閑話9-3 マルクくん、がんばる。3
副題の「9-3」は、この閑話が第九章 三話目ぐらいの頃という意味です。
「マルク、次はその木の枝を切りニャさい」
「わかったよ、おかーさん!」
晩秋の開拓地。森と開拓地をわける柵の外側に、二人の獣人の声が響く。
木に登って枝を払いながら指示を出しているのは、猫人族のニナ。高いところが好きなのか、ずいぶんとご機嫌な様子である。
そのニナから指示を受け、木に登っていくのは犬人族のマルク。腰には鉈をつけている。
開拓地の防衛強化。
その第一弾としてユージ指揮のもとで造られた木製の柵と物見櫓。
見通しと射線を確保するため、ニナとマルクは木々の枝払いを担当しているのだ。
高所作業となる危険な仕事だが、ニナとマルクは自ら立候補してその任に就いていた。責任感あふれる二人である。決してただ単に木登りが好きだからというわけではあるまい。おそらく。
ニナ、マルク。そしてもちろんユージも含めた開拓民。全員の作業で着々と準備は進み、ユージが指揮する開拓地の防衛強化策は、ひとまず形になるのであった。
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早朝。
テントで寝ていた獣人一家の耳に、ワンワンワンッと激しく吠えるコタローの鳴き声が届く。
異常を察したのか、もぞもぞと起きだすマルセル、ニナ、マルク。
コタローと組んで狩りに出ることもあるニナはヒクヒクと耳と鼻を動かしている。
「敵かもしれニャい。マルセル、マルク、準備しニャさい」
キリリとした表情で夫のマルセルと息子のマルクに告げるニナ。
獲物を狩るときの凛々しい顔つきになっていたが、あいかわらず「な」は「ニャ」のままであった。
母親であるニナの指示を聞き、いそいそと準備を整える犬人族の二人。さっさと準備を整えたニナがテントの入り口をバサリとめくる。
そして。
カラカラカラ、と木がぶつかり合う音が、開拓地に響く。
柵の外に仕掛けていた鳴子が、反応したのだ。
ニナの読み通り、敵が現れたのである。
「じゃあ計画通り、櫓には射手の三人を。針子の二人とマルクくんは、クロスボウで柵の隙間から狙ってください」
開拓地へと続く道に現れたのは、50匹のゴブリンと10匹のオーク。
元冒険者パーティの斥候から情報を聞いたユージが開拓民に指示を出す。
事前に立てられていた防衛計画の通りである。
「おとーさん、おかーさん、がんばってね!」
「マルクは初めての実戦か。慌てないでしっかりやるんだぞ!」
「任せニャさい、マルク。ゴブリンニャんてただの的よ」
戦闘前にわずかに言葉を交わし、それぞれの場所へ散る獣人一家。
ユージの奴隷でもある犬人族のマルセルは、ユージとともに柵の前へ。
猫人族のニナは弓矢を持ち、櫓へ。
そしてマルクは支給されたクロスボウを手に、柵の内側からモンスターを射る手はずとなっていた。
柵の内側で迫り来るモンスターの集団を待つマルク。その身はわずかに震えていた。いかに柵に守られていようと、戦力は過剰なほどだと教えられていようと、敵意を持って大量のモンスターが駆け寄ってくるのだ。初陣のマルクに冷静になれというのも難しい話である。
マルクの身の震えが止まらないうちに、開戦を告げるユージの魔法が炸裂する。
「光よ光り、輝きを放て! でも俺は禿げてないよ!」
効果はてきめんであった。
駆ける勢いのまま逆茂木に突っ込み、貫かれるゴブリン。
足をもつれさせ、転んで後続に踏まれるゴブリン。
穴に気づかず罠にかかるゴブリン。
惨憺たる有様である。
ユージの合図により、ロープが張られてモンスターの集団はさらに混乱を増す。
そして。
「みなさん、矢を!」
震えるマルクの耳に、ユージの合図が届く。
出番である。
手にしたクロスボウを掲げて構えるマルク。
だが、震えは止まらず狙いが定まらない。
その時、マルクの肩がポンッと叩かれた。
「落ち着け、マルク。敵は大量だ。適当に射っても当たるさ」
ケビンの専属護衛の一人、イアニスであった。
今回、開拓民を防衛の中心としたため、ケビン一行はサポートにまわっているのだ。
何度も訓練を見てもらったイアニスの言葉に、ようやくマルクの震えが止まる。
「はい、イアニスさん!」
吹っ切れたのか、イアニスの言葉通りしっかり狙わず、ゆるく狙いをつけてクロスボウの引き金を引くマルク。
放たれたボルトは、ゴブリンに命中した。
よしっと小さくガッツポーズをしたあと、さっそくクロスボウの弦を巻き上げようとマルクが構えを解く。
「よい、いい感じだマルク。ああ、ちょっと貸せ」
教え子のことが気になったのか、いまだマルクを見守っていたイアニスが声をかけ、マルクからクロスボウを受け取る。
「おら、敵は大量にいるんだ。次々射ってけ。位階を上げるいい機会だぞ」
マルクからクロスボウを受け取ったイアニスはさっと弦を巻き上げてセットし、マルクに手渡す。
ケビンの専属護衛のイアニスは、ぶっきらぼうだが情に厚い男であった。髪は薄いが。いや、ハゲだが。
ともあれ。
こうして、コタローがあっさりとオークリーダーを屠るまで、マルクはクロスボウを撃ち続けるのであった。
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「うあああ、い、痛い! 体が痛いよ!」
「そうか、マルクは初めてか。我慢するんだ、これが位階が上がるってことだ」
防衛戦を終えた夜。
開拓地、その獣人一家のテントの中。
敷かれた絨毯に横になり、それぞれお気に入りの毛布に身を包んだ犬人族のマルセル、猫人族のニナ、その息子のマルクは揃ってうめいていた。
尻尾も耳も力なく垂れ、時おりクゥーンと言葉にならない声が漏れている。犬か。
くるしい、でも、これでみんなを守れるようになるんだ、と痛みをこらえるマルク。
おとーさんもおかーさんも、アリスちゃんもボクが守るんだ、と歯を食いしばる。
長い夜を越えて、明け方。
ようやく痛みがおさまり、マルクは眠りにつくのだった。
「体が軽い! すごい、水瓶もいままでより軽く感じる! ボクは強くなったんだ! これで、もう何も怖くない!」
位階が上がった翌朝。
自分の身体能力を確認したマルクはおおはしゃぎであった。喜びのあまり物騒な台詞を吐いている。頭上には気をつけてほしいものだ。
「おおマルク、昨日はがんばったな。位階が上がったんだろ? よし、じゃあ訓練をつけてやろう」
ハイテンションで尻尾を振るマルクに声をかけたのは、ケビンの専属護衛のイアニス。防衛戦でマルクを励まし、サポートした男である。禿頭が、朝日を浴びてきらめいていた。
「はい、お願いします! 今日こそ一本とってみせますよ!」
位階が上がったことで自信がついたのか、これまでにない大口を叩くマルク。
だが。
だからこそ、イアニスはマルクに声をかけたのだ。
「ぐ、ぐうう……」
開拓地に、マルクのうめき声が響く。体が痛いのだ。昨夜の位階が上がった痛みではない。身体能力が向上して過剰な自信を持って訓練に臨んだマルクを、イアニスが叩きのめしたのだ。それはこれまでにないほど苛烈な訓練であった。
「ふむ、まだまだ弱いなマルク。調子に乗って死ぬんじゃねえぞ」
伏せるマルクに声を掛けるイアニス。ケビンの専属護衛として働いてはいるが、冒険者でいうとその実力は4級相当。マルクなど、文字通り子供をあしらうようにやりこめていた。
初めて位階が上がると気が大きくなり、自らの力を過信して命を落とす者も多い。そうならないよう、イアニスは過剰にマルクを叩きのめしたのである。情が厚い男なのだ。髪は……。
持ったばかりの自信を打ち砕かれ、この日以来、ふたたびマルクは懸命に訓練に励むことになる。
ユージたちがモンスターの集落の討伐に向かったあと、留守番となった悔しさを噛み締めながら、マルクは訓練を続けるのであった。
ちなみに。
マルクの両親、マルセルとニナは、位階が上がった朝のマルクの言動を見守っていた。
イアニスがいなければ、二人がマルクの鼻っ柱を折ったことだろう。
以降マルクは、もう何も怖くニャい! 今日こそ一本とってみせますよ、などとことあるごとに両親にからかわれるのであった。黒歴史である。
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ピーッという指笛が開拓地に聞こえてくる。
それは元冒険者の斥候、エンゾの合図であった。
モンスターの集落の討伐に出ていたユージたちが帰ってきたのだ。
指笛を聞いたマルクは開拓地の入り口に駆ける。みんな無事だよね、アリスちゃんもきっと、と小さく呟きながら。
そこでマルクは、大きな衝撃に襲われることになる。
たしかに、誰一人欠けることなく帰ってきた。
だが帰ってきた討伐組は、一人増えていたのだ。
エルフの美少女が、増えていたのだ。
「あー、リーゼちゃんです。12才のレディだそうです」
ユージの家の前、切り株が並ぶ簡易広場に揃った開拓民の面々。
ケビンやユージが話をはじめていたが、マルクの耳には届いていないようだった。
ボーッとエルフを見つめるマルク。その顔は赤い。いや、毛皮で顔色はわからないのだが。
ニナに小突かれ、ようやく自己紹介の番だと気づくマルク。
「え、えっと、マ、マルクです! 犬人族です! まだまだ弱いけど、おとーさんもおかーさんもアリスちゃんも、えっと、その、リーゼちゃんも、みんなを守れる強い男にって……」
最初は勢いよくはじめたものの、次第にごにょごにょと口ごもるマルク。エルフの美少女を前に緊張しているようだ。頭から湯気を出さんばかりのマルクを目にして、開拓民たちはニヤニヤと笑みを浮かべる。
元冒険者の斥候エンゾなど、おいおい、アリスちゃんとリーゼちゃん、どっちが本命なんだー? などと野次っている。だが仕方あるまい。歳の頃が近い美少女を目の前にしているのだ。思春期の少年が恥ずかしがらずにいられようか。淡い恋心を抱かずにいられようか。いや、いられまい。
アリスちゃんもリーゼちゃんも、ボクが守るんだ! そんな新たな決意を胸に、マルクはいっそう訓練に、開拓に励むのだった。
どっちが本命なんだ、というエンゾの声をスルーして。
ちなみにマルク自身もわからないようである。
二人の美少女の近くで暮らす思春期の少年など、しょせんそんなものなのだ。
もっとも、二人の女の子はマルクを良き隣人としか認識していないようだが。
思春期の少年には、知らないほうがいい現実もあるのだ。
大量に。





