プロローグ
その日俺は、勇者に裏切られた。ちなみに俺は魔王だ。え?だから仕方ないって?それはないだろう。俺は勇者を信じ、勇者は魔王である俺を信じた。だからこそ、勇者は俺を裏切った。
勇者の重く鋭い一太刀によって、右肩から左腰まで斜め一直線に体を裂かれ、鮮血をほとばしながら、俺はゆっくりと前のめりに倒れた。
「ゴハッ。な…んで、だ?」
小さく呟く俺を見下ろし、勇者は蚊の鳴くような声で一言だけ言った。
「…すまない」
そして、その勇者の剣、聖剣を深々と俺に突き刺した。遠ざかる意識の中で、俺は自分が死んだあとに残される魔族の仲間を想った。俺を信じてついてきてくれた大切な同志達。こんな風にあっさり死んでいく俺を許してくれるだろうか。いや、きっと許さないだろう。許して欲しいとも思わない。重たい瞼を押し上げ、勇者の姿を見る。勇者は、
勇者は、泣いていた。
それを見ると、なぜだか分からないが、俺はもう少し足掻いてみたくなった。わずかに残った魔力と生命力を媒体にして、俺は、イチかバチかの策にでた。口の中で小さく唱える。
「テンイ、テンソウ」
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勇者はひとり、魔王なき場所に佇んでいた。自分が卑怯なことをしたのはわかっている。けれども、人類の未来のためにはこうするしかなかった。さっきまであった魔王の血痕は今やすっかり消滅してしまった。魔王は最後の最後まで魔族らしく魔法を使った。多分、あれは転移魔法だ。本来なら、転移魔法によって魔王はどこかに身を移し、そこで傷を癒すこともできただろう。しかし、それは、あくまで、本来ならば、の話だ。
転移魔法は並みの魔術師にできるほど簡単ではない。力不足の魔術師がおこなうと、転送する間に消えてしまうのだ。もっとも、通常の魔王ならばそんなことはありえないはずだが、先程聖剣に突き刺されていた魔王は半分もう死んだようなもので、並みの魔術師以下、幼子と同等の魔力だった。あんな状態で転移魔法を使えば、魔王であれど、どうなったかは容易に想像できる。
勇者は両手を胸の前で組み、静かに祈りを捧げた。
―――― 安らかに眠れ ―――――