サファイアとルビーな気持ち
こうして迎えた初めての展示会は、かなり華やかだった。
ホテルの中規模会場の中では一番広い面積の部屋を使用し、テラスから中庭へも出入りできる。
いかつい警備員さんがあちこちに立ってるけど、お蔭でずいぶん解放感が得られた。
当然ながら、右も左も目に付くところの全部が宝石、宝石、宝石! 一面宝石の山!
この世の全ての色彩が集められたような贅沢感!
工夫を凝らした照明の下で宝石達が、いつにも増して美しく誇らしく輝いているように感じる。
水晶で作られた大きなクジャクのオブジェまで飾ってあって、感心することしきり。
見渡す限りが宝石なんて、こんな豪勢なことってない。
もしも宝石に匂いがあったら、今頃酔ってフラフラになってしまっているだろう。
でも陶然とばかりしていられない。あたしはお客じゃないんだから。
ネームプレートを首から下げて、顔に笑顔を貼りつけながら必死になって受け付けの仕事に努めた。
中の仕事は商談も兼ねているから、新人のあたしでは無理。
だからといって受付なら簡単かというと、新人のあたしでは見知らぬお客様ばかりで、誰が誰やらまったく分からん!
こら! ちゃんと芳名帳に記帳しろ! 招待状を置いて行け!
代わりに書いといてー、とか言われても、あたしゃあんたの名前なんか知らないんだよ!
名前くらい自分で書け自分で! あ、さてはお前、毛筆使えないな!?
そんな招待客がずいぶん多くて、気疲れしてしまった。
中にはわざと「え? 俺だよ俺。五百蔵さんの店員が俺の顔を知らないわけないでしょ?」とか言ってワザとからかってくるオヤジもいたりして。
顔では笑いながら、墨をたっぷり含んだ筆ペンを投げつけてやろうかと本気で思った。
つ・・・・・・疲れた・・・・・・。
疲労のせいでいつもより顔に油が浮くのが恐ろしい! お願い、メイク直しさせてえぇぇ!
と、心の中で絶叫しながら仕事をこなしていたけど、休む間もない激務の間に、化粧崩れはもう限界値。
ストレスで頬がひくひく痙攣し始めてる。・・・・・・ヤバイ。これはマジでヤバイ!
本当に倒れそうになった頃に、ようやく休憩の交代時間になってくれた。
真っ先にダッシュでトイレに駆け込み、慌ててメイク直しをする。
顔に化粧水をスプレーしたティッシュを乗っけて、「うぉお~!」とビールを飲んだ中年男みたいな声を出した。
はー、やっとひと心地着いた! もうメイク崩れが気になって気になって死にそうだった!
大勢の人前に顔をさらしてるのに、鉄仮面が崩れていく感覚はあたしにとって恐怖そのもの。
しかも自由に直す時間もとれないなんてまるで拷問だ。冗談抜きで今にも心臓発作を起こしそうだった。
ライトの熱のせいで崩れるのも早かったな。うーむ不覚だわ。
もっと対策を万全に練らなければならないな。
ファンデを塗り直しながら、徐々に気持ちが落ち着いていくのをしみじみ感じる。
・・・・・・なんかあたし、麻薬中毒患者みたい・・・・・・。
念入りにメイクを直してからゆっくりと食事を済ませ、ちょっと会場内を覗いてみた。
詩織ちゃん、お昼ご飯どうするのかな? 食べてる時間あるんだろうか?
でも『プリンセス』は交代できないしなぁ。
こっそり邪魔にならないようにキョロキョロすると・・・・・・お、いたいた。ウチのプリンセス。
うっわーー。まさにこれはプリンセス!
オフホワイトの、あまり装飾のないシンプルなロングドレス。たぶん宝石を引き立たせるためだろう。
でもパニエでも着けているのか、柔らかくふんわりと広がったシフォン素材のプリンセスドレスはとても可憐だ。
高さのあるプラチナのティアラが頭上でキラキラ光っている。
そして目玉商品の宝石。
胸元で光るサファイアが鮮やかな青い光を放っている。
鮮烈で、濃い、透き通るロイヤルブルーの色はまさに女性の皆が憧れる、これぞ『サファイア』だ。
右手の指にはめられたルビーの指輪も素晴らしい。
目が釘付けになるほど明瞭な濃い赤で、しかも濁りが無い。これも相当高価な品だと思う。
それら一式勢揃いで身につけた詩織ちゃんはもう、至福そのもの。
記念撮影を次々とお願いされ、笑顔で応じる姿はまるで芸能人みたい。
なんかもう、今にも「みんな! 今日は私の為に集まってくれてありがとう!」とか言い出しそうでハラハラした。
詩織ちゃんは実に生き生きとしていて何も心配なさそうなので、そのままのご活躍を祈りながらその場を離れる。
外の空気を吸いたくて、あたしはテラスへ出た。
ウッドデッキの向こう側に、自然を生かしながらも調和のとれた英国風の庭園が広がっている。
心が癒される気がして、ふと庭を散歩してみたくなった。
そして足を一歩踏み出した途端・・・・・・
ガクンッと体のバランスが崩れる。デッキと庭の段差部分を見逃して踏み外してしまった。
ドサッと横座り状態で地面に転んでしまう。
い・・・・・・痛ーーーーーー・・・・・・。
うわ恥ずかしい! 人に見られていないかな!?
「・・・・・・大丈夫!?」
歯を食いしばって痛みと羞恥心に耐えていると、聞き慣れた声が頭の上から聞こえた。
反射的に顔をあげ、声の主を確認したあたしは驚いて目を丸くしてしまう。
「晃さん!? 来てたんですか!?」
「うん。招待状もらってたからね。それより詩織さん、大胆に転んじゃったね。大丈夫?」
「・・・・・・は、はい! 大丈・・・いででで!」
とっさに立ち上がって大丈夫をアピールしようとしたけど、そう大丈夫でもなかった。
ヒザと足首が痛いー。これ、軽い捻挫かな?
「無理して動かないで。ちょっとそこのベンチに座って様子を見よう」
「あ、はい」
肩を貸してくれる晃さんの体にもたれ掛りながら、近くのベンチまで移動する。
背広を通して伝わってくる彼の腕の感触と、あたしの肩に回された手にドキドキしてしまった。
妙に周囲の目を意識しちゃって、必要以上に足をヒョコヒョコ引きずったりして・・・・・・。
「さあ、ゆっくり座って。かなり痛む?」
「いえ、それほどでもないです」
ふたり並んでベンチに腰掛けると、あの夜を思い出す。
そして同時に、誘いを断った電話を思い出してしまってかなり気まずい。
晃さん、不愉快な思いをしただろうな。ここでまた謝った方がいいのかな?
「盛況だね」
何と切り出せばいいか悩んでいると、晃さんが会場の方を見ながら話しかけてきた。
救われたような気がして、さっそく会話に乗っかる。
「こんなにたくさんの種類の宝石が展示されるなんて知りませんでした」
「手ごろなアクセサリーからハイクラスジュエリーまで、幅広い内容だね」
「みんなすごく忙しそう」
「今日一日で結構な売上金額になると思う。お金って、あるところにはあるんだよなあ」
「よく言いますよね。水は上から下へ流れるけどお金の流れはその逆だって」
「・・・・・・真理だ」
軽く笑って会場の様子を眺めると、詩織ちゃんが極上の笑顔でお客様に対応している。
すごく大変そうだけど、それ以上にすごく幸せそう。まさに満喫中。
「詩織さん、大活躍だね。忙しそうだな」
「本人は嫌だ嫌だってずっと言ってましたけど」
一応。口だけは。
「そう? 彼女こういうのすごく好きそうだよね? 喜んでるとばかり思ってたけど」
・・・・・・・・・・・・。
「そう、見えますか?」
「うん。彼女はとても自分に自信をもっているタイプだから。ああいうの、かなり好きだと思う」
ほぉぉ、やっぱりこの人、鋭い。
男の人って大抵なら詩織ちゃんの事を、少女のように純真で天真爛漫な子、みたいに見る人が多いと思うけど。
さすがは晃さん。見るトコ見てるなぁ。
「アピール力が強いなら、詩織ちゃんってこの仕事に適正ありそうですね」
「うーん、それはどうだろう。販売員向きかどうかと問われると、それは」
「え? だってアピール力が・・・・・・」
「店員は商品をアピールするものだろ? 自分をアピールされてもお客は困るよ」
「あ、そっかなるほど」
「まぁ、自分自身に対する自信と同じくらい、自信をもって商品を勧められたらそれは武器だと思う」




