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「ラウンドブリリアントカットから生まれる輝きには、3つの要素がある」
ダイヤモンド内部に取り込まれた光が、何度も反射する輝き。
光が反射を繰り返している間に生まれる、虹色効果の輝き。
ダイヤモンドを動かすと、動きに合わせてキラキラとスパークする輝き。
この輝きの全てを完璧に得るためには、ダイヤモンドが理想的な『プロポーション』にカットされていなければならない。
トルコウスキープロポーションという、理想とされるモデル基準を元に、いかにそれに近い形状でカットされているかがポイント。
そして、対称性をはかる『シンメトリー』
さらに、完全平面に近い研磨の良し悪しをはかる『ポリッシュ』
『プロポーション』、『シンメトリー』、『ポリッシュ』
これらの出来栄えを元に、総合的にカットの判定がなされる。
それぞれの判定基準は上から『Excellent』エクセレント。
順に下がって『Very Good』ベリーグッド。
『Good』グッド。
『Fair』フェアー。
『Poor』プアー。
「『プロポーション』、『シンメトリー』、『ポリッシュ』のそれぞれ三つが最高評価のエクセレントのものを、トリプルエクセレントと呼ぶんだ」
「とりぷるえくせれんと!? なんか、カッコイイですねー!」
「それと、『プロポーション』と『シンメトリー』が優れているダイヤモンドには、アロー・マークとハート・マークが見られるんだよ」
「なんですか? それって」
「カットを見るための特殊な器具を使わないと見ることができないマークだ」
その器具を使ってダイヤを上から見ると、8本のアロー・マーク(弓矢の模様)が見える。
下から見ると8個のハート・マーク(ハート模様)が見える。
ハートを射止める矢なんて、とてもロマンチックで縁起が良い。
だからこのマークが見られるダイヤモンドは「ハート&キューピッド」という名称で、エンゲージリングとして人気が高まっている。
「はあぁぁー。ダイヤモンドの評価って、たくさんの要素があるんですね。覚えられるかなー」
詩織ちゃんが、なんだかゲンナリしたような声でそう言った。
その自信なさげな様子に晃さんが少し笑ってフォローする。
「大丈夫だよ。ちゃんと覚えられるから」
「えっと、じゃあ、4Cぜーんぶが最高評価のヤツが、一番良いダイヤモンドなんですねー?」
「そんな凄いダイヤにお目にかかるのは奇跡みたいなものだけどね。そうなったら価値も値段も化け物クラスだよ」
ダイヤの価値は、全ての要素が複雑に絡み合って生まれるもの。
カラットだけが最高に大きくても、クラリティが低くて傷が多ければ輝きは鈍るし。
カラーが最高に透明でも、カットが下手くそだったらやはり輝かない。
「4Cのバランスが大事なんだ」
「だったら、買う時はどう決めればいいんですかー?」
「自分の目で輝きを見て、自分が納得して購入する。それが唯一最良だと思う」
「最終的には、そこに行き着きますよねー」
「そうだね。だいたい基本的な部分は説明したけど、他になにか質問はありませんか? ・・・聡美さん」
ギクッと体が動いた。
つい、集中して講習を聞いてたから不意打ちを食らった。
条件反射で顔を上げてしまい、晃さんの顔を真っ直ぐに見てしまう。
彼は、真剣な目であたしを見つめていた。
その視線にあたしは怖気づき、フラフラと目を泳がせる。
質問どころか声ひとつあげられず、微妙な空気があたしと晃さんの間に漂った。
「・・・・・・・・・・・・」
「ハイハーイ! あたし、質問ありまーっす!」
空気まったく関係なし! な詩織ちゃんが、ブンブン元気に手を振り回して晃さんにアピールする。
詩織ちゃん・・・・・・ありがとう! あなたのその性格、本当に助かる!
心の中で拝むだけでは足りずに、心の中でご飯とお水も一緒にお供えして彼女に深く感謝する。
「どうぞ、詩織さん」
「イミテーションのダイヤモンドってありますよね? それって簡単にバレるものなんですか?」
「ああ、キュービックジルコニアやモアッサナイトだね? 最近は技術も発達して精巧になっているけど、ちゃんと鑑定すればバレる」
「そもそも、なんで作るかなー? そんな偽物なんか!」
『偽物』?
詩織ちゃんの嫌そうな声に、あたしの心はピクリと反応した。
「それはそれで必要なんだよ。ほら、結婚式用のティアラとか、あとは工業用の研磨とかに使用する為にね」
「だったらおとなしく、工業用品とか偽物ジュエリーをやってればいいのに! 図々しく本物のふりして騙そうとしたりするから、許せないんですよー!」
偽物? 本物のふりをして騙す?
まるでその言葉に責められているように感じて落ち着かない。
なぜこんなに、突き付けられるように感じるんだろう。
・・・・・・あたしは今まで、誰にも本当の自分を見せることができずに隠し続けてきた。
なぜそんなに必死になって、本当の自分を隠さなければならなかった?
最高評価を受けたダイヤモンドのような姉。
その姉が受ける輝かしい称賛。それによって当然手にするだろう、最上の幸福。
その姉とはまるで違う自分。
だから姉のような評価を得られず、姉が手に入れるような幸福も決して手に入らない。
でも欲しくて。羨ましくて。憧れて。渇望して渇望して。
ずっとずっと、あんな風になりたいと願い続けて。
あぁ・・・・・・そうか。そうだったのか。
答え、見つけた。
あたしが隠したかったもの。
あたしの素顔は、人工処理を受けた天然石じゃない。
石ころですらない。
あたしは・・・・・・模造品だ。
本物のダイヤモンドを真似て偽造された、ガラスやプラスチックだ。
どれほど望んでも本物にはなれない、仮面を装った、ただのイミテーションなんだ・・・・・・。
「別にイミテーション自体が悪いわけじゃないさ」
「だってー。偽物が本物のふりして売られてたら、晃さんどう思います?」
「当然、そんな事をする人間は軽蔑するとも」
ズキッ! と心臓にナイフを刺されたような痛みが走った。
軽蔑という言葉が、息が止まるほど強烈にあたしの心を掻き乱す。
「そうですよねー。本物を求めている人に、偽物だと知りながら売りつけるなんて最低ー」
「そういった事をする人間は、宝石を愛する全ての人間を侮辱しているよ」
本物を求める人。
それは・・・晃さんだ。本当に美しいものだけを望み、愛して、追及する人。
それを知っていながら、あたしは彼に擦り寄った。
自分がイミテーションである事を充分に知りながら、それを仮面で隠して。
本物である姉の存在をコソコソと隠し続けながら。
最低だ。これじゃ、あたしを騙して利用し続けてきた最低な男達と同じじゃないか。
気付いてしまった以上もう、そんなヒドイ事・・・・・・晃さんにできない。
やっぱり・・・・・・あたし達はもうおしまいなんだ。
やっぱり、あたしの運命はこうなるんだよ。
いつまでたっても、どこまで行っても、何も変わらない。
結局イミテーションはイミテーションに相応しい人生しか無いんだ。
だってあたしは・・・・・・
仮面を被った偽物なんだから。
「おっと、もうこんな時間だね。今日の講習はここまで。次回まで復習しておいてください」
「はーーーい!」
ふたりの会話が別次元のように聞こえる。
まるで入り込めない境界線の遥か向こうから聞こえてくるようだった。
晃さんが席を立ち、ドアへと向かう。
そしてあたしの方を気にするようにチラリと見た。
あたしはそれに気付かないふりで、黙って机やイスを直している。
やがて諦めたように、晃さんが詩織ちゃんと一緒に会議室から出て行ってしまった。
遠ざかる足音を確認してから、疲れ切ってドサリとイスに座り込む。
終わった。偽物の夢が終わっちゃった。
とても良い夢を見ていた途中で、いきなり誰かに揺り起こされてしまったような気持ち。
・・・・・・ううん。あたしは自分で目覚めたんだよ。
いつまでも夢を見ていられないから、自分の意思で夢を断ち切ったんだ。
現実の自分を受け入れたんだからこれでいいんだよ。
窓の外をボンヤリと眺め、空を見上げる。
良く晴れた空に、少し流れの早い雲が移動していく。
風の速さに追いつけず、雲の端が細く千切れて、ポツンと小さく置いてけぼりをくらっていた。
あぁ、でもさ・・・・・・
本当に良い夢だったなあ・・・・・・。
すごく素敵で、素晴らしい夢だった。
もう一度・・・できることなら、もう一度って願ってしまうほどに・・・・・・。
でも、夢は夢。偽物がそれを望むことは許されない。
しょせん叶わぬ・・・・・・夢。
唇がワナワナと震えて、置いてけぼりをくらった雲の形がボンヤリ滲む。
頬が濡れる感触。鼻が詰まって、グスグスと啜り上げる。
詩織ちゃんはきっと戻って来ない。
晃さんも、きっともう二度と、あの日のようには戻って来ない。
だから安心して泣ける。
今なら仮面、外せる・・・・・・。
次から次へと頬が濡れ、偽物のあたしは子供のように顔を歪めて泣き続けた。




