺もそこそこ抜ける方であったが、潤の場合、ジャージでいるとその長身と相まって「ああ、運動部が忙しいんだな」と相手が勝手に勘違いし、何かと不在でも許されてしまうのだ。この裏技は、さすがに俺にはマネができなかった。
俺の映研への参加動機は、先に述べたとおり同好の士の獲得だった。そしてしばらくすると、それに社学からの逃避が追加された。理由はこれも先に述べたとおり。社学の学部棟の空気を吸っていると、徐々に知能指数が下がっていきそうで怖いというのは潤の言。
しかしそんな安住の地も、キャンパス内にある限り永遠ではなく、脅威は訪れる。端的に言えばたまに出現する社学の上回生(♀)軍団の参加頻度が上がり始めた。恐らく履修した単位ごとにノートをカモる相手を見つけ、サボりが本格化したのだろう。
一方、潤の場合の参加動機は、主に他の会員同士でのDVDの貸し借りのためであった。この手の会に所属していると、やはり所属暦の長い上回生ほどマイナーで面白いタイトルを知っているもので、潤は彼らと比較的良好な関係を保っていた。それを面白く思わなかったのが社学上回生(♀)達で、彼女らの目には潤が男性会員に媚を売っているように見えたのだろう。どうやら軽いイビり紛いの事もされていたらしい。俺も一度その場面に出くわした事が会ったが、一度目がそれを目の当たりにする最初で最後となった。
「やっぱり吹き替えが良いですって。字幕だと結局字読むだけになっちゃって、あんまり画面に集中できないんですよ」
「でも声って、骨格とかその個人に由来するところが絶対あるから、やっぱり違和感がなぁ」
潤が上回生と、映画は字幕か吹き替えか論争をしていたらしい。論争とは言っても、あくまで楽しみ方は個々人の自由、との前提に立っての話だ。そこに乱入してきたのが社学上回生(♀)。
「いやいや潤ちゃん、字幕とかダサすぎでしょ。映画好きが字幕とかマジないわー」
「字幕を否定するつもりはないですよ。でも、ながら見で流す時なんかも便利ですよ? 吹き替え」
「そういうの、必死に演技してる役者に失礼じゃない? 声とか表情、呼吸まで含めて演技なんだからさ」
潤の言葉をさえぎり、社学上回生(♀)がまくしたてる。
「……だったら比べてみます? 食わず嫌いせず、たまには吹き替え見てみましょうよ」
恐らく社学上回生(♀)の目には、潤が葱を背負ったカモに見えたに違いない。一も二もなく快諾。
「準備するんで、先輩は待っててください。どうせ見るんだから面白いやつにしますんで」
そう言うと潤は、部室の書庫から会で保有するDVDを漁り、上映の準備を始めた。上映したのは『クリムゾン・リバー』だった。潤が確認すると社学上回生(♀)は未視聴との事。前半を吹き替え、後半を字幕で流した。
はっきり言って、この検証作業に意味は無い。感じ方など個人差で何とでも言える。この場合、潤の方から吹き替えの再評価を提案しているわけで、その感想など社学上回生(♀)の胸先三寸。マウンティングする気満々の彼女が、自身の見解を翻すなどありえない事は、この場の誰の目にも明らかだった。だからこそ、彼女は気付くべきだった。あまりにも自分に有利すぎる状況だと。気付かなかったのはあまりに潤を見くびっていたからか、単純に彼女がアホの社学生だったからか。潤に聞いたら間髪入れずに後者と答えるだろう。
「申し訳ないんだけど、やっぱ比較になんないわ。前半は完全にジャン・レノの演技が死んでたよね。後半の方がセリフの間とか声色とか、圧倒的に雰囲気出てたもん。ま、趣味が映画ってカッコつけたいだけの人なら、所詮そんなもんじゃない?」
百年の恋も冷めそうなドヤ顔だった。その後も、水を得た魚のごとく「やっぱ分かってる私は字幕派」を強調し一方的に潤を攻撃する社学上回生(♀)。
「そうですか、残念です」
そんな潤の発言は、周囲からは降伏宣言に見えた。早くこの場を去りたいのだと、話を早々に切り上げたいのだと見えた。
ただ一人、潤を除いて。
「でも先輩さすがですね。そこまで演技を感じ取れるなんて、尊敬します。後半英語吹き替えだったのに」
「……は?」
潤以外の全員が、何を言っているのか理解できなかった。負け惜しみにしても、もっとあるんじゃないか? と。いや、そもそも英語吹き替えの意味が飲み込めていなかった。会心のカウンターは、誰の目にも止まらぬ切れ味だったようだ。
「いや、後半字幕の設定変更する時、音声を間違えて日本語から英語に変更しちゃったんですよ。これフランス映画なんで、フランス語に設定しないといけなかったんですけど」
ほら、と潤がプレイヤーを操作し呼び出したのはメニュー画面。チェックが「字幕:日本語」「音声:英語」になっていた。白々しくもうっかりミスかのように言ってのけたが、これが最初から意図された罠だと、この場の全員が一瞬で理解していた。
自分の垂れた講釈の分だけ恥を晒していたのだと気付いた時の社学上回生(♀)の顔といったら、それはもう。正直俺もあまり好ましいと思っていた相手ではなかったので、控え目に言っても痛快だった。
「いや! 意味わかんないから! お前、今変えたんだろ! 人のことバカにして!恥ずかしくないの!?」
残念ながら、一連の会話を経て、まだエンドロールは終わっていない。ホーム画面に戻って自動リセットとかではないし、途中で設定を変えていないのも、この場の全員が見ている。
「あーくだらない! マジ意味わかんないから!」
「……いや、恥ずかしいのも意味わかんないのもどっちよ」
思わずボソッと言ってしまった。ちょうどその瞬間に周りが静まるもんだから、部屋にいる全員に聞こえてしまった。もちろん、社学上回生(♀)を含む。「もういい!」と狩りをする猛禽が如き勢いで自分の鞄を掴んだ社学上回生(♀)はバタバタと、部室から出て行った。連れ立って2人くらい出て行ったのは取り巻きだろうか。なんだか俺がトドメを刺したみたいになってしまった。「いや、まさにトドメでしょあれは」と潤。あれ、もしかして俺やっちゃいました?
……一度言ってみたかっただけだ。
「すみません、なんか空気悪くしちゃったみたいなんで、今日は撤収します」
ほら潤も行こう、と退出する。この空気を作っておいて逃げるのは卑怯な気がしたが、元凶が居座るよりは良いだろう。先輩方々も「まあ気にするな」とか「さすがに目に余るものがあった」とかフォローしてくれたので、出入り禁止とかにはならないと信じたい。
その日は部室でもう少しダラダラしてからバイトの予定だったので、中途半端に時間が空いてしまった。潤とどこかでコーヒーでも飲みながら時間を潰そうと、それくらい付き合って俺の分のコーヒーくらい奢ってくれる責任があるだろうと潤を誘った。
「じゃあうちで何か見ていきなよ。さっきのは後味悪かったから」
「いや、後味悪くしたの誰だよ」
「……ジャン・レノ?」
さっきの事件ではなくて『クリムゾン・リバー』の話だった。犯人の死に方がすっきりしないとの事。あと、フェードアウトしていった会話の内容が気になるとの事。
ちなみに、社学上回生(♀)については、
「ああいう「○○が好きな私」で自己演出する奴は嫌い。映画の内容はどうでも良いってことじゃん。評価されてる作品見て、どっかの論評をそのまま語って、それで通ぶりたいだけだよああいう手合いは。自分の「好き」の基準すら持ってない、薄っぺらいやつだ」
とのこと。そういう人から嫌われたところで痛くもかゆくも無いらしい。男前なことで。
■ ■ ■ ■ ■
この件がきっかけという事もないだろうが、この頃から潤とつるむ事はいっそう多くなった。大学で行き先が被るのは従来どおりだが、互いの部屋を行き来するようになった。目的は主にDVDの貸し借り、酒盛り、試験・レポート対策など。1回生が終わる頃には学校か互いの部屋、バイト先、たまにサークルの部室のみが俺達の行動範囲として定着した。基本的にインドアな二人なのである。
DVDについてはこの間辞めた個人経営のレンタルビデオ屋で、店員価格で安く借りたり、レンタル落ちやリースアップ品を貰える事があったため、しばしばリクエストという名のたかりにあった。潤が俺のバイト先を知った時、どうして黙っていた早く言えよと逆ギレしだしたのも懐かしい。
その後は週1くらいでサークルに顔を出しながら順調に単位を取得し卒業、お互い社会人になってからもズルズルと10年近い関係を続けていく事となる。
なお、男女の色っぽい話は全く無い。世間一般の恋愛活動は、何が楽しいのか全く理解できないというのが共通見解だ。確かに、恋愛を題材とした映画を見ないではないが、それに憧れるかは別問題。『ダイハード』を見て、よし、テロリストを殲滅しに行こう!なんて言いだすやつがいないのと一緒である。
まあそういうわけで、親友というか相棒というか、そんな俺と潤のこれまでである。
吹き替えの実験は実際に実施された記録があります。その際はイタリア映画が使用されたようです。周囲にウザい映画通がいれば是非お試しを。なお、実施は自己責任でお願いします。