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「つまり、貴石ってのが選ばれた特別な存在で、半貴石ってのが、その他大勢ってことですねー」
「ちょっと乱暴な分け方だけどね。まぁ半貴石は、貴石に比べれば流通価格が安いから」
「やっぱり世の中、綺麗な物には選ばれるだけの価値がありますからねー!」
うふふん、と詩織ちゃんがニコニコ満足げに笑う。
おまけに「ね、そうだよね? 聡美ちゃあん」って、厚かましくもあたしに同意を求めてきやがった。
・・・このやろ。なに考えてんのか分かるぞ。
でもあたしは彼女に合わせて笑うことができず、今の話を心の中で噛みしめていた。
選ばれた存在である貴石。そしてその他大勢の、安価の半貴石。
人は貴石に憧れる。人工的にその美しさを創り出そうとするほどに・・・。
まるで・・・・・・
お姉ちゃんとあたしみたいね・・・・・・。
その後も、柿崎さんの講習は続いた。
宝石の硬度は、石英の硬度である7が基準だとか。
宝石には花言葉のような、石言葉があるとか。
十二星座にも守護石と呼ばれる宝石がそれぞれ割り振られているとか。
覚えていたら販売に役立ちそうな、基本的なミニ知識がたくさん。
ただどうしてもあたしの心はどこか上の空で。
近藤さんには申し訳ないけれど、あまり頭の中には入ってこなかった・・・。
「今日の講習はここまで。次回までによく復習しておいてください」
「復習かぁー。大学卒業したのにまだ勉強するハメになるなんてー」
近藤さんと詩織ちゃんの会話を聞きつつ、今日の講習のプリントをバインダーに挟む。
話半分しか聞いていなかったし、後でよく目を通しておかないと。
「じゃあ私はこれで失礼します。また月曜日に」
「あ、晃さん! 玄関までお見送りしますー!」
「いや、どうぞお気遣いなく」
「だからぁ、遠慮しないでくださいってばもう」
にこぉっと極上の笑顔を披露し、詩織ちゃんはあたしに向き直った。
「聡美ちゃん、あたし晃さんをお見送りしてくるから。先にここの片付けしててね」
ヒラヒラと手を振り、問答無用で詩織ちゃんが近藤さんと扉へ向かう。
二人が会議室から並んで出ていくのを確認してから、ふうっとでっかく息を吐きだした。
詩織ちゃんめ、お見送りしてくるって言ってたけど、まず間違いなく戻って来ないな。
あたしに片付け全部を押し付ける魂胆なのが、手に取るように読める。
仕方ないなぁ・・・もう・・・・・・。
急須と茶碗をお盆に乗せ、イスの位置を元に戻していると扉が開く音がした。
・・・お? 詩織ちゃん、珍しく心を入れ替えて戻って来たか?
「詩織ちゃん、お疲れ様。近藤さんは帰った?」
「いえ、まだ帰っていません。ここにいます」
ビックリして振り向くと、扉の所に立っているのは近藤さん。
うわ! 近藤さんだったんだ!
・・・・・・やっぱり詩織ちゃんが、そうそう簡単に心を入れ替えるハズないか。
「あ、近藤さん。どうしましたか? 忘れ物ですか?」
「いえ。聡美さんにちょっとお聞きしたい事があって」
「・・・聞きたい事? 近藤さんが私にですか?」
「あれ? 『晃さん』じゃないんですか?」
「え?」
爽やかさに、少しだけイタズラっぽいスパイスが効いた笑顔を向けられた。
一瞬ドキッと胸が鳴って、頬が軽く染まってしまう。
「どうぞ『晃』と、名前で呼んで下さい。私も聡美さんを名前で呼んでいるんですから」
「え・・・えー・・・あ、はぁ・・・」
笑顔で見つめられ、そんな事を言われ、ますます頬が染まっていく。
名前で呼べって・・・・・・。
こ、この人、自分が結構ハズカシイ事を言ってる自覚、あるのかな?
世の女性のみんながみんな、詩織ちゃんみたく神経図太いわけじゃないんだけど。
「あの、それで近藤・・・いえ晃さん、私に聞きたい事というのは?」
こうまで言われて、なお近藤さんと呼び続けるのもあまりに角が立つ。
ケンカ売ってると思われるのも困るし、ここは素直に従うのが社会人というものでしょう。
そう判断して、口籠りながら名前で呼んでみたけど・・・
うわぁ、予想以上に恥ずかしい! 視線がフワフワ泳いでしまう!
異性を下の名前を呼ぶのって、すごい特別な事なんだ。いま初めて知った。
んもう、詩織ちゃんめ~! あたしまで巻き込まないでよね!
「聡美さん、今日の講習はつまらなかったですか?」
「・・・・・・え?」
「前回の講習では聡美さんから噛み付かれそうな勢いを感じたのに、今日は、今ひとつ食いつきが悪かったようなので」
く、食いつきって・・・・・・。
あたしゃ疑似餌の毛バリに引っ掛かるイワナか。
でもやっぱりバレてたのか。そりゃそうだよね。失礼な事しちゃったな。
気に病んで、わざわざ戻って来てくれたんだ。仕事に対して責任感のある人なんだな。
彼への好感度が上がると同時に、申し訳ない気持ちで一杯になる。
「私もまだ若輩ですから、後学の為にどの点が良くなかったのかをぜひ・・・」
「あ、いえあの! 近藤・・・晃さんのせいじゃないんです!」
「いえ、どうか正直に・・・」
「いえあたし正直ですから! 近藤・・・晃さんの講義は面白いです!」
あたしは両手の拳に力を込めて、ガリッと力説した。
彼は目をしばたたかせて、それでも少し気がかりそうにあたしを見つめている。
本当に彼の責任じゃないんだから、ここの誤解はちゃんと解かなきゃ!
「近藤・・・晃さんの講習、面白いです! 次回もあたし楽しみにしてます!」
その言葉を聞いて、彼は嬉しそうにフッと柔らかく笑った。
穏やかな笑顔に戻っていく様子に思わず見惚れてしまう。
イケメンの笑顔って・・・威力あるなぁ。まともに食らうとグッとくる。
ちょっとした兵器だこりゃ。殺傷能力高そう。コロッといっちゃった女の数ってどれくらいだろう。
「聡美さん、何月生まれですか? 誕生石は?」
「し、4月です! ダイヤモンド!」
「ダイヤモンドの石言葉は?」
「え? えーっと・・・石、石言葉は・・・」
「あ、やっぱり今日の講習聞いてなかったんだ」
「す・・・すみませーん!」
「ダイヤモンドの石言葉はね、永遠の絆、純潔、不屈」
慌ててバインダーを開き、内容を確認するとそう書いてある。
ふむ、永遠の絆とか永遠の愛とかは、エンゲージリングのキャッチコピーでよく聞くから知ってたけど。
「不屈って言葉もあるんだ・・・」
「ダイヤモンドって名前はね、ギリシャ語で『征服し得ない、屈しない』って意味に由来してるんだよ」
屈しない。だから、不屈かぁ。なんだか勇ましいな。
自分の誕生石にそんな意味があると知ってちょっと嬉しい。誇らしい気分になる。
「すごく格好いいよね。ダイヤのモース硬度は10。自然界においてダイヤモンドは、何物にも傷つけられない」
「・・・・・・・・・・・・」
「憧れの宝石だよ」
・・・・・・ダイヤモンドは、傷付かない。
それは引っかき傷なんかに対しては、間違いなくそうなんだけれど・・・。
「それじゃあ聡美さん、これで失礼します。時間をとらせてしまってすみませんでした」
「あ、いえこちらこそ。今日はありがとうございました。近藤・・・晃さん」
「ご丁寧にフルネームで、どうも」
「あ、いえあの・・・・・・」
つい、近藤さんと呼びそうになってしまうんだもん! まだ慣れてないのよー! お願いイジメないで!
そんなあたしのバツの悪い顔を見て、彼は楽しそうに声を上げて笑った。
「それではまた月曜日に」
お互いに会釈をして、晃さんは会議室から出ていく。
それを見送りながら、あたしの心に色々と思いが浮かび上がった。
貴石と半貴石の事とか。近藤・・・晃さんって真面目でいい人だな、とか。
傷付かないダイヤモンド。そして・・・・・・
お姉ちゃんと、あたし・・・・・・。