オマジナイの話
Yさんは久しぶりに帰郷して同級生のHと再開し、酒を飲んでいた。
H「そういえばTの奴最近死んだぜ」
Y「え!そうなの!、ずっと療養してたけど病気悪化したん?」
H「いやあ、てゆーかいつまでも病気が治らなくてさあ、堪えかねて自殺したらしいのよ」
Y「そっかあ…可哀想になあ…。5年生の頃からずっとだもんなあ」
H「はあ?何が可哀想だよ?良い気味だぜあんな奴、てゆーかお前が一番被害に遭ってたじゃん!」
YさんはT君に虐められていた事を思い出していた。
Y「まあねえ、でも小学生なら人格だって育ってないし恨んでないよ、彼、家庭環境も悪かったしさ」
T君の親がヤクザ崩れのチンピラなのは学校でも有名だった。
H「あの親な!明子の一家を殺した様なもんだしよお」
Y「え!何で?、明子ちゃん家は事故だったはずでしょ?」
H「一家心中だよ…。借金の取り立てをTの親がやっててさあ、追い込まれた明子ん家は車で崖下に落ちて全員…」
明子ちゃんは同じクラスの女の子で4年生の時に亡くなった。Hは近所だったから詳しい事情を知っていたらしい。
H「まーあいつの親もその後、飲酒運転で事故って障害残ってどっか消えちまったし、因果応報だぜ」
Y「でもそれは親が悪いんであってT君は関係無い事でしょ?その後病気になっておばあちゃんに引き取られてさあ、可哀想だったなあ」
H「つくづく平和主義だなお前、Tは明子に「金返せ」って虐めてたしよお、事情知ってたんだぜアイツ…。そんなヤツよく庇うなお前」
Y「昔から導火線長いんだよねオレ、そっかあ、知らなかったよそんな事…。そんな事も知らずに、いつかはT君と仲良くなりたいと思って「おまじない」したりしたなあ、結局効かなかったけど」
H「何それ?」
Yさんは店内の照明にグラスを透かしながら思い出を語った。
Y君は地下の倉庫に閉じ込められていた。
この小学校は一階校舎と同じだけの広さの地下室あり、倉庫として使っていた。普段使わない運動会や年間行事の道具、予備の机や椅子、ロッカーや昔の教材等が巨大な空間に雑然と納められていた。蛍光灯の何本かは切れて点いておらず、何本かは点滅を繰り返しており全ては見渡せない。奧の方はこの学校が無くなるまで絶対そのままなんだろうなあ、とY君は冷静だった。
こんな事はしょっちゅうで、T君の放課後は大抵、無抵抗なY君への嫌がらせで終わっていた。Y君は鍵の掛かったドアを背に、この状況が先生にばれた場合、T君が怒られない様な言い訳を考えながら、脱出の方法を探っていた。その時、ドアの鍵を開けて用務員のおじさんが倉庫へ入ってきた。用務員さんはY君に驚きもせず、アルミのバケツを重ねて持って行こうとしていた。
用務員「閉じ込められたんか」
Y「遊んでたら間違って鍵をか
用務員「間違いで鍵掛けてそのままなんて事あるか?、Tは一家でしょうもねえなあ」
H「なに、用務員さんはTがお前を閉じ込めたの知ってたの?」
Y「あの言い方は間違いなく見てたね、それどころかT君の家族も知ってる風だったね」
H「見ててTを止めたり叱ったりしなかったんだな用務員、確かあの人子供嫌いだったもんな、てか、『おじさん』っていうか『おじいさん』に近かったよなあの人、なんて名前だったかなあ?」
Y「Kさんだよ。Kさんは挨拶しても無視が定番だったよね」
H「そうそうKだ、子供嫌いなのになんで用務員やってたんだろうなあ」
K「早く出てけよ」
Y「すみません…」
Kさんはバケツを抱えて言った。
K「Tにはやり返さないのか?」
Y「…」
K「やり返さないといつまで経っても虐められ続けるぞ」
Y「仲良くしたいんです」
K「?」
Y「仲良くなって皆への意地悪を辞めさせるんです、そうすればT君もな
K「無駄な事だ、早目にやり返せよ」
そう言ってKさんは階段を登って行った。
次の日Y君は、一人で居残り掃除をさせられていた。T君がやったイタズラを自分のせいにされ、先生に罰を与えられたのだ。掃除を終え、職員室で先生に割れた花瓶の事をもう一度謝り、下駄箱で靴を履き替えていると、突然後ろから肩を叩かれた。
Kさんだった。
K「驚かしてすまんね」
Y「い、いえ」
K「またTのせいで遅くなったみたいだね」
Kさんは今日の事も知っているみたいだし、突然現れたりしてなんだかY君は怖かった。何も言えずうつ向いて居るとKさんは続けた。
K「昨日君はTと仲良しに成りたいって言ってたね」
Y「はい…」
K「良かったらこれをあげようと思ってな」
それは中指サイズの木製の人形だった。だが、木彫りとほ言えない程度の不恰好な、人の形だけ辛うじて成した物で、きっと古いのだろう、朽ちて崩れる寸前といった状態だった。Y君は少しちゅうちょした。
K「これはありがたい神社で貰ったオマジナイ用の人形でな、相手に持たすと縁が出来るんだ」
Y「縁?」
K「まあ仲良くなれるってことだ」
Y「すげえ!貰ってもいいの!?」
K「ああ、使い方を説明するぞ」
H「それがオマジナイか?」
Y「そう」
H「てゆーかそんなボロい人形なら気味わるくね?だいたいなんでKさんがお前にそんなもんくれんのよ」
Y「きっと僕の事を気の毒に思ったんでしょ?人形はボロかったけど逆にオマジナイが効きそうな雰囲気だったよ」
H「で?人形どうしたのよ」
Y「良くT君家に呼び出されてたじゃん?その時に隙を見て、ランドセルのポケットに頭をもぎ取って詰め込んだよ」
H「頭をもぎった⁉なんだよそれ!」
Y「Kさんがそうやって使うと説明してくれたんだよ、それで胴体を持っている人は頭を渡した相手と縁が出来るんだって」
H「なんでランドセルに入れたのよ」
Y「それもKさんに教わったんだよ、普通に渡しても捨てられるから、ランドセルの使っていない飾りのポケットに詰め込んだら気づかないって」
H「胴体は?」
Y「それがさあ、『オマジナイをしたらこっそり教えて』って言われてたからKさんに報告したんだよ。そしたら胴体見せろって言われて、見せたとたんに持ってっちゃったんだよねKさん。何だったんだろう」
Hさんは眉間にシワを寄せて暫く黙っていた。
H「それいつ頃の話?」
Y「5年生になって直ぐだから春だったね」
Hさんはまた黙ってしまったが、今度は下を向いていた。
Y「どうしたのよ」
H「なあ…、それってオマジナイじゃなくて『呪い』じゃね?」
Y「そんな訳無いじゃん、何言ってんの?」
Yさんは笑って返したが、Hさんは真面目だ。
H「Tの親が事故ったの春過ぎだろ?んでTの具合が悪くなったのもその後じゃん?」
Y「偶然でしょ?だいたいKさんがなんでT君を呪うのさ」
H「そーなんだよな~、そこをさっきから考えてたんだけどさ~…、でも人形の頭をもぎ取るっていかにも呪いっぽくね?呪いの発動スイッチみたいな」
Y「まあね、もう確認しようもないけどね」
その後、昔話に花を咲かせ満足した二人は飲み屋を後にしてそれぞれの帰路に着いた。道すがら、Yさんはふと思った。
Y「そう言えば明子ちゃんの名字もKだったなあ」
終わり