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 ドッグン!! と心臓が爆発した。

 全身の血液という血液が、一気に逆流した。

 凄まじい勢いであたしの頭に向かい、血と一緒に色んなものが突進する。


 怒り。悔しさ。

 晃さんがこれまであたしに教えてくれたこと。

 彼の情熱。彼の笑顔。彼の誠意。


 その全部が、先を争いながら怒涛のように頭上へと駆けのぼる。

 頭の中で限界まで膨らんで、膨らんで。

 破裂しそうなほどに、どんどん膨らんで一杯になって、そして。


 そして、あたしは・・・・・・



 ―― ブッチィィーーーーーーーーッ!! 


 ・・・と、完全にキレた!!


「・・・・・・ちょっと、あんた!!」


 ショーケースが割れるんじゃないかと思うくらい、思いっきり平手で叩いた。

 バンッ! と凄い音がしてケースの上のエンゲージリングが飛び上り、栄子主任が悲鳴を上げて腕で押さえる。

 和クンが驚いた顔で立ち止まり、そのマヌケ顔に向かってあたしはドカドカと大股で進んだ。


「ずいぶんさっきから、言いたい放題じゃないの!」


 真正面の至近距離で向かい合い、ぐいっと顔を上げて目を合わせる。

 相手の眼球を貫き通しそうなぐらい本気で睨み上げてやった。

 露骨に戦闘態勢。オラかかってこいや! の気迫満点。


 そんなあたしの態度に和クンも一気に腹を立てたようで、完全に据わった目であたしを睨み返してくる。


「・・・お前、客に向かってその態度はなんだよ?」


 低い声。脅すような態度。怖がらせようとしている口調。

 でもあたしは鼻でせせら笑ってやった。


 ふん! そんなもん怖くもなんともないわよ!

 あたしはナイフ振り回す変態と、堂々渡り合った女なんだからね!


「あんたは客じゃない。自分のお金でエンゲージリングひとつ買えないくせに」

「はあ!? まさかお前、このオレが指輪ひとつ買う金も持って無いような男だと思ってるわけ!?」


 あたしに向かって顔を突き出し、小馬鹿にした顔で挑発するように言い返してくる。


「あのねーお嬢さん? これもねー、親孝行なんですよー。男はねー、気楽な女と違ってねー、社会的に色々大変なんですよぉー。分かりましたかぁー?」


 違う。そんなことじゃない。こいつはやっぱり分かってない。

 あたしは、一層低いドスのきいた声で切り返した。


「自分の力で、自分の女を、本当に笑顔にしてやれるようになってから『男』を語れ」

「・・・・・・・・・・・・」


 目の前の男の頬が、憎々しげにヒクヒク歪んだ。


 多分、こいつにあたしの言葉は全く伝わらないだろう。

 そんな可愛い程度じゃない。この男の半端具合は。

 なにが親孝行だ。なにが社会だ。

 もう、いい。こんな救いようのない男に用はない。それよりも・・・・・・


 あたしは、丸くした目を白黒させてポカンとしているお嫁さんに向かって、静かに語り掛けた。


「別れなさい」

「・・・・・・はい?」

「別れなさい。こんな男とは」


 お嫁さんは一層大きく両目を見開き、金魚みたいに口をパクパクさせている。

 呆気にとられて様子を見守っていた周りの人達が、次々と口を出してきた。


「さ、聡美ちゃん! いきなり何を言い出すの!?」

「栄子ちゃん!? この子はいったいなんなの!?」

「お前! 頭おかしいんじゃないのか!?」


 あたしはそれらの声を物ともせずに無視して、お嫁さんに話し続ける。


「本当にこの男がいいの? あなたの心はこの男を望んでいるの?」

「・・・・・・・・・・・・」

「自分の目で確かめて、自分で納得したの? 『これでいいや』じゃなくて『これがいいんだ』と言える?」


 この男は金持ちだし、頭もいいし、見た目もそこそこ。

 自分の事を本物の男だと思っているし、あなたにもそう言ったろうし、多分周囲もそう評価するでしょう。


 でもそんなことは関係ないの。


 あなたにとって、この男がどんな存在であるかが問題なの。

 それ以外のことに意味なんてないのよ。


「どうなの? あなたが永遠の愛を誓う相手は、この男なの?」

「・・・・・・・・・・・・」

「この相手なら、一緒に雑草食べても、公園の水汲んでも、オモチャの指輪でも、それでも構わないと思えるの?」

「お前、なに言ってんのか全っ然分かんねー!」


 完全に怒りに我を忘れた様子で怒鳴りながら、あたしとお嫁さんの間に立ち塞がり、こいつは叫んだ。


「そういやお前、昔から嫌な女だったよな! いっつもツンケンしてお高くとまって!」


 ツンケンしてたのはあんたの本性をお見通しだったからよ。

 誰があんたみたいな人間に、尻尾を振ってお愛想を振りまくもんですか。

 こんなあたしにだってね、プライドくらいはあるのよ。


「知ってるのかよ!? あの頃お前に言い寄ってた男はな、みーんな満幸目当てだったんだよ!」

「・・・・・・・・・・・・」

「お前なんか相手にもされてなかったんだよ! なのにいつも偉そうにお高くとまって、バッカ丸出しだぜ!」


 知ってたわよ、それくらい。

 だからこそ自分に自信が持てなくて、鉄仮面に依存して、死ぬほど悩んで苦しんできたんだから。

 あんたに言われなくたって、自分で自覚してるのよ。そんなことは。


「姉に比べて顔もスタイルも中身も、カスだもんなお前!」

「・・・・・・・・・・・・」

「しかもなんだよそれ!? そのパッド! 顔に怪我でもしたのかよ!?」


 怒りに赤く染まった顔を歪ませて、あたしの顔に指を突き立て、怒鳴りながらこいつは嘲笑った。


「ブスが顔に傷までつけたら、もー使用不能だわこりゃ! ご愁傷さまでした! チーン!」


 ――シーーーーー・・・・・・ン


 店内が、静まり返った。

 全員、人形みたいに身動きもせずに立ち尽くしている。


 呼吸の音すら聞こえない、沈黙。


 目の前の男は、とても満足そうな表情をしていた。

 ざまあ見ろと言わんばかりの目で、あたしを見ている。


 全員の視線があたしに集まっていた。

 あたしの、顔に。

 覗き込むような、気遣うような、憐れむような、戸惑うような・・・・・・


 そんなものが全部入り混じったような、複雑な視線。


 あたしは、その静寂の中でゆっくりと手を動かした。

 無表情な自分の顔に向けて。

 そして無言のまま、パッドに指をかける。


 そして・・・・・・


 ベリッと一気にパッドを剥がし、全肺活量を駆使して大声で叫んだ。


「あたしが傷物で、それがどーした文句があるか!! 傷も痛みも、全部あたしの勲章よ!!」


 そして剥がしたパッドを丸めて、思い切りこの男の顔面目掛けて投げつけてやった。

 パッドはビシッと鼻のてっぺんに当たって、目の前の勝ち誇っていた男の顔がクシャクシャになる。


 それがあんまり滑稽で、あたしは吹き出し、声を上げて笑った。


 あぁ・・・・・・・・・・・・


 すっっごくサッパリしたああぁぁぁーーーーー!!!


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