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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
閑話集 17

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閑話 アリスの兄のシャルル、卒業パーティで婚約破棄事件に遭遇するpart4


 卒業パーティが終わった数日後。

 上級学校の応接室に、アリスの兄・シャルルの姿があった。


「そんなに緊張しなくていいよ、ジェラルド。他の国と違って、この国では直答も許されてるから。()()()()()


「シャルル、そう言われても……はあ、自然体なあたり、本当に大貴族の生まれなんだな……」


「僕だって最初は緊張したよ。でもほら、わざわざお忍びで、上級学校で会うことになったんだ。たぶん、身分差を意識し過ぎないように」


「うむ、そういうことじゃろう」


 そこにいたのはシャルルだけではない。

 シャルルの同級生で同じ国家警察への就職が決まっているジェラルド、シャルルの祖父で貴族のバスチアン。

 席についていないが、バスチアンの従者として執事のフェルナンが、シャルルの護衛として狼人族のドニが後ろに控えている。


「待たせたな、皆の者」


 従者に扉を開かせて、入ってきたのはこの国の国王その人。

 最小限の護衛で多少ドレスダウンした服を着ているが、身にまとった威厳は変わらない。お忍びなのにまったく忍べていない。


「ああ、そのままで良い。『この門をくぐる者、一切の身分を捨てよ』だろう? 同門の先輩として扱ってくれ」


 跪こうとしたシャルルたちに伝える国王。

 自らラインを示すあたり、目下の者としてはありがたいものだ。無礼講と言われても実は無礼講じゃなかったりして大変なので。


「うむ? となると、儂が一番の先輩になるわけじゃが」


「止めてくれ。ならば私はバスチアン先生と呼ぶぞ?」


「……懐かしいものじゃのう」


「お祖父さまは教壇に立ってらしたのですか?」


「うむ、一時じゃがな。魔法の座学と実技を教えていたのじゃよ」


「座学はともかく、実技は厳しくてな。私たちの世代は苦労させられたものだ。その孫のシャルルが魔法については実技も座学もトップだと聞いてな、さもありなんと頷いていたのだ」


 チラッと背後に立つ自身の護衛に目を向ける国王。

 同世代らしき護衛の男たちは、遠い目をして頷いていた。


「くくっ、シャルルに魔法を教えているのは儂だけではないからのう。当然じゃろう」


「ほう? ……まあよい、後で聞かせてもらおう。さて、本題だ。シャルル、ジェラルド」


「はい」


「は、はい」


「先日の間者騒ぎの結論を伝えよう。公爵家嫡男・アラン、および侯爵家の男子・ベルナールは、身分剥奪のうえ蟄居となった。大神官の息子・エリクは、僻地の修道院に幽閉。三人とも、二度と人目に触れることはあるまい」


「ふむ。間者とわかっていて(くみ)したわけではないのじゃな?」


「ああ、そうだ。だが『知らなかった』で無罪放免とはいかん。国家反逆罪こそ適用にならなかったが、他国への情報漏洩、貧民街での炊き出しと職業斡旋による誘拐の間接的な幇助、王宮内での攻撃魔法の使用。大貴族といえども罰は免れんよ」


「まあ妥当なところじゃろう。シャルル?」


「ええ。彼らは気づいていなかったようですから。それでも罪は罪。きちんと罰せられるのであれば、僕が言うことはありません」


「うむ。そして、男爵家とその令嬢のアンナだが……一族郎党、公開処刑となる。シャルルが持ち込んだ資料を基に、あとはほかの家を取り調べている段階だな。あの場で魔法を使った貴族の死罪は確定している。男爵家のように家ごとなのか個人なのかが争点だ」


「ふーむ、もう少し泳がせるべきじゃったか」


「バスチアン先生、あの場で良かっただろう。卒業パーティが終われば、アランもベルナールも貴族として扱われていた。公爵家嫡男が取り込まれていたのだ。泳がせていたらさらなる騒動になったろう。礼を言うぞシャルル、ジェラルド。見事な手際だった」


「ありがたきお言葉です」


「二人……ああいや、バスチアン先生もか。褒賞に望みはあるか? いまは非公式な場だ。希望があれば言うといい。公式の場では決まったものを与えるのみで、問答するわけにはいかぬからな」


「儂は何もいらん。シャルルの指示で動いただけじゃからな。強いてあげるなら、儂の甥に家督を譲る手助けがほしいぐらいじゃ。シャルルが目立ってしまったゆえ、つまらぬ家督争いが起きぬように気をつけねば」


「バスチアン先生らしい難題を……何か考えておこう。なに、彼も優秀だ。場を与えれば結果を出すだろう。シャルルはどうなのだ? というか、跡を継ぐ気はないのだな?」


「はい、陛下。僕はこのまま国家警察に身を投じるつもりです。望みを言うのであれば、一つだけございます」


「ほう? 聞かせてみよ」


「では。ジェラルドを、()()にしてください」


「は? ま、待て、シャルル、何を。俺はそんなつもりは……」


「……ふむ。シャルル、賢い其方ならわかっていよう。今回の件は確かに讃えられるべきことだが、新たな貴族家を興すほどの成果ではない」


「ええ陛下、わかっております。ですが、新たな貴族家は興さなくていいのです。とある家を復活させるだけ、それも公にしなくていい特殊な家です」


「……ほう? どういうことだ?」


「シャルル、まさか、ジェラルドは……」


「この国の始まりに。王家と『六宗家』のほかに、あと一つ、テッサ様の奥方が興した家があったと聞いています。そして長い時の中で、ほかの貴族によって家が潰されたと。死罪ではなかったものの、一族が野に散った家」


「シャルル、なんでそれを……」


「『影神姫』。テッサ様と王家、六宗家が、貴族の不正を正すために作った自浄のための機構。『影の一族』を復活させてください。直系のジェラルドを頭として」


「……なんと。影は、生きていたのか……」


「シャルル、いつから? いつから気づいていた? 俺はどこでしくじった?」


「気づいたのはただの偶然だよ。僕の家庭教師はエルフだったから。卒業の前に、後援を得るための話し合いでウチに来ただろう? その時に君を見た『不可視』のハルさんから聞いたんだ。性別こそ違うけど、『影神姫』にそっくりだって。直接、魔法を教え合った仲らしいよ?」


「そんな単純なことで……」


「確信はなかったけどね。卒業パーティの時に、ドニに同行して男爵家に行くよう言ったでしょ? いくら国家警察に就職することが決まってたって、普通の人は僕の言葉だけで男爵家に侵入しないよ。しかも、狼人族で狩人だったドニに後れをとらずについていけるなんて。それで、間違いないだろうって」


「そうじゃな、普通は尻込みするし、技術もなかろう。貴族の不正が許せないのは血かの?」


「……あれは軽率でした。ですが、後悔はしていません。我らの誇りのために」


「ジェラルド。誇りとは?」


「陛下。我らは、幼き頃に保護者に連れられて周辺諸国を見てまわります。この国と比較するために。テッサ様に救われた、初代の思いを受け継げるように。この国を愛し、影となって支えていけるように。貴族と役人が腐れば、初代様と我らが愛するこの国が腐る。腐敗を許さぬことが我らの誇りです」


「だが、貴族の手により家はなくなったはずだ」


「家名も屋敷もなくなりましたが、一族根絶やしにされたわけではありません。野に散っただけだと聞いております。以来、ある者は不正を暴く国家警察に、ある者は密輸入や賄賂を許さぬ衛兵に、ある者は貴族の従者として内から見守り、ある者は役人として、ある者は商人として、ある者は旅人の宿屋を経営して。みな、それぞれの手段でこの国を陰から支えてきたのだと聞いています」


 それは、ある一族の苦難の歴史。

 ある一族の誇りの歴史。

 家という拠り所がなくなっても、志を守り続けた人々のお話。

 ユージがこの国で受け入れられたのも、ひょっとしたらこれまでの彼らの活動の結果なのかもしれない。


「ジェラルドよ、いや、そなたを代表として、影の一族よ。大儀であった」


「……ありがたき…………」


 ジェラルドは、うつむいてその言葉を受け取る。

 嗚咽が漏れぬように、歯を食いしばって。


「ふむ。じゃが、家はともかく資金と後ろ盾がなければ貴族を調べるのは容易ではあるまい。それゆえこれだけ間者が入り込んでおったのかもしれぬな、王よ」


「テッサ様と王家、六宗家が作った自浄のための機構か。よかろう、復活させる方向で検討しよう。ジェラルド、そのつもりで動き始めよ。国家警察への就職はどうする?」


「可能であれば、このままシャルル様とともに働きたく」


「え? ジェラルド?」


「シャルル様。私がシャルル様の後援を受けたいと思ったのは、そのお言葉と行動のためです。『平民であっても貴族であっても罪は罪。等しく罰を受けるべきだ』。それを聞いて、共に在りたいと思ったのです」


 駆け落ちした両親とアリスと一緒に、村人として育ってきたシャルル。

 故郷の村を襲った盗賊は潰せても、盗んだ物で儲けた商人も、人を買った貴族も捕まらなかった。

 それでは何も変わらず、ただのいたちごっこである。

 シャルルは不正を行う商人や貴族、罪を犯した者に罰を負わせるために、自ら貴族になることを選んだのだ。

 たとえそれが修羅の道であっても。


 狼人族のドニ、祖父で侯爵のバスチアン。

 そしていま。

 『影神姫』の血を引く影の一族が、シャルルの同志となったらしい。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「アラン様、この道は? まさか王都の地下にこのような道があるなんて……」


「公爵家に伝わる脱出路だ。この道をたどれば王都の外に出られる!」


「そんな、アラン様。私は間者などではありません……逃げるだなんて……」


「仕方あるまい、みな聞く耳を持たないのだ! さあ早く、アンナ! 間もなく出口だ!」


 松明を手に、石造りの狭い通路を足早に進む一組の男女。

 二人はまるで平民のような薄汚れた服に身を包んでいる。これまでの立場からは考えられないほどの。


「見えた、出口だ! この後は山を越えて、辺境にでも行けば気づかれないだろう。アンナ、誰も知らない場所で二人で暮らそう!」


「……いいえ、アラン様。向かうのは国境の大河ですわ」


「なぜだ? あの辺りは警戒が厳しく、騎士も国軍も巡回しているぞ?」


 石造りの狭い通路の出口は、森の中の岩場に巧妙に隠されていた。

 岩の隙間を抜けて外に出る二人。

 そこでアランは、アンナに告げられた言葉に戸惑って立ち尽くしている。

 この後どこに逃げるか、どちらに歩を進めるべきか迷って。


 人気(ひとけ)がない暗い森。

 月明かりだけでは、アンナの表情は見えない。


「魔素よ、火の灯りとなりて周囲を照らせ。探索炎(サーチライト)


「くっ!」


「アラン様、答えは簡単ですよ。王家の血を色濃く引く者は、この国に攻め込む旗印になりますから。大義をでっちあげて、領土の分割をエサに周辺国家に共同戦線を持ちかけるか、あるいは内応を狙うか。そうでしょう、アンナ?」


 二人の姿を、上空から強力な灯りが照らす。

 だが、詠唱も続く声も、聞こえてくるのは二人が出てきた通路から。


 公爵家の脱出路で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 魔法は()()()()()()()()()()()()()()()()


 現れたのは、赤髪の少年だった。

 どうしたことか、瞳はわずかに灯りを放っている。


「シャルル!」


 狭い出口に振り返った二人に、さらに光が注ぐ。

 今度は人気がなく、静かだった森から。


「ここまでです、アラン様、アンナ。この場はすでに囲まれていますよ」


「くそ! お前さえ、お前さえいなければ! いいようにこの男を操って、我が国に勝利をもたらせたものを!」


「アンナ?」


「まだ気づかないの? 本当に盆暗(ボンクラ)ね!」


「アンナ? そんな、まさか」


「ええそうよ! せっかく長い時間をかけてこの国に潜入したのに! 亜人に近づかれても反吐を飲み込んでまで!」


 ついに認めたアンナの言葉に、ヒザを落とすアラン。

 蟄居を命じられても、いまだに嵌められたと信じていたようだ。ボンクラか。女慣れしていない男が突きつけられた哀しい現実である。


「アラン様、平民であっても貴族であっても罪は罪。くだされた罰はきちんと受けていただきましょう。そこの女も。ドニ、ジェラルド、生け捕りでね」


 シャルルの声に従って、二人に向かって静かに飛び込む影。


「ああああああああっ!」


 抵抗しようとしたのか、アンナが叫びながら魔力を練る。

 上級学校でさえ人一倍と言われた魔力で、魔法を使おうとしたのだろう。

 だが。


「え? そんな、魔法が発動しない!? ど、どういうことですの!」


 何もできずに、アンナもアランもあっさり捕らえられた。


「おかしいと思わなかったのですか? 王宮で、十数発の魔法が消えたことを」


「……()()ッ! くそ、いまもあの時も! この男、この男さえいなければ! シャルルゥッ!」


 血走った目で見つめられても、シャルルはまったく動揺しなかった。

 覚悟した道である。

 その中で言えば、なんのしがらみもない他国の間者に睨みつけられたところで、一切良心の呵責はない。


「以降、魔法を発動しようとしてもムダです。さあ、王都に戻ろうか。ジェラルド、待機してる衛兵に連絡を。無事に捕まえたってね」


「はっ!」


 卒業パーティの婚約破棄宣言からはじまった騒動。

 それは、こうして終わりを告げるのだった。

 最後は暗い森の中で、ひっそりと。



 盗賊に捕らえられて虜囚生活を送っていたところを、ユージに助けられた一人の少年。

 少年は貴族になって、国家警察に籍を置くことになった。

 国家警察。

 国内のあらゆる場所、あらゆる地位の人間に対して捜査権を持つ組織に。

 とはいえ最近の国家警察は、貴族の捜査に及び腰だった。

 平民や下級貴族、あるいは貴族の次男や三男といった者たちが中心だったので。

 いかに志が高かろうが、封建制の社会においてそうそう貴族家に踏み込めるものではなかったのだ。

 侯爵家の直系である、少年が来るまでは。


 平民であっても貴族であっても罪は罪。等しく罰を受けるべきだ。


 少年は、信念の下に捜査を続ける。

 相手が平民でも、裏社会の人間でも、貴族でも、王家にさえ臆することなく。


 その少年にはいつも二人が付き従っていた。

 鼻と耳を活かし、時に身をもって凶刃から少年を守る狼人族の男、『全刃狼』のドニ。

 平民でも貴族でも、どこからか情報を集めてくる影の一族の長、今代『影神』のジェラルド。


 それと、どうやって嗅ぎ付けるのか、荒事の前にやってきてはノリノリで暴れる今代『獣神』ダヴィド。

 難事件になると少年はある屋敷の離れに書類を持ち込んで、答えをもらってくるのだという。かつて少年が捕らえた『賢神』の一族の誰かが協力者なのだと、まことしやかに囁かれていた。安楽椅子探偵か。



 シャルル・ゴルティエ。

 『灼眼のシャ……

 『烈火のほの……

 …………『紅炎の断罪者』が、世に知られた最初の事件であった。



次話、明日18時投稿予定です!


二つ名も詠唱もニガテです。

次話はガラッと変わってアメリカ組!

あと2〜3話で本編再開予定です。

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― 新着の感想 ―
いや、ぶっこんできたのはカリオストロだろ、多分
[一言] 建国300年でしたか? 建国当時のテッサの気高い理念も、時間が経つと共に、少しずつ消えてしまっていたんですね
[良い点] ここにきてものすごくなろう感のある設定と展開だったけど、大好物です あのシャルルくんが…ボロボロになってしまったシャルルくんが… こんなに立派に成長した上、幻の六宗家の一人とルームメイト…
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