少年は
お久しぶりです!
雨に濡れて倒れた少年を家に運び、看病して1日。一時熱があった少年は現在、熱が下がり落ち着いている。ただ、目が覚めない。心配だけど、今日は期末テストだ。休むわけには行かない。少年の靴を隠し、書記に普通の対応をして、普通に朝議を行い、学校に向かう。仕事は家でやろう。恐らく各課の選考がほぼ決まり、後は最終確認のみだ。さすがに書記やみんなに疑われるかもしれないけれど、今期末だから勉強に誘われたと言っておこう。…明日はきちんと行こう。
期末一日目を終え、学校から家に戻り、2階の社長室にある簡易ベッドに寝かせている少年を見に向かう。少年は安らかな寝息を立てて寝ていた。確認して、部屋を出ようとすると、
「…ん」
という微かな声と共にベッドで動く音が聞こえる。起きたかなとベッドに近寄ると、微かに目が開いた少年と目が合った。
「あ…」
小さく声を上げた少年は一瞬怯えた顔をして、素早い動きでベッドを降りた。
「す、すいません」
「えーと、私、白雪誠って言います。あなたは道端で倒れていたんですけれど覚えてますか?」
「…は、はい。助けてくれたんですか?」
「助けたって程ではないけど、あなたが倒れているのほっとけなくてね」
「…あ、ありがとうございます」
「いえいえ、名前…よかったら聞いてもいいかな?」
「遠山…遠山音瑠です」
「遠山くんって言うんだね?歳は?」
「15歳です」
「ん?誕生日はいつ?」
「9月13日です」
…。年下だと思ってた。驚きを顔に出さないようにしながら、そうなんだと頷く。ごめん、中学生ぐらいかと思ってた。同い年だったんだね。
「その、白雪さんの保護者様にはご迷惑かけていませんか?ここってお父様の仕事部屋では?」
「…ああ。そこは大丈夫だよ。だって、ここは私しか住んでないから。つまり、この家の主人は私だよ」
「あ、そうだったんですか。不躾なことをすみません」
「気にしないで。ところで、遠山君は保護者とか大丈夫?何処か連絡すべきところはない?」
そう聞いた途端、遠山君は顔を強張らせた。恐らく聞かない方がよかったのだろう。
「すみません。実は捨てられたんです。なので、保護者は…」
そうか。彼も親がいないのか…。いや、ん?捨てられた?
「えっと、捨てられて彷徨っていたの?」
「はい…」
しょぼんと答える遠山君。…信じられない。子供を捨てる親がいるなんて!
「遠山君!」
「は、はい!」
「あなたの保護者はなんていう名前なの!?私が殴り込みに行ってあげる!」
「え、えええ!?そ、それはダメですよ!白雪さんが殺されちゃいます!」
遠山君の言葉で頭が急激に冷える。…殺される?
「そんなに厳つい人なの?遠山君のご両親」
遠山君の表情がキョトンとした顔になった。
「親…ですか?私の親はわからないです。私…捨て子だったので」
「ん!?捨て子?つまり今の保護者は?」
「今は西園寺隆三様です」
さ、西園寺隆三!?あの西園寺グループの!?
「いくら白雪さんが優しい方でも西園寺様が相手では太刀打ちできません。それに、捨てられたのは私の方に落ち度があったからです」
まだ未成年を落ち度があるからって捨てるってやっぱり性格悪すぎじゃない?西園寺隆三。私の不満が顔に表れていたのか遠山君は慌てたように弁明しだした。
「じ、じつは私が京香様に命令されたことを実行できなかったからなんです…」
京香??ああ、5月ぐらいに葉月を引き抜こうとした元凶の西園寺のお嬢様か…。
「なにを命令されたの?」
碌なことでないと思いながらも念のため聞いておく。犯罪まがいのことを命令されていたなら遠山君は絶対に西園寺には引き渡さないつもりだ。
「…盗撮です」
「は?」
盗撮?相手の許可を取らずに勝手に写真を撮る行為?肖像権の侵害?相手への迷惑?ストーカー?
「さ、西条葉月様の写真を撮ってきてほしいと言われました。そのため、なんども白雪社への侵入、西園寺葉月様の日々の様子を観察しようとしたのですが、葉月様はあらゆるところで姿を消し、カメラを構えると残像も映らないという素早さで…失敗し、いらないと解雇されました」
…我が社への侵入、及び社員の私生活妨害?というか遠山君すごくない?
「…遠山君すごいね。白雪社のセキュリティーって結構厳しいみたいなのに、それを抜けて侵入しちゃうなんて」
私も気づけていなかったわ。もしかして、遠山君は忍者の末裔だったりするのかな?遠山君が慌てたように口を開けた。
「いやいや、侵入なんてとんでもなかったです!いつも警備員さんに見つかってつまみ出されていました。なので、白雪社に入ることはできませんでした」
警備員さん…つまり警備課の人か。純め、こういうことは報告しといて欲しいんだけど。あとで忠告しておこう。
「でも、観察しなきゃいけないんでしょ?どうしていたの?」
「隆三様にお願いして大きな望遠鏡を反対側のビルの屋上に持ってきて、セットして観察していました」
望遠鏡で観察!?すごい執念だ…。いや、命令だからここまでやったのかな?一応、社内からは外が一望で来て、外からはぼんやり見えるぐらいの窓ガラスを設計したんだけど。
「み、見えたの?」
「残念ながら見えませんでした。白雪社のセキュリティーにこの時ほど苛立ちを覚えたことはありませんでした。お蔭で捨てられましたし」
…つまり、我が社のセキュリティーの強さが原因で遠山君は解雇されたということか。いや、違う違う!今確かに罪悪感を感じたけど悪いのは西園寺家だから!なんだよ、葉月の観察って!あのお嬢様の部屋には葉月の写真がたくさん飾られていたりするの!?気持ち悪い!
「そ、そうなんだ」
これしか相槌を打てない。
「私はこれから何処かで職を探してきます。住む家も食べ物もありませんし」
「ちょっと待った!それはちょっと待って!」
部屋から出て行こうとする遠山君を止める。未成年が住処も食べ物もなく職を探そうとしている。
「な、なんですか?」
驚いたように足を止める遠山君。しばしの沈黙。
「も、もしかして看病した代わりにお礼を求めていますか?この件はありがとうございました。けれどいつまでも白雪さんに負担をかけるのは非常に申し訳ないです。この恩はいつかお返しします」
お礼を言い、私の手を離そうとする遠山君。残念。握力45を舐めないでほしい。
「くっ、離せない!?一体こんな力がどこに!?まるでゴリラのような力が!!」
ご、ゴリラですと?私の力ってゴリラ並みなの!?いやいやいやいや、きっと遠山君が女子並みに力が弱いだけでしょ。いや、私が女子並みなはずだから、女子以下ってことだよね。わ~、弱い弱い。力が弱い男子ってかわいいな。と思っていたら、腕を急激に引かれて遠山君にドアを開けられる。これ以上はいけないと更に力を入れて遠山君にしがみつく。いや、抱き着く。行くなら、私の屍を超えていけ。
「ちょ、白雪さん!?」
遠山君の焦った声が聞こえる。そんな演技をしたって騙されないよ。逃がさないよ。ふと、遠山君の声以外に足の音が聞こえた。
「…そこでなにをしているんですか?誠さん?」
いつもよりも十倍程低い声を出しているな。…ってなんであんたがここにいるの!?遠山君の胸に被さっていた顔を上げ、勢いよく左を見る。そこには、ものすごく冷たい視線をした書記が立っていた。




