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 自信、か・・・・・・。

 何をするにしても自力で生きていく以上、自信というものは必要だろう。

 でも自信なんて、あたしの中のどこをどんなに覗き込んでもミジンコ一匹分も見当たらない。

 20倍鑑定ルーペどころか電子顕微鏡レベル。生物学分野よ。ナノレベルの微小さ。


 お姉ちゃんはもう領域が違いすぎて比較対象外としても、詩織ちゃんと見比べて、自分と彼女は違うんだと思い知る。

 全然違う。外見も中身も全く違いすぎる。


「チラっと見たけど、良いサファイアとルビーだったね」

「あ、はい。どちらもすごく綺麗で素敵でした」

「高価なサフィアとルビーだと聞いてたから、ひょっとしたらスター効果の見られるものかと思ったけど」


 スター効果? あぁ、スターサファイアとスタールビーね。

 光の加減で、石の表面に星のような数条の光がみられる効果。

 このスター効果が見られる宝石は珍重されてて、お値段がグーンとアップする。


「あれはね、中にルチルという針状結晶が入り込んで交差しているんだ。交差が2方向だと光りは4条。3方向だと6条の光」


 そのスター効果が見られる石は、カボションカットというツルッとした半球形にカットされる。

 そうしないとせっかくの効果が肉眼で見られなくなってしまうから。


「ところで聡美さん知ってる? サファイアとルビーの関係のこと」


 晃さんが優しく微笑みながら質問してきた。

 いつも宝石の事を親切に教えてくれる時の、あの穏やかで楽しそうな態度で。

 彼の様子が今までと全く変わりないことにあたしは胸を撫で下ろした。


「関係? 関係って、仲でも悪いんですか?」

「い、いや、仲は悪くないと思うよ。というよりも多分、とっても良いんじゃないかな?」


 晃さんはそう言って、ひとしきり肩を揺すって笑う。


「聡美さんて相変わらず面白いね。あのね、サファイアとルビーって実は色が違うだけの、同じ宝石なんだよ」

「・・・・・・へ? 同じ宝石?」


 だってサファイアはあくまでもサファイアだし、ルビーはどこまでもルビーでしょ?

 目をパチパチさせるあたしに、晃さんはまだ笑いながら説明してくれた。



 サファイアもルビーも、同じ『コランダム』という鉱物。

 この鉱物に、鉄やチタンが入り込むと青色に変化する。

 クロムが1パーセント程度入ると赤色に変化する。


 同じ石が、青だとサファイアと呼ばれて、赤だとルビーと呼ばれる。それだけの違い。


 ちなみにルビーの色は『ヒジョンブラッド(鳩の血)』と呼ばれる深い赤色が最高評価。

 これはクロムの含有率がちょうどうまく1パーセント程度含まれ、鉄などの不純物を含んでいない状態。

 クロムが少なすぎると薄いピンク色になるし、多すぎると黒ずんでしまう。


「赤以外は全ーー部サファイアって呼ばれるんだ。ピンクもひっくるめて」

「え!? ピンクも!? それって色の薄いルビーじゃないんですか!?」

「ピンクサファイアって呼ばれてる。ピンクとかの、青色以外のサファイアは、ファンシーカラーサファイアって呼ぶんだよ」


 そのカラーバリエーションは豊富。

 ピンク、紫、黄色、緑、オレンジ、無色、黒。

 サファイアは、決して青色だけのものではない。


 ピンクがかったオレンジ色のサファイアは『パパラチア』と呼ばれ、天然でこの色を持つ石は大変希少で、良質なブルーサファイアよりも高額になったりする。


「ただ、ルビーの色の定義って厳密に決められてるわけじゃないからね。どこまでがピンクサファイアの領域で、どこからがルビーの領域かと言われると・・・」

「意見が分かれるところなんですね」

「そうなんだ。すごく微妙なところなんだよ」

「自分の目で見てみるのが一番なのかなぁ」

「うん。宝石を購入する上で、自分の目で見て自分の意思で決めるというのはとても重要だ」


 それにしても知らなかったな。サファイアとルビーって同じ宝石だったのか。

 違うものだとばかり思っていたのに。

 色の違いだけで石はどっちも同じ。色にもたくさんの種類があるけど、結局同じ石に変わりない。


 ピンク色のサファイアとルビーの違いなんて、あって無きがごとし。

 物によっては『レッドサファイア』なんて商品もあるらしい。

 赤サファイアって、なにそれ? 赤じゃないからサファイアなのに。もうわけ分かんない。


 石は笑っているかもね。赤だの青だのピンクだのと大騒ぎしてまぁ、よくやるよって。

 なんの違いがあるんだよって。


「違いなんてさ、そんなもんだよ聡美さん」


 晃さんの声の雰囲気が少し変わった。

 穏やかに労わるような、明るく元気づけてくれるような、そんな彩りが感じられる。

 そしてあたしを見る彼の目はいつも通りに爽やかで、いつも通りに変わらず優しい。

 その目を見れば、彼が、落ち込んでしまったあたしの心を癒そうとしてくれているのがすぐ分かった。


 なんで・・・・・・


 この人って、分かってしまうのかな?

 あたしの鉄仮面の下に隠されている本音を。

 

 何も言ってないのに、ひと言も話していないのに、心の中を見抜いてあっという間に癒してしまう。

 それはとても心地良くて・・・・・・不安だ。

 彼に覗かれたその先の、行き着く先を考えるとすごく怖い。


 そこに彼が見つけるものは、究極のあたしの負の感情。コンプレックスの大根源。

 ザ・お姉ちゃん。


 彼があたしの仮面の下を掘り下げ、見抜き、それに癒されるたびにあたしはとても不安になってしまう。

 いつか彼がお姉ちゃんの存在に辿り着く時が、震えるほど恐ろしい。

 そんな時を迎えたくない。傷付きたくない。痛い思いをしたくない。だけど・・・・・・


 あたしの中に浮かんでくる、あの真珠婚式のご夫婦の姿。

 たくさんの痛みを包み込み、輝きへと変えてきたふたり。そして彼らは今も恐れずに立ち向かっている。


 ・・・・・・・・・・・・よし!!


 あたしは息を大きく吸って、ふうぅぅっと吐いた。

 そうやって落ち着こうとしたけど、この心臓のドキドキと緊張は消えてくれない。

 なにせこれから人生初体験をしようとしてるんだもの。


「あ、あの・・・・・・晃さん」

「なに?」

「この前の、お食事の、話・・・・・・今度、一緒に、行きま、せんか?」


 晃さんが少し目を見開いてあたしを見た。


 男性を誘うなんて生まれて初めての体験に、恥ずかし過ぎて思わずバッと視線を逸らしてしまう。

 それだけじゃ耐えられずに、ものすごい高速で瞬きを繰り返した。

 うおわぁ、周りの景色がパラパラ漫画みたいに見えるよ。


 か、顔が! 顔がメチャクチャ熱いーーーーー! どぉっと一気に汗が出てきた!

 どうしようメイク崩れる! お願い、ここで負けるなファンデーション!


「・・・・・・・・・・・・」


 晃さんは黙ったままだ。この沈黙がたまらない。

 お願い晃さん早めにご返答お願いします! あたしもメイクも、あんまり持ちこたえられそうにないんです!


 しばらくして晃さんは、妙~~~に楽しそうな声を出した。


「あれ? でも聡美さんって忙しいんじゃなかったっけ?」

「・・・・・・ヒマに、なりました」

「ふうん。いつから?」

「・・・たった今からっ」

「でも今、展示会期間中で忙しいから時間無いはずだよね?」

「でも24時間やってるわけじゃないですよ! コンビニじゃないんですから!」


 思わず吐き出すように叫ぶと晃さんは大笑いした。

 あたしは赤い顔をますます赤くして、そんな彼を睨み上げる。

 う~、この前の仕返しして遊んでるなぁ!? くっそぉぉ~~!


「うーん、そうだな。でも、食事はね・・・・・・」


 晃さんは顎に手を当て、思案顔になる。

 その様子を見てあたしの興奮はいっぺんに冷め、ズーンと沈んでしまった。

 仕事、忙しいのかな? それとももう誰か別の人を誘っちゃったのかな?


「これ、なんだか分かる?」


 アキラさんは胸ポケットから透き通る紫色のルース(リングなどの枠や台にまだつけられていない、カットされた石)を取り出して見せた。


 紫水晶だ。


「アメジスト・・・・・・ですよね?」

「アメジストの名前の由来は『酔っていない』って意味。古代ギリシャ人やローマ人は、酒の席にアメジストを身につけて酔い防止のお守りにしたんだ」

「へえ・・・・・・」


 突然、晃さんがアメジストをあたしに向かってポンッと放り投げた。

 あたしは慌てて、うわわわ! っと両手でキャッチ。


「それ聡美さんにプレゼントするよ。それ持って効果が本当にあるかどうか確かめてみよう」

「は?」

「んー、つまり・・・・・・」


 晃さんがあたしを見て意味あり気に微笑んだ。


「食事だけじゃ、ダメ。その後、お酒にも付き合って」

「・・・・・・・・・・・・」

「夜の時間も俺に付き合ってってこと。じゃなきゃOKしないよ?」


 ・・・・・・・・・・・・。


 心臓が、ドキドキして、キュッとして、不規則に暴れている。


 夜の・・・・・・時間・・・・・・?


 あたしは軽く口を開け、晃さんの笑顔を見ていた。

 優しくて爽やかで、だけど、どこか意地悪で少しだけ妖しさの混じった・・・この、彼の表情を。


「いいよね? でもまずは足の怪我の状態が落ち着いてからだな。聡美さん、まだ痛い?」

「い・・・・・・・・・・・・」


 痛いんだか痒いんだかくすぐったいんだかどうなんだか、もう・・・・・・。


「俺が誘う時、いつもキミは体調不良だね。なんだか心配だな」

「・・・・・・・・・・・・」

「怪我、大事にしてね。悪化して約束がお流れなんて事になったら、今度こそ俺マジで凹むから」


 あたしは、彼を見つめたまま。返事もできない。


 会場内は相変わらず盛況で、すごくざわついている。

 詩織ちゃんの明るい弾けた声が風に乗って聞こえてくる。

 でもあたしの中までそれは全然届かなかった。


 あたしの中は、今、この微笑みで一杯だから。


 あたしを見つめる晃さんの微笑みで一杯でもう、なんの余裕もないから・・・・・・。


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