住まいを変える日に
取り急ぎ、現場確認と潤の回収のため照海の事務所まで出かけた。自転車をこぎながら、ナチュラルに寝起きドッキリを決められた心地だ、なんて思ったら笑えた。あるいはタイムトラベルモノにままある世界による軌道修正的な何かが働いているのだろうか。俺達が何をどうしようとしたところで、結局は1周目と同じ轍を踏むように強制されてしまう。神はサイコロを振らず、ただ必然だけがある。いや、今は『バタフライ・エフェクト』の方を信じよう。そうでなければあまりに努力が報われない。
独り言をぼろぼろ溢しながら現地に到着すると、潤が周囲のおばちゃんたちと連絡先を交換していた。何かあったときすぐに情報共有するためだそうだ。ここ3ヶ月、潤も順調にたくましくなっているように思う。まあ、元々図太いやつではあるのだけれど。
「さて、状況の整理と今後の対応を考えましょうか」
潤を回収し、俺の部屋で人心地ついたところで切り出した。どの道近日中に先月末にやった確認会兼酒盛りを、どうせ今月もやるつもりだった。多少前倒しても問題ないだろう。
「その前にお前なんでそんなに冷静なんだよ。言動があまりに前向きすぎるだろ。嫌々仕事しながら酒飲んで、くだ巻いてた司はどこ行った」
「あのね、仕事なんてだいたい計画通り行かないもんよ。案件がでかくなればなおさら。それに今回は人生がかかってるからな。少なくとも、早く次の仕事決めないとそれだけ時給損し続けることになるし」
仕事をしていた頃に比べれば、この状況はまだマシだと思う。何とかして金を準備するという目標はブレてないし、スケジュール的にはまだ1ヶ月の猶予がある。感触的にまだリカバリーは出来る。注文書を発行してないのに納期短縮の要請をしてきたり、納期が間に合わないなら注文は取り消すとか言い出したり、仕様どおりの商品を納めた後で後から思いついた機能を追加しなければ金を払わないと脅迫してきたり。そういう理不尽に比べればまだまだ。
何より、この計画は儲けが全て俺の懐に入る。勝手にノルマを課し見当違いな方針を押し付けて、挙句利益だけ掠め取っていく腐れ社長以下管理職連中はいないのだ。根本にある目的意識のレベルが違う。あるいは、これが世間で言う「やりがい」なるものなのだろうか。まあとにかく、黙って放置して好転する状況でないのは間違いない。
「パッと思いつくやらなきゃいけない事が次の3つ。追加があれば補足頼む」
そう言って俺はパソコンを立ち上げてメモ帳を開く。
「まず一つ目、照海の連絡先入手。厳密に言えば給料日までまだ猶予があるから、4~5月の給料が予定通り入金される可能性は死んでない。ただ、あと1週間指を咥えて待ってるわけにもいかないから、照海側の窓口に連絡をつけなきゃならない。今月入金はあるのか無いのか、無いならいつになるのか、これの確認。二つ目はこういう場合のマニュアルが無いか確認。「会社が倒産したときの動き方」みたいなのがネットに転がってると思う。なければ労基に問い合わせよう。三つ目が次のバイトの情報収集。出来ればまたシフト自由で見つかれば都合が良いな。……とりあえずこんなもん?」
「一つ目と二つ目に関わるけど、給料は別口でも回収方法を探そう。給料未払いに対抗する労働者マニュアルとか、そういうのあるでしょ多分。最悪裁判とか? タイムカードは向こうに押さえられてるからその辺どうなるんだろうな」
最初っから最後まで「異議あり!」連発だよ、やっぱり法学部に行っとけばよかった、と潤。
「ならもう最初っから労基行っとく? 最悪パートのおばちゃんたち巻き込んで数の暴力だな」
「おばちゃんは止めとこう。数でまとまれば交渉はしやすくなるけど、時間がかかるかもしれない。支払いがあったとして1年後じゃ何の意味も無いもん。上手い事連絡とって情報収集だけにしとこう」
情報は一方的に貰うけど与えるつもりは無い、と。
「……補足はそんなところかな。じゃあこれから調査開始して、明日の講義終わったらまた集まろう。たいした量じゃないし、分担はなしで二人とも全部調べるってことで良いな?」
「了解。それで内容を答え合わせするのが確実だろうね」
そんな具合に解散となった。さて、寝よう。もうすぐおやつの時間。このまま調査開始では大入葬儀社の夜勤まで体力が持たない。
大入葬儀社の夜勤は、基本的に人と会わない。23時以降は大入社長の携帯に入る電話が事務所に転送される。処理すべき書類も机の上にまとめておいてあるので、特に誰かと引継ぎをするわけではない。預かっている鍵を使い一人で事務所に入り、朝の8時に勤務を終えると、電話の設定を戻しそのまま一人で退勤する。要するに、一人でやりたい放題ということ。一人で何かあったらどうする? とか、そういう健全でもっともらしい企業倫理を零細企業に求めてはいけない。
ともあれ、照海対応の各種調査にはこの時間を使った。自主退職の手順や無職になった時の注意点を調べた事はあったが、会社の方に逃げられた時の対応を調べることになるとは、やはり人生分からないものである。いや、目覚めたら10年前の世界にいるなんて状況の方がよっぽど理解不能だけれども。
翌日月曜日、講義は3限で終了。そのまま潤の部屋へ直行。
調査内容についてお互いの情報を交換する。調べた結果は概ね同じ。
まず給与振込みについて。帝国データバンクで確認すると、倒産情報にしっかり照海代行センターの名前があった。合わせて管財人と思しき弁護士の名前と連絡先があったので、連絡先は確保。ちなみにこの時、社長の名前を初めて知った。
こういう時の対応について、やはり丁寧なマニュアルがネットに転がっていた。追加で、未払賃金立替払制度なる神の制度があることが分かった。日本の行政もしっかり仕事してるじゃないか素晴らしい。最悪この制度を利用して給料を回収することになるだろう。申請に当たっては管財人とやり取りが必要らしいので、後々連絡は必要だろう。
最後に次のバイト。これは保留となった。やはりシフト自由などという素敵な条件はなかなか無く、継続して情報収集をしつつ照海の後処理を確実に実施する事で結論した。
「あと使えそうなの見つけたんだけど」
「……ごめん、もう限界、ちょっとだけ寝かせてマジでしんどい」
問答無用で座布団代わりに置いてあるクッションを丸め枕にする。すでに連続稼働時間が20時間を超えている。ピンポイントでの睡眠不足なら気合で押し切れるが、こちとらここ2ヶ月、慢性的な睡眠不足と不規則極まりない生活でダメージがやばい。
「続きは事務所でやろう。あそこならパソコンもプリンターも使い放題だから。9時になったら起こして。それから移動しよう」
公私混同ここに極まれり、である。ちなみに、事務所を好きに使う事について、ある程度黙認はいただいている。連れ込んでホテル代わりに使っても良いけど後始末はキチンとしておいてね、とは大入社長の言。余計なお世話だ。
目が覚めると外は真っ暗だった。3時間ほど眠り大分楽になった。俺が寝ている間に潤が管財人氏に連絡を入れてくれた。曰く、給与支払いについて遅くとも今週中に文書で回答をくれるとの事。いきなりの文明的な対応に少し面食らった。そういうまともな対応が出来るのであれば何故夜逃げなどという下の下の手段を取ったのか。というか、今週回答という事は、やはり5月中の入金は厳しいのだろうか。潤はそこまで詰めて聞かなかったようなので、明日改めて連絡する必要がある。
冷蔵庫を適当に漁り、顔を洗って大入葬儀社へ移動した。9時半だったが、すでに社長は退社済み。真っ暗な部屋に電気を入れていく。
「で、なんだっけ? 一発逆転の打開策の話?」
「ハードル上げるなアホ。まあこれを見なさい」
そう言ってパソコンを操作し、潤が開いたのはブログ? 比較サイト? のようだった。
「これですよ」
「……なんか消費者金融がどうとか書いてあるんだけど」
「そっちじゃなくて、その下、学生ローンのところ」
「学生ローンの?」
「いや、だから学生ローンを利用しようかと」
正直すげえ気が乗らない。最高に気が乗らない。借金で資金を作って信用取引の保証金にするとか、通常であれば正気の沙汰ではない。
「これどう見ても金銭管理能力皆無の与信ゼロ層が利用するサービスに見えるんだけど」
あれだ、貸付枠を貯金額と勘違いしてしまう人たちの使うやつだ。
「ハハハ司よ、奨学金で学費払ってバイト先の夜逃げで今月にも資金がショートしそうな学生に、まともな与信があるとお思いか?」
「……いや、そうか。客観的に見るとそうなるのか」
とても悲しい。しかし、サブプライムローンを震源に世界経済が大混乱している真っ只中、全く同じ事やってる企業はやっぱりあるんだな。それは素直にすごい。それにほぼほぼ与信ゼロの相手に金を貸す方も貸す方だ。帝愛グループやカウカウファイナンスみたいな会社がリアルに存在したらこんな感じなのだろうか? どう見ても債務者を借金漬けにして金利だけ延々と絞り続けるビジネスモデルに見える。
「……でもそうか、普通ならヤバイ橋だけど、絶対に勝てるならアリか」
借金で保証金を賄うと、その月から勝ち続けることが義務付けられる。利益を捻出し続けないと返済が滞り、運転資金を切り崩して利幅が小さくなり、更に返済に困るという悪循環に陥る通常であれば。あいにく現状、勝利はほぼ約束されている。要するに、返す分より多く稼げばいいのだ。
俺がうんうん唸っている間に、潤が各社のパンフレットを印刷してきた。
「ほれ司、そこに3つのプランがあるじゃろう。……さぁえらべ!」
「めちゃめちゃ乗り気かよ……」
ざっと見たところ、比較ポイントは返済方法と金利、申請手続きの簡便さ、くらいだろうか。
返済方法について、これは俺の見識が甘かった。なんだこの自由返済って。30万借りても月1万円以下の返済額でいいのか。で、最終的に3年以内に返し終えればいいと。あれ、思ってたより全然甘い。
一方、甘さの欠片もないのが金利。なんだ年利17%って。金融業界的にこれがスタンダードなのか? 未だかつて、借金の検討をした事がないから相場が分からない。改めて奨学金の偉大さを感じる。あれなんて金利1%以下ですもんね。住宅ローンより甘いじゃねえか。文句言うやつの気が知れない。
あとは手続き。融資理由で上限が変わるとか、保証人の有無だとか、まあいろいろ。正直どうでも部分だから無視。
「司の計画だと8月末で5倍でしょ? でもそれって6月末スタートだから5倍なんであって、5月末スタートならもっといけるってことだよね?」
そう言って潤がカレンダーを指す。言ってる事はその通り。それでいてかつ、予定通り事が進めば3年後には30万くらいは端金になっている、はず。しかも、ローンを俺と潤でそれぞれ組めば60万……。
そんな時だった。コンコンと、事務所のドアがノックされた。
「こんばんは、司君早いね。ん、伊能さんも? 悪いけど自主的な早出とか出勤にお給料出せるほどうち余裕無いからね?」
大入社長だった。何でも忘れ物を取りに戻ったそうで。
「あれ、もしかしてそのパンフレットは旅行の相談? 二人一緒にどっか行かれるとちょっと困るなあ」
なに楽しい勘違いしてやがりますか。それにすげえ本音っぽくて嫌だ。
人間、一度上げた生活水準はなかなか下げられないものだ。社長からすれば、俺のバイト代と引き換えに手に入れた安眠を今更手放してたまるか、みたいな心境だろうか。
「旅行違います。実はもう一つのバイト先が倒産しまして、目下の資金繰りが悪化してるんですよ。最悪今月資金ショートがありうるんで、作戦会議です」
「……なんだろう。それは僕に対する婉曲な時給アップ要求なのかな。大事な事だから何度でも言うけど、うちそんな余裕無いからね?」
あんまり無茶言うとうちも潰れるよ? というのは洒落にならないんで勘弁していただきたい。
「いや、さすがに被害妄想ですよ。それに今から時給アップしてもらっても今月は間に合わないでしょう」
まあ冗談だよ冗談と、社長がパンフレットを手に取った。
「何これ、学生ローン? おいおい苦学生だねえ。うわぁ……」
金利エグいなとか、こうやって学生を借金漬けにするのかと社長。
「ちなみに二人とも、これ本気で使うつもりなの?」
「そうですね、さっき最悪今月ショートなんて言いましたが、実際はこれ使いでもしない限り確実にショートです。お恥ずかしい話ですが」
「マジか……」
世知辛えなと、そう漏らすと、おもむろに動き出す社長。鞄を漁り、デスクの引き出しをごそごそやりだす。
何が出てくるのかと黙ってそれを眺める俺と潤。社長が何も言わないものだから、彼を無視して話に戻るわけにもいかない。そして待つこと3分少々。
「これは余計なお世話かもしれないけれど、ちょっと提案をさせてもらえないだろうか」
神妙な顔で切り出したのは社長。
「確認なんだけど、倒産した会社とは連絡ついてる?」
「管財人と連絡が取れてます。未払いの給料について今週中に書面で回答がもらえるらしいです。そのまま入金があればよし、なければ未払賃金立替払制度を利用するつもりです」
「なるほど。調べてはいるみたいだね。何の考えも無く借金というわけではないと。返済計画は?」
「それはこれからです。来月からの収入と利用するプランと相談ですね」
「だったらこういうのはどうだろう。僕が君達に30万円を融資しよう。金利は5%で構わない。ああでも、年利で計算したら面倒だから、31万5千円で返してくれれば良いよ。一ヶ月やそこらの給料未入金でそこまで行き詰るっていうのは、どう考えても健全じゃない。毎月銀行口座の底が見えるてるようじゃ精神衛生上良くない」
それはまことに仰るとおりだ。毎月の支出のバッファがあれば先の計画が立てられる。支出が多かった次の月は緊縮、とか。
「そのかわりに二つ条件を出させてもらう。僕も慈善事業やってるわけじゃないからね。一つは君達が卒業するまでうちに勤めてくれる事。もう一つは、その期間中シフトを空けない事。ただし後者については、君達二人のうちどちらかが入ってくれればいいよ。……どうかな?」
「……そんな良い話いただいていいんですか? ただ、条件の方が俺一人では決められないんで、この後二人でちょっと相談させて欲しいです。この場で即決じゃなくていいですよね?」
「そう?分かった。良い返事待ってるよ」
「ありがとうございます。じっくり考えさせていただきます」
望外の、そして突然の好条件だった。しかし冷静に考えてみよう。社長からしてみれば、仕事の勝手が分かった人員を向こう3年確保できるというメリットは大きいはず。30万円という金額も、俺の2か月分強と考えればそんなに大きな金額でもない。そして一時金のようなものではなくあくまで融資。そう考えれば、十分以上に社長にもメリットがあるという事で、むしろ説得力が増す。
それじゃあ今晩も気をつけてと、そそくさ立ち去る社長。彼が階段を降り、車のドアを閉め、駐車場を出たのを確認する。
俺は潤と無言でハイタッチをした。
「これで問題解決だね。当然、受けるんでしょ? 今の話」
「正直言うと、条件二つが絶妙に嫌なラインで気にはなってるけどね。シフトが俺でも潤でもって話だから何とかなるとは思うけどさ」
「確かにその辺は結構足元見られてる感じあるけど、でもこれでサラ金でローン組む必要も無くなったわけだ」
「いや、それなんだけど」
これはチャンスだと思う。照海が逃げた時は動揺のあまり、これが歴史の修正力か、みたいな痛い事考えてしまったが、何の事はない。人間万事塞翁が馬。だからこそいろいろ調べる事が出来たし、大入社長からこんな話を貰うこともできた。だったら素直に流れに乗るべきだ。順張りこそ投資の王道である。と、いうわけで。
「社長の話には乗る。その上で、ローンも組もう。上限で。当然お前も組め。これで90万。今週中に手続き全部済ませて、来月頭から取引始める。3倍の資金で、スケジュールも一ヶ月前倒す。バイトも続けるし単位も取る」
「……強欲かよ」
「強欲で悪いか。不死身で良いじゃねえか。……今、確実に俺達に流れがきてる。だって計画通りやってたら、あと一ヶ月死に物狂いでやってようやく30万だぞ?」
フライングの上にエンジンは違法改造。ロケットスタートどころの騒ぎじゃない。コナミコマンドもびっくりだ。
「流れが着たら掴まなきゃ。掴んだら放しちゃだめだ」
「なるほど、流れね。で、今がその時だからオールイン、と。なるほど」
椅子でロダンの彫像みたいに考え込む潤。
かと思えば立ち上がり、あごに手を当てたままうろうろする姿はどこぞの名探偵のよう。考えるにはこの事務所は狭いようで、
「ちょっと外歩いてくる。夜食買ってくるけど何かいる?」
「揚げ物以外の肉系と炭酸」
この時間だと近所のスーパーで割引シール狙いだろう。この生活に突入してから外食は禁止している。例外はスーパーの見切り割引。半額シールのコストパフォーマンスは自炊では実現不可能だ。
「了解」
そう言うと潤は出て行った。
ちょうど良い。俺も少し考えたかった。来月以降の収支計画について。もちろん、学生ローンを組んだ場合の、だ。
まず収入。バイトの給料と運用益。バイトは照海の代わりに何か始めるとして、かつ照海ほどシフトが入れられない事も計算して、恐らく二人で30万弱。運用益は少なく見積もってもバイトと同じくらいいけるだろう。保証金が90万円あれば、信用余力は300万円。どんなに要領悪く回しても10%の利益は堅いはず。だから30万と置いておく。
次に支出。家賃、光熱費、通信費、食費、雑費、返済金。4、5月の実績的には家賃から雑費までで20万強。学生ローンの返済金を3万くらい見たとしても、バイト代だけでなんとか賄えるだろう。社長に借りる分の返済は……、まあ後回し。
学費と奨学金は相殺でここでは計上しない。
で、5月の潤のマイナス分が、俺の3、4月分の余力でほぼ相殺。
……全然いけるな。むしろ正しい借金の仕方なのではないかとさえ思えてきた。そうだ、借入金を運転資金に回すなんて世間の企業では普遍的に行われている。返済能力の欠如で与信なんて無いと思っていたとはいえ、どうしてこの策が思い浮かばなかったのか不思議なくらいだ。
そんな皮算用をしていたら潤が帰ってきた。時計を見れば20分ほど経っていた。
「ほれ、餌だ。好きなの選べ」
潤が買ってきたのは8本パックの焼き鳥とおにぎり2個、1.5Lのコーラ。これで500円なら十分に安い。
事務所の電子レンジで焼き鳥を温め、コーラで乾杯した。
「考えたんだけどさ」
2本目のねぎまを片付けたところで潤が切り出した。
「これから投資でお金を増やそうとしてるわけじゃん? 金を増やすほうには全力以上で取り組んでるけど、でも『金持ち父さん』メソッドに基づくならば、支出に対する取り組みが甘いかなあと思うわけですよ」
「支出ねえ……?」
利益を増やすために出来る事は収入を増やす、支出を減らす、あるいはその両方。潤が言いたいのは恐らくそういう事。……『金持ち父さん、貧乏父さん』ってそういう話だっけ?
「かなり切り詰めてる方だと思うけど、これ以上具体的にどうするの? 保険でも見直す?」
保険はもちろん冗談だ。そして半分皮肉。
「もちろん考えてる」
そう言って3本目、次はレバーを手に取る潤。
「そんな難しい話じゃない。司、明日からうちに住め」
「……は?」
「今の部屋引き払ってうちに住め。家具は全部売る。映画のDVDとパソコン、おまけでPS3だけは持ってくるのを許す」
「えぇ……、それは……」
「だって単純に家賃分金が浮くでしょ?家具類だってまだ1年しか使ってないからリサイクルショップだって買い取ってくれる。生活費も、光熱費は基本料金が浮くし、食費も2人分自炊すればかなり安上がり」
畳み掛けるように潤が続ける。
「後は部屋の敷金かな。京都はそのへん面倒らしいけど、10万は返ってくるでしょ。現金を手に入れられて、かつ今後の固定費も大幅に下げられる。どうして早くそうしなかったのか、今思えば不思議なくらいだ」
どこかで聞いたセリフで締めてくださった。
「そりゃ確かにお前が言うとおりにすれば金は浮いて楽になるだろうけど、でも良いのか?」
「良いも悪いもない。流れが着たら掴むんだろ? 掴んだら離さないんだろ? でかい口叩いたなら中途半端はいけない」
「……潤の覚悟は分かった。分かったけどここに住むっていうのは」
「何か不満でも?少なくとも司の部屋よりは広いし」
「いや、そういうことじゃ」
「家賃だって同じくらいだし」
「だからそうじゃなくてさ」
俺と潤が同居するというのは、部屋の広さとか利益不利益とは別次元の意味を持つ。その意味とはすなわち、
「一応、潤。生物学上はお前、女なわけじゃん?」
世間ではそれを同棲という。まぁ間違いなく、色っぽい展開にはならないのはわかっているんだけれど。
・釈明、ないし申し開き
好きなキャラをイメージして登場人物をカスタムしていくと、自分の中でだんだん原型が無くなっていきます。で、巡り巡って出発地点の元ネタキャラと同じ名前を付けてしまうという大チョンボ。しかもギミックまで被っているという、もはやどうしようもありません。ホントにこれ書いてる途中まで全く気付いていませんでした。
仕方ないのでもうこのまま進めることにします。半分は自分への戒めです。適当にその場のノリで固有名詞を決めてはいけないというのが、今回の教訓です。