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鉄仮面な女

 女は誰でも、美しいものが好き。

 とりわけあたしはもう、末期症状的に美しいものが大好き。

 この感情はもはや執着といっても過言ではないと思う。


 だから当然、宝石類に対しても身震いするほど惹かれてしまう。


 そんなわけでこの春大学を卒業したあたしは、上京したがる友人たちを尻目に迷わず地元に就職した。

 目指すは子どもの頃から憧れていた宝石店。創業百年以上にもなる、地元の誇る老舗店。


 この・・・・・・栄えある『五百蔵宝飾店』に!


 あ、ちなみに五百蔵とは『いおろい』と読む。


 別に当て字でもなんでもなく、本当にこれが店長一族の苗字。

 世間には縁起いい苗字もあるもんね。「五百も蔵が建つ」なんて。

 実際に商売も軌道に乗ってるし、名は体を表すってこういうことかな?


 さすがに堅苦しいから時代に合わせて店名を横文字に変えようって話も、今まで何度も出たらしいけど。

 歴代の店長が頑なに『うちの苗字に何か文句があるのか!? 』で突っ張り通してきた。

 ここらへんの誇り高いポリシーも、あたしの美しいもの好きのツボをくすぐられてしまう。


 小学生の頃、通学路に建っているこの店のショーケースを外から覗き込むのが毎日の日課だった。

 店の扉のガラス戸にへばり付き、美しく輝く宝石を十分に堪能してから、夢見心地でフラフラと登下校。


 思い出すなぁ。何度も遅刻寸前の危険な橋を渡ったっけ。


 そして成長した今、一途な思いが通じたのか、めでたく採用。

 こうして店内の高級絨毯に業務用掃除機を一心不乱にかけている。


 年季と風格を感じさせる、艶のある木目の壁。

 接待用のテーブルセットは、七宝の装飾が贅沢なアンティーク調家具。

 コンセプトは『明治時代の洋館』

 和と洋の入り混じった、日本独特の美意識で満たされた店内は、通好みの高級感に満ち満ちている。


 そしてショーケースの中で誇るようにキラキラと輝きを放つ・・・

 

 燃えるマグマのようなルビーの赤。

 紺碧の海の底を切り取ったようなサファイヤの青。

 世界遺産の九塞溝を思わせるエメラルドの緑、


 そして・・・・・・


 それらの全ての宝石たちを従えるがごとくに君臨する、ダイヤモンドの威風堂々たる輝き!


 あぁ、この充実感! ミチミチと音が聞こえるぐらいあたしの胸も幸福感ではち切れそう!

 槙原(まきはら) 聡美(さとみ)、今日もガッツリ幸せです!

 帰ったら仏壇にお線香上げて、この幸運をご先祖様に感謝しなきゃ!


「ほーんと、古臭い店で嫌な感じだよねー」


 ・・・・・・・・・・・・。

 せっかくの人の幸福感にバシャッと水を差す、この声の主は・・・。


 中川(なかがわ) 詩織(しおり)ちゃん。

 彼女はあたしと同い年の新入社員。つまり同僚。


「ねえ聡美ちゃん、こーゆー内装の店ってなんか幽霊出そうで怖くない?」


 ミニハンドモップ片手に、じとぉっとした目をして店内を見回してる。

 少々チクッと刺さったけど、顔には出さずに受け答えした。


「そっかな? まあ実際に老舗だしね。ここって」

「あたし好みに改装させてくれたら、もっと若いお客が来るのになー。なんちゃって。アハハ」


 彼女は首周りのスッキリしたナチュラルショートボブ。色は明るいブラウン。

 割と大きな目を更に大きく強調するためのつけ睫毛と、しっかり描かれたアイラインが印象的。


 初出勤での顔合わせで挨拶した時、あたしにはピーンときました。

 あーこの子、自分の女としての魅力に多大な自信を持ってるタイプだなって。

 そういうことに関して女の勘は鋭くて、ほぼ確実に的中する。

 ていうか、本人が隠すことなく自信を周囲にダダ漏れさせてるわけだから、分かって当然なんだけど。


 勤め始めてほんの三日で、それは実証された。とにかくもう、詩織ちゃんの話すことと言ったら・・・


 実は高校時代に自分のファンクラブがあって、煩くて嫌だっただの。

 学園祭で自分の写っている展示写真が盗まれて、気持ち悪かっただの。

 友だちが自分のアドレスを勝手に教えて、知らない男からメッセージが届いて迷惑だっただの。


 そういう話を、さも嫌そうな顔をしながら(ここ重要ポイントね)、非常ーに弾んだ声で延々と話し続ける。

 うーむ。基本的にあまり同性に好かれるとは、お世辞にもいえないタイプの同僚さんに当たってしまったなぁ。


 まあ、どっかで幸運を引き当てれば、どっかはハズレを引くもんよね。

 あたしはそれを身に染みて良く分かってるし。

 それに彼女の可愛らしさに対しては、ほとんどコンプレックスなんて感じていない。


 あ、だからといって、あたしが詩織ちゃんを凌ぐ美人なわけでは決してない。

 それは自覚してる。ものすごく自覚してる。嫌というほどに思い知っている。


 ただ、あたしには・・・・・・


 詩織ちゃんクラスでは到底、まったく太刀打ちできないほどの、絶世の美女の姉がいるからだ。


 さて、ここでお母さんに聞いてみましょう。

「あたしって、生まれた時から可愛らしかった?」って。

 ちょっと冷静なお母さんだったら、きっとこう答えるはず。


「ハッキリ言って生まれたての新生児なんてただの異星人よ。せいぜいが、猿人類と両生類を足して二で割ったような生物にしか見えないわ」


 って。


 赤ん坊が他人の目から見て無敵な可愛さを発揮するのは、まあだいたい生後二~三か月ぐらいから。

 なのにうちの姉ときたら、出産時に取り上げられた血まみれスプラッタ状態の時から、輝くほどに美しかったらしい。

 医師も看護師も、産湯に浸からせるのも忘れて見惚れてたって話は、姉の輝かしい伝説の最初の一歩。


『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花』


 美人を表す日本古来の言葉があるけれど、この言葉が言い得て妙だ。

 姉はただ立ってるだけで、座ってるだけで、歩くだけで、もう、息してるだけで美しい。

 存在そのものが『美』なんだ。決してこれは言い過ぎでもなんでもない事実。


 あたしはチラリと店内の鏡を覗いて自分の姿を確認する。


 雑誌に載っていた『愛されヘアー』のゆるふわセミロング。

 32ミリのヘアアイロンは必須アイテム。これがないと生きていけない。

 ヘアカラーは『今年の愛され色』のピンクアッシュ。

 『愛されメイク』で注目される童顔に近づくため、アイラインを使って必死にタレ目に加工してる。


 別段、このヘアスタイルが好きなわけじゃない。このメイクが好きなわけでもない。

 このヘアもメイクも、他人を意識した戦闘服みたいなもの。

 他者からの愛と評価を受けるための手段。武器。武装。

 

 この鉄壁の装備をあたしから外すことなんてできない。

 だってこうでもしなきゃ・・・ううん、どうしたって結局あたしは・・・。


「あー! そういえば今日って勉強会の日だ!」


 あたしのシリアスモードをぶった切る詩織ちゃんの声。


 ・・・この子ホントに明るいなー。人生に悩みなんてなさそう。いいねぇ、軽そうな道のりでさ。


「ああ、そういえば今日は木曜日だね」

「やったー! イケメンが来るー! 近藤さんが来るー!」


 ハンドモップを振り回して詩織ちゃんが吠えた。

 月曜日と木曜日には、新人のあたし達のための勉強会が開かれる。近藤さんってのは、講師をしてくれる宝石鑑定士さんの名前。


 近藤(こんどう) (あきら)さん。

 どんな人かを手っ取り早く説明すると・・・・・・イケメンです。はい。


 だって、この前の月曜日に初めて会っただけでまだ全然、人となりなんか知らないし。

 このひとって顔がいいなー! てぐらいしか印象にない。詩織ちゃんにとってはそれが最重要事項らしいけど。


「聡美ちゃん、会議室行こうよ! 会議室!」

「だってまだ掃除が済んでないよ?」

「そんなのいーっていーって! 早く行こうよ!」


 ニコニコしながらあたしを促す詩織ちゃん。学生時代も教室掃除から要領良く逃げ回ってたタイプだな?


「でも・・・・・・」

「あーもー! あたし先に行ってるからね!」


 パタパタと小走りに駆けていく。でも彼女の向かった先は会議室じゃなく、従業員控え室。

 ・・・メイク直しするつもりだな? まだ時間まで三十分も余裕あるのに気合い満々だね。


 あたしも急いで掃除を済ませて化粧を直さなきゃ。戦闘服で武装するために・・・ね。


 手早く掃除を終えたところで、主任が店舗に出て来た。

 もう五十代の女性だけど、姿勢の良さに加えて制服の黒パンツスーツがカッコ良く似合ってて、若々しい。


「おはよう聡美ちゃん。今日は勉強会でしょ? 行っていいわよ」

「おはようございます、栄子主任」


 ピシッとまとめ髪の決まった主任に挨拶をして、あたしも控え室へ向かった。


 ファンデーション、塗りムラ無し。アイメイク、ケバさ無し。チーク位置、抜かりなし。唇、ツヤツヤ。


 ・・・・・・よし! 武装終了! 行くぞ!


 会議室の扉を開けると、詩織ちゃんがイスに座ってファンデをポンポン鼻の頭に叩き込んでいる。

 ミラーを食い入るように覗き込む姿は真剣そのもの。こっちを見もしないであたしに声を掛けてきた。


「聡美ちゃんお疲れー。早く座りなよー」


 ・・・うん疲れたよ。詩織ちゃんの仕事の拭き掃除までやったしね。

 イスに腰掛けながら、つい嫌味のひとつも言いたくなってしまった。


「詩織ちゃん、熱心だね。可愛いからそんなにメイク頑張らなくてもいいのに」

「やだー聡美ちゃんてば。あたし全然、可愛くないじゃーん。もう、ぜーんぜんだよー」


  嘘つけこの。そんなん全然思ってないだろが。

 じゃあそのキラキラ輝く自信に満ちた笑顔はなんなのよ?


「あたしブスだからさー、頑張って飾り立てなきゃダメだと思ってるからー」


  嘘つけこの。そんなん全然・・・(以下略)


「それにあたし、メイク好きだし。聡美ちゃんもメイク好きでしょ?」


 ミラーから視線を移し、チラリと意味ありげな目で詩織ちゃんが言った。


「聞いたよ。『鉄仮面』。聡美ちゃんのニックネームなんだってね?」


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