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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
閑話集 14

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閑話17-16 守り人を務めるエルフ、手紙を受け取る

副題の「17-16」は、この閑話が第十七章 十六話終了ごろという意味です。

ご注意ください。


 私はユリアーネ。

 もしくはリアーネ、らしい。


 らしいっていうのは、私がうろ覚えだったから。

 私は、思い出を忘れさせる薬を飲んだ。

 私がきちんと思い出せるのは、目を覚ました後のことだけ。


 そんな私の下に、イザベルはよく遊びに来てくれる。

 昔から友達だった、らしい。

 私は忘れてしまったけど。

 でも私になってからまた仲良くなった。

 だからイザベル……イーゼはちゃんと私の友達。


 今日もイーゼが遊びに来てくれたけど……なぜか浮かない顔をしていた。

 私が出したお茶を飲み、口を開こうとしては閉じる。

 ふふ、いつものイーゼじゃないみたい。


『どうしたのイーゼ? 何か言いたいことでもあるの?』


『ユリ……そうね、一つ質問があるの』


 イーゼは私をユリと呼ぶ。

 エルフの里では省略して呼ぶのが習わしなんだって。全部は特別な時だけ。

 私はそんなことも覚えてなかったけど。


『何かしら? そこで止められると気になるわ』


『あのね、ユリは忘れる薬を飲んだじゃない? 忘れる前のユリのことが書いてある手紙があるの。ユージさんが訳してくれたんだけど……』


 私の胸が高鳴る。

 緊張なのか、それとも期待なのか。

 私にもわかる。

 それはたぶん、キース・シュミットが遺した手紙。

 エルフもニンゲンもテッサも読めなかったけど、わかるかもしれないとユージさんが持ち出した手紙。


『ユリは忘れる薬を飲んだ。だからね、聞いてからにしようと思って。ユリ……手紙の中身を知りたい?』


 私の目を見つめてイーゼが問いかけてくる。

 その目はまっすぐで。


 私は何を忘れたかったのか。

 すべてを忘れたこの暮らしは、幸せなのか。

 心に湧き上がる知りたいという気持ちは、いまの私のものか、かつての私のものか。

 ユージさんが何かわかるかもと持ち出してから、ずっと考えていたこと。

 私の答えは決まっていた。

 イーゼの目を見つめて答える。


『イーゼ、知りたいわ』


『そう……じゃあ、夏にユージさんが来る時に話しておくわね』


『ええ、待ってるわ』


 胸が高鳴る。

 この気持ちはいまの私のものか、かつての私のものか。

 どっちでもいい。

 私が知りたくて、私がドキドキしてるのだから。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 日を追って暑くなっていく。

 私が管理する『稀人が来たら案内する場所』の草を刈り、テッサが造った建物に風を通す日々。

 テッサは、テッサが連れてきた嫁たちは「エルフは時間感覚がおかしい」と言っていたけれど。

 これだけ一日を長く感じるのははじめてのこと。

 きっとニンゲンはこれがずっと続くんだろう。

 私たちが大人になる100才までに、ニンゲンは命を終えることが多いらしいから。

 短い分、きっと一日を長く感じているんだろう。


 知りたいと答えたあの日以来、イーゼは遊びに来ない。

 たぶん、私が「まだか」と思ってしまうから。

 あの子らしい気遣い方。


 そして。

 今日、イーゼがやってきた。

 見覚えのある小さな木箱を抱えて。

 キース・シュミットが文字を書いた羊皮紙が入っているはずの、木箱を抱えて。


『ユリ、お待たせ。ユージさんはニンゲンの文字しか書けなかったから、私が訳したの。ごめんなさい、中身は私も知っちゃったわ』


『それはしょうがないもの。ありがとうイーゼ。……開けていいかしら?』


『ええ、もちろん。元の羊皮紙も入れてあるから、そのまま返すわね。一緒に入っている紙の束がユージさんが書いたニンゲンの言葉で、もう一つが私がエルフの言葉に翻訳したものよ』


 イーゼの言葉を聞きながら、木箱のフタを開ける。

 ふわっとインクが香る。

 心臓がドキドキと早鐘を打つ。


『ユリ、私は外にいるわ。気にせずゆっくり読んでちょうだい』


 イーゼの言葉は耳に届いていた。

 返す余裕はなかったけれど。

 私はそっと、紙の束を取り出した。

 キース・シュミットの手紙を。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 誰かがこの手紙を読む時、俺はもうこの世にいないだろう。


 この世界の文字を習っておけばなあ。

 まあそれじゃ嫁も息子もこの手紙を読めないか。

 この世界にゃ別の世界から『稀人』が迷い込むことがあるんだと。

 俺以外にも過去にいたってよ。


 だから、この手紙がいつか嫁と息子に届くことを信じてる。


 来れるからって行けるわけじゃねえのはわかってんだ。

 でも夢ぐらい見させてくれ。


 ドイツからアメリカに移住して、木こりとして食ってきた。

 贅沢はできなかったが、嫁をもらって子供も産まれた。

 そんな時だ。

 いつもの森を歩いてたはずが、見たこともねえ森の中にいた。

 どこまで行っても知ってる道に出ねえ。

 声を出しても仲間が見当たらねえ。


 冒険者ってヤツが助けてくれなきゃ俺はきっとあそこで野垂れ死んでただろうな。

 だがよ。

 あそこで野垂れ死んでたほうが幸せだったのかもしれねえ。

 助けられて街に行って、自分のことを正直に話した。

 あの時の俺をぶん殴って止めてやりてえ。

 しばらくすると、でかい家に連れていかれた。


 なんでか言葉が通じるが、ここは俺がいた世界とは違う。

 俺は『稀人』ってヤツらしい。

 急に知らねえ森にいたって俺がバカ正直に説明して、嫁と子供がいる街の様子を説明して。

 でかい家の主は確信したらしい。

 地獄の始まりだ。


 ……思い出したくもねえ。

 来る日も来る日も質問されて、元いた世界の話をして。

 質問だって?

 ははっ、そんな優しい言葉じゃ片付けられねえけどな。

 最初はまだいい。

 部屋の中で質問されて、答えて。

 外に出てえって言っても、ここは危ない世界だからとかなんとかうまいことはぐらかされてよ。

 日に日に話すこともなくなってくると、部屋が変わった。

 地下牢。

 質問されて、答えるまでな。

 地獄だった。


 おっと、そんなことが言いてえんじゃねえんだ。

 ああ、いちおうこれだけは伝えておく。

 あの地獄から救ってくれたのは、エルフの連中だった。

 過去の稀人に恩がある。

 それだけで、アイツらは俺のウワサを聞いて救い出してくれたのよ。

 俺は何も返せねえのになあ。


 それからは静かな日々だった。

 足が動かなくなってた俺にいろいろよくしてくれたよ。

 ははっ、動かねえのは足だけじゃねえんだけどな。

 とりあえず、目と耳と口と右手は動く。

 それだけありゃ質問に答えるには充分だろ?

 顔も見れるし言葉も聞こえる。

 しゃべれるし文字も絵も書ける。

 ほら、他はいらねえだろ? ははっ。


 呪ったさ。

 なんで俺がこんなクソみてえな世界に。

 元の世界の話を聞きてえならいくらでも語ってやる、なんでこんな聞き方なんだ。

 殺してやる。

 俺をニヤニヤ痛めつけるコイツも、この家の貴族ってヤツも、俺を売った冒険者とか言うヤツも。

 それだけじゃねえ。

 なんでもっと早く助けてくれなかったんだって、エルフもな。

 呪ったさ。


 でもな。

 時々悲痛な顔して俺のことを労って、優しくされてたらよ。

 そんなんどうでも良くなっちまった。

 静かに暮らす日々に日和ったんだろうな。

 体が治るんだったら復讐に燃えたかもしれねえけど。

 一人で満足に動けねえこの体で、何ができるわけでもねえからよ。


 エルフの連中は、ただ平穏な日々を送らせてくれた。

 過去の稀人に助けられたってだけでよ。

 俺は何も返せねえのが申し訳なくて。

 もし、もし余裕があれば。

 この手紙を読めるお前が、俺の分も良くしてやってくれねえかな。


 俺ァもうすぐ死ぬだろう。

 なにしろ70だからな。

 あれだけのことをされてよくここまで生きたもんよ。

 それでな、この手紙が読めるヤツ。

 もし元の世界に戻れるなら、もし嫁と子供に会えたなら。

 伝えてくれ。


 愛していたと。

 還れなくてすまねえ、守れなくてすまねえと。


 嫁は俺のことを忘れて再婚したかな。

 苦労させたけどやっと安定して、子供も産まれてな。

 幸せにしてやれると思ったのによ。

 俺がここにいるってことは、あっちじゃ行方不明なんだろう。

 どうか再婚して、嫁が幸せになってますように。


 息子はしゃべれるようになったんだろうなあ。

 もう歩いてんのかな。

 ……ははっ、そんなでかさじゃねえか。

 あれからたぶん40年は経ってんだろ。

 あの場所にいたからちょっとズレてるかもしんねえけどよ。

 どうか、どうか元気に成長して、立派な男になってますように。


 ああクソ、会いてえなあ。

 この手紙が読めるヤツ。

 もし元の世界に戻れるなら、もし嫁と子供に会えたなら。

 伝えてくれ。

 こんな俺だけど、二人を愛してたんだと。

 最後に俺が住んでた場所とか思い出せる限りのことを書いておくからよ。


 それからエルフたち。

 ありがとう。

 今となっては感謝しか出ねえよ。

 俺を助けて、俺を生かしてくれて。

 何も返せなくてすまねえ。

 俺は森と木のことしか知らねえから。


 この手紙を読めるヤツ。

 最後に、リアーネってエルフを探してほしい。

 ずっと、歩けもしねえ俺の面倒を見てくれた。

 俺が悪態ついてもイヤな顔一つせず。

 嫁の話も息子の話もうんうんって聞いてくれてな。

 嫁がいなかったら俺もコロッといっちゃってたかもしれねえな。

 ははっ、こんな男はお断りか。

 すっかりキズモノだからな。


 この手紙を読めるヤツ。

 リアーネってエルフがどうしてるか確認してくれ。

 俺のことなんざ忘れて、幸せになってほしいんだ。

 エルフには忘れ薬ってのがあるんだろ?

 俺が死んだらアレを飲むって約束したからよ。

 ちゃんと飲んだか確かめてくれ。

 俺よりずっと歳上らしいんだけどよ、エルフは長生きなんだろ?

 何十年も俺の面倒を見てくれた。

 さすがに俺でも気づくぜ。

 だから、忘れ薬を飲んだか確かめてくれ。

 俺にゃ嫁と息子がいるからな。

 それに……。

 ずいぶんひどい言葉も投げた。

 なんでもっと早く助けてくれなかったんだって逆恨みもした。

 そんな男にゃもったいねえよ。


 ああ、それでも。

 愛してた。

 応えてやれなくてすまねえ。

 嫁も息子もいて、時々やっぱり恨みが出るような俺にゃ応えられねえよ。


 この手紙を読めるヤツ。

 リアーネが薬を飲んでなかったら……約束は守れって伝えてくれ。

 俺のことは忘れろってよ。


 じゃあな。

 頼む、俺の分までエルフに良くしてやってくれ。

 頼む、もしできるなら、嫁と息子に伝えてくれ。

 ああ、会いてえなあ。



 お前は幸せな人生が送れることを祈ってる。

 まあ大丈夫か、これを読んでるってこたぁエルフと合流できたんだろうから。

 使い物にならねえ俺でも受け入れて、静かに暮らさせてくれたんだ。

 もらうばっかでなんにも返せねえのがなあ。

 最後までグチになってすまねえな。


 お前は幸せな人生が送れることを祈ってる。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



『キース、ああ、キース!』


 思い、出した。

 私が忘れていたことを。

 私が交わした約束を。

 頭の中を、奔流のように記憶が駆け巡る。


 思い出を忘れさせるエルフの薬は。

 忘れるのではなく『思い出せなくなる』だけの薬だったらしい。

 思い出してしまったら、効果がなくなってしまう程度の。

 思い出したいと望んだら、きっかけ一つで思い出せるほどの。


 キース。

 私の愛した人。

 唇の端を持ち上げて笑って、でも本当に嬉しいときは子供のように笑う人。

 誰よりも森を知り、エルフに森の管理を教えた人。


 私の声が聞こえたのだろう。

 扉が開く。


『ユリ、だいじょうぶ?』


『うん。イーゼ、私、思い出したの。思い出せたの。ありがとうイーゼ。ありがとうユージさん』


『その、私もユージさんも、最後までユリに渡すかどうか迷ったんだけど』


『いいの。ううん、渡してくれてありがとう。うふふ、ぜんぶ思い出したわよキース!』


 涙が出てるのはわかってる。

 でも、悲しいというよりはうれしくて。


『忘れ薬を飲むって約束はちゃんと守ったわ! でも思い出しちゃったんだもの、しょうがないわよね!』


『ユリ』


『そう、ユリ。テッサはなんでかジルって呼んでたけど、でも。リアーネって呼ぶのはあの人だけだった』


『ホントにぜんぶ思い出したのね……』


『ええイーゼ! 子供の頃、二人で里を抜け出して説教部屋に入れられて、イーゼがおもら――』


『それは思い出さなくていいから! もう! もう!』


 泣きながら、二人で笑い合う。

 稀人に恋して叶わなかった私と、叶ったけど死に別れたイーゼと。


 キース。

 約束は守ったわよ。

 ちゃんと忘れる薬を飲んだ。

 でも、思い出しちゃったから仕方ないでしょう?


 いまはまだ思い出したばかり。

 これからどうするかはわからないけれど。

 あなたへの愛は、きっと抱えて生きていくの。

 叶わなかったと思っていたけど、あなたも愛してくれてたと知ったのだから。



 私はユリアーネ。

 エルフの里、稀人の墓所の守り人。

 愛した人は、私をリアーネと呼んでくれたわ。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 読ませ方がうまい 基本がほんわかしてるから、こういうピンポイントで締めてくるのはほんと効く [一言] 彼女も幸せになってほしいね
[良い点] 良かった。 ただただ、良かった。
[一言] テッサとユージも一歩間違えてたらキースみたいになってたかと思うと怖すぎる
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