プレシャス・オパールな心
「あ、りがと、うございます・・・」
つっかえつっかえ、なんとかお礼の言葉だけ口にした。
もっと気の利いたセリフのひとつでも言えればいいのにと思うけど。
指輪を贈られた女性が、贈ってくれた男性に対して、何をどう言えばいいのやら見当もつかなくて。
こんなの初体験なんだもの。しょっぱなからハードル高すぎて、自分の経験値の低さが情けない。
食事を終えて、ふたり揃ってお店を出る。
当然、というのも申し訳ないんだけど、お会計は晃さんが支払ってくれた。
ここでも(あたしも払うって言うべきかな? いやそれは逆に失礼なのか!?)って悶々としてしまう。
いや、でも、いやいやそれは・・・ってひとり静かに葛藤しているうちに、晃さんがスマートに会計を済ませてしまった。
・・・・・・あたしって最近の女子高生よりも情けない気がする。
それから、ふたり並んで夜の街を歩いた。
空を覆う暗闇と、街中を照らす灯りが、あたしの心に不思議な高揚感を生み出している。
男性とふたり。あたしと晃さん。夜の街に漂う独特な空気。
それに酔うように自分の心がウキウキ華やいでいるのを、あたしは自覚していた。
「聡美さん、綺麗だね」
「・・・・・・えっ!?」
き、綺麗!? 綺麗ってあたしが!?
心臓を高鳴らせながら、バッと晃さんを見上げた。
すると晃さんの視線はあたしにではなくて、横の方を向いている。
・・・・・・な、なんだ。焦って損した。
少し気落ちしながら晃さんの視線をたどると、彼はホテルの前の大きな噴水を見ていた。
噴き上がる薄い水の壁にライトアップが施され、ユラユラと様々な色に変化している。
涼やかな水音と、見事な色彩の演出効果に思わず惹きこまれてしまう。
「ほんとだ。すごく綺麗・・・・・・」
「うん。まるでオパールの遊色効果みたいだね」
「ゆうしょくこうか?」
「オパール特有の、あの虹色に輝く現象をそう呼ぶんだ。遊色効果のあるオパールを、プレシャス・オパールって呼ぶんだよ」
遊色効果のあるオパールを?
つまり、そうじゃないオパールもあるってこと?
オパールってどれもこれもみーんな、白っぽい石の中が虹色に光るものだと思ってた。
「遊色効果のないオパールは、コモン・オパールって呼ぶんだ。ありふれたオパールって意味」
「あ、ありふれた・・・?」
な、なんかそれって、地味に過酷なネーミングじゃない?
思わず親近感を感じてしまいそう。コモン・オパールさん・・・・・・。
「ファイヤー・オパールって呼ばれる石があってね、これは地色が赤やオレンジ系のプレシャス・オパールなんだけど・・・」
晃さんが顔をしかめた。
「遊色効果が無いコモンを、色が赤やオレンジだからってだけで『ファイヤー・オパール』として売ってたりするんだよね。本来のファイヤー・オパールって、炎が揺らめく様に美しいプレシャスなんだけどなあ」
そうなんだ。それくらい遊色効果ってのがオパールでは重要な位置を占めているのね。
炎が揺らめく、かぁ。そのファイヤー・オパールっていうの、さぞかし綺麗なんだろうな。
「地色が黒色のブラック・オパールもすごく綺麗だよ。その分、値段もすごいけど」
「とってもお高いんですか?」
「うん、とってもお高いねえ」
晃さんはおどけたような声で笑って答えた。
「石の大きさや遊色の出具合にもよるけどね。天然の良質な石は高価だよ。だから薄いオパールの下に、別の黒色の石やガラスなんかを貼りつけた商品もあったりする」
「そんなのがあるんですか!?」
それって張りぼて商品だよね!? 許されるの!?
「そういう加工品だということを知ったうえで、安価な土産品やアクセサリーとして、割り切って購入するならね」
安価なアクセサリー。加工品。
晃さんの講習を受けるようになってから、よく聞くようになった単語。
・・・・・・・・・・・・。
「ねぇ、晃さん。晃さんは宝石の人工処理ってどう思いますか?」
あたしは思い切ってそう聞いてみた。
加工品。自然の物に無理やりに手を加えて作り上げる物。
・・・・・・なんだかね、聞くたびに身につまされるの。
だってあたしが毎日、躍起になってしているメイクも似たようなものだもん。
ありのままの自分の姿じゃ「だめ」だから。
タレ目にしたり、マスカラ塗ったり、ファンデ重ね塗りしたりして、人工処理物を作り上げている。
自然のままでも完璧に美しい姉を、横目でチラチラと眺めながら。
そう思うと、どうしても引け目っていうか、自分に惨めさを感じてしまう。
こんなの邪道だよね? 作為だよね? 騙しだよね? って。
「人工処理? 俺は「あり」だと思うよ」
・・・・・・・・・・・・へ?
あっさり肯定されてしまって、逆に驚いた。
宝石鑑定士なら、『人工処理なんて言語道断!』 って言うとばかり思ってたのに。
ありなの? な、なんで??
晃さんは「ちょっと座らない?」と近くのベンチにあたしを誘ってくれた。
あたしがよほど疑問に満ちた顔をしていたのか、丁寧に説明してくれるつもりらしい。
「これは宝石を購入する上で、消費者にとって実はすごく重要な話だから良く聞いて」
白い木製の可愛らしい二人掛けのベンチに並んで座り、あたしは興味津々、晃さんを見上げた。
「まず分かりやすく説明するために、人工処理の性質の説明から」
一括りに人工処理と言っても、大きく二種類に分ける事ができる。
「トリートメント処理」と、「エンハンスメント処理」
トリートメント処理っていうのは科学的な力を用いて、自然界では起こりえない変化を宝石に与える処理。
「例えば放射線を照射して、内部の結晶構造を変化させ、宝石の色を変えてしまうんだ」
「放射線照射ぁ!?」
宝石とは一切無関係そうな、その超科学的な単語に驚いてしまった。
なんだかもうそれって、あたしのメイクどころの事例じゃないよね!?
ほとんど科学実験みたいに感じちゃうのは、素人の浅はかさだろうか!?
「トリートメント処理された宝石は、もう天然石とはみなされないんだよ」
一方、エンハンスメント処理は、その宝石本来の美しさを引き出す事。
潜在能力は持っているのに、たまたま自然現象の条件が揃わなかった宝石達に、自然現象を人工的に施して美しくなる手伝いをすること。
「お手伝い・・・」
「もっと分かりやすく言えば・・・うーん、お化粧みたいなもの、って言っちゃってもいいのかな」
お化粧。
そのものズバリの表現が出てきて、あたしはドキリとしてしまった。
「色石は、加熱処理で色を引き立たせている場合が普通だよ。ルビーとか、サファイヤとか、アクアマリンとか、トパーズとか」
ゆ、有名どころがいっぱい出てきたな。
そうなのか。宝石には一般的に加熱処理ってされてるものなのか。
「エメラルドの傷やヒビへの含浸処理の説明はしたよね? ヒビをそのままほったらかしにしといたら、大変だと思わない?」
「そりゃ思います。普通に」
「だから処理するんだよ。でも宝石本来の性質を変えたり損なう処置はしていないから、天然石として扱われているんだ」
それらも天然石扱いなのか。
でも正直なところ、話を聞いてて腑に落ちない感覚があるのはあたしだけかな?
だって仮にも天然と銘打っている以上、どこまでもそれは自然物であるべきじゃない?
結局は加工品でしょ? やっぱり未処理の、本当の意味での天然石の方がいい。
そういった宝石が欲しいと考えるのが人情ってもんだと思うけど。
「聡美さん、不満そうだね?」
晃さんがあたしの胸中を察したように笑った。
「いえいえ! 不満なわけじゃないんです。ただ納得できないだけです」
思わず両手をパタパタ振って言い訳した。
晃さんに不服そうな顔したってしょうがないじゃないの。せっかく教えてくれているのに。
「その気持ちは俺も分かるよ。ただ天然宝石ってね、自然物なんだよ」
同じ自然物でも、野菜みたいに毎年収穫できるわけじゃない。
つまり数に限りがあるわけで。
昔は豊富な産出量を誇っていた鉱山が、いまでは枯渇してしまったなんて話はざらにある。
そんな中でさらに、まったく未処理のままで宝石として扱える原石の発見なんてごくごく僅か。
「本当ーーに、微量なんだ。だから価値が高いし価格も高い。一般人には簡単には手が出せない」
だからここが思案のしどころ。
高価で美しい未処理の天然宝石を購入するか。
エンハンスメント処理をされた、綺麗な天然宝石を購入するか。
未処理で、見た目があまり綺麗ではなくても天然宝石を購入するか。
「どれを選ぶかは当然個人の自由。だから俺は処理は「あり」なんだ」
「・・・そう、なんですか・・・・・・」
「大事なのは、宝石に施されている処理の事実を購入者がきちんと理解しているかどうかってこと」
現在は、処理は処理だということでエンハンスもトリートメントも皆一緒に『トリートメント』と呼んでいる。
宝石の鑑別書にも、処理の有無が記載されている。
「そういった理解のうえでの、納得の選択が重要だと俺は思う」
「・・・・・・・・・・・・」
晃さんの話に、それこそ納得して頷きながらもあたしは別の事を頭の隅っこで考えていた。
しょせん、処理は処理。
未処理のままでは、到底綺麗とは言えない天然石。
結局そういうことよね? 天然はどこまでも天然。
処理はどう言い換えようが処理だし、加工品はどこまでも加工品。
そういう・・・・・・ことよね・・・・・・。
「聡美さん、宝石ってさ・・・」
晃さんは整った顔立ちにハッキリとした意志の強さを漂わせながら、こう告げた。
「磨いてこそ、宝石。そう思わない?」
・・・・・・・・・・・・!
『磨いてこその宝石』?
その言葉の持つ力強さに引き込まれるあたしに、晃さんが穏やかに微笑む。
「ダイヤモンドだって研磨されてこその輝きだよ。それに目くじら立てる人なんて、いない」
もちろん原石そのものに価値はある。
でも『なんて美しいのだろう』と憧れるのは、やはり研磨された宝石に対して。
人の手が、それぞれの宝石が最高に輝けるように、精一杯に心を尽くした結果に対してだ。
それに対して、人は称賛を贈るんだ。
「それが宝石の価値のひとつであり、魅力であり、美しさであると俺は思っているんだよ」
晃さんは、まるで宝石みたいにキラキラした目で熱心に語ってくれる。
あたしはそんな彼を見て、自分の気持ちがフワリと軽くなっていく気がした。
磨いてこそ宝石。最高に輝けるように、精一杯に心を尽くした結果。
彼の言葉が、あたしの心の苦しい部分を優しく撫でてくれている。
いままでずっと痛くてたまらなかった場所に、そっと手を差し伸べてもらえたような・・・・・・
少しだけ、救われたような気がした。