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地獄の社員選考11

 1日目、スパイの騒動があったが2日目は何事もなく無事に終わった。そして、一週間かけて新入社員を選考していくのだ。ただ、2日で5034人という人数を捌ききったのは大きな仕事だっただろう。これは、ボーナスを社員全員に与えなくては。そして、選考は主に7人の小人と人事部に任せて、私はまだ企画書すら作っていないショッピング計画の方に取り掛かろう。というわけで、選考が終わった直後で面接部屋などの片づけをしている社員たちを眺めながら、7人の小人を探していくのだった。



 ようやく、人事部にとって地獄だった新入社員選考の山場が終わり、あとは各課が選考をするだけになった。そこで俺は各課へデータを送信するために、警備課の管轄下にある情報管理部へと出入りし、貴重なデータを運び出す。そして、それは警備課の二人に両脇を固められおそるおそるといった形で運び出すものだ。今もガチムチマッチョに両脇をしかと固められ貴重な個人情報が入ったUSBメモリを両手の真ん中に置きながら歩いている。少しでも不審な動きをするとマッチョ二人が見えない速さで両腕を握ってくるのでびっくりして叫び声をあげてしまう。これが非常に恥ずかしいことだと思う。過去に1度やり、仕事途中で廊下を歩いていた社員がくすっと笑っていたのがいまだにトラウマだ。どうしてこのように部長自らが地下の警備課からUSBを取ってきて、23階の人事部の所までガチムチマッチョに挟まれながら運ばないといけないのか。なんならこのマッチョ二人が仲良くUSBを運べばいいのではなかろうか。やっとの思いで人事部の前まで来て扉を開けてもらう。そのまま警備課のマッチョたちは客席でUSBの行方を目で追うのが常なのだが、今回客席には先客がいた。あの7人の小人の一人、秋風琴音だ。正直、俺は7人の小人をよく思っていない。そして、その中で特に嫌いなのがこの女だ。俺が()()()()()()()()を捨てた以来、上から目線でお前が悪いと言わんばかりにこき使うのだ。ただ、その乾燥した変な物体を捨てただけだというのに、お前はこの世で一番大切なものを捨てたと怒ってくる。あとで確認したところスルメということが分かった。あいつはスルメが好きなのを知っているが、それにしてもたかがひとつ捨てたくらいで約1年ずっと恨みっぱなしというのはおかしいと思う。俺だって、好きな物があるが、それを捨てられたって別にどうも思わない気がする。…いや、思うか?でもさすがに1年はやり過ぎだと思う。


「こんにちは。速人。今日はあなたに仕事を持ってきたの」


おっと、また仕事という名の嫌がらせか?


「そんな嫌そうな顔をしないでほしい。今日は社長からの直々の命令で来てるのよ」


「社長!?」


「そう。まずはデータを今持ってきてこれから印刷して各課に回すところでしょ?それの細かい指示は去年と同じ。そして、今回の最低獲得点数は453ね。これ以下には不採用の通知を出しといて」


最低獲得点数とはこの面接、筆記試験を受けての合計得点があるのだが、その選考に値する点数を最低獲得点数という。ちなみにこの最低獲得点数は社長が決めているのだが、毎回見事に選考の平均点を当てている。なお、この選考の筆記試験はとても難しい。最初は簡単だが、後半は外国の有名な大学の人じゃないと解けないのではと思うような内容だ。俺は残念ながら解けなかった。一体誰が作った問題なんだ。


 それにしても最低獲得点数が453点か…。面接が300点満点、筆記が700点満点の1000点満点の半分以下が平均ということからテストの難しさが垣間見える。そして、最低獲得点数が去年よりも上がっているのを見ると、今年はいい人材が入ってきそうな予感がする。


「了解した。とりあえず俺はデータを読み込み、振り分けを行う、という仕事をやるんだな?で、秋風はなぜここに?」


「仕事の内容を伝えることと、速人の仕事の手伝いに。とりあえず、データの振り分けはあなた一人でできるからして、不採用通知の印刷と、封筒づくりはここの部下がやる。そして、私は基準を満たした人の振り分けを行うわ。あなたの部屋の机にこのPCを置かせてもらうわ。で、そこをほっつき歩いているあなた」


秋風はその辺を徘徊していた零士に声を掛けた。


「は、はい!」


急な使命に驚いた零士は若干声を上ずらせて返事をする。


「今から、不採用のための封筒と書類を用意してほしいの。不採用の書類は2年目の人に教えてもらったり、仲間と分担してやりなさい。これがサンプル。そして、封筒と白雪社の印鑑、それとボールペンを用意しときなさい。恐らく不合格者は千人以上になるからそれぐらいは作っときなさい」


秋風の言葉が室内全体に聞こえたのか、室内がシーンとする。そして、緊張の雰囲気が生まれる。秋風はそんな空気に特に気づかず、俺に向けて言葉を発した。


「さあ、速人。貴方の人事部は私達が仕事を終えるまでにこの仕事を終わらせられるかしら?」


明らかな挑発だった。促され、俺は無言のまま部長にあてがわれた部屋へと向かう。警備課のマッチョは秋風と入替で客席に座り、慌てだした人事部の風景を見つめていた。


 「おい、なんであんな挑発的なことを俺の部下たちに言ったんだ」


人事部部長室の部屋に入り、扉を閉めた後、俺は秋風にデスクを提供しながら問いかけた。


「あんまりにものんびりしているように見えたのでちょっと悪戯心が…」


秋風の言い分はかなり理不尽だった。


「俺に対してなにか言うのは構わないが、他人まで巻き込むな」


「正論をどうも」


「…」


秋風の態度にイラつきながら俺は自身のパソコンに件のUSBをぶっ刺す。しばらくして、データが読み込め、一覧が開かれる準備に入る。去年もだったがこの時に問題が出てくるんだ。これを解いて初めてデータを開ける。準備が完了するとイルカのイラストが画面に表れる。


 『今年も参上!謎解きタイム!今回のなぞなぞは…』


「っち。やっぱり出てくるのか。今回は…化学式!?」


科学分野は俺の苦手分野だ。


「あ、そのデータを保護しているセキュリティが出現したのね」


「ああ。去年もすごく時間がかかった…。まったく誰だよ、こんなの作っているのは」


また去年のような悪夢を見るのではないかと上を見上げれば、きょとんとした顔の秋風と目が合った。お互いにしばらく見つめ合う。


「…て、何だその顔は」


「知らないの?そのセキュリティの名前は真純くんよ。社長と東原の合作よ。今回は東原がセキュリティを作ったんでしょうね。彼、PCと運動ならずば抜けてるから。で、科学は私の得意分野だけど、手は必要なのかしら?」


東原…あの警備課の…俺は実際に顔を見たことがないのでマッチョしか想像できない。マッチョが大きな手でキーボードを叩くイメージが頭に沸く。


「ほら、こいつよ」


秋風が見せてきたのは短い黒い髪に切れ長の目、整っている顔に細身の筋肉を身に付けている男を横から撮った写真だった。壁に寄りかかり、一点を見つめている男は何を思っているのだろうか。


「で、問題は…なるほど。これはこうよ」


秋風が回り込んで俺のパソコンを覗き、答を打ち込む。答えは全く予想だにしないもので、どうしてこの答えになるのかを考えるのは面倒くさそうなので放棄した。


「社長はこのセキュリティを見込んで私を派遣したのかもしれないわね…。つまり私の仕事は終わり?帰っていい?新しい実験をしたいのだけど」


「なあ、社長は誰なん」


…だ?と言おうとして口を閉じる。そんなの教えてくれるはずがない。今までどの奴に聞いても内緒と帰って来たからな。


「は?社長?社長なんてあなた何回も見ていない?最近はしょっちゅうここへ出入りしているでしょ?」


「え?」


「分からないの?社長は白霧静よ?」


…ん?今なんて言った?って…。


「は、はああああああああ!?」


「…あっ。苛立ちで言ってしまったわ…」


ど、どういうことだ?どういことだ??白霧静…社長…。…思い当たる節がある気がする。あんなに颯爽とお手伝いに来て去って行き、社員の状態を把握しての解雇…。…ま、待てよ…。俺、白霧のことなんて呼んでる?


『おい、ちびっこ』


ちびっこという言葉が俺の中でリピートされる…。今まで白霧静にしていた、いや、社長にしていたことが走馬灯のように蘇ってくる。お、俺はいままで何を!?!?


「ちょっと、速人。いい?私が思わず口を開いてしまった。つまり、あなたは社長のことは何も知らない。これまでどおり生きなさいよ?社長が自分から身を明かすまで、知らんぷりを続けなさい」


秋風が切羽詰まった顔でこちらを見て言った。思わず頷く。俺が理解したのを確認して秋風は息をフウと吐いた。待て…俺、社長を男だと思っていたんだが、女ってことだよな?それで、下手したら俺よりも若いよな?


 ふと、他社からの引き抜きのメールが思い浮かぶ。…あれも社長本人に社長はどんな奴かを聞いていたんだよな。




 秋風は自分の仕事に戻り、俺も部長室で大体の仕分けが済んだ頃、ドアが叩かれた。


「部長、白霧さんです」


!?思わず席を立ちあがり部屋内を見回す。…どこも汚いところないよな?


「…いいぞ」


そう言うと、ドアがゆっくり開き、相変わらずの白霧静が立っていた。


「失礼します。経理部から人材のデータはまだかということで遣わされてきました」


「あ、ああ」


「…?風山部長?」


「いや、残念ながら経理部はまだ終わってないな。課の方の圧力が強くて先にそちらをやってしまっている」


俺はそう言ってため息を吐いた。他の人事部の奴等にも仕事を任せているのに一向に終わらない。これでは、明日の平日まで長引くだろう。


「…では、経理部の分は私がやっておきます。最低得点数を下回ったものを抜かしただけでも1000はありますからね。大変ですよね」


「いぇ…いや、そういうわけにはいかない!その書類分けは経理部を優先に行う。君は客席に座って待っていろ」


そうだ。社長の手を煩わせるわけにはいかない。俺がなんとかしなくては!社長が自分のことを見てくれていると思うだけで胸の内が熱くなり、仕事に集中できる気がしてくる。


「え…いえいえ、わたしがやりますよ。人事部は課を優先してください。経理部はしっかりとやりますので。そして、客席は警備課の方がいますので座りづらいんです」


そう言って社長は俺のデスクに積まれている大量の書類を少し持ち、書類を分け始めた。これがまた速い。俺も仕事の速さには若干の自信があったが、社長は段違いに速い。見る見るうちに書類が捌かれた。


「では、私はこれで失礼します」


社長は書類を片手に出て行ってしまう。一人になった部屋で俺はただ扉を見つめていた。



真純ますみ=白雪誠の「ま」+東原純の「純」


いつも読んでいただきありがとうございます。


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