そして唸る
「じゃ、鍵は先生がしまっておくから。気をつけて帰るんだぞ」
「はい」
教室の鍵をしまいに職員室に向かうと、ちょうど担任と出くわした。
「田亀一人で掃除したのか?」
「・・・いえ、片桐くんが手伝ってくれました」
「おおそうか、まったく他のやつらは何サボってんだか。罰掃除だな。片桐にお礼言っといてくれ」
んじゃな~、と担任は職員室へと歩いていった。
はい、と生返事をして、下駄箱へと向かう。
お礼・・・言ってない・・・。
ぐるぐるぐるぐるとお腹が気持ち悪い。今朝のチョコレートケーキが戻ってきそうだ。
言わなきゃよかった、あんなふうに言うつもりなんてなかった、言いすぎた、やっぱり言うべきじゃなかった・・・。
自己嫌悪が巡って仕方ない。
どうしてこんなことばかり考えてしまうのか、わからない。
初恋の人はあの一件依頼、写真で顔を見るのさえ嫌で、忘れよう忘れようと思っていて。
忘れようと思えば思うほど、あの日の笑い声に何度も脅かされた。
そういえば、あの声が聞こえなくなったのはいつからだったか。
どうして聞こえなくなったのか。
「ううううう・・・ 」
また唸ってるのか、と呆れた声が蘇る。
何度も同じことを言われ。
一人でこっそり、女子が食べる量じゃないチョコレートケーキを貪り食べてる現場に、いつもいつも現れて。
無心で食べてるから、もしかしたら汚い食べ方をしていたかもしれない。
食べ終わった器はいつもどうしていたっけ?散らかしたままにしていなかったっけ?
ケーキを口に含んだまま話したりはしなかったっけ?
そんな無防備で取り繕っていない姿を見られて、なんで普通におしゃべりできていたのか。
チョコレートケーキを食べ終わっても、さっさと片付けて帰らないで話をしていたのはなんでなのか。
「うううううう、ひ、ぐす」
後悔が、涙になって溢れてくる。
なんで泣いているのかなんて、もうわかっていた。
ふと、滲む視界の隅に赤い風船がよぎる。
小さな男の子の手から風船は離れて風に飛ばされる。
追いかける男の子。それから走ってくる車。
無意識に駆け出した
――――姫らら!!
なにか呼ばれた気がしたけれど、それどころではなく。
歩道ギリギリで小さな男の子を抱きしめる。
腕の中の男の子は、上空へと顔を向け、風に飛ばされていた風船は突如真上へと移動するのを、足を止めて見つめた。
そして、上に移動したことにより、電柱に刺さっている金具にあたってはじけた風船が音を立てて割るのと同時に、男の子はあっ!と声を上げたのだった。