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イミテーションの過去

 その日の営業時間が終了し、お店のシャッターを閉めた。

 昔はシャッターなんて無かったから外から覗き放題だったのに。

 防犯上、やむを得ないよね。世知辛い世の中になったもんだわ。


 今日は皆で残業してダイレクトメール書き。

 お客様には常に真心を込めて! が、我が五百蔵宝飾店のモットー。

 なので宛名はぜーーんぶ手書き。しかも・・・・・・


 毛筆で!


「はい、これで書いて」って筆ペンを渡された時は、目を丸くしてしまった。

 本格的な毛筆よりも文字を書きやすいらしいけど、使い慣れていないことには変わりない。


「やだもう、信じられない! 今どき手書き!? しかも筆!?」


 って詩織ちゃんがギャーギャー喚いて栄子主任に叱られてる。

 あたしも自分が書いた宛名を見て、その出来栄えの情けなさに溜め息をついた。


「ねぇ聡美ちゃん、筆、使えるー?」

「全然・・・。こんなのお客様に送ったら、逆に営業妨害になりそう・・・」

「あたしもー。どーしよー」

「二人とも、社会人なら筆も使えないと駄目よ」


 あたし達の会話に栄子主任が参入してきた。

 詩織ちゃんが唇を尖らせて反論する。


「えー、だって今どき筆を使う機会なんて・・・」

「あるわよ。冠婚葬祭の芳名帳に記帳する時、筆しか置いてない所が結構あるんだから」

「ほーめーちょー?」

「これから結婚式や通夜葬式に出る機会も増えるでしょ? 今のうちに練習しときなさい」


 芳名帳かぁ。なるほどそれは考え付かなかった。

 いざという時に恥をかかないために練習しておかなきゃいけないな。うん。

 ・・・・・・ていうか、すでに現在かいてるけど。恥。


 新人への心配りか、あたし達への割り当て分は少なかった。それでもどうしても時間がかかってしまう。

 仕事が終わった時は、本物の毛筆をサラサラと走らせて大量の宛名書きを捌く栄子主任と、ほぼ同時刻だった。


「ご苦労様。今日は私がカギ当番だから、二人とも先に帰っていいわよ」

「はーい。お疲れ様でしたー」

「お疲れ様でした。栄子主任」


 頭を下げて挨拶し、裏口へ回る。

 その時ケースの中にディスプレイされているダイヤモンドの輝きが目に入った。


『ファセットカット』


 角度の違う、たくさんの小さな切子面を、幾何学的に組み合わせたカットの名称。

 中でもダイヤモンドの代名詞のように有名な『ブリリアントカット』による全反射が、あの特有の眩いキラキラを生み出している。


 ダイヤモンドは傷付かない・・・か・・・。


 あたしは詩織ちゃんに手を振り、店を後にした。



 自宅に帰りつき、「ただいまー」と挨拶しながら扉を開ける。


「あら、おかえりなさい」

「うわビックリした!」


 あたしは驚いて思わず仰け反ってしまった。目の前の、不満そうなお姉ちゃんと目が合う。


「嫌ね。なによ、人をお化けみたいに」

「だ、だって玄関開けたすぐそこに居るなんて思わなかったから」


 ふぅ。不意打ち食らうと心臓に悪いんだよ。

 家族だから他の人よりはその美貌を見慣れてるけど、いきなり出てこないでよね、まったく。


 心臓を落ち着かせ、あたしは目の前の姉の姿を見つめる。

 そう、この人が・・・あたしの実の姉。


 絶世の美女、槙原(まきはら) 満幸(みゆき)


 真っ直ぐな、黒真珠のように艶めくストレートロングヘア。

 あまりにも真っ直ぐ過ぎて、結わえてもすぐに髪ゴムが滑り落ちてしまうほど。

 クセのクの字も無い髪は、一度もパーマをかけた事が無い。


 美容師さんが嫌がるの。

「こんな美しい髪に薬剤をぶっかけるなんて・・・私にはとてもできません!」って必ず拒否されるから。


 見つめられると吸い込まれそうな、水晶のように透明感のある大きな目。

 飾る睫毛の長さも、絶妙なカールも天然。

 以前、目にぶつかりそうになった虫を、この人は睫毛で叩き落としたことがある。


 目、鼻、口。各部位の完成度は非常に高く、欠点を探そうとしても見つけられない。

 そしてそれらの配置バランス、及び、彫りの深さも完璧。


 ホクロひとつシミひとつ無い、パールのような滑らかな白い肌。

 伸びやかな手足は、十分に手足専用モデルで食べていけるだろう。


 胸、ウエスト、腰回り。・・・・・・女の憧れ。完全形態。


 そして全身から醸し出される雰囲気、つまりオーラが、常人とは格が違う。

 小学生の時、校庭で航空写真の記念写真を撮ったけど、総勢数百名の児童の中でこの人だけは埋もれなかった。

 写真を見た誰もが、一発必中で、一番最初に姉を探し出す。


 この人こそが、絶世の美女という栄誉に相応しい人だ。


 この人が・・・あたしの、姉なんだ。


「聡美、早く着替えてきなさい。もう夕食よ」

「・・・・・・うん。すぐ行く」


 姉の後ろ姿を見送り、居間に入るのを見てから玄関に上がった。

 すぐそばの階段に腰を下ろし、腹の底から大きな息を吐き出す。


 ・・・はあああぁぁぁーーーーー・・・・・・。

 相変わらず、キッツイなあー・・・・・・。


 何度かそうやってモヤモヤを吐き出してから、ようやくあたしは立ち上がり、階段をのぼった。

 

 着替えを終えてダイニングに行くと、みんなもう席に座っていた。

 お母さんとお姉ちゃんは待っていてくれたけど、お父さんは先にサッサと食事を始めている。

 あたしも席につき、揃って食事を始めた。


「お母さん、それ、食欲失せるからどこかへやって」


 嫌そうな顔をしてお姉ちゃんがテーブルの脇に置いてあるものを見た。

 あぁ・・・あの人、また持ってきたのか。懲りないなぁ。


「仕方ないでしょ? お母さんがいくら断っても、斎藤さんが持ってきちゃうんだもの」

「私、お見合いなんかしないわよ」

「だから、何度そう断っても向こうが持ってくるんだから」


 斎藤さんとは、お母さんの婦人会仲間。

 お見合いのセッティングと仲人を務める事が、人生のステータスのようなオバサンだ。

 お姉ちゃんの存在を知った途端に、彼女の熱い仲人魂に火がついたらしい。


『満幸ちゃんに最高の結婚話をまとめて、あたしの仲人人生の金字塔にしたい!』


 って宣言して、降るように見合い写真と釣書を持ってくる。


 ・・・勝手に燃え上がって、人んちの長女を自分の人生の集大成にしないで欲しいよまったく。

 今度、意味ありげに消火器でも送っておこうかな。


「よせよせ。あんなオバサンの持ってくる縁談なんか、どうせ大したモンじゃないだろ?」


 ビール片手にお父さんが笑いながらお母さんに聞いた。


「なんだ? 今度の男はどこに勤めてるって?」

「お医者様だそうですよ」

「医者ぁ? なんだそりゃ。そんなのがウチの満幸に釣り合うとでも思ってんのか?」


 グィッとビールをあけ、さらにお父さんは上機嫌。


「満幸ならな、どこかの国の大統領夫人や王妃にだってなれる! なあ満幸!」

「お父さんたら、飲み過ぎよ」

「満幸は・・・そうだな、きっとモナコのグレース王妃の生まれ変わりだ!」

「やめてったらもう」


 モナコのグレース王妃。

 アメリカのハリウッド女優だったけど、モナコ大公レーニエ3世に見初められて王妃となった。

 シンデレラストーリーの代表格みたいに言われてる。


「満幸王妃とお呼びしなきゃならん日も近いかもな!」

「・・・・・・・・・・・・」


 お姉ちゃんは溜め息をついてゲンナリしている。本気で嫌そう。

 反してお父さんはますます調子に乗ってきた。


 「満幸王妃! 満幸様! わははは・・・」 

 「ねぇ、お父さん知ってる? グレース王妃ってね、けっこー苦労の多い人生だったんだよなぁこれが」


 あたしの白けたセリフに、お父さんの笑いはビタリと止まった。


「父親や兄が冷淡でさぁ。家族愛に飢えた、寂しい幼少期を過ごしたらしいよ?」

「・・・・・・・・・・・・」

「結婚してからも、子どもが次々とトラブル起こして。気苦労が絶えなかったんだって」

「・・・・・・・・・・・・」

「あげく脳梗塞をおこして自動車事故で急死。まだ52歳だって」

「・・・・・・・・・・・・」

「お姉ちゃんって、そのグレース王妃の生まれ変わりなんだぁ。ふうぅーん・・・」


 お父さんはさっきの上機嫌が嘘のようにムッツリ黙り込んでしまった。

 ふんだ。良く知りもしないで、酔った勢いで口に出すからよ。


 お蔭で食卓は、一気に冷めた空気になってしまった。


 実はあたしとお父さんは、正直あまり仲がよろしくない。

 ていうか、ハッキリ言うと、悪い。


 お父さんはお姉ちゃんを昔から溺愛している。

 男親にとって、自分の娘がこれほど美しい事がもう、自慢で、自慢で、自慢でならない。


 お父さんにとっては、最高傑作であるお姉ちゃんだけがいればいいわけで。

 あまりにも平凡なあたしの事なんて、昔から全然眼中になかった。


 ただの一度も気にかけてもらったことなんか無い。

 はっきり口に出して言われた事はさすがにないけど、親のそういう心理って、子どもは敏感に読み取ってしまうから。


 境遇だけで言えば、あたしの方がよっぽどグレース・ケリーよ。

 バッグ持ってお腹隠してやろうか。


 しかも、冷淡だったのはお父さんだけじゃない。

 いとこ同士の間での、あたしの子どもの頃のあだ名は『お茶っ葉』ちゃん。

 どういう意味なのかずっと分からなかったけど、ある日やっと気づいた。つまりそれは・・・・・・


 出がらしって意味だって。


 絞りカス。美しい姉に美点を根こそぎ持って行かれた、残りカス。


 ・・・・・・子どもって時々、すごく残酷な時があるから。


 みんな深い悪意は無かったろうし、今ではもうそんなあだ名で呼ぶ親戚はいないけど。

 当時、幼いあたしの心はメチャクチャ傷付いた。


『お茶っ葉ちゃーん。お茶っ葉ちゃーん』


 からかわれるたびに大泣きした。

 そしてその度に間に入ってあたしを庇うのは、決まってお姉ちゃんで。

 その事が逆にあたしの心を傷つけていた。


 思えば、法事とかお盆とかお正月とか、親戚大集合の行事関連は見事に暗い記憶ばかりだわ。

 可哀想な幼少期だな・・・。我ながら。

 お姉ちゃんに責任があるわけじゃないし、あたしが悪いわけでもないし、どこにも誰にも責任なんて無いけど。

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