第十三話 ユージ、ケビンとハルを自宅に招く
二話続けて下ネタ?スタート
「ユージさん、本当にいいんですね」
「ええ、初めてはケビンさんって決めてましたから」
「では……」
「そんなためらわないで、奥までどうぞ」
手を取ってケビンを見つめるユージ。
紅潮したケビンが頷く。
めずらしく昂っているようだ。
奥まで、と言われたにもかかわらずゆっくりと体を動かすケビン。
昂るのも無理はあるまい。
ケビンが心から望んでいた、三年ごしの約束だったのだ。
いつか、ユージさんが私を信頼してくれた時には、と。
ついに、中に入った。
ユージはケビンを迎え入れたのである。
家に。
『ケビンはもったいぶるなあ。じゃあユージさん、ボクもお邪魔するよ!』
『ハル、この家すごいんだから! ハルもきっと驚くわ!』
「よかったねケビンおじさん!」
午前中に開拓地を見てまわったユージは、ケビンとハルの二人に話を持ちかけていた。
ハルさんはリーゼの保護者だから、やっぱり一緒にいた方がいいと思うんです。でもケビンさんとも約束してましたし、よかったら二人とも、と。
ホウジョウ村開拓地、その中心となるユージの家。
ユージは謎バリアに守られた空間、その敷地の中に第一次開拓団とケビンを入れたことがあった。
だが、そこまでである。
家の中に入ったことがあるのは、ユージとコタローのほかはアリスとリーゼのみ。
ついにユージは、ハルとケビンの二人を家の中に入れる決断をしたのだ。
開拓地に着いた当日はハルも共同住宅に泊まってもらったものの、ユージは夜に思ったのだ。
リーゼは保護者と合流できたんだし、やっぱり別々に暮らすのはマズいよなあ、リーゼはまだ子供だから何かあったら大変だし、と。
そしてユージは、ケビンの言葉を覚えていたらしい。
初対面の時に言われた、ユージさんが私を信頼してくれるようになったら試してみてください、という言葉を。
ついでに言うとケビンはその際、いつか会頭に自慢してやるんです、とも言っていた。
「ケビン! くそ、うらやましすぎる! ユ、ユージさん、俺も! 俺も入れてくれ!」
「ふふふふ、お義父さん。私、ユージさんとの付き合いは4年目ですからねえ。お義父さんも言ってたじゃないですか、長い付き合いでしか生まれない絆もあるって。ふふふ」
「ケビーン! 帰ってきたらお土産話を楽しみにしてるから! ほら、行くわよパパ! もう諦めなさい!」
「ははは、ゲガス、なんだその顔! いやあ、ユージさん、ボクも入れてくれてありがとね! さあさっそく探検だ!」
『ハル、ちょっと落ち着きなさい! リーゼがいろいろ教えてあげるから!』
ユージの家の門の前で、ゲガスは地団駄を踏んでいた。
愛娘に諌められ、ようやく諦めたようだ。
ゲガスはしょんぼりと肩を落として、ふらふらと消えていくのだった。
『うわあ、なにコレ! 押しただけで明るくなった!』
『ふふん、ハル、それはすいっちって言うのよ! 魔法じゃなくて、でんきで明るくなるんだから!』
『でんきってなんですかお嬢様?』
『で、でんきはでんきよ! リーゼの眼なら魔法じゃないってわかるんだから!』
「ガラスは外からも見えてましたが……ユージさん、なんですかこの鏡! こんなにクッキリうつる大きな鏡なんて初めて見ました! 王宮にもないと思いますよこんなの!」
「ケビンおじさん、こっちこっち! まだここはげんかんなんだよ?」
初めてユージの家に入ったハルとケビンは入り口の時点で大騒ぎであった。
ハルは玄関の照明に、ケビンは玄関横の姿見に驚いているようだ。
なぜか自慢げにハルとケビンを案内するリーゼとアリス。
二人の少女の足下では、ユージがしゃがみこんでコタローの足を拭っている。ユージの顔にコタローの尻尾がばしばし当たる。
どうやら客人の反応に、コタローもご満悦であるらしい。
「よしっ、もういいぞコタロー。ええっと、じゃあどこから案内しましょうか。やっぱりリビングかなあ」
「ユージさん、お任せします。はは、これは想像以上にとんでもなさそうだ」
『ユージさん、この明かりと鏡は作れないの? できたらエルフも欲しがると思うよ!』
『ほら言ったでしょユージ兄? 街よりもここのほうがエルフが欲しがる物があるって! リーゼわかってたんだから!』
『いやあ、ここにあるのは作れない物ばっかりだと思うんだよなあ……ハルさん、明かりも鏡も無理なんです』
ユージの家は、日本ではありふれた普通の家だった。
東京都内ではなく宇都宮、それもかなり郊外にあったために庭が広い程度で。
一階にリビング、ダイニング、キッチン、和室、トイレに風呂場。
二階はユージの部屋と両親の部屋、元は妹のサクラの部屋で今はアリスとリーゼが寝泊まりしている部屋。二階にもトイレとシャワールームがあるのが特徴といえば特徴だろう。
ありふれた一軒家である。現代の日本人にとっては。
だが。
「明るい。これが透き通ったガラスの威力ですか……。ユージさん、これは作れないんですよね?」
「どうかなあ、たぶんムリだと思います」
『ユージさん、なにコレ! この絵、すっごい細かいところまで描かれてる!』
『ハル、これは絵じゃなくてしゃしんって言うのよ? これはユージ兄のお父さんとお母さんで、これは妹さんですって! 両親はもう亡くなってて、妹さんはここにはいないそうだけど……』
『写真もムリ……あ、でもカラーじゃなければいけるのかな? 江戸時代とか明治の頃の写真をネットで見た気がする』
「ケビンおじさん、こっちこっち! あのね、おりょうりするところがすごいんだよ!」
「棒を押しただけで水もお湯も……庭にもあったから知ってましたが、家の中にまで。それになんですかコレ。ひねっただけで火がつく。ははは」
大騒ぎである。
アリスにキッチンに連れていかれたケビンは、水道とガスコンロに乾いた笑い声をあげていた。
ちなみにガスコンロは電池方式であったが、ユージの父が買いだめしていた乾電池を使って今も動いている。
とはいえユージ宅のガスコンロは古いもので、電池がなくなった場合もチャッカマンで点火できる。
まあこの世界の火種で安全に使えるか、そしてガスがなぜ使えるのかは別問題だが。
「あ、そうだ。ケビンさん、電気を使うからそのものはムリでしょうけど、こんなのありますか?」
そう言ってユージは冷蔵庫の扉を開ける。
冷蔵も、冷凍も。
「冷たい空気……氷室みたいなものでしょうか? それに、氷?」
「冷凍はあれでしょうけど、密閉して断熱すればいけませんかね?」
「ユージさん、これは魔法、じゃないんですよね?」
「ははは、氷、氷だ! 春なのに! なんだコレ!」
「あのね、イノシシとかシカとかウサギさん、トリさんを狩ったらね、食べきれない分はこの中にいれておくの! そしたら腐らないんだよ!」
『ハル、ちょっと落ち着いて! エルフがバカって思われちゃうじゃない!』
大騒ぎである。
現代のキッチンは、この世界の人間にとって宝物の宝庫であるようだ。
「それで、ハルさんはここで寝てもらおうと思うんです。ケビンさんはどうしますか? って言っても、泊まるんだったら同じ部屋になると思いますけど……」
1階を見てまわったユージは、2階を案内していた。
リーゼの保護者であるハルはこの家に泊まってもらう予定。
ケビンは約束していたこともあって家の中に招いたが、本人の希望次第で泊めるか帰るか決めてもらうつもりのようだ。
「ユージさん、もしよければ一泊お願いします!」
「あ、はい、わかりました。といっても布団はもう二組分干してあるんですけどね」
『下にもあった草か! すごいなあ、なんで草でこうなるんだろ。あ、気持ちいい』
『ハル、それはたたみって言うのよ! リーゼもお気に入りなの』
2階、元はユージの両親の部屋。
ハルが宿泊する予定のそこは和室であった。
「あ、草の種類にもよりますけど、それはこっちでも作れるかもしれませんね。売れそうですか?」
「こちらでは靴は脱ぎませんからね、どうでしょうか。好事家はいますから、もちろんまったく売れないことはないと思いますが……」
「ボクらエルフには、自然大好き! って人もいるからね、欲しがると思うよ!」
「あのね、一階のたたみの部屋とえんがわは、春と夏が気持ちいいんだよ! アリス、よくコタローと一緒にひなたぼっこするの!」
アリスの主張に同意するように、ワンッ! と吠えるコタロー。年寄りか。いや、コタローは年寄りであった。位階が上がったことで寿命が延び、若々しくなっているようだが。
「畳の作り方……あとでちょっと調べてみますね。でもたしか、特殊な草だったような気がするんだよなあ」
ブツブツ言いながら2階のベランダに干していた布団を取り込むユージ。
ユージは気づかなかったが、ベランダに出たユージを敷地の外、木陰からゲガスが見つめていた。諦めきれない表情で。ホラーか。
「ここがアリスとリーゼの部屋です。元は俺の妹の部屋なんですけどね。家具や服は妹のですけど、自由に使っていいって許可をもらっています。……下着以外は」
ユージは小さな声だったが、最重要事項は最後の一言である。
なにせユージは、右手にカメラを持っていたのだ。トマス謹製の自撮り棒を持ち、動画モードで。
現代の家に驚くハルとケビンは、ネタとして提供されるらしい。
「あのね、アリスとリーゼちゃんはこのベッドで寝てるの! それでね、いちばんすごいのはくろーぜっとの中なの!」
『ふふん、ハル、リーゼが言ってたおようふくを見せてあげる! エルフの里のレディたちは欲しがってとうぜんなんだから!』
二人の少女はテンション高くクローゼットの扉を開ける。
一目見て、ハルとケビンはおおっと感嘆の声をあげていた。
「これは……すごい。いつかユルシェルやジゼルにも見せてやりたいですね! デザイン、色づかい、手触り。何ですかコレ、何を使えばこの発色になるんですか……」
「これはすごい! 見たことない形、見たことない色! 服もそうだけど、このアクセサリーもすごいね! 『リーゼ、これはエルフの里のみんなも欲しがるよ!』」
「あの、二人とも、この世界の糸とか布、技術じゃ作れない服もありますからね? その、そんなに期待されても……あ! ちょっとハルさん! そこは開けちゃダメ!」
ハルとケビンのテンションに引き気味のユージ。
と、慌ててハルの手を押さえようと走る。
だが。
わずかに間に合わなかった。
『おおおおおおお! これ、これは! ユージさん、これは!』
「ああ、これが原型ですか……なるほど、これは美しい。それに……ええ、実現するには長い時間がかかりそうですねえ」
「ええー? アリス、オトナになったらアリスのを作ってもらうんだよってサクラお姉ちゃんにお手紙もらったんだよ? こんなにキレイなのに、アリスのは作れないの?」
『ちょっとハル! それはレディの大事な物なんだから、男が見ちゃダメなのよ!』
ハルが開けたのは禁断の扉であった。
それはパンドラの箱。
いや、パンドラの箱の逆か。
そこに詰まっているのは希望だが、最後に残るのは絶望なのだ。
下着が入っていた衣装ケースはすでに開けられてしまった。
ユージ、ひさしぶりの制裁が決まった瞬間である。
「最後に……ここが俺の部屋です。いまはコタローもこの部屋で寝てますけど」
「もういろいろ見ましたからね、明かりも家具も服も驚きませんよ」
『へえ、ここがユージさんの。うん、ケビンさんの言う通り、いままで見てきた物ばっかりだね』
『ふふふ、ハルはなんにもわかってないんだから! どうしよっかなー、リーゼが教えてあげようかなー』
「ユージ兄! アリス、ひさしぶりにぱそこんが見たい!」
これまで家の中を見てきたハルとケビンにとって、ユージの部屋はいまさら驚きはなかった。
入った時は。
「ああそうだね、じゃあ昔の動画でも見てもらおうか。んー、旅の様子はまだ整理してないから、ワイバーン戦がいいかな」
ブツブツ言いながら、ブウンッとパソコンを起動するユージ。
暗い画面が灯ったことでハルとケビンが目を見開く。
もちろんそれで終わりではない。
フォルダを開き、ユージがダブルクリックする。
モニターいっぱいに広がる動画ソフト。
起動画面が終わり、映像が流れる。
「ユ、ユージさん、なんですかコレ……」
「はは、ははは! 意味がわからない! なにこれ、サイコーだよユージさん!」
『ふふ、ハルも驚いたようね! でもこれはユージ兄の部屋でしか見れないんだから! リーゼもちょっと残念だけど……』
「ケビンおじさん、ハルさん、ちゃんと見ててね! アリスとリーゼちゃんがかつやくするんだよ! 魔法でえいって!」
アリスが腕を振り回してアピールする。
ワン! と吠えて、コタローも。どうやら自己アピールの強い女であるようだ。犬なのに。
パソコンはさすがに作れませんけどね、というユージの言葉は、ハルとケビンには届いていないようだった。
二人は食い入るようにモニターを見つめている。
動画と、そしてパソコンそのものの機能に驚いて。
日本ではありふれた庭付き一軒家と、日本では当たり前のその中身。
この世界の人間には、驚きをもたらすものであるようだ。
パソコンとネットを通じて異世界を知った、元の世界の住人たちに驚きをもたらしたように。
ケビンの言葉は全体44話 第四章 十話、庭に入ったのは全体142話 第九章 十八話ですね。
庭にはもう入れてましたが、家の中は初。
作中で三年ごしの約束でした!
次話、明日18時投稿予定。
次話からしばらく掲示板回の予定です!





