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白雪白雪

 白雪誠さんこと白雪さんに倒れている所を助けてもらった俺は、白雪さんとは別の怖い顔をした男の人に部屋に戻された。名前も分からぬ顔の良い男のことも気になるが、白雪さん自身も気になっている。この部屋、どうやら仕事部屋らしく、書類が机の上にたくさん置かれている。恩人の書類を盗み見るなんてことをする程俺は非道ではない。ただ、高校生くらいの子がこんな書類の仕事をするなんて、おかしい。彼女も高校に通っていないのだろうか。もしくは、ここにある書類は宿題の山??…いやいやいや、どう考えても宿題の山ではないだろう。こんなに多くの宿題を出す高校なんてどこの鬼校だよ。壁を埋め尽くす本棚も無名のファイルや、カバーのついてタイトルの見えない本ばかりだ。どこかの会社で働いているのだろうか。京香様と同い年ぐらいの子なのに会社にもう勤めているのだろうか。世の中で言う天才児のような人なのだろうか。そういえば、葉月様も高校に通うような歳なのに副社長として君臨している。やっぱり天才は違うんだ。俺みたいな何もできない奴とは…。

 促されているわけではないので、ベッドにも椅子にも座らず突っ立ってぼうっとしていたら、ドアが開いた。視線を移すとあの怖い顔の男だった。やはり、ピリピリとした雰囲気でこちらを見ている。


「…元気にしていますか?」


しばしの沈黙の後、男が口を開いた。ただ、第一声でそれは無いと思う。お前を見た瞬間元気がなくなりましたとでも言うべきだろうか?


「…元気です」


はい、無理です。男の視線恐い。この視線が白雪さんだったらマシなのに。いや、一番は京香様なのだろうけど。


「嘘吐くな。捨て犬」


急に尖った声で罵られた。真っ直ぐ、相手を見れば射殺されるような視線と目が合う。恐らく、この男の本性だろう。


「仮に嘘だとしてだからなんですか?それよりも、私、白雪さんにお礼を言いたいのですが」


男は『白雪』の辺りで眉をピクリと動かした。


「…彼女は今出かけた。それよりも、お前は名前をなんというんだ?」


険しい目。明らかに名前を聞く態度ではない。恐らく、この男の人は白雪さんが拾った俺が気に食わないのだろう。醜い嫉妬である。


「名前を聞くなら、先にあなたの名前を教えるべきでは?」


「っち。俺は七海羽空」


「私は遠山音瑠です。以後お見知りおきを」


「…その態度やめてくれないか?本心ではないだろ?敬語」


やはり、この男は洞察力が良いな。隆三様が欲しがる人材だと思う。


「まあ、取り繕う必要もないか。で、わざわざ俺になんのようだ」


「お前に忠告しに来た。白雪誠に手を出すな」


「手を出す?俺は今日ここを去る予定だぞ?」


「いや、そうは問屋が卸さない。白雪誠はお前を…」


七海羽空は言葉の途中でため息を吐き、口を開いた。


「お前をこの家に泊めるつもりだ」


は?こいつは何を言っている?俺はこの家をもう去るつもり満々なんだが。


「今、彼女はお前の為にいろいろと買いに出かけている。だから、今日ぐらいはここにいてくれ」


「え?買い物に行っているということか?」


「ああ。お前の服や雑貨や石鹸やらを買いに行った」


彼女は一体何を考えているのだろうか。俺なんかの為に買いに行くなんて。


「だから、お前に忠告しに来た。彼女は純粋で無垢な子だ。手を出したら、殺すから覚悟しておけよ」


今から殺しますというような表情で言われる。


「家を出て行くという選択肢はないのか?」


「ない」


俺の選びたい選択肢はすぐに切られた。


「…ところで、お前は西園寺グループの総帥のものなんだよな?」


男はこちらを観察するように見ながら問いかけてくる。恐らく白雪さんから聞いたのだろう。


「そして、西条葉月を付け回そうとしていた。お前は西条葉月と言う人間がどんな人間か知ってるのか?」


男はまるで西条葉月を知っているかのような発言をしてくる。こちらは西条葉月についてものすごく調べたため、あらかた知っている。


「葉月様は、あの有名なバード大学を卒業して現会社に勤めています。そして、人格者であり、天才であり、優しい方であります。あの方ほど素晴らしい性格の持ち主はいないと言われています」


そう答えれば、七海羽空は口をポカンと開けて固まった。恐らく、これほどの情報を得ているとは思わなかったのだろう。しばらく黙っていれば七海羽空は肩を震わせ出した。


「っはは、あははははははははは!!!!」


堪えられないとばかりに笑いだす七海羽空に俺は顔を顰めた。俺の表情を見てか七海羽空は笑いすぎて出てきた涙を拭いながら口を開いた。


「ああ、すまない。あいつが他の所ではそんな風に思われていたと思うと笑いが出てきてしまった。後であいつにも教えておこう」


()()()


「あいつ…そう、西条葉月は実際は仕事をさぼるし、大体の世間の物事には興味なし。気に入らないことがあれば拳で解決する。ただ、自分の好きな物は物凄く大切にするただの餓鬼だ。お前が思っているような理想像は存在しないと思え」


「なっ、お前が葉月様のなにを知っているんだ!」


「俺?俺は白雪社の七人の小人の一人、七海羽空。他の奴みたいに顔出しはそんなにしていないし、課も持っていない。ただの社長の書記という立場だ。ちなみに葉月とは旧友な」


「は?」


こいつはうちとライバルの白雪社の七人の小人の一人で、社長の書記で葉月様の友達?そんな奴が白雪さんの家に?つまり、白雪さんも白雪社の人間?


「言いたいことはわかる。けれど、彼女は白雪社のアルバイトをしている女子高生だ。決して不埒なことをするなよ。そろそろ彼女が帰ってくる。もし、本当にこの家を出たいと思うなら、彼女を説得しろ」


七海羽空はそう言い捨てて部屋を出た。少しした後に白雪さんの声が聞こえる。本当に帰って来たみたいだ。足音が近くなり、ノックされる。俺はドアを開けた。初めて見た時も可愛いと思ったが、今見ても相変わらず可愛い。白雪さんは微笑んで、色々と買ったものを報告してくる。


「…白雪さん。本当に申し訳ないので私は外に泊まりますよ」


「いやいやいや、さっきまで病人だったのにそんなことできないよ。最後までしっかり面倒見るから、安心して!」


ドヤ顔を俺に向けてくる白雪さん。俺は完全回復をしたと思うんだけどな。日用品を買われるという外堀が埋められたので、今日は彼女の言う通りにこの家に泊まるとする。


「…すみません、お願いします」


「良いってことよ!…で、遠山君が泊まる部屋なんだけど、下の階だからついてきて」


良いってことよが見事に滑った白雪さんは少し顔を赤くしながらも部屋を案内してくれる。一階に、誰も使っていない部屋があるそうだ。部屋は一人部屋で、綺麗なベッドに机、本棚、タンス、クローゼットと中々に充実した部屋になっている。


「で、遠山君の服はクローゼットにあるから、着替えてね。あと、お風呂も入りたいときに入っていいから。もう炊けているし」


 白雪さんは色々と説明をしてくれた後に、ごゆっくりという言葉を残し、部屋を去って行った。さっそくこの部屋の観察を始める。まずは、本棚。たくさんの本が入っている。中には、小説や図鑑など色々なジャンルの物が置かれているようだ。取りあえず、あとで詳しく見るとして着替えのクローゼットだ。クローゼットを開けてみると、普通に男が着そうな服がたくさん入っていた。適当な一着を掴み、サイズを見る。さすがに俺のサイズとは少し違うのもあるはずと思っていれば、違った。全て、俺がいつも愛用しているサイズの服であった。これは偶然か?それとも必然か?だとしたら、いつサイズを測られたんだ?得体の知れない恐怖が身を襲う。やめよう。このことに関しては考えるのはやめよう。きっと、たまたま、この部屋の中にはこの服のサイズがあったんだ。そうだそうだ。

 本棚には色々なタイトルや少し古めの本、雑誌まで入れられていた。本棚を眺めていると、一つだけ、本ではなく日記のようなものがあった。なんだろうと手に取ってみる。『紅の日記』と書かれている本を軽くめくってみる。

『12月8日 主人の仕事が忙しくなるにつれ、私と主人が会う機会も減って行った。今度は海外勤務になるかもしれないという話まで出ている。まだ幼い娘を連れて、海外とは不安だ。娘をどなたかに預けていくことはできないだろうか。

 12月13日 やはり娘はできる子である。前跳びチャンピオンになった。小学1年生でありながら、全児童の中でトップを取ったらしい。テストも満点以外を取ったことがない。これなら、海外へ行っても、すぐに英語を話せるようになるのではないだろうか。いや、今から英会話教室に通わせた方がいいかも。

 1月16日 娘が友達を連れて来た。丁度隣の家の朝比奈さんの息子さんだ。とてもおとなしい子だったけど、娘への好意が所々に見えた。偶然仕事がなかった主人が私の娘が…と悲しそうにしていたのが忘れられない。

 3月3日 ひな祭りのひな人形を飾った。娘は大変うれしそうにひなあられを食べていた。主人が顔を悪くして帰って来た。やはり海外への転勤が決まったようだ。来年の9月の頭からの勤務らしい。こちらも腹をくくらなければ。

 5月21日 娘が初めて泣いた。海外に行くことを話したのだ。仲良い子とお別れをしなければならないの?と泣き始めたのには驚いた。娘はやはり優しい性格である。

 7月31日 今日この家の戸締りをしてアメリカへと向かう。向こうの生活に慣れると良いと思う。もし、ホームシックになったなら、この家に帰って来よう。家族全員で笑って』


…。どうやら白雪さんの家の日記らしい。恐らく、母親が書いたのだろう。白雪さんの両親は海外勤務で、白雪さんだけこっちに戻ってきたという所だろうか?


「遠山君!ご飯食べない?」


ノックと共に白雪さんの声が聞こえた。俺は食べますと言って、日記を閉じ、本棚に戻した。





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