「第一話」
【第一話】
「ただいま」
学園のシャワー室で血を洗い流した俺は家に帰り、家族に試験結果を報告しようとしたが……某格闘ゲームのRIKISI(力士)のように鳩尾にヘッドダイブして来る者が居る。
「お兄ちゃん! お帰り!」
「ごふっ!」
果たしてその正体は可愛い妹である、緋羽佳奈であった。春なのに家の中だからセーフという謎のルールでタンクトップにホットパンツという出で立ちで家を闊歩する人と狼のハーフだ。当然狼耳と銀色の尻尾が生えている。このようにさっきのミノタウルスもそうだけど人と交じりあった者が住んでいる。
「Oh……可愛いマイシスターYO。お兄ちゃん試験から帰ってきたお疲れボディなのだよ。いきなりスーパー頭突きは勘弁しておくれ」
スーパー頭突きのダメージに耐えつつそう言うと佳奈は……。
「いいでしょーお兄ちゃん! お兄ちゃん帰ってくるの待ってる間、いつもより沢山お母さんのお手伝いしたんだよー。だからお散歩行こうお散歩!」
うーむ……我が妹ながら可愛い!
強いし破壊力抜群だぜ!
「まず母さんと婆ちゃんに試験結果報告してくるからちょっとだけ待っててくれ。親父と爺ちゃんは武者修行の旅に出ていて居ないからいいとして……」
さて、どうしたもんかと考え……ふと聞いた。
「ところで母さん達は何処にいるんだ?
奏、来年高校生なんだから報告の間ぐらい我慢できるよな?
一つお姉さんになるんだからもちろん平気ダヨね~?」
可愛い妹に問いかける。
佳奈でもそう言われては引き下がるしかなかったようで渋々教えてくれた。
本当に渋々とっ言った感じである。
「お母さん達なら、道場に居るよ。うー……報告したら、お散歩行ってくれる?っていうか試験どうだったの? 合格した?」
「お兄ちゃん、それを最初に聞いて欲しかったよ」
心の底からガックリする様に言ったら……。
「だって当然合格すると思ってたしね。だって佳奈のお兄ちゃんだもん!」
という素晴らしい信頼感のお言葉を頂いてしまい、それ以上何も言えなくなってしまった。
末恐ろしい妹である。
思わず有頂天になってしまうぜ!
「当然、合格したけどね」
「おめでとう! お兄ちゃん!」
俺がしれっと言うと、ホットパンツの尻尾穴から出ている尻尾をバタバタさせて喜んでくれた。
「じゃあ、兄ちゃん今度こそ母さんと婆ちゃんに報告してくる」
「いってらっしゃい早く戻ってきてね!」
と可愛い妹は今度こそ送り出してくれる。
実に十分ほどのやり取りをした。
疲れたよ……。
†
道場から活気のある声が聞こえてきた。そこには母さん――人狼のせいかどうみても、14歳の子供が居るようには見えない――20代前半にしか見えない若々しい女性と、とても矍鑠とした老婆が門下生に稽古をつけていた。
二人にきりのいいところで声を掛けようとしたら、一部の門下生に気づかれ『若』と声を掛けられてしまい……。
途端に今まで気づいてなかった門下生にも同じように呼ばれてしまう。
そうしたら門下生全員に『お勤めご苦労様です、若』と唱和されてしまった。
「いやいや、ヤクザじゃないんだからそれはやめようよ!」
門下生のそのノリに思わずツッコミを入れてしまう俺。
そのノリに思わず本来の目的を忘れてしまいそうになる。
「母さん、婆ちゃん。鋼刃学園の入試、合格したよ!」
その言葉にその場にいる全員が反応し、歓喜や狂喜の声を上げ、城門を破壊する破城鎚のような勢いで突撃してくる。
「ぎゃああああああ!!」
そしてそれに巻き込まれる俺。なす術もなく体を持ち上げられ、そのまま胴上げされ勢い余って、全身を激しく天井に叩きつけられ鼠に噛まれた猫の様な悲鳴を上げたのだった。
「愛する家族よ……せっかく合格したのに先立つ不孝をお許し下さい……」
床でピクピク痙攣しながら末期の言葉を呟いていると、母さんと婆ちゃんがやれやれといった表情で見てくる。
「おおげさな子ね~。止水ちゃん、あなたぶつかる寸前に『鋼剄』使ってたでしょ」
「そうじゃぞ。この小娘共の眼は誤魔化せてもわし等の眼は誤魔化せんぞ?」
ここでいう『鋼剄』とは体を硬化させる防御用の基本剄術である。
俺は大袈裟な仕草で『やっぱり?』という顔をする――
保護者達にはバレバレのようだ。
「ちぇっ、ばれたか」
そう呟いた直後、母屋の方から一人の女の子が現れた。歳の頃は15、6歳ぐらいの可愛らしいというよりは美人といった方がしっくり来る感じの星空のような色の黒髪を後ろで束ねた女の子が、スポーツドリンクが入っていると思しきウォーターサーバーを持ちやってくる。
「何馬鹿なことやってんのよ」
開口一番、人のことを馬鹿にしてくるのは俺の幼馴染。なんとこの娘――名前は『姫咲千春夜』――実は鋼刃学園の推薦試験を受けて、早々に合格してしまった才媛だが、その性格は仮面優等生。俺に対する接し方は公的な場やよく知らない人の前では優しく、献身的で暴言など吐かない理想の女の子なのだが……よく知ってる人の前では人を小馬鹿にした態度や打撃や罵詈雑言が飛んでくる極悪非道な女なのだ。
「聞きまして奥様、マジ怖いですわですわ」
俺の対応を見た千春夜はというと……
「うわっ……きもっ……! 変態からオネエ系にジョブチェンジした!」
その反応に対して俺は苦笑いし、門下生と保護者一同は、また始まったかという感じの生暖かい目をこちらに向けて来る。そして俺が言い返そうと口を開き、言葉を発しようとしたら、道場の入口が開き、銀色の弾丸が突撃して来た。言うまでもなく散歩に行く約束していた妹の佳奈であった。
「お兄ちゃん、佳奈もう我慢できない!!」
「あんた妹に何させようとしてんのよ……」
「いやいや!一緒にイク約束をしてただけだよ!?」
そして可愛い妹が拍車を掛ける。
「お兄ちゃん、早くイコうよ!」
「佳奈はちょっと黙ってなさい!」
千春夜は何か汚物を見るような眼で睨んできた。
「ちょっとあんたもう近づかないで」
その視線は完全に性犯罪者を視るソレである。
「ただ一緒に行くだけだよ、散歩に!」
「わ、わかってるわよ。あんた何想像してるのよ! この変態!」
「お前こそ何想像してるんだよ!? やーいこのムッツリ!」
俺の挑発に憤慨した千春夜が攻撃を仕掛けてくる。
―緋流攻技四式・旋華―
剄で練られた桜色の戦輪が飛んできた。それは狙い違わず、首目掛けて飛来してきた。
俺はそれを冷静に剄で硬化させた腕で叩き潰した。
「ふふん、まだまだですな」
「馬鹿ね、どっちが?」
ニヤリと笑う千春夜。その瞬間叩き潰したはずの戦輪の破片が顔面目掛けて宙を舞う。
「ぎゃーす!」
俺はそれを諸に喰らった。だが、ただ喰らった訳でなく鋼剄でしっかりガードしている。千春夜もそれをいつものじゃれ合いとわかっていてやっているのだが、痛いものは痛いのだ。
「殺す気か!」
「ええ、その通りよ」
と、にっこり微笑む。
その笑みはじゃれ合いとはいえ人一人を殺傷できる技を放った奴が出来るとは思えないぐらい悔しいことにとても爽やかだった。
「千春夜お姉ちゃん! お兄ちゃんいじめないで!」
佳奈が間に割って入ってくる。兄想いの妹だ。
だが忘れてはいけない。こうなった原因の一端を担ったのは佳奈である。
「千春夜お姉ちゃん、いくらお兄ちゃんが弄りやすくて面白いからってこれ以上はダメ!」
兄想いの妹だ――よな。うん。
「お兄ちゃんは心だけじゃなく心臓、脳みそ、筋肉に至るまでプリンで出来ているんだよ! むしろお兄ちゃんは余すとこなくプリンだよ! 弄って遊ぶのは確かにおもしろいけどこれ以上はダメ!」
兄想いの妹だ――よね? ね? ね?
「これ以上、お兄ちゃんを弄るとプリンで出来た心が爆裂四散しちゃう!!」
佳奈……お兄ちゃんのライフはゼロよ……。
「佳奈、熱弁振るっているところ悪いんだけど――」
「何!? 千春夜お姉ちゃん!?」
「――その大事なお兄ちゃんが瀕死のダメージを受けているわよ?」
「え!?」と、後ろにいる俺を振り返ると板張りの床でピクピクしている俺の姿が目に入ったようだ。
「誰がこんな酷いことを!?」
と、憤懣やるかたない佳奈に対し――
「あんたよ……あ・ん・た」
呆れたように突っ込みを入れる千春夜であった。
そして「もういいわ」といった感じで、持ってきたウォーターサーバーの中身をプラスチックコップに入れ、皆に配り始めた。なんだかんだで面倒見がいい奴である。
「お兄ちゃん、散歩行こうよ~」
と、佳奈が待ちきれないと強請ってくる。
いつの間にか50パーセントほど復活した俺は可愛い妹のおねだりを聞くことにした。
「そうだな。あいつとのやり取りでライフをガリガリ削られたから自然でも見て癒されたいよ。裏山か河川敷に行こうか?」
『どっちがいい?』と、視線で尋ねる。
それに対して佳奈は狼の血が混じっている為か――
「裏山で野兎狩りたい!で、丸焼きにして食べるの!」
可愛い癖にワイルドな妹様だ。
普通の中学二年生女子は野兎の丸焼きを食べたいとは言わないだろう。
「オーケーオーケー。獲るのはいいけど、普通に獲るのはおもしろくないから無しな。佳奈の苦手な飛針術な」
「えー佳奈、針は苦手」
「わがまま言ってないで、行くぞー」
「はーい」
そうして俺達は装備を一式持って裏山に向かった。
†
裏山に入り佳奈の鼻と耳が早々に野兎を見つけ出し、佳奈が狩ろうとしているが中々上手くいかないでいる。やはり不得意な飛針術の為だろう。だから練習しとけと言ったのに。
「えいっ!」
佳奈が気合いと共に今しがた見つけた野兎に対して飛針を投射するが、殺気を感じ取ったのか俊敏に避け、茂みに逃げ込んだ。
それを追って佳奈が急いで茂みに飛び込む。俺はその後を追う。
追った先で俺が見たのは佳奈が飛針で茂みに逃げ込んだ野兎を仕留めている姿である。
「やったー! 夕飯に野兎の丸焼き追加だ!」
「いや、野兎のシチューかも知れないぞ? よく頑張ったな」
俺は佳奈の頭をよしよしと撫でてやった。
「でも俺はどっちかというとシチューがいいかなー?」
俺の願望を言うと、佳奈が反論してきた。
「佳奈が捕まえたんだから佳奈が決めるの!」
「じゃあ兄ちゃんも捕まえようかな。そうすれば二品目味わえるじゃん」
「お兄ちゃん、ナイスアイデアだよ! 頑張ってもう一匹捕まえよう!」
兄妹で気配を探り始め、兄の面目躍如で先に気配を探り出して、走り出そうとして、ブレーキを掛けて佳奈に釘を刺す。
「佳奈。さっきの野兎、血抜きしときなよ! 俺はもう一匹捕まえて来るから」
「はーい」
俺は気配を頼りにもう一匹に向かって気配を消して近づいて行った。
そして見つけた獲物。
五メートルまで近付いて飛針を投射する。
「疾っ!!」
針は正確に野兎の急所を射抜いた。
「よし。シチューゲット!!」
思わずガッツポーズをする俺。
だがそこに思わぬ罠が待ち受けていた。
そう。崖の端だったのである。
好物のシチューの材料に気を取られていた感があったのは否定出来ない。
それでもちょっとこれは自分でもお粗末すぎると思う。
そしてちょうど佳奈がやってきた。
「お兄ちゃん、崖の端で何やってるの?」
俺は崖下の湖向かって落ちて行った。
「佳奈ー、お兄ちゃんもうちょっと早く言ってほしかったなー!」
続く