「第五話」
【第五話】
嫌な予感通り、蒼園詩音様が花嫁衣装らしき和服で髪を結い化粧し、トランク――恐らく中身は衣類だろうと思われる――と一緒にやって来てしまった。思わず心の中で様付けしてしまう俺である。そして詩音様は開口一番こう言う。
「お嫁入りに来ました」
俺の予想通り! 一言一句違えずに鈴が鳴るような声で言いました! それだけで止まらずに次に……
「しきたりに従い緋羽家に嫁ぎに来ました。もう実家には戻れません。どうか末永くよろしくお願いします。止水君……いえ旦那様」
その言葉が詩音の口から出た瞬間……! リビングは阿鼻叫喚地獄絵図の様相を呈した。
秘蔵のお酒で祝いだすもの、泣きながらビールや大和皇国酒でヤケ酒をかっくらうもの、脳内処理が追いつかずフリーズしてしまうもの、泣きながら走り去ってしまうもの、汚物を見るような目で俺の事見てくるもの、涙目で頬膨らませて此方を見てくるもの等々反応は多彩である。
ちなみに母さんと婆ちゃんは祝いだすもので、汚物を見るような目で俺の事を見てくるのは安定の千春夜。いやー流石だ。涙目で頬を膨らませて此方を見てくるものは妹様。こりゃ後でお仕置きされるな。他のリアクションは全部門下生である。
「あの旦那様、御両親に御挨拶したいのですけど……どちらに?」
あまりにも自然に言われたので俺はすんなり両親を紹介してしまった。自分で自分の首を絞めている気がする。
「そこで酒で祝ってるのが、母さんと婆ちゃん。父さんと爺ちゃんは、俺らに道場任して武者修行の旅に出てるよ……って! そうじゃなくて裸見られたら嫁入り云々の話はマジだったのか!?」
「マジよ。マジのマジよ。」
きっと達の悪い冗談であろうと思っていたが、詩音はマジであったようだ。どうしよう、このままじゃ俺の高校生活がめちゃくちゃになってしまう……!!
「お母さまとお父さまに話したら、お母さまはにこやかに、お父さまは断腸の思いで送り出してくれたわ」
そういうと、淑やかに微笑んだ後にこう聞いてきた……もうどうにでもしてくれという感じだ。
「『お義母さま』と御婆さまに御挨拶したいから、『お義母さま』と御婆さまのお名前教えてくださる? 旦那様?」
その問いはお母さまがお義母さまと聞こえた。そしてそれには有無を言わさない抗えない迫力があった。
「はい。母は緋羽静香、祖母は緋羽清と申します」
思わず居住まいを正してしまう。前々から分かっていたけど、本気になった女子、怖えええぇぇぇぇぇぇ!! マジで怖えええぇぇぇぇぇぇ!! 思わずおしっこ漏らしそうになったぜ……と言いそうになってしまった。
そうこうしているうちに詩音が挨拶を始めていた。
「お初にお目に掛かります。私蒼園詩音と申します。本日は止水さんのご家族に嫁入りのご挨拶に参りました。不束者ですがよろしくお願い存じます」
その楚々とした礼節に則った挨拶にうちの保護者たちも居住まい正し、挨拶を返そうと母さんが口を開こうとした正にその瞬間……!! 二人の女子が口を挿んだ。
「「ちょっとまった!!」」
それは千春夜と佳奈であった。
佳奈はともかく千春夜が口を挿むのは意外であった。普段から人を小馬鹿にしたようなあの千春夜が、普段から俺の扱いが雑なあの千春夜が口を挿んだのだ! これは由々しき事態ですぞ、お父様……!! 今すぐにでも天変地異がおきそうですぞ、お爺様……!! でもなんで挿んでくれたんだろう? 謎だ……! 不気味だ……!
「ええと……あなた達は妹の佳奈ちゃんとあなたはどちら様でしょう? もし家族でなければ口を挿まないでほしいのですが……」
控えめな物言いだがきっぱりと主張している言葉に千春夜は一瞬怯むが、持ち前の強い性格を発揮して言い返す。
「家族じゃないけど……幼馴染でずっと一緒に稽古や遊んだ仲だから一言言わせてもらうわ!
あなた本当に止水が好きなの?好きなんだったら反対はしないわ。でももし違うんだったら反対させてもらうわよ」
その千春夜の強気な言葉に物怖じせず詩音が言い返す。
「切っ掛けは裸を見られたことだけど、私は確かに止水君を愛しているわ。紳士的なところや可愛いところとかね。あとは一緒に生活しながら見つけていくわ」
その言い様に文句を付けようとした千春夜だが、そこに酔っぱらいながら妹様が口を挿んだ。
「お兄ちゃんは佳奈とけっこんするんだもん! お兄ちゃんはお兄ちゃんでも血がつながってないからできるもん!」
緋羽家の禁忌に佳奈が触れてしまう。
普段温厚な母さんが鋭い叱責をとばす。
「佳奈! それ以上は言ったら駄目よ!」
「だって! だって! このどろぼうねこが……うわぁぁぁぁぁぁん!」
とうとう佳奈が泣き出してしまった。
泣き出したいのは俺だよ……。
母さんが詩音に今のやり取りについて言う。
「そのうち話すから、今は忘れて頂戴」
「わかりました。本当の家族と認めてくれた時に聞かせてください」
そういうと詩音は微笑んだ。
「なに、佳奈の事泣かしてんのよ!!」
「あら、私のせいかしら?」
千春夜の怒鳴り声に詩音はしれっと言う。俺が口を挿む余地は無い。
二人とも殺気立っている口を挿んだら命が無い気がする。
「はっ?あんたが嫁入りとか馬鹿な事言ってるから佳奈が泣いたんでしょ!」
「馬鹿な事とは失礼ね。私は至極真面目よ。それとも私に止水君を取られて嫉妬してるのかしら?」
「あっ、ありえないわよ!誰がこんな馬鹿に嫉妬するか!」
そうそう、千春夜は俺なんかに嫉妬しない。異性としてみられてないからな。おまけにいつも人を小馬鹿どころか大馬鹿扱いしてるし。
「じゃあ、私が止水君と結婚しても問題ないわよね? あなたは止水君の『ただの幼馴染』なのだから」
「べ、別に良いわよ。私と止水はただの幼馴染だもの……」
何故か千春夜は涙目になっている。何故だろう?
「おい千春夜、なんで涙目になってんだ?」
「うるさい! 馬鹿! 涙目になんかなってない! あんたはそこの女と仲良くしてればいいでしょ!」
そう言い残してリビングから出て行ってしまった。後を追おうとしたが、母さんに止められてしまう。
「止水ちゃん、千春夜ちゃんはそっとしといてあげなさい」
「でもなぁ……」
「いいから。ね?私がフォローしとくから」
「はい」
渋々了解の意をしめす。
そしてそれを見ていた詩音が口を開く。
「これからよろしくね。止水君!」
「とりあえず詩音ちゃんは正式な嫁入り前にお試し嫁入りしてもらって、止水に相応しいのか見極めさせてもらうわ。止水ちゃんも、詩音ちゃんも異論はないわね?」
俺が返事をしようとしたら母さんが鶴の一言をあげた。
「もちろんです」
「まあ、いきなり結婚じゃなければいいよ」
こんな事になってしまって、俺の人生はどこえ向かうのだろうか……果たしてこれからどうなることやら。